TOPライフスタイル子育て発達の多様性を聴くラジオー悪くない暮らしをめざして。#225 配慮が無意識のうちに「排除」にならないように15:23 2024年5月1日 631再生 問題を報告する 再生する シェアする 周囲が配慮をしたつもりでも、それが排除につながることがあります。その理由について解説してみました。AI目次配慮は本当に「排除」を生むのか?ADHDへの配慮で見過ごされるものとは?障害者雇用:本人の意思を尊重することの大切さ子どもの参加:無理強いは排除につながるインクルーシブ社会の実現に向けて:現場からの声と取り組みAI文字起こし(β版) # 配慮が排除になるってどういうこと? みなさん、おはようございます。 公認心理師の佐々木です。 子どもや大人の発達障害支援を専門にしていたり、 デザインやアートの力を使って、 気的障害や自閉症の方々の多様な形での社会参加、 そうしたものをクロスチームという団体のみなさんと一緒に 考えたり、活動をしたりしています。 さて、今日は5月1日、水曜日ですね。 もう今日からいよいよ5月ですが、 みなさまはいかがお過ごしでしょうか。 最近は合理的配慮ということについて、 何度か取り上げてお話をしているんですけれども、 今日は合理的配慮を含めた支援だったり、 配慮というのが一歩間違えると、 排除につながってしまうんじゃないか、 そんなテーマでお話をしていきたいと思っていますので、 どうぞお付き合いください。 この配慮が排除につながるってどういうことなんだろうかって、 なかなか分かりにくいテーマかなと思うんですけれども、 例えば、よく合理的配慮というのを考えていくときに、 一方的に決めるのは配慮じゃないんだ、 というふうによく言われていたりしますし、 僕自身も以前放送で取り上げていたりするんですよね。 これどういうことかというと、 例えばADHDの人は過集中があるから、 必ず1時間に1回は休憩をしてくださいね、 とかって言われたりして、 これが配慮ですって言われたりすることがあるんですけれども、 それをご本人が望んでいるのかどうかっていうのを、 まずは確認しないといけないわけなんですよね。 ご本人が望んでいないのに、 周りがADHDだからという理由だけで、 1時間に1回休憩を取るっていうのは、 周りは配慮しているつもりなんですけれども、 ご本人にとってみると、 実はそれはかえって苦しくなっちゃうことってあったりするんですよね。 これ何でかっていうと、 個人差があるので必ずそうとは言えないんですけれども、 集中するまでに時間がかかる、 要はエンジンかかるまでちょっと時間がかかったりしたときに、 1回集中したらむしろそのままグーってやっちゃう方が、 かえって進んだりすることがあるんですけれども、 それが結果的に疲れすぎちゃうならば、 適度に休憩を入れなきゃいけないんですが、 むしろ1時間に1回というペースで、 休憩を入れなきゃいけないという風になることによって、 一旦そこで集中が切れるわけなんですよね。 切れた集中を再度入れ直す、 エンジンを再度入れ直すということに、 非常に大きなエネルギーを使うわけです。 ですからかえってそうした配慮をしてもらった結果、 自分自身にとってはむしろ生産性が落ちてしまって、 そして仕事もうちょっと頑張れないかな、 みたいな風に言われちゃうこともあって、 結果的にうまく活動ができない、 うまく貢献ができないというところで、 ご自身の力を発揮しきれないということってあったりするんですよね。 それ以外にも、 発達障害に関する特性があると、 おそらくできないだろうという風に周りが見なして、 やらなくていいよ、無理しなくていいよということがあって、 もちろんそれは僕自身もそういうふうにお伝えすることはあるんですけれども、 ただそこの調整をしていくときに、 ご本人の意思がどうなのかということも確認しなきゃいけないわけですね。 周りは無理しなくていいよって言っているのかもしれないんですけれども、 ご本人はやりたいと思っているかもしれないわけです。 そこで、いやいやでも無理すると疲れすぎちゃうからやめときな、 とかって周りが言ったときに、 ご本人たちが参加する権利とか機会を奪っている、 つまり排除されているという風に感じちゃうことってあったりするんです。 例えば就職活動を一つ取ったときにも、 もしかすると周りから見ると、 障害者雇用の方が合っているんじゃないか、 力を発揮できるんじゃないかって思えるような場面があったとします。 でもご本人はそれを望んでいなくて、 障害者雇用じゃない形での就職をしていきたい、 それを願っているとしますよね。 でもそこで、いやいやそうじゃなくて障害者雇用で、 って周りが説得をしていったときに、 ご本人にとってみれば、結局自分自身を信じてもらえていない、 そもそもいろいろ周りは言いながら、 自分がチャレンジする機会を奪っているんじゃないか、 ということにもつながっていってしまって、 社会参加が大事と言っておきながら、 その機会を奪われているんじゃないか、 そんな可能性だってあったりするわけですよね。 もちろん僕自身もそうは言いつつも、 止めるときってあったりするんですね。 これどんなときに止めるかというと、 そのことでうまくいかないだろうなということが、 これまでのような経過から予想ができていて、 しかもその結果大幅にコンディションを崩すだろうな、 ということも含めて予想できる場合、 そのときにはちょっと慎重に考えていこうか、 ということをお伝えをするんですけれども、 それ以外のときには、むしろご本人たちが 選んだ方で精一杯応援していくというのが、 僕のスタンスなんですよね。 これ何でかというと、 例えばさっきの障害者雇用云々の例を取ってみたときに、 障害者雇用を選んだから必ずうまくいく、 なんていう保証はどこにもないわけです。 むしろそこで障害者雇用を選んだんじゃなくて、 選ばされたときに、しかもそれでうまくいかなかった、 そのときにご本人たちは周りの人たちを信頼しようと思えるかというと、 そんなことはないわけですよね。 やっぱり相談しなきゃよかったとか、 やっぱり自分で決めたらよかったとか、 あるいはあのとき言うことを聞かなければ、 今もっと違った生活があったのかもしれない、 というふうに強く後悔しちゃうわけなんですよね。 だからそうならないように、 僕らは今本当に何がこの方にとって必要なんだろうか、 ご本人の希望って何なんだろうかということを、 難しくても一緒に考えていくということが、 とってもとっても大事になってくるんですね。 今はちょっと大人の例で話をしましたけれども、 これは子どもの例だって同じなんですよね。 例えば集団の中に子どもが入れないってなったときに、 例えば子どもは行事をしたいと思っているかもしれない、 安心できる環境であれば、 みんなと一緒に歌を歌いたいと思っているかもしれない。 なのに、いやいや君は無理しなくていいよ、 辛いんだからやめときなっていうふうになったときに、 ご本人もやめたいと思っていたらそれでいいですけれども、 辛いんだけどでもみんなともやりたいって思うことってあるわけですよね。 そのときに、いやいや無理しないでっていうのは、 それはやっぱり排除につながっちゃうわけです。 排除しているつもりだとしてもですね。 そこでいう排除っていうのは何が大事かっていうと、 いろんな機会を奪うことじゃないですよね。 ご本人たちと相談をしていきながら、 ご本人たちが参加したいと思う機会に対して、 できるだけ安心して参加できる形は何なんだろうか、 そこの参加の仕方を一緒に考えていくっていうところが、 この排除を考えていくっていうときには大事になってくるわけですね。 ですから、ただ優しくすればいいとか、 ただ無理させなきゃいいっていうのは、 もしかすると僕ら支援者側にとってみれば、 配慮をしているつもりになっているかもしれないんですけれども、 実はそれが排除につながっている可能性があるということは、 やっぱり認識しなきゃいけないんじゃないかなと思うんですよね。 ですから、この配慮とか支援っていうのを考えていくときには、 それぞれの方の限界を決めるとかっていうことじゃなくて、 それぞれの方の、もちろん発達特性とか知的な水準っていうのを把握していく。 その中で、これはダメ、これはできないって決めつけることじゃなくて、 今持っている力とか、今理解できているもの、そうしたものを使って、 可能な限りご本人たちの希望をどう叶えていくのか、 どういろんな情報とか活動とか、 そういったものへの参加とかアクセスを保証していくのか、 これが非常に大事になってくると思うんですよね。 ただこれは言うほど本当に簡単なことじゃないし、 じゃあ具体的にどうするのかっていうと、かなり個別に考えていくので、 難しいところでもあるんですけれども、 だけど難しいから、いか、じゃなくて、難しいんだけども、 どうやったらできるようになるんだろうとか、 どうやったら叶えていけるんだろうか、 そういったところを一緒に作戦を考えていくっていうことが、 非常に大事になってくるんじゃないかなと個人的には思っていますが、 皆さんはいかがでしょうか。 もちろん聞いている皆さんの中でも、理屈はそうだけど、 いやいやでも実際には難しいんだよってこともあるかもしれない。 でもそれはそう思っていただいてくれて構わないと思うんですよね。 だけども、今自分たちがしていることっていうのが、 これは配慮になっているのか、配慮につながっていないか、 そうしたことを頭に入れながら考えていくだけだって、 十分意味があると思うんですよね。 そうしたことを意識しているかどうかっていうのでも、 僕は全然違うと思うので、できるかどうかは別としても、 まずはそうしたことを意識して、 一緒にいろいろ考えていけたらいいかなと思っています。 ということで、次のコーナーはコメント返しのコーナーです。 # コメント返し それでは、今日もコメント返しのコーナーをやっていきたいと思います。 昨日の支援や配慮がずるいと思われるわけ、という放送にいただいたコメントですね。 森ホームスクラさんからコメントをいただきました。 佐々木先生、おはようございます。 今日のお話を拝聴しながら、インクルーシブや合理的配慮が語られるときは、 いつだって配慮を必要とするかばかりに注目が集まっていることに気がつきました。 故に、その時点で既に対等な関係性ではなくなっているような、と。 合理的配慮はインクルーシブは本来、どの人も受けられる権利があるはずですよね。 なのに、そもそもそのような選択肢がデフォルトになっておらず、 障害等がある前提で成り立っているように感じてなりません。 とはいえ、このようなことの認知が広まり定着するまでには、相当な時間がかかるだろうと思います。 私のような専門家ではない一般人が思うことは、 どの人にも配慮や支援が必要になる可能性はある。 だから、ずるいと言う前に、自分が不自由になったらどうかしらと想像してみませんか、ということです。 人間に与えられた想像力という力を良い方に生かしていきたいものです。 佐々木先生のおかげで、今日も楽しい考察の時間を持つことができました。 ありがとうございます、というふうにコメントをいただきました。 森さんもいつも聞いていただき、改めてこちらが考えるきっかけとなるようなコメントをいただいて、 本当にありがたいなと思っています。 書いていただいたことは、本当にどれもその通りだなと祈りながら、 僕自身も共感していたんですけれども、 インクルーシブとかって、本来誰にでもある権利なんですよね。 だから、そういう誰にでもある権利なんだということをまずは、僕らは認識しなければいけない。 だけど、実際それをどう形にしていくのかというのは、 とても難しいことでもあるんですけれども、 なのできっと時間がかかってくる。 ただ、これが解決していくためには、ちょっとずつちょっとずつですけれども、 実際の実績だったり取り組みが積み重なってくるしかないと思うんですよね。 じゃあ、今そういう積み重ねとか取り組みがゼロかというと、 決してそんなことはなくて、ほんのちょっとずつではあるんですけれども、 実際にそうしたことに取り組んでくださっている保育園だったりとか、 学校というのも出てきているわけなんですよね。 だから、そうした実績、つまりやれないじゃなくて、 やりようはあるんだよというところの実績が積み重なってくることで、 また変わってくるんじゃないのかなと、僕自身は思ったりしているんですね。 なので、僕もちょっと前に話したかもしれないですけれども、 自分の子供が、下の子が通っている保育園と今やり取りをして、 実際園の中でどんな取り組みができるかというのを相談したりしているんですけれども、 そこの園を選んだ理由というのは、もちろんトップの園長先生の考えというのもあるし、 先生たちと僕が関係性が取れているというところも当然あるんですけれども、 実際にはそれだけじゃなくて、一般の地域の園を選ぶということに意味があるなと個人的には思ったんですよね。 これ例えば、もともと社会福祉法人として大きなところで、 かつ障害福祉に関するところにそもそも力を入れているところがやった時には、 結局母体がそこだからねって思われちゃうんですよね。 実際そんなことはないんですけれども、やっぱり思われちゃいやすいですよね。 あそこは人でもあってとか思われたりするので、 でもそうじゃなくて、決して他の園と比べた時に潤沢な人でなわけでもないし、 何か特別なことをしているわけでもないし、 そういう地域の保育園でも100%誰もが満足いく、完璧ということはありえないですけれども、 だけども全く何もできないわけじゃない、やりようがあるんだなというところを、 そういった実績を作っていくということも大事になってくるんじゃないかなと思って、 なので一般の地域の保育園を選ばせていただいて、声をかけさせていただいたりしたんですよね。 また先生たちも何とかしたいという気持ちはあり、話してみると何とかしたいという気持ちはある一方で、 やっぱりきっかけとか、あとはどうやっていくか実は分からないんだとか、 この方向性っていいんだろうかってすごく悩まれてたりしたんですよね。 だからそういったところに対して、いやこんな風にやっていったらいいと思うんだとか、 その方向性でいいと思うんだとか、そういったことを一緒に考えさせていただいて、 実際に取り組みというのがちょっとずつ始まってきて、 そうしたちょっとずつでもいいんですけれども、 それぞれの地域で一つでも二つでも実績というのが積み重なってきて、 そしてそれを今度は発信していって、そうすることによってちょっとずつ変わってくるものなのかななんて思っていて、 なので僕みたいないわゆる専門家と言われる人が、 こうしてください、ああしてください、こんな風なことが大事ですって言ってたって、 正直説得力って薄いって僕は思っちゃうんですよね。 だって現場の人たちからすると、いやいやあんたたちはそうやって言うけれども、 現場大変なんだよって、現場にあなたたちいないじゃないって思われちゃうんですよね。 だからそれはその気持ちもよくわかるので、 こっち側の主張するだけじゃなくて、現場の声も聞きながら、 そして実際に現場で具体的に、そして実際にやれることってなんだろうかなということを、 一緒に考えて積み重ねていくということがとても大事なのかなと思って日々取り組んでいますが、 まだまだうまくいかないことばっかりなんですけれども、 そうしたことも含めて、皆さんとまた一緒に共有していきたいと思っています。 ということで、今日のコメント返しは以上になります。 皆さんいつも聞いていただきありがとうございます。 また明日の放送でお会いしましょう。 今日も一日が穏やかな日でありますように。 それではまた。 もっと見る #多様性 #知的障害 #発達障害 #ASD #ADHD #学習障害 #自閉症スペクトラム #合理的配慮 #小さな調整が大きな変化を 発達の多様性を聴くラジオー悪くない暮らしをめざして。プレミアム放送配信中!09:421.配慮が排除になるってどういうこと?05:412.コメント返しコメント感想・質問・応援メッセージを書こう やままま2024年5月2日配慮の顔をした排除は小学校とのやりとりの中で何度も感じてきました。「大変でしょうから、◯◯君はやらなくていいですよ」は先生の優しさや配慮の気持ちから出た言葉ではあると分かっていても、結果的に息子の学習機会を奪うことになっている場面がなかったとは言えません。佐々木先生が放送の中で仰っていた「ただ優しくすればいい、ただ無理させなければいい、というのは配慮をしたつもりで排除に繋がっている可能性がある」という言葉は、親である私自身も忘れてはいけないなと思いました。いつも貴重な放送をありがとうございます。3返信 suzukimama2024年5月1日配慮になっているのか、排除になっているのか、常に自問自答しながら支援にあたっていこうと改めて思わされる放送でした。いつも学びになる放送を本当にありがとうございます。2返信
#1136 知的障害のある人の歯磨き研究から考えた、支援ツールの“その後” 16分・昨日・ 530再生AI目次知的障害者の歯磨き研究から見えたこと便利な支援ツールの落とし穴とは支援ツール導入後の「その後」ツールが合わない時の考え方支援の真の目的とツールの役割
#1135 本人・きょうだい・家族、全体を考える|今週のハイライト 19分・一昨日・ 380再生AI目次目の前の情報だけで判断しない視点経験なき意思決定の難しさに迫る安易な決めつけを避ける家族の物語個人の尊厳を尊重する発信のあり方支援者として自己満足に陥らぬ姿勢
#1134 ライセンス井本さんの記事から考える、『人のことを語る』難しさ 13分・9月12日・ 602再生AI目次ライセンス井本氏記事から考える公表の意義親が子を語る、本人の同意の難しさ支援者が語る事例、匿名化の限界当事者の困難を笑い話にする危うさ支援現場のミスマッチ、両輪の解決策
#1133 ASDのある人の『仕事の力』と『採用される力』は同じ? 12分・9月11日・ 697再生AI目次ASDのある人の「仕事力」と「採用力」雇用と仕事スキル研究が示す現実面接では仕事の本質を見ているか超短時間雇用が変える採用の視点働く本質を見極める合理的配慮とは
#1131 その場面だけではなく、全体を見て。 7分・9月10日・ 669再生AI目次部分ではなく全体を見る支援の視点困った行動が繰り返されるメカニズム伝え方を教えるコミュニケーション戦略余裕のなさや強い不安を見抜く視点目の前の行動を理解する全体思考の重要性
#1130 きょうだいのことを、僕らはどこまで知っているのだろうか? 14分・9月9日・ 699再生AI目次障害のあるきょうだい経験の多様性支援における「決めつけ」の罠とは10代のきょうだい研究から見えたこと「障害中心」ではない新たな視点「兄弟児」という表現と支援のあり方
#1129 『選んでもらう』と『選べるようになる』は、同じではない。 23分・9月8日・ 745再生AI目次11月ネオカンファレンスの見どころGHAの先進事例に学ぶ選択の可能性「選ぶ」を阻む日本の居住支援課題本人のニーズと意思決定支援のあり方理想の支援を阻む人材・財源の壁
#1128 その経験のあとに、何が残るだろう。 14分・9月7日・ 615再生AI目次「やりたくない」に隠された本心「好き」ではない経験の価値とは経験の後に何が残るかを見極める熊本・ゆこりから得た気づき今村みな子先生の実践に学ぶ
#1127 「その人のために」の、その先。|今週のハイライト 17分・9月6日・ 455再生AI目次講演会での学びと支援の普遍性「できる」と「過ごしやすさ」の差異熊本の実践に学ぶ「目の前の親子」支援者が向き合う「力になれない時」リスナーと共に歩む支援の可能性
いつも学びになる放送を本当にありがとうございます。