2026年8月
#079 『無門関』を読む...057:第19則 平常心是道
28:36
十九 平常是れ道
南泉、因みに趙州問う、
如何なるか是れ、道。
泉曰く、
平常心是れ道。
州云く、
還りて趣向(しゅこう)すべきや。
泉曰く、
向はんと擬(ぎ)すれば、即ち乖(そむ)く。
州云く、
擬せずんば、爭(いか)でか是れ、道なることを知らん。
泉曰く、
道は知にも屬せず、不知にも屬せず。知は是れ、妄覺、不知は是れ、無記。
若し眞に不疑の道に達せば、猶ほ太虚の廓然(かくねん)として洞豁(たうかつ)なるがごとし。豈に強いて是非すべけんや。
州、言下(ごんか)に頓吾(とんご)す。
或る時、南泉和尚に趙州和尚が問うた、道とは、どのようなものなのでしょうか?
南泉和尚は答えられた、常日頃の当たり前の心が、そのまま道だ。
趙州和尚は言った、そのようなものを目指すことができるのでしょうか?
南泉和尚は言われた、向かおうとすれば、直ぐに外れてしまうぞ。
趙州和尚は言った、向かおうとしなければ、道だとわからないではないですか。
南泉和尚は言われた、道というものは知識でもなければ、知らないでおくということでもない。知っていると思ってもそれは妄想でしかなく、知らないでおいても空っぽのままだ。本当に疑いのない道に到達したならば、ちょうど「太虚」と呼ばれるものがガラッとして限りなく拡がっているようなものだ。そのようなものをどうしてああだこうだ論ずることができようか。
趙州和尚は、この言葉を聞いてズバリと悟りを開いた。
南泉、因みに趙州問う、
如何なるか是れ、道。
泉曰く、
平常心是れ道。
州云く、
還りて趣向(しゅこう)すべきや。
泉曰く、
向はんと擬(ぎ)すれば、即ち乖(そむ)く。
州云く、
擬せずんば、爭(いか)でか是れ、道なることを知らん。
泉曰く、
道は知にも屬せず、不知にも屬せず。知は是れ、妄覺、不知は是れ、無記。
若し眞に不疑の道に達せば、猶ほ太虚の廓然(かくねん)として洞豁(たうかつ)なるがごとし。豈に強いて是非すべけんや。
州、言下(ごんか)に頓吾(とんご)す。
或る時、南泉和尚に趙州和尚が問うた、道とは、どのようなものなのでしょうか?
南泉和尚は答えられた、常日頃の当たり前の心が、そのまま道だ。
趙州和尚は言った、そのようなものを目指すことができるのでしょうか?
南泉和尚は言われた、向かおうとすれば、直ぐに外れてしまうぞ。
趙州和尚は言った、向かおうとしなければ、道だとわからないではないですか。
南泉和尚は言われた、道というものは知識でもなければ、知らないでおくということでもない。知っていると思ってもそれは妄想でしかなく、知らないでおいても空っぽのままだ。本当に疑いのない道に到達したならば、ちょうど「太虚」と呼ばれるものがガラッとして限りなく拡がっているようなものだ。そのようなものをどうしてああだこうだ論ずることができようか。
趙州和尚は、この言葉を聞いてズバリと悟りを開いた。
禅僧と考える...日々の暮らしから人生まで
恵林寺 古川周賢
- 00:151.
初めのあいさつ
- 01:012.
南泉、ちなみに趙州問う、 如何なるか是れ、道...
- 09:593.
ギリギリの問い
- 09:514.
師弟の問答の機微
- 07:225.
南泉和尚の手腕の鮮やかさ
- 00:106.
終わりのあいさつ
コメント
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