TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#108 人生を考える...孤独について①11:13 2024年1月25日 559再生 問題を報告する 再生する シェアする わたしたちを苦しめるもののなかでも、「孤独」はとくに難しい問題です。AI目次幸福とは何か?普遍的な問い孤独の苦しみ、その実像とは?成功者にも潜む孤独の影寂しさに寄り添う音楽の力孤独とどう向き合うか?次回へ続くAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。 エリンジの古川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 能力、財力、権力、名声と幸福はイコールにはならない 今日は人生を考えるということで、孤独について少しお話ししようと思います。 私のように僧侶という立場ですと、いろんな方から打ち明け話をされたり、それからご相談を受けることがあるんですよね。 お坊さんというのは、いろんな方の悩みの相談に乗るということも大切な役割の一つですね。 そうしますと、いろんな方からいろんなご相談を受けるんですけれども、こんなすごい人がこういうことで悩んでいるんだなって驚くこともありますね。 いろんな方からいろんなご相談を受ける中で、私が気づいたことは、 人間の幸せというのは、例えば才能だとか、例えば名誉だとか、例えば財力だとか、権力だとか、そういった誰もが求めるようなもの。 そういうものがあるかないかとか、多いか少ないかとか、そういうこととは関係ない部分もかなり大きいということなんですよね。 幸福はお金では買えないとか、よく世間でも言いますけれども、実際に本当にその名誉もあり、財力もあり、権力もあり、才能もあり、あらゆるものに関して誰もが羨むような恵まれている方が、本当にちょっとしたこと。 本当にちょっとしたことで、本当に心から苦しんでいるということがよくあるんですね。 だから、月並みのようだけれども、そういう名誉とか財力とか権力とか能力とか、そういったものと幸福とは直接は関係しないって。 そういうものがあろうがなかろうが、やっぱりどうやってそういったものと付き合っていくのか。 どうやって人間関係を構築して、どうやって自分の人生を実現していくのかって、そこに本当の場所があるんだよって。 直接そういうものがあるからといって、よくなるわけじゃないし、むしろそういうものがあればあるほど、いろんなものに巻き込まれていくんですよね。 権力がある、財力があるっていうことは、裏返して言うと、それだけいろんなことに巻き込まれていって、責任を負わなきゃならないわけですもんね。 だから、自分の幸せが名誉とか財力とか権力とかってことにあるっていうふうに思うような場合があるとすると、 それは他人と、例えば名誉にしても財力にしても権力にしても、他人と自分を比較して、そこで不満を持ったり、優越感にしたりするときに多くは起きるんですね。 実際、例で言うならば、本当に幸せだなって、自分が本当に幸せになっていたら、おそらく名誉とか財力とか権力とかはそんなに吹っ飛んでますよね。 自分の今感じている喜びに、あるいは幸せに、そんなこと気にならなくなるじゃないですか。 あれ、本当に不満を持っているときって、実は原因は名誉であったり財力であったり権力であったりするにしても、本当に不満を持っているときって、そんなこと気にならないでしょうね。ひたすら不満になってしまいますね。 だから、幸福とか不幸とかっていうことは、原因として能力、名誉、財力、権力ってあるかもしれないけど、本当に自分が幸せかどうかってことに関して言うならば、それは直接は関係ないって、そんなふうに思います。 どうしてかと言いますとね、今お話ししましたように、そういうものを持っている人が必ずしも幸せだってことは言えないってことなんですね。 # 一番の苦しみは孤独... さて、私たちが一番苦しみを感じるもの、私たちの心を一番さえなぐものの一つが、おそらく孤独だという風に言う方が多いと思いますよね。 実際に大人にお越しになって、私がご相談を受ける方の中に、孤独の問題はとても多いですね。 ご相談を受けるということだけではなくて、私は昔学問をしていましたし、今はお坊さんでもあるし、いろんなご相談だけではなくて、実際その世界を見ていますけれども、実は僧侶って孤独なことで苦しんでいる方が多いんですよね。 禅僧にも孤独で苦しんでいる方は結構おられます。 学者にも多いですよね。 地位が高い人とか、成功者にも孤独で苦しんでいる方はとても多いです。 なかなかそんなことを人に打ち上げるわけにはいきませんからね。 自分で抱え込んでいて、自分で対策を考えてうまく付き合っておられる方も多いですけれども、基本はやっぱりそこに苦しみを感じている方ってとても多いんですよね。 気を付けないと、そういうところに立っているとアルコールに走りがちですよね。 アメリカだったらドラッグの問題も多いかと思います。 日本ではそれほどドラッグのことは言われませんけれども、アメリカの成功した、華やかな成功した方ってドラッグで命を落とす方も多いですよね。 だから、どれほど成功しても孤独というものは迫ってくるということですよね。 だから先ほども話しましたように、名誉とか名声とか材料とか権力は孤独を埋め合わせることにはならないんですよね。 本当の友人や本当の愛する人というのは、お金や権力では手に入れることができないということなんですよね。 それでは、このことをどう向き合うかという問題が起きてきます。 私も実はよく聞かれるんですよ。 このエレンジというお寺は、改装以来、もう少しで700年になるお寺ですけれども、だいたいこのお寺は老子と言われる立場の人が住職になるんですよね。 基本的には結婚が許されていないんですよね。 だから、私の以前の住職全員、私も含めてだけども、700年近い歴史の中で結婚した方が一人もいないんです。 そんなわけで、私もこのエレンジに来るときには、師匠から結婚はできないよってあらかじめちゃんと悔いをさされていますね。 このお寺に来るときに、本当に念を忘れたんですよ。 もうどうしても結婚したかったら、このお寺を出てからにしてくれって、そんなふうにちゃんと言われていますし、私もわかりましたって、それを引き受けてきていますからね。 だから、このお寺の住職でいる限り、一人で生きていくということになるんですよね。 確かにこの大きな境内ですよね、広い敷地の中に、夕方5時の勤務時間が終わったら、職員さんはみんなお帰りになりますからね。 本当にその夕方の時間以降、朝まで、また新しく職員さんが翌日やってくるまでの間、私は一人でこのお寺に暮らしているわけですよね。 それはずっと先代さんもそうだし、その前の先々代山さんもそうだし、小僧さんがいればともかく、そうでなければずっと一人で暮らすというのがこのお寺の特徴なんですよね。 # ほんとうに淋しい時に聴く音楽 寂しいときはありませんか? 私もよく聞かれるんですけども 全くないなんて言ったらそれは嘘になります 当然それは一人でたった一人でいるってことは 寂しいですよやっぱり そういう時には普通に誰もが考えることっていうのは 何かっていうと気晴らしですけども 最初にお話しすることで まず孤独と向き合う 孤独の中で生きていくことに まず普通に考えることは 考えることは孤独と向き合うための 伴侶ですよね 私の場合はやっぱり芸術ですよね 特に私は音楽を子供の頃から 親しましてもらってますから 音楽がすごく頼りになりますよね 実はそんなにもう今 しょっちゅう聴くわけではないんです だけれど時々こう音楽を聴くんですよね で時々本当に寂しい時がありますよね そういう孤独感というか寂しさがある時には 何を聴くかっていうと 人にもそれぞれですけど ちょっと一つの例としてお話しするんですけどね 音楽だったらシューベルトの音楽かな シューベルトって 友達がいっぱいいた人なんですよね 貧しかったけど本当に友達がいっぱいいて みんな大事にしてくれるんですよね でシューベルティアでなんて言われてね 友人関係のシューベルトは 見本みたいな方だったんだけども だけど各音楽 シューベルトの各音楽って 本当に孤独な音楽なんですよね 心に染み込んでくるような 本当に孤独を感じさせるような音楽で 特に冬の旅っていう 連作楽曲集があるじゃないですか ウィンターライデーっていうのがあって もうこれ本当に悲しいというか寂しいというか 悲哀に満ちたというかね 魂が引き裂かれるような音楽なんですよね シューベルトってメロディーがとても綺麗だし 美しい音楽が多いんだけど とっても寂しいものがいっぱいありますよね ピアノソナターも特に最後の方のソナターなんて 本当に寂しい音楽ですよね だからそういう寂しいものを 寂しい時に聴くって 逆にいいんですよ 本当に透明で 寂しい自分と同調して 同期してシンクロするんだけど 清められていくようなきわらかな 思いがするんですよね そういう意味では 自分の心を支えてくれるような 音楽みたいなものでもいいし 人によって違うと思うんですよ 明るいものを聴いてチーハップする人もいるだろうし だけどやっぱりそういう時に 芸術っていうものを持っている 趣味を持っている 自分の心を同期させて そこから力をいただくものを持っているって大事なことですよね その時に気晴らしで ただ孤独というものを 道の名もなくても済むように 明るいことをやるというだけじゃないんですよね あえてそういう時に 自分の心とシンクロさせてくれる だけど聴こえた時には どこか自分の心に力を与えてくれるものってあるじゃないですか そういうものを持っているというのは とても大事なことだなという風に思います # 終わりのあいさつ さて、孤独という問題はとても重大なことですので、 今日一回では話していくことはできませんので、 引き続き次回もお話しさせていただきたいと思います。 今日は長くなりましたので、ここまでといたします。 今日もお聞きいただきまして誠にありがとうございます。 どうぞ良い一日をお過ごしください。 もっと見る #孤独 #幸福 #シューベルト #人生を考える #寂しい時間をやり過ごす #冬の旅 #ピアノソナタ 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ03:442.能力、財力、権力、名声と幸福はイコールにはならない03:443.一番の苦しみは孤独...03:134.ほんとうに淋しい時に聴く音楽00:245.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
#651 夢窓国師の命日に②夢窓国師の末後垂誡(まつごすいかい:最期の戒め) 15分・10月1日・ 132再生AI目次夢窓国師が残した末後垂誡の真意弟子たちへの厳しくも温かい配慮恩返しは修行のみ?世間の常識と乖離師の言葉に頼るな、真の教えとは自己の権威を否定した禅師の境地
#650 夢窓国師の命日に①夢窓国師の遺偈(ゆいげ:辞世の漢詩) 14分・9月30日・ 206再生AI目次夢窓国師の命日と恵林寺開山の歴史恵林寺名の由来「初転法輪」の秘話激動の時代を貫く「怨親平等」の境地夢窓国師 遺偈が示す自由な境地とは謎深まる遺偈「卑怯遺憾」「砲発羅立」
#649 身体でもなく、心でもなくとは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(49)「真実の修行」② 15分・9月29日・ 194再生AI目次身体の修行に潜むエゴの罠心身の行における自己への執着「捨てる」ことの意味と実践法澤庵和尚が説く「不動智」の教え「捉われない」境地への道筋
#648 本当の修行とは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(49)「真実の修行」① 15分・9月28日・ 251再生AI目次禅の修行は身・口・意にあらず?東山陵介が般若心経に抱いた疑問「あるのにない」仏教の根本義幻としての体・口・心の正体真の自分に気づく悟りの瞬間とは
#647 禅の物語~甎を磨いて鏡にする 南嶽懐譲禅師 15分・9月24日・ 248再生AI目次瓦を磨いて鏡にする禅問答座禅で仏になる秘訣とは己は何者?8年後の境地牛車が進まぬ時、打つべきは悟りへの果てなき精進の道
#646 やった気になるだけではいけない~夢窓国師『夢中問答集』を読む(48)「坐禅の本意」③ 15分・9月23日・ 212再生AI目次座禅の本意と自己理解の重要性臨済と曹洞の論争に見る本質「やってる感」が招く修行の落とし穴行をなす心の針の向け方とは身口意の三業を超えた無心の境地
#645 ぼんやり坐禅は無駄になる?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(48)「坐禅の本意」② 14分・9月22日・ 227再生AI目次「ぼんやり坐禅」は本当に無駄なのか?夢窓国師の指導に見る真意段階に応じた坐禅の深め方とは坐禅を継続する精神の秘訣逆境を乗り越える心境転換の極意
#644 ほんとうの坐禅とは?~夢窓国師『夢中問答集』を読む(48)「坐禅の本意」① 14分・9月21日・ 186再生AI目次坐禅に秘められた多様な目的心身の回復を促す坐禅の力乱れた日常にリズムを生む坐禅集中力と自己を見つめる坐禅真の坐禅へ導く「己」の理解