TOPライフスタイルメンタル・心理学禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで#525 日常に活かす禅...「自分に向き合う時」に心がけること14:05 2025年12月24日 314再生 問題を報告する 再生する シェアする 一年を振り返る時には、自分自身と向き合うことになります。その時、どのようなことを心がけると良いのか、禅の考え方を日常的なことに落とし込んで考えます。AI目次逆境こそ自分と向き合う好機行き詰まった時の問題対処法問題に飲み込まれない視点の自由問われる自分らしさの深層人生を歩み抜く「自分」の方向性AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ おはようございます。エリンジの福川周券です。 今日もどうぞよろしくお願いいたします。 # 問題に向き合う時 今日は、日常に生かす善ということで、自分に向き合う時に心がけること、という話をしたいと思います。 今年ももう少しで終わりですね。新しい年が近づいてきます。 そうすると、そろそろお掃除を済ませながら、あるいは新年の準備をしながら、今年一年を振り返る。 まあ、そういう時、人間というのは自分と向き合うわけですよね。 また、季節の変わり目もそうですけれども、冬、もういろんな命が終わりを迎えます。 落ち葉が散って、そして元気だった木が、どんどんどんどんしぼんでいってしまって、 で、もう小枯らしが吹いて、木の枝が骨みたいに寂しく立ってて、風がヒューヒュー鳴るって、 こういう寂しさというか、寂寥感を感じると、どうしても人間というのは、自分たちの命の儚さを思い起こすんですよね。 だから、この秋から冬にかけては、人間が内静的になる時ではあります。 ですから、まあ、こういうシーズン、自分に向き合うということを、やっぱりちょっと心に置いておいた方がいいと思うんですね。 それで今日は、そんな話をしようと思います。 自分に向き合う時、その向き合いが心にしみじみときて、こう自分が変えようって、新しい挑戦とか、新しいものの見方、考え方、 自分を変えようという風に、前へ一歩踏み出すようになる。そこまでこう自分に深く向き合う。 簡単にこう表面上だけで自分を見つめていても、なかなか行動には打ちたいんですよね。 どこかでやっぱりしっかり自分と向き合って、よしってこう、変わんなきゃとか、よしとか、 まあ、その風に決心ができるところまで、しっかり向き合うということが大事ですよね。 そんな風に自分と向き合うことができるためには、どうしたらいいか。 まあ、調子がいい時に、どんどんどんどんやっていく時っていうのは、あんまり自分と向き合っているわけじゃないんですよね。 その時から大概、うまくいっている状況を見ながら、その状況に合わせて動いていくわけです。 だから、自分に向き合う時ってどういう時かというと、どちらかというと、うまくいかない時が多いんですよね。 今までうまくいっていたことが、急にダメになってしまったりとか、 あるいは、そもそも最初から自分にとってチャレンジングであって、なかなか克服することが難しいな、そんなことに出会ったりする時、 自分にできるんだろうかって、そんなことを思う時ですよね。 だから、どちらかというと、自分に向き合うことが本当にできる時というのは、 順境、調子がいい時じゃなくて、逆境、調子が悪い時の方が多いですよね。 ですから一つ、自分に向き合う時に心を開けることというのは、まず最初に頭に置いておいた方がいいことは、 困難とか辛いこと、逆境というのは、実は悪いことばかりじゃないよね、ということですね。 困難があるからこそ、自分に深く深く向き合うことができる。 だから、困難というのは、それをうまく乗り越えていって、ブレイクすることができれば、自分を変えるチャンスになる。 困難というのは、ただ単に、覗いていかなければうまくいかなくなってしまうようなこと、 それを何度クリアしないとダメになっちゃう、そういう風に考えるんじゃなくて、 困難というのは、それを乗り越える過程の中で、自分が脱皮したければ乗り越えられない。 もうちょっと努力すれば、ちょっと何かやれば、あるいは運が良ければ、越えられるような問題って、 そんなのは確かに楽ではあるけれど、自分を変えてくれはしないですよね。 だから、順風満帆でトントン拍子で生きている人って、やっぱり打たれ弱いですよね。 また、自分の殻の中に閉じこもってしまいがちになります。 どんどんどんどん自分を変えていって、どんどんどんどん成長して、 どんどん深く、より高く広く、鋭くなっていくためには、やっぱり苦労って必要ですよね。 だから、確かにその時その時は辛いから、なかなかありがたいなんて思えないですけれど、 でも、困難というのは、ダメなことばかりじゃない。 嫌なことばかりじゃない。悪いことばかりじゃないんだって。 その困難を超える、それは自分の限界に直面しているわけだから、 自分の限界をクリアして、もっと大きくなる、もっと強くなるって、 もっと成長できるチャンスになるって、そんな風に思う、そういう側面も必要ですよね。 で、もう一つ、困難というのは、必ずしもその時、成功方法で解決できないことがあるってことは、 知っておいた方がいいですよね。 いや、そんなこと当たり前って言う方もおられるかもしれませんけど、 実はそうでもないんです。 シラフで別に追い詰められていない時、上手くいってる時ってそんなことわかってるんですよね、誰もが。 でも、上手くいかなくなると誰もが焦ります。 で、追い詰められてくるんですよね。 で、追い詰められてきて焦ってしまうと、当たり前のことが分からなくなってきてしまうんですね。 そうすると、普段よりも成功法にこだわってしまったり、 それから普段よりも焦って、短い時間で解決してしまったり、 力づくでご了承したりってことが起きがちですね。 だから、普段から物事を考える時には、 普段から成功法ですぐ解決できることに直面する時でも、 普段から物事に直面する時には、成功法で解決できないこともあるんだ。 それから今は無理でも、時間をかけて解決する。 それができるんだ、そういう考え方もあるんだって。 あえてしばらく問題をそのままにしておいて、 もっとより深く自分が取り組むことができるようになってから、 取り組んだ方がいいって、そういう考え方もあるんだってことを知っておいた方がいいんですね。 だから、自分が今の時点でまだまだ力づくであったり、 そのタイミングでいろんな縁、いろんな巡り合わせが恵まれてない時、 成功法で今解決が難しい時があるんですよ。 その時にはどうしたらいいか。 まず最初に困ってるから解決すると思ってるわけだけど、 困ってる時に何が一番困ってるかってことですね。 その困ってることそのものを解決以外の方法で無効にする。 困ってるんだけど、それを何かの形で無効にする方法はないかって考えてみるって。 あるいは、自分が直接向かうのが本当はベストなんだけど、 誰か得意な人に頼むってこともあるかもしれない。 あるいは、表から行くのが難しかったら裏からだったりって。 いろんな解決法ってあるんですよ。 例えば、問題はそのままでも問題が大きくならないように、 くるんでしまったりとかって。 いろんなやり方がありますよね。 だから、まず最初に問題解決を成功法で考えるだけじゃなくて、 自分が困ってるトラブルを、 まずトラブルの困ってるところを無効にする、 キャンセルする方法まで広げて考えるって。 そういう観点が大事になります。 # 自分とは何者か? それからもう一つ、問題に向き合う時、相手その問題にどっぷり使ってしまって、もうそればっかり考えて寝ても覚めてもっていうこと、これはとても大事なことです。 これを徹底しないといけないとこもあるんですが、そればっかりでもいけないんですよね。 まずはそれでどっぷり行くと同時に、時々はタイミングによっては、見方や角度を変えて自由に見るって。 そういう考え方を自分の中に持っているということも大事なんです。 没頭型の性格だなって自分で思っている人は、時々は没頭になりすぎないように、あえてわざわざ問題を違う方から見てみる。 問題を違う側から見てくる。問題を相手の側から見てみる。他人の側から見てみるというふうに、あえて見方を変えるということを普段から習慣付けておくということが大事なことなんですね。 いわゆる多面的な見方とか、俯瞰的な見方と言われているものがそうです。 これは思考のトレーニングだから、自分でそれを習慣化できるわけですよ。 物事を考える時に、普段からいろんな角度から考える。 自分が物を考える時の視点を、自分の中だけじゃなくて、上に置いたり下に置いたり、反対に置いたり、中に置いたり外に置いたり、 普段からそういうふうに物事を多面的に見る習慣を付けておくと、追い詰められて、もうがんじがらめになってしまった時に、自分の自生自縛から抜け出る、そう助けになってくることがあるんですね。 だから向き合うという時には、どっぷりになってしまうことだけがないよ。そうじゃなくて、見方や角度を変える。 これはどういうことかというと、実は見方を変えるということは、自由じゃないと無理なんですよ。 つまり、問題に向き合う時には、自分自身が自分の中に自由であるということを持っていかなければいけないんです。 どっぷり付き合いすぎちゃうと、自分の中にある自由はなくなっちゃう。 そうすると、一生懸命やっているつもりでも、自分であって自分でないということになってしまうんですよね。 あくまでも自分自身であるためには、問題を真摯に、正面から受けるということも大事だけど、同時に自分が自生自縛になって、がんじがらめになって、自由をなくしてしまったら、もはや自分じゃないんですよね。 そうやって相手に飲み込まれてしまったり、問題に飲み込まれてしまったりすることがないように、自分が自由に見えるということを心の中に残しておくということが大事ですよね。 さあ、こうやって見ていくと、今私は話の入り口のところでは、自分に向き合う時というのは、どちらかというと、うまくいかない時だから。 うまくいかない時こそが自分に向き合う時のチャンスだという話をしましたから、今日の話、今までのところはどちらかというと、問題に向き合うという話をしているんですよね。 でも、問題に向き合うことというのは、真剣に向き合えば向き合うほど、自分自身が問われているということです。 それはどう問われているかというと、お前は何者なんだということを正面から問題にすることだけが、自分に向き合うことではないですよね。 例えば、誠実に問題に向き合う時に気をつけないと、どっぷり真正面から正攻法になりがちなんです。 自分の人生に対しては、常に常にどっぷり真っ向にから正攻法で向き合うべきですよね。逃げたり、ごまかせたりしない。 正直に自分に向き合うということは大事ですが、そういう自分が問われる時というのは、自分の手に負えないような問題、自分ではどうにもならないような問題に直面するという時が多いです。 その時、自分で正直にやれということ自体は悪いことではないのですが、自分が超えられないような問題にあえてこだわりすぎて、自分自身の自分らしさをなくしてしまう。 どっぷり問題に付き合いすぎちゃって、自分自身を見失っちゃって、問題に飲み込まれてしまうと、実は自分を見失う。 正攻法で正直であればあるほど、自分を見失うことがあり得る。これが人間というものの難しさ。 事故というもの、自分というものの深さであり難しさなんですよね。 そういうことも含めて、自分と向き合うということは、普段から生きるということを真剣に考えて、自分とは何者なのか、どう生きることがいいことなのか、どう生きたいのか、そういうことを普段から考えておくことが大事ですよね。 いきなり問題に直面して考え始めても、なかなかうまくいかないです。 だから、人生に真剣に向き合うということが、人生を考えるということでもあるわけですよね。 さて、そうするともう一つ大事なこと。 じゃあ、そういうわけで、自分が人生に向き合うときの、自分とは何者かというときに、よく自分は何者かというと、自分はこういう状態ですよ、という、自分のことを状態と思う人がいるんですよ。 今、幸せを感じていますよ。今、楽しいと思っていますよ。 そういう自分が、自分というふうに思うことがあるじゃないですか。 それはまあ、自分はそういう部分もあるんですけど、自分とそういう状態をイコールにしちゃうと、今度は困ることが出てくるんですね。 どうするかというと、自分はあるときには幸せ、でもあるときには絶望する。あるときには嬉しいけど、あるときには悲しい。 実は、人間の心を状態として見るならば、実は気がつかないうちにどんどんどんどん上がったり下がったり、こけたり、立ち上がったり、心ってコロコロコロコロ、どんどんどんどん動くんですよね。 だから、自分は状態って言うけど、状態ってことを言うならば、実は自分の心がどんどん動くのに振り回されちゃって、実は自分とは何者かってことは見えてこない。 自分を見失うってことが起こりますよね。例えば、パニックになっちゃうと、問題に飲み込まれちゃって、自分を見失うって。 自分は状態ですよって思っていると、いいときにはいいんですよ。いい状態だから私はハッピー。よし、やる気があるぞ、頑張るぞってなるんだけど、 うまくいかないときが、追い詰められちゃって、追い立てられているときに、自分を見失いますよね。 だから、自分というのは必ずしも状態ではない。状態で測っていいときもあるんだけど、必ずしも状態で行くことはないですよね。 じゃあ自分とは何かって。いろんな状態、喜んだり悲しんだり泣いたり笑ったりしながら、でもそうやって人生を歩いていく。 人生を歩いていくのが自分ですよね。その自分の人生を歩いていく中で、いい状態、悪い状態、ちょっとした状態、ダメな状態ありますよね。 いろんな状態もあるけど、でも自分とは何かというと、そういう状態の中を歩いて歩いて歩いて歩いて、命が最後もお迎えするまでずっと歩き抜いていくやつが自分なんです。 だからそのときそのとき、自分を捕まえるときについ状態を掴むんだけど、状態ではない。 そうじゃなくて歩いていくやつだって。実現して自分であろうと思って努力して歩いていくその方向ですよね。 どういう人間になろうかなって。どうやって生きていこうかなって。先を目指して歩いていくその方向性。それが自分なんですよね。 そういうふうに思えば、ときにはダメなときもある。ときにはいいときもある。だけどダメだからといってがっかりしたり絶望したり、やけを起こしたりしない。 いいからといって傲慢になったりいい気になったりして調子乗らない。そうじゃなくて上がったり下がったりしながら、それでも人生の終わりに向かってずんずん歩いていって、 最後の瞬間にパッと振り返って自分はこうやって生きてよかったなって言えるように、そのふうに生きていくって。 自分というのはなかなか分かっている上で分からない。捕まえられるようで捕まえられない。 いろんな自分というのを瞬間瞬間捕まえていくんだけど、そのどれもが自分ではあるけど、自分の一部ではあるけども自分のそのものじゃない。 自分そのものというのはひょっとすると人生の最後に自分が生まれてから死ぬまでの間歩いたこの道筋、その全部が自分であって、 これが自分だよというのは本当は簡単には人に示すことができないし、自分でもこうだなんて言うことが難しいものかもしれませんね。 # 終わりのあいさつ さて、今日も長い時間お受けいただきまして、本当にありがとうございました。 どうぞ、良い一日をお過ごしください。 もっと見る #自分に向き合う #日常に活かす禅 #自分に向き合う時 禅僧と考える...日々の暮らしから人生までプレミアム放送配信中!00:101.初めのあいさつ06:302.問題に向き合う時07:183.自分とは何者か?00:084.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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