TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#435 人生を考える...人生は一発勝負の繰り返し④14:33 2025年5月15日 392再生 問題を報告する 再生する シェアする 引き続き、人生について、どのようにして、何を大切に向き合うか考えます。AI目次人生の意味、見つけ方とは?美意識・価値観の源泉を探る有限性ゆえの尊厳、その本質共感と鼓舞、人生を彩る力人生の真の勝負、それは何か?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。臨時の古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 智慧を得る 今日は、人生を考える。 人生は一発勝負の繰り返しの4回目ですね。 最初に想定してあるよりも、ずいぶん話が長く続いていってしまいました。 昨日、私は、この勝ち負け、優劣、成功失敗っていうところに、この自分の人生の意味を置いちゃって、 そこに全部かけてしまって、そこから自分の人生を振り返って、良かったとか幸せだとかって言い始めると、 それは、そもそも最初から、このルーレットみたいにガチャになってしまってるってこと。 その最初の縛りが見えないだけで、実は本当に大きいんだってこと。 それから、いざ自分が人生に向かった時に、病気になったり災害に出会ったり、戦争に巻き込まれたり、経済が大きく動いたりって、 その中で、自分の努力とは関係ない大きな大きな世界や社会の流れの中に飲み込まれてしまうことが多い。 そういう意味でも、ルーレットになってしまうって。 所詮、人間というのは、儚い生き物なんですよね。 大手の人間が集まって、知恵を寄せ集まって、千年も二千年もかけて、頭脳を集めて、今の高度な社会を作り上げてきて、 それはいろんな出来事に対して、安定した豊かな社会を作ってくるように機能してきて、その成果があって、 私たちは今は、努力すれば、かなりのことが実現できると思える。そこまで来てるんですよね。 でも実際、あくまでも人間の出来ることって限られてるから。 だから、もともと人間というのは、ひ弱で有限だって。 ましてや、一人すると人間なんて無力だ、非力だって。 そこを忘れてしまったら、過剰に高い希望や要求を自分自身にも課すことにもなる。他人にも課すことにもなる。 現実で乖離したような希望や要求や目標を置いてしまったら、苦しいだけなんですよね。 だから、こんだけ社会豊かになっても、人間なんて弱いし、ひとりひとり、私たちひとりひとりの力なんて知れてるんだって。 だから、いろんなことが実現できるのも、いろんな人の力を組み合わせることができてるからなんだってこと。 そこを決して忘れてはいけないし。 それは、「謙虚になれ!」って、おせっこみたいに聞こえるかもしれませんけど、そうじゃないんですよ。 謙虚になれという言葉は、自分が絶好調の時には、うるさいなってなるかもしれない。 だけど、ずっと勝ち続けて、ずっと思い通りに生きてる人間なんて誰もいないんです。 そういう人たちは、いいところに行ってる時は、そういう言葉には、謙虚になれという言葉には耳を貸さないけれども、 いざ、自分が行き詰まったり、苦しくなった時に、やっぱり思い起こすべきなんですよね。 それは、謙虚になれって、瞬時するんじゃないんです。そうじゃなくて、そもそも間違っていたんだよって。 自分が上手くいってるのは、たまたま、その時いろんなものが噛み合って上手くいってるだけだったんだって。 だから、それを過剰に喜ぶのでは、そのやっぱり片っぽしか見てないし、 ましてや自分の力と思い込んで、いつまでも続くと思い込んで、傲慢だと思うのは、やっぱりそれは愚かさであるし。 そういう風にいろんなものが噛み合って、自分がそういういいものをやることができたことに対する感謝ってことをちゃんと持っていて、 いつかこれは感謝していて、いつかこれは無くなるし、無くなっても仕方ないものなんだってことが分かっていて、 でも、何かそういう風に自分がいいことができたんだったら、人にも分けて喜んでもらうという気持ちがあれば、 その上がり下がりがあって、浮き沈みがあったって、ものの感じ方、考え方は全くガラッと変わってくる。 それは自分の心が、やっぱり強くなることでもあるし、豊かになることでもあるし、賢くなることでもあるし、それが知恵の世界なんですよね。 そんなようなことは言えると思うんですね。 さらにそれで、そういうものと違う尺度、勝ち負け、優劣、成功と失敗、そういうものと違う尺度を持っているかどうかということが大事だという話をしました。 これを持てなかったら、サンデルが警告しているような能力主義と言われているもの、メルトクラシーというもの、それが分断を招いてしまう。 俺は成功したんだから勝手にしていいんだ、お前たちは失敗しているんだから苦労しているのは当たり前だって、そういう勘違いに基づいて、 そしてそれをいくら主張しても、恨みと怒りと分断を招くだけですよね。 だから、地球全体が、あるいは国全体が、社会全体が、試練を受けて、みんなで力合わせがならないときに、そういう分断があったら、結局苦しむのは自分たちですからね。 やっぱり愚かさを捨てていかなきゃならないんです。知恵を持てなきゃならないじゃないですか。 そういう意味で、勝ち負け、優劣、成功と失敗というものと違う尺度、これは素晴らしいよね、これは尊いよねって思うような尺度、いくつ自分が持っているかって、これはやっぱり私たち一人一人が心の中に、ちゃんと持っているべき尺度と基準なんですよね。 # 美意識や価値観の根本は自分が感じること そういう風に考えていった時に、どういうものがあるのか。 例えば、生き方だったら、勝ち負けや優劣や成功失敗とは違う尺度。 一番、私たちが身近なのは、おそらく、まあ、普通の言葉で言えば、かっこいいな、ということでしょうね。 で、あるいは、もうちょっと別な観点から見れば、尊厳。尊厳だったり、って。 あるいは、尊厳とかっこいいってこと。そういうことですよね。まあ、価値観を含んだものです。 人によって、いろいろあるかもしれませんね。 でも、たぶん、生き方。人の生き方として、その人を評価する生き方として、勝ち負け、優劣、成功失敗とは違うものがあるとすると、 あの人、かっこいいな、って。あの生き方はかっこいいな、って。 あの人は何か尊い。あの人には尊厳がある。威厳がある、って。 そういう風に、あの、思うってことですよね。 で、このかっこいいってこととか、それから尊厳、あるいは威厳、そういう品格みたいなものですよね。 そういうものがどこから出てくるかというと、これ実は、その、人間じゃなければ出てこないものなんです。 まあ、どういう風に考えるかというと、優厳だからこそ尊厳が出てくるんです。優厳だからこそかっこいいってことが出てくるんですよね。 例えば、全智全能で万物だったら、かっこいいも尊厳もないじゃないですか。 最初からものすごいオーバースペックで、ものすごい能力も実力もあって、で、その通り勝ってるだけだったら、かっこいいかもなんともないですよね。当たり前じゃないですか。 でも、人間って優厳だから、だから、自分の弱点を克服していったり、 あるいは、自分の持っているものを伸ばして伸ばして磨いて磨いて磨いて、努力して努力して努力して、努力していかないと、その、自分の到達線に行けないって。 その、ほっとけば自動的に強いとか、ほっとけば自動的にスコアが上がってくるってことは人間ないですよね。 スポーツが私たちの心を感激させるのは、まずやっぱり、その、努力、努力するってこと。 それから、他のことを全部犠牲にしてでも、努力して自分の今を実現するために、犠牲を払ってでも前に進むって、その姿勢ですよね。 優厳なものを乗り越えていく努力、優厳であるところ、自分の壁をクリアしていく、その優厳性を超えるところから、そのかっこよさが出てくるし尊厳が出てくるですよね。 誰もが諦めてしまうことを諦めない。 誰もががっかりしてシュンとするところをシュンとしないで、諦めないで胸を張って努力をして、最後に自分のその地位、立場を取り戻す。 そういうことが私たちを、心を熱くするじゃないですか。 で、そういうふうにして得られる価値観や美意識ですよね。尊厳とかかっこいいっていう意味での価値観や美意識っていうのは、 ある程度価値観はこういうもんですよ、美意識はこういうもんですよって分かってこればインデックスができるもんですよね。 コンクテストやったり優劣をつけたりできるじゃないですか。スポーツだってそうですよね。記録を設けて、こういう条件下で記録を測ります。 あるいはこういう条件下で、スケートでも何でもそうですけど採点するじゃないですか。 そうやって点数をつけたり、要するにインデックス化する。そうやって優劣を測ることができます。 だからこのかっこいいとか尊厳ということに近いもの、私たちの美意識や価値観というのは、ある程度条件付きでみんなが納得できるような公平なインデックス付きの価値観ということは評価の基準はできます。 ものすごい作れますよね。だけどそもそも美しいと思うかどうかとか、かっこいいと思うかどうかとか、自分がそういう評価体系に共感できるかどうかって、 それは決められないんですよ。私たちはそう思うかどうかです。 例えばこういうことをすることが美しいということが身体操でもあるじゃないですか。 でもその美しさを実現するために努力して達成するから私たちは共感してその点数を受け入れるんですよ。 でもそもそも身体操はなんで楽しみなの?身体操っていいものなの?って。 そもそもスピードスケートの美しさって、そもそもそれ美しいと思うかどうかってことですよ。 そういうこと考えたらどうかって。 だからそこに私たち自身が最初にそれを美しいと思うって言って初めて、その美しい基準っていうのを後からインディクスができる。 そうすれば数量化できるんです。 でもそもそも美しいと思うかどうか、かっこいいと思うかどうかってことは数量化できないんですよ。 まだ私たちがそう思うと思うことが大事なんです。かっこいいって、美しいと思うって。 まず最初に共感すること、感銘を受けること、心が熱くなるってことがないとダメなんですよ。 それは自分自身、明々一人一人が心にするものを感じることからしか生まれてきませんよね。 で、そこら辺はまず大事だから、今は何でも基準をつけることができる。何でも条例をつけることができる。 で、最終的にはその素晴らしい美しいもの、かっこいいものをお金で買うことができます。 でも美しさ、かっこよさってものの始まり、一般根本にあるのは美しいと感じること、素晴らしいと感じること。 熱く胸が熱くなるものは人工的につけられないし、それはその基準がない。自分が感じるところから始めるっていう。 そこはとっても大事なことなんですよね。 # 鼓舞してくれるもの、力を与えてくれるものに共感する その上で、さらに、どういうものに対して私たちは価値を見出し、美しいと思うか、かっこいいと思うか、尊いなあと思うか、尊厳を感じて評価するか、憧れを持ったり、夢を抱いたりできるかって、 それはどういうものかというと、基本的には最初にお話しましたように、美意識とかそういったものはみんな、有限でなければ出てこないって、万能で何でも思い通りだったら、かっこいいも何もないってお話しさせたじゃないですか。 それはどういうことかというと、要するに、私たち人間は誰もが思い通りにできないから苦しいんですよね。それでも諦めきれないから頑張って生きてるじゃないですか。 で、頑張って努力して努力していくんだけど、もう辛いから投げたくなるんですよ。でも投げたくなる気持ちに対して、いや、投げないで頑張ろうって。 で、どういう時に頑張れるかというと、投げないで頑張っている姿を見たら頑張れるじゃないですか。 同じ有限性、同じ限界の中にあるけど、自分は投げようと思っているんだけど、いや、ダメそうに見えても投げないで頑張っている姿を見た瞬間に共感できますよね。 自分も頑張りたいって。実は人間が自分の有限性に折れそうになった時に、心が折れそうになった時に、いや、折れないで頑張ろうって自分を鼓舞してくれるもの。 誰もが投げたくなって、折れたくなって、やめてしまいたくなる時に、やめないで頑張っていて、結果を出していっているその姿に共感して自分が鼓舞されるもの。 そういうふうに自分が共感できて鼓舞してくれるもの。自分の夢を投げかけることができるもの。自分も頑張ろうと思って心から熱くなれるもの。 そういうものがおそらくかっこいいものであって尊厳を感じるものなんですよ。 ああ、諦めたいな、辛いから諦めたいなと思う。でも諦めきれない。どっちかなって困った時に、いや、諦めないで頑張ろう。 そうやって自分を鼓舞してくれるもの。自分の希望や夢を投げかけることができるもの。そうやって希望や夢を通じて自分を鼓舞してくれるもの。 そうやって自分に将来頑張って自分も価値を実現できると思わせてくれるようなもの。そうやって心に刺さるものって。 それを私たちはかっこいいと思うし価値があると思うし尊厳を感じる。自分がこう生きたい。こういう存在になりたい。自分がこうやりたいというもの。 そういうものを見せてくれる。それは成功とか勝ち負けとか優劣だけじゃないんですよ。自分自身の目の前の自分自身の今の日常の中で折れそうになる自分を前へ向かって背中を押してくれるようなもの。 そういうこの気持ちの強さっていうんですかね。前向きに向かって気持ちの力を与えてくれるもの。頑張る力を与えてくれるもの。それが尊厳。 頑張る力を与えてくれればそれが最終的に成功しようが失敗しようが優れているが優れていなかろうが勝とうが負けようがいいんじゃないかなと思うんですね。 日本は昔から滅びの美学と言ったり法願美意気と言ってうまくいかなかった人を美意気するという気持ちがありますね。それはなぜかというと自分自身を投影してるんですよ。 有限な自分自身。ダメな自分自身。負けそうになる自分自身を投影してでも頑張りたい。その頑張りたいを実現してくれてるもの。頑張りたいを応援してくれそうな存在。 そういうものに結果的に負けようといや無駄ではなかった。負けたけどもこれは尊いんだって。そういう風に尊厳を感じカッコイイと思うって。 だからこの価値の根っこの中にはインデックスにできて優れている。結果を出せる。そういう数量的な単純なインデックスもあるんです。そういう基準もあるんですよ。単純な基準もあります。 だからそうじゃなくて人間が自分自身の有限性。自分自身の負けそうになる心。自分自身の鼓舞する心。頑張ろうと思う心。そういうものに響くような形での基準。 そういうインデックス。これは数量化できないし多分これが人生考える上で一番大事な尊厳とかカッコイイということ。そういうものを取り戻す。 人生は一発勝負の繰り返しっていうけど一発勝負ってのは勝ち負けじゃなくてそういうものをここ一番発揮できるかどうか。ここ一番そういうものを見せられるかどうか。 それを求めているという風に考えたいなと思っています。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間、受け取りまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #誇り #矜持 #尊厳 #人生を考える #人生は一発勝負の繰り返し 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ04:462.智慧を得る05:123.美意識や価値観の根本は自分が感じること04:184.鼓舞してくれるもの、力を与えてくれるものに共感する00:105.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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