2026年2月
#056 『無門関』を読む...034:無門曰く(第11則)
21:14
無門曰く、
一般に拳頭(けんとう) を竪起(じゅき)するに、甚麼(なん)と爲(し)てか一箇を肯(うけが)い、一箇を肯わざる。
且らく道え、誵訛(ごうが)、甚(いず)れの處にか在る。
若し者裏(しゃり)に向かって一轉語(いってんご)を下し得ば、便ち見ん、趙州の舌頭(ぜっとう)に骨無く、扶起(ふき)し放倒(ほうとう)すること、大自在を得ることを。
然も是(かく)の如くなりと雖(いえど)も、爭奈(いかん)せん、趙州、却って二庵主に勘破せらるることを。
若し二庵主に優劣有りと道わば、未だ參學(さんがく)の眼を具せず。
若し優劣無しと道うも、亦、未だ參學の眼を具せず。
わたくし無門が言おう、
同じように拳を突き出したのに、どうして一方を肯定し、一方は否定したのか。
さあ、言って見よ、この混乱は何に由来するのか? もしもこの点についてズバリと寸評を加えることができるならば、趙州和尚は何を言うのもとらわれなく、扶け起こすも突き倒すも意のままに自由自在であることを見て取るのだ。
しかしながらそうは言っても、趙州和尚の方も二人の庵主に見破られてしまったことはどうしようもない。
二人の庵主に優劣があるなどと言うならば、それではまだ禅の眼が開かれておらん。
優劣などないと言っても、やはり禅の眼を持ってはおらん。
一般に拳頭(けんとう) を竪起(じゅき)するに、甚麼(なん)と爲(し)てか一箇を肯(うけが)い、一箇を肯わざる。
且らく道え、誵訛(ごうが)、甚(いず)れの處にか在る。
若し者裏(しゃり)に向かって一轉語(いってんご)を下し得ば、便ち見ん、趙州の舌頭(ぜっとう)に骨無く、扶起(ふき)し放倒(ほうとう)すること、大自在を得ることを。
然も是(かく)の如くなりと雖(いえど)も、爭奈(いかん)せん、趙州、却って二庵主に勘破せらるることを。
若し二庵主に優劣有りと道わば、未だ參學(さんがく)の眼を具せず。
若し優劣無しと道うも、亦、未だ參學の眼を具せず。
わたくし無門が言おう、
同じように拳を突き出したのに、どうして一方を肯定し、一方は否定したのか。
さあ、言って見よ、この混乱は何に由来するのか? もしもこの点についてズバリと寸評を加えることができるならば、趙州和尚は何を言うのもとらわれなく、扶け起こすも突き倒すも意のままに自由自在であることを見て取るのだ。
しかしながらそうは言っても、趙州和尚の方も二人の庵主に見破られてしまったことはどうしようもない。
二人の庵主に優劣があるなどと言うならば、それではまだ禅の眼が開かれておらん。
優劣などないと言っても、やはり禅の眼を持ってはおらん。
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
- 00:171.
初めのあいさつ
- 01:022.
一般に拳頭を竪起す、甚麼としてか一箇を肯い一箇を肯わざる...
- 09:583.
趙州和尚と二人の庵主
- 09:504.
この問答の急所は...
- 00:105.
終わりのあいさつ
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