TOPトーク専門家今井正司のココロが軽くなるラジオ#234 [Voicy Theme] 量的孤独と質的孤独19:33 2024年9月4日 162再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「理解されたい」の先にある孤独とは?量的孤独と質的孤独、その違いとは?信頼できる存在、心の支えの重要性自己への慈しみ、孤独からの解放への道子供への慈しみの伝え方、新たな模索AI文字起こし(β版) # 「誰かに理解されたい」のその先へ 皆さん、心を軽くしてお過ごしでしょうか。心が軽くなるラジオパーソナリティの今井昭治です。 今日は9月4日、西洋日になります。 はい、それでは早速いつも通り本編の方に直接入っていきたいと思いますが、 今日もVoicy、デイリートークテーマでお話ししたいと思います。 デイリーテーマ、悲しいと感じた時というキーワードが今日のテーマになっておりますので、 私の方のタイトルは、量的孤独と質的孤独というタイトルにさせていただきました。 チャプタータイトルは、誰かに理解されたいのその先へというチャプタータイトルにしております。 ということで、寂しいと感じた時というハッシュタグを見た時に、いろんなことが私の頭に思い浮かびました。 例えば寂しいということは、最初に思い浮かんだのは、実は孤独とかそういうことじゃなくて、 私は単身不倫のような生活をしているのに。 そこではなくて、裏切られた時とか、私はそういうキーワードが頭にめちゃくちゃ浮かんだんですね。 裏切られるということは、何か人に対して期待しているとか、 共有してほしいとか、いろんな思いがある。 だからチャプタータイトルに誰かに理解されたいその先へと書いたんですけど、 でもそこの話を直接する前に、その土台にあるものってやっぱり何なのかなっていうのをちょっと考えたんですね。 それがやっぱり原点というか、単純に寂しいということを言葉を聞いた時に連想する孤独についてお話ししながら、 そして誰かに理解されたいという気持ちが、その孤独とどう関係していくんだろうというところをリスナーの皆さんと共有できたらなというふうに思いました。 だからここで思考を止めて今収録しているんですよ、実は。 毎回原稿を作らずに、何となくこういうことを考えたいなと思って、考え尽くしてから話すことを私はしないんですよね。 リアルじゃないし、論文みたいになっちゃうしね。 っていうよりもリアルタイムで、いまいの頭の中をそのままさらけ出すっていうね。 その方がリアルな人間感が出て、ずっと聞いていただいている方には楽しいのかなと思っているのでそうしていますが。 まず、量的孤独とか質的孤独という言葉が聞き慣れないと思うんです。 孤独化の研究というと、ペプロンという心理学者の人が、孤独化の研究では有名な人、古い人ですけどね、いますが、 孤独って例えば、友達がたくさんいる、友達が2人しかいない、この量、数の多さ、人間関係のね、これで孤独感を感じるというのはわかりますよね。 だからまあ、僕らが小さい頃、保育園とかのね、私保育園の校歌とか園歌もまだ覚えているんですけど、何歌ったかとかね。 よく友達100人できるかな?をすごい歌わされて、幼少期からひんまがったいまいさんはですね、 友達100人できるかな?って、この園って100人いないじゃんとかね、すごい思ってたわけですよ。 そんなにいらないよとかね、もう屈折してたんですけど。 まあでも大人になるとね、やっぱり友達多いよねっていう人もやっぱりいてね。 若い時はね、羨ましいなあって思う反面、自分には無理だなあって、早々にね、こう羨ましがるのをやめた覚えもありますが、どうでしょう皆さん。 ひょっとしたら若い世代の方は、そういう友達がいっぱいいないことで安心できないっていう人もいるかもしれないですよね。 で、問題は次ですよ。 質的孤独の方なんです。 これは何かっていうと、本当に大人になるとね、こういう方いっぱい、私の周りのね、陽気なお友達もなぜかいっぱいいるので、話聞くとね。 遊ぶ友達はいっぱいいるけど、結構孤独だよっていうね。 50手前にしてまさかのカミングアウトっていうのもよく聞くんですよ。 えーってね、びっくりすることがね、ほんとここ最近あります。 あのー、なんでかっていうと、たぶん結局私が家族と離れて暮らしてるから、なんか今井くん寂しいよねっていう意味でね、いろいろと開示してくれると思うんだけど。 実はね、私はその孤独感っていうのはあんま感じてないんですよね。 で、ここ皆さんと考えたいと思います。 どうですか? 友達が多いけど、孤独を感じるっていう人ってなんででしょうかね。 ねー、考えたことありませんか? 私は、あのー、こんなことをボイシーという媒体を使って大々的に言う必要はないんですけど、 友達少ないですよ。 あのー、知り合いとかね、そういう方は、まああのー、研究とかね、支援の関係で多いかもしれないですけど。 だから、まあでも量的な孤独はもともと感じないですしね。 だけど、質的孤独も実はあんまり感じてないんです。 ねー、じゃあなんでこれ感じる人と感じない人がいるかっていうところですね。 まあ、最初に考えられるのは、やっぱりこれは、信用できる人が数人いるかどうかってことなんですよね。 だから、距離が離れていても近くても、やっぱりそのー、本当に心から信頼できる人とかね、 心から自分を受け入れてくれる人がいるっていうことは、孤独っていうものを感じにくくさせてくれますよね。 で、それがたとえね、離れていてもっていうところです。 まあ、あとはね、最近はそのネット環境がいいから、オンラインでいろいろ話せたりするっていうのもあるけど、そういったものを抜きにしてもですよ。 例えば、あのー、そうだな、遠くにね、離れてしまって、 まあちょっと、温馴染不通っていうかね、なかなか連絡をお互いに取れないけど、きっとあの人は頑張ってるだろうなーとかね。 例えば、インスタとかでね、すごい活動を見てて、LINEのね、アイコンが変わったのを見てて、 あーすごいね、なんか頑張ってるなーって思って、お互いにね、なんかそうやって思える仲間がいるっていうのは、 あのすごくね、勇気づけられるなーというふうに思って、孤独は感じないですよね。 だから一つはそれです。 信頼できる人、なんか家族でもいいし、友達でもいいし、 まあ家族、友達じゃなくても、上司でもいいし、部下でもいいし、同僚でもいい。 そこの何に属してるかっていうカテゴリーを抜きにして、自分が信頼される、または受け入れられる、 無条件に肯定してくれる、または自分もその人に対して無条件に肯定できるような相手がいる、 この関係性が、量的孤独を超えたものを癒してくれる、孤独を感じないようにさせてくれるんじゃないかなというふうに思います。 じゃあもう一つ、二つあるよーって言ったんだけど、もう一つは何かってことなんですよね。 例えば、友達がたくさんいる。そしてその人は、人当たりもいいし、人間的にもすごくね、できてる。優しい。 だからみんなその人大好き。 何かあったら支えるよって言ってくれる、心から思ってくれる人がいるのに、それでもなお孤独を感じる人っているんですよね。 そうするとどうですか。え、それはいる?とかね、思うかもしれませんが、ひょっとしてリスナーさんの中にもいるんじゃないですか。 なんとなく私は孤独を感じている、友達もいまいさん私は多くないし、かつ何か満たされないなーって思う人。 きっとこの私のリスナーさん本当に優しいなーと思う方多いんですよね。 じゃあなんでかということが、実はいつも話しているマインドフルネス、セルフコンパッションにつながってきます。 あ、セルフコンパッションといえば、ということでピーンとくる方いると思いますが、そうです。 そのあたりについて次のチャプターでお話ししたいと思います。 # 自己への慈しみがないと結局は孤独 前のチャプターでは、量的な孤独、質的な孤独があって、質的な孤独の方、結構大変だよということで、2つ、質的孤独を感じる人のポイントがあるというお話ししました。 質的孤独は、圧倒的に自分が受け入れられる環境にない人は、周りに話す相手はいても孤独を感じるということがありますよという話でした。 もう一つ何かというと、マインドフルやコンパッションというものがないと、結局は孤独を感じてしまうということを最後にお伝えして、次のチャプター、このチャプターに移っておりますが。 だからそうなんです。 自分自身が、例えば辛い時にね、自分自身が、そっか辛いんだなとかね、自分は頑張っているなとか、よくぞこの苦痛に耐えているというふうに自分で慰めたりとかすることができないと、 例えば、本当にね、向こうは自分のことを信頼してくれて、受け入れてくれているのに、跳ねのけちゃうんですよ。残念ながら。 大丈夫とかね、あなたは悪くないよとかね、わかるよその気持ちって、心から言ってくれたとしても、自分の心がね、自分自身でそれを受け入れられていないと、励まされることさえもイライラしちゃったりとかね、 この人は、なんかこうやって言ってるけど、本当はね、自分のことなんてなんとも思ってないんだって言って、受け入れることができない、そして誰も自分のことなんてわかってくれないんだって思っちゃうんだけど、ちょっと待ったってことですよね。 そうなんです。この場合は、どんな人が何を言っても、何をね、支えの鼓動を起こしてくれても、自分が受け入れないから結局は孤独になっちゃうんです。 これは量とか質の問題、特に質の問題に関してはダイレクトに影響が出るところですよね。友達いっぱいいても、この状況じゃやっぱり孤独は感じると思います。 じゃあどうしたらいいかということで、マインドフルーネスやコンパッションっていうのが大事です。私コンパッションって言葉もね、最近ちょっとこう、なんか引っかかっちゃうっていうかね、カタカナコンパッションの言葉ってなんかこう、なんだろう、記号的になっちゃってるなっていうかね、思うので、 たまに自己への慈しみっていうような日本語でね、お伝えすることもあるんですけど、なんか自分自身をやっぱり、自分でまずね、嫌なこともいいことも全部、自分のこういうところって直さなきゃって思ってるけど、なかなか直らないな、でも昔に比べたら、うん、頑張ってるなとかね。 で、その上でやっぱり誰かにね、いやいや頑張ってるよとかね、大丈夫だよとか言われると、安心できたり、孤独を感じないってことはあると思います。 絶対あなたはね、いい方向に向かうからって言われたときに、自分で自分のことを受け入れられてないと、本心でそうやって言ってくれる人の言葉もね、何かすごく傷つく言葉として感じちゃったりとかね、するわけです。 なので、やっぱりね、慈しみってすごくね、大事だなぁと思うんです。 何より、何かのセラピーの応募者がそういう風だからって言って、それに従うような人間でもないのでね、まあまあ、私はね、そうやって自分の話をよくすることもあるんですが。 で、今なんでそうやって思ったかって言うと、やっぱりね、ちっちゃい時からね、さっき、保育園の友達100人できるかなぁの歌を聴いて、この園100人もいないじゃんとか思っちゃうようなね、子供だから、自分に対しても人に対しても、なんかね、厳しい目を向けちゃうっていうか、純粋性が何か足りないというかね。 うーん、でもどうなんだろう。ある意味純粋、自分で言うのもここ恥ずかしいんですけどね、ある意味純粋すぎる部分もあったり、それはもうほんと多分50ちょっと前にしてね、幼いっていう風に思える自分と、いやそうじゃなくて、これは純粋なんだと思える自分もね、恥ずかしながら、恥ずかしながらって言い付けてること自体がちょっとおかしいかな、でも思うわけですよ。 なんかやたら変な正義感があってね、何か突っ走っていっちゃったりとかね、することもありますし。 で、でもその時にやっぱり傷ついたりとか、後悔するっていうかね、することもやっぱり多いって時に、若い時にこのセルフコンパッションっていう概念、マインドフルっていう概念を知ってたら、きっとね、もっと救われてただろうなとかね、思うわけですよ。 なので私が心理臨床の支援とかカウンセリング、もちろん成人の方が圧倒的にカウンセリングは多いですけど、それでも学校現場とかに時間があれば行ってですね、先生たちといろいろ話したり支援するのはですね、 子供たちに自分を大事にするっていう、上目の言葉だけじゃなくてね、道徳の科目で教えるみたいなことじゃなくて、本当にね、自分を大事にしてもいいんだよとかね、大事にしないで頑張っている子供もいますからね。 あとは家庭の環境が複雑だったりとかね、いろいろする子供の場合は自分を責めちゃうんですよ。自分が悪いからこの家族はこんな風なんだってね、子供ってそれと思いがちだから、いやそんなことないよとかね。 何かこう、自分を大事にする、自分を慈しむとかね、なんかそういうところをどうやったら子供に伝わるんだろうなっていうのをね、本当に最近よくよく考えます。 気が付くとね、私はメタ認知療法の専門家だから、認知情報処理とかね、その観点からいろいろ理解をしていく研究分野の人間のはずなのに、手に取るのはね、子供のためのアクセプタンスとか子供のためのコンパッションとかね、なんかそういう本をやたらね、やっぱり読んでるんですよね。 だからこれはひょっとしたら、マインドフル・コンパッション・アクトという心理療法の枠組みでね、もちろんトレーニングとしてできる部分もあるんだけど、どうなんでしょうね、私は今すごく迷ってるんです。 もちろんそういうトレーニングとして、汎用性のあるプログラムとかね、エビデンスのあるアプローチとしてね、やっていくことももちろん大事だしやっていきたいなと思うんですが、 何かこう心理師という存在を捨ててって言うと大げさなんだけどね、なんか一人としてね、子供たちと向かい合って大丈夫だよっていうね、カウンセリングじゃないの、それはっていうふうに思われるかもしれないんですが、 なんかちょっと言葉にしづらいですけどね、なんかそういうものを越えて自分を大事にする、慈しむっていうことは良いことなんだよっていうのを何かメッセージというかね、共有したいなというふうに思います。 難しいですね。話しててまとまらないなと思うんですが、それはなんか自分の子供とかね、家族とか、そういう枠組みを越えてやっぱり自分もすごく辛い経験をたくさん私の中ではね、してきたなと思うので、またこの辺りを実はね、今私は、 変な話、理論化、言ってること逆っぽくなっちゃうんだけど、アクトとかマインドフルネスとかそういう形じゃなくてね、日本人として何かこうまとめられる考え方っていうかね、あると思うので、それを今ね、ちょっとまとめておりますので、またね、ボイシーでお話し聞いていただければなというふうに思います。 はい、今日はちょっとね、とりとめのない感じで終わってしまいますが、今日の放送はここまでにしたいと思います。今日も皆様の心が軽くなることを願っております。また明日お会いしましょう。 もっと見る #心理学 #マインドフルネス #自分軸 #価値に基づいた行動 #寂しいと感じた時 今井正司のココロが軽くなるラジオプレミアム放送配信中!09:491.「誰かに理解されたい」のその先へ09:442.自己への慈しみがないと結局は孤独コメント感想・質問・応援メッセージを書こう ゆかり2024年9月4日今井先生、いつも配信ありがとうございます。今日のお話もとても興味深かったです。そして最後に先生がお話しされていた「心理療法のプログラム、トレーニングの枠組みを超えて、日本人として何かまとめられる考え方を考えている」というお話がとても際立って心に残り、またいつかVOICYなどでお聞かせいただける機会があったら嬉しいです。というかとても楽しみです😍私は引き続き勉強しまーす!2返信 いまいしょうじ|こころラボ2024年9月4日さすが、ゆかりさん!私の「裏のハイライト」を感じとっていただき、恥ずかしいですが嬉しいです。海外の人が日本人に馴染みの深い概念を心理教育化して、それを輸入するという構図にずっと違和感があるんです。世界に発信しようとは思わないですが、日本で長年暮らしている方に、生活体験として腑に落ちるような理論や方法を考えています。あとは効果性を検証できたらと思っています。2
#398 一つ買っただけなのに、なぜ全部欲しくなる?:ディドロ効果の心理学 54分・昨日・ 82再生AI目次一つ買ったら全部欲しくなる?ディドロ効果の心理持ち物が語る「私」:拡張された自己概念とは「物」か「自分らしさ」か?消費とアイデンティティ理想のズレと快楽順応:連鎖する消費の罠「買う目的」を問う:自己観察で消費をコントロール
#397「本当にあったのか」と「本当に苦しい」は別問題:異常体験をどう聴くか 56分・一昨日・ 140再生AI目次「宇宙人誘拐」体験の承認と事実マクナリー研究:身体反応の真実睡眠麻痺:文化と記憶の誤作動「信じない、否定しない」支援の軸日常に潜む「事実と解釈」の混同
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#395「できなかった私」が「私はできない」に変わる時:失敗が自己説明になる心理学 52分・9月30日・ 277再生AI目次事実と解釈「私はできない」の心理失敗が自己価値へ及ぼす影響とは「どうせ無理」が生まれる心理メカニズム行動が結果を変える経験の重要性メタ認知を再起動する質問の力
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#393 家族を支える認知行動療法 5-8:SPACEに学ぶ、子どもの力を信じる親支援 ⌘ 親はどこまで助ければいいか? 41分・9月17日・ 207再生AI目次不安をなくす支援が不安を維持する理由親の役割:「見守る」が「代わらない」支援家族支援の視点:世界を広げる関わり方SPACEが示す子どもの潜在能力を信頼親自身の生活も大切にする家族支援
#392 家族を支える認知行動療法 5-7:SPACEに学ぶ、子どもの力を信じる親支援 ⌘ 「親を変える治療」をひとまとめにしないために 42分・8月21日・ 202再生AI目次5つの親支援プログラムの核心SPACE独自の介入:家族の巻き込み不安除去と要求応答、親の対応術「子どもの対処力」を育む親の信頼「原因論」から「維持要因」への転換
#391 家族を支える認知行動療法 5-6:SPACEに学ぶ、子どもの力を信じる親支援 ⌘ 不登校、OCD、ASDにSPACEを応用するときの注意点 48分・8月20日・ 273再生AI目次「巻き込み」か「支援」か?機能分析の視点OCD・ASDにおける家族の巻き込み合理的配慮とアコモデーションの境界不登校の背景とCBTの誤解を解く親支援の4つの問い:子どもを信じる道
#390 家族を支える認知行動療法 5-5:SPACEに学ぶ、子どもの力を信じる親支援 ⌘ SPACEは本当にCBTと同じくらい効くのか:代表的RCTと「非劣性試験」の読み方 43分・8月18日・ 230再生AI目次CBT対SPACE:非劣性試験とはSPACE研究:著名論文の設計非劣性試験結果と家族変化論文の批判的視点と今後の課題SPACE応用と家族支援の未来
私の「裏のハイライト」を感じとっていただき、恥ずかしいですが嬉しいです。
海外の人が日本人に馴染みの深い概念を心理教育化して、それを輸入するという構図にずっと違和感があるんです。
世界に発信しようとは思わないですが、日本で長年暮らしている方に、生活体験として腑に落ちるような理論や方法を考えています。
あとは効果性を検証できたらと思っています。