2025年6月
#022 沢庵和尚『不動智神妙録』:終わりに①「忠」ということ
42:09
急水上打毬子(きゅうすいじょうにきゅうすをうつ)、念々不停留(ねんねんていりゅうせず)と申す事の候。
急にたきつて流るゝ水の上へ、手毬(てまり)を投(とう)せば、浪にのつて、ぱつぱと止(とどま)らぬ事を申す義なり。
前後際断と申す事の候。
前の心をすてず、又今の心を跡へ残すが悪敷候(あしくそうろう)なり。前と今との間をば、きつてのけよと云ふ心なり。是を前後の際(さい)を切て放せと云ふ義なり。心をとゞめぬ義なり。
水焦上(みずてんをこがし)、火酒雲(ひくもをあらう)
武蔵野はけふはなやきぞ若草の、妻もこもれり我もこもれり。此(この)歌の心を、誰か白雲〔露〕のむすはば消えん朝顔の花。
内々存寄候事(そんじよりそうろうこと)、御諫可申入候由(おんいさめもうしいれるべくそうろうよし)、愚案(ぐあん)如何(いかが)に存候得共(ぞんじそうらえども)、折節(おりふし)幸(さいわい)と存じ及見候処(みおよびそうろうところ)、あらまし書付(かきつけ)進(しん)し申候(もうしそろ)。
貴殿(きでん)事(こと)、兵法に於て、今古無双の達人故、当時官位(かんい)俸禄(ほうろく)、世の聞えも美々敷(びびしく)候。
此(この)大厚恩(だいこうおん)を寝ても覚(さめ)ても忘るゝことなく、旦夕(たんせき)恩を報じ、忠を尽(つく)さんことをのみ思ひたまふべし。
忠を尽すといふは、先づ我(わが)心を正くし、身を治め、毛頭(もうとう)君(きみ)に二心(にしん)なく、人を恨み、咎(とが)めず。日々出仕(しゅっし)怠らず。一家に於ては父母に能(よ)く孝を尽し、夫婦の間少しも猥(みだら)になく、礼儀正しく妾婦(しょうふ)を愛せず、色の道を絶ち、父母の間おごそかに道を以てし、下(しも)を使ふに、私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫(いまし)め、御国(おくに)の政(まつりごと)を正敷(ただしく)し、不善人(ふぜんにん)を遠ざくる様にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化(か)せられ、悪を去り善に還るなり。
如此君臣上下善人(このごとくくんしんじょうげぜんにん)にして、欲薄く、奢(おごり)を止(や)むる時は、国に宝満ちて、民も豊(ゆたか)に治(おさま)り、子の親をしたしみ、手足の上を救ふが如くならば、国は自ら平(たいらか)に成るべし。是れ忠の初(はじめ)なり。
この金鉄(きんてつ)の二心なき兵を、以下様々の御時(おんとき)御用(ごよう)に立てたらば、千万人を遣(つか)ふとも心のまゝなるべし。
則ち先に云ふ所の、千手観音の一心正しければ、千の手皆用に立つが如く、貴殿の兵術の心正しければ、一心の働(はたらき)自在にして、数千人の敵をも一剣に随へるが如し。是れ大忠(だいちゅう)にあらずや。
其心(そのこころ)正しき時は、外より人の知る事もあらず。一念発(ほっす)る所に善と悪との二つあり、其(その)善悪二つの本(もと)を考へて、善をなし悪をせざれば、心自(おのずか)ら正直なり。
悪と知り止めざるは、我(わが)好む所の痛(いたみ)あるゆゑなり。或(あるい)は色を好むか、奢気随(おごりきずい)にするか、いかさま心に好む所の働きある故に、善人ありとも我(わが)気に合はざれば、善事を用ひず。無智なれども、一旦(いったん)我(わが)気に合へば登(のぼ)し用(もち)ひ、好むゆゑに、善人はありても用ゐざれば、無きが如し。
然れば幾千人ありとても、自然(しぜん)の時、主人の用に立つ物は一人も不可有之(これあるべからず)。彼(か)の一旦気に入りたる無智若輩(むちじゃくはい)の悪人は、元より心正しからざる者故(ゆえ)、事(こと)に臨んで一命を捨てんと思ふ事、努々不可有(ゆめゆめあるべからず)。心正しからざるものゝ、主(あるじ)の用に立ちたる事は、往昔(おうじゃく)より不承及(うけたまわりおよばざる)ところなり。
急にたきつて流るゝ水の上へ、手毬(てまり)を投(とう)せば、浪にのつて、ぱつぱと止(とどま)らぬ事を申す義なり。
前後際断と申す事の候。
前の心をすてず、又今の心を跡へ残すが悪敷候(あしくそうろう)なり。前と今との間をば、きつてのけよと云ふ心なり。是を前後の際(さい)を切て放せと云ふ義なり。心をとゞめぬ義なり。
水焦上(みずてんをこがし)、火酒雲(ひくもをあらう)
武蔵野はけふはなやきぞ若草の、妻もこもれり我もこもれり。此(この)歌の心を、誰か白雲〔露〕のむすはば消えん朝顔の花。
内々存寄候事(そんじよりそうろうこと)、御諫可申入候由(おんいさめもうしいれるべくそうろうよし)、愚案(ぐあん)如何(いかが)に存候得共(ぞんじそうらえども)、折節(おりふし)幸(さいわい)と存じ及見候処(みおよびそうろうところ)、あらまし書付(かきつけ)進(しん)し申候(もうしそろ)。
貴殿(きでん)事(こと)、兵法に於て、今古無双の達人故、当時官位(かんい)俸禄(ほうろく)、世の聞えも美々敷(びびしく)候。
此(この)大厚恩(だいこうおん)を寝ても覚(さめ)ても忘るゝことなく、旦夕(たんせき)恩を報じ、忠を尽(つく)さんことをのみ思ひたまふべし。
忠を尽すといふは、先づ我(わが)心を正くし、身を治め、毛頭(もうとう)君(きみ)に二心(にしん)なく、人を恨み、咎(とが)めず。日々出仕(しゅっし)怠らず。一家に於ては父母に能(よ)く孝を尽し、夫婦の間少しも猥(みだら)になく、礼儀正しく妾婦(しょうふ)を愛せず、色の道を絶ち、父母の間おごそかに道を以てし、下(しも)を使ふに、私のへだてなく、善人を用ゐ近付け、我足らざる所を諫(いまし)め、御国(おくに)の政(まつりごと)を正敷(ただしく)し、不善人(ふぜんにん)を遠ざくる様にするときは、善人は日々に進み、不善人もおのづから主人の善を好む所に化(か)せられ、悪を去り善に還るなり。
如此君臣上下善人(このごとくくんしんじょうげぜんにん)にして、欲薄く、奢(おごり)を止(や)むる時は、国に宝満ちて、民も豊(ゆたか)に治(おさま)り、子の親をしたしみ、手足の上を救ふが如くならば、国は自ら平(たいらか)に成るべし。是れ忠の初(はじめ)なり。
この金鉄(きんてつ)の二心なき兵を、以下様々の御時(おんとき)御用(ごよう)に立てたらば、千万人を遣(つか)ふとも心のまゝなるべし。
則ち先に云ふ所の、千手観音の一心正しければ、千の手皆用に立つが如く、貴殿の兵術の心正しければ、一心の働(はたらき)自在にして、数千人の敵をも一剣に随へるが如し。是れ大忠(だいちゅう)にあらずや。
其心(そのこころ)正しき時は、外より人の知る事もあらず。一念発(ほっす)る所に善と悪との二つあり、其(その)善悪二つの本(もと)を考へて、善をなし悪をせざれば、心自(おのずか)ら正直なり。
悪と知り止めざるは、我(わが)好む所の痛(いたみ)あるゆゑなり。或(あるい)は色を好むか、奢気随(おごりきずい)にするか、いかさま心に好む所の働きある故に、善人ありとも我(わが)気に合はざれば、善事を用ひず。無智なれども、一旦(いったん)我(わが)気に合へば登(のぼ)し用(もち)ひ、好むゆゑに、善人はありても用ゐざれば、無きが如し。
然れば幾千人ありとても、自然(しぜん)の時、主人の用に立つ物は一人も不可有之(これあるべからず)。彼(か)の一旦気に入りたる無智若輩(むちじゃくはい)の悪人は、元より心正しからざる者故(ゆえ)、事(こと)に臨んで一命を捨てんと思ふ事、努々不可有(ゆめゆめあるべからず)。心正しからざるものゝ、主(あるじ)の用に立ちたる事は、往昔(おうじゃく)より不承及(うけたまわりおよばざる)ところなり。
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初めのあいさつ
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コメント
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