TOPトーク専門家今井正司のココロが軽くなるラジオ#387【Live】「エビデンスがあります」を信じすぎないで:心理学の情報で傷つかないために55:34 8月16日 72再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「エビデンス」過信で心が傷つく理由専門家が示すエビデンス利用の倫理心理尺度と自己ラベル化の危険性安易な診断を超えた個別アセスメント情報発信の舞台裏と視聴者への配慮AI文字起こし(β版) # 「エビデンスがあります」を信じすぎないで:心理学の情報で傷つ はい、皆さん心を軽くしてお過ごしでしょうか。心が軽くなるラジオパーソナリティの今井昌司です。 今日は8月の16日の日曜日ですね。お盆まただ中ということで。 皆さんもきっとね、お盆だけどゆっくりできないっていう感じの方もね、いらっしゃると思うんですが、ぜひぜひね、ゆっくりする時間見つけてリラックスしていただければと思います。 今日はですね、いろいろライブ放送何しようかなーって考えた時に、お盆とかなるときっと動画とかね、そういったものを見る機会が子どもだけじゃなくて大人も多くなるんじゃないかなと思うんですね。 ちょっと一息つくような時に。心が軽くなるラジオのリスナーさんだときっと、ちょっとそういう心理学系の放送を聞いたりとか、YouTube見たりとか、本読んだりとかすると思うんですが、 これひょっとして、今このタイミングだからお伝えした方がいいかもなーっていうことがちょっとありまして、それ何かっていうと、エビデンスっていうことなんですよね。 今日は、あ、今井さんエビデンス大事って話って思ったら、ちょっとね、いつもと逆っていうかね、ニュアンスが違って、エビデンスがありますっていう放送を信じすぎないでくださいっていう放送です。 えーってちょっとね爆弾発言っぽいんだけど、このエビデンスを信じすぎないでっていうのはサブタイトルにあるよりね、心理学の情報で傷ついてる人は結構いらっしゃるんですよね。 このエビデンスっていう言葉を伴った動画とかラジオを聞いて、なのでこのあたりを今日はちょっと皆さんと共有したいなっていうのがあります。 そのきっかけは、私自身もちょっとYouTube、YouTubeって私の場合はどっちかって聞く方が多いので、ラジオの配信とかですね、あとはXとかで配信されている先生とかいて、 私のすごく尊敬するね、結構近くに住んでる方なんですけど、心理学者の先生の配信っていうのは、エビデンスがあるよっておっしゃってるんだけど、めちゃめちゃそれが優しい意味で使ってるエビデンスなんですね。 誰も傷つけないようにしようっていう配慮のもとに、でもこういうエビデンスがあるんですよとか、でもこういうエビデンスあるけどこうですよって、エビデンスがあるけどこうですよのとこまで説明してくださってる先生、私はその先生すごく尊敬していて、 Xもブルーマーク、チェックマークが最近その先生のXついてから私も真似してつけちゃうぐらい尊敬してる先生でね、学者としてのリスペクトだけじゃなくて、情報発信もそうだし優しいなっていうか倫理感あるなっていうところもすごくリスペクトできる先生でいいなと思って聞いてるんです。 最近特にね、ちょっと放送Xの方でされてて。で、かたやね、やっぱりエヘッていう放送もね、どうしても耳に入ってきちゃって心理学系だとね。ちょっと後でいろいろとご紹介するんですけど、まさにね、そのエビデンスっていうものをなんか縦にですね、結構暴言吐いたりとか、なんだろうな、エビデンスのあるなんか心理尺度だからやってみましょう。 みたいなね、ことをやってる配信も聞いてしまって、これは配信者がどうこうじゃなくてね、全く真逆のこの専門家の方の放送を聞いて、かたやエビデンスっていう発言にあったかさとかね、リスナーさんのこと気づかってるなっていうのと、かたやなんか、なんだろう、エンタメ化してエビデンスがあるからって言って、自分をこう売り出すようなエビデンスの使い方に。 ちょっと僕もね、一リスナーとして心がざわついたんですね。なのでこれひょっとしたらね、私専門家だから、まだそういうところで客観視できるんだけど、専門家じゃなかったらこれ信じ込んじゃったら大変だぞって思ったわけですよ。 心が軽くなるラジオでも、こういう研究結果がありますとか、私もこういうエビデンスがありますという話をよくしますから、今日はある意味では自分自身への忌ましめでもあると思うんです。 だからそういったスタンスでね、今日は放送したいなと思います。じゃあ専門家でさえ、そうやって2つの気持ちがリスナーに生じさせるようなエビデンスって使い方してるんだったら、専門家じゃない人は何か言っちゃいけないのかとか、エビデンスがないと言っちゃいけないのか、そういうことでもないんですよ。 それは全然思わなくて、確かにそのあったかさがあるエビデンスっておっしゃっててね、私の尊敬する先生なんかは、やっぱり実名でやってるんです。 実名じゃない人もね、結局心理だけじゃなくて、医学の専門家とかもそうなんですけど、実名じゃなくても実名がわかる形でやってるんですよね。 例えば着ぐるみ着てても結局素顔さらしてたりとかね、そういう責任ある配信者っていうのはそうなんです。キャラとしてちょっと匿名使ったりとかしてるけど、でもやっぱりそこにいざとなったら責任が取れる配信の形なんですけど。 もう一人の方はね、やっぱりそういうエンタメ化しちゃってる人って、やっぱり匿名で誰かもよくわかんないけど、なんかすごい自分はすごい研究者だぞってことを匿名で言ってもピンとこないみたいな部分もあるんですが、 やっぱり私たちね、さっきも言ったみたいに、配信者って責任も伴うと思うんですよね。それは言ったら中学生も高校生もそうです。自分が何かを発信したらやっぱりね、なんかよく炎上する動画とかもそうですけど、必ず責任が伴うんだけど、その責任っていうところでね、 専門家であればよりちゃんとね、責任のある情報の使い方っていうのをお届けした方がいいとは思っています。だから逆に言うと、専門家じゃなくてもすごくね、最近楽しい放送してくれたりとか、逆に心理学の、私心理学って言っても狭い分野ですから、いろんなそういうまとめサイトとか作ってくれてる方の見て勉強になったりしてます。 心理学の知識を紹介するチャンネルってめちゃくちゃ増えて、これ基本的には良いことだと思ってます。 昔だったら大学の心理学科行ったりとか、専門書買ったりしなきゃ触れられない情報にね、誰でもアクセスできるだけできますからね。私もだって専門家なのに助かってますから。 あとは自分とか、ひょっとしたら家族とか友達とか、困難を経験してる状態の時には、心理学勉強してその知識を発信して、自分の子育ての情報とか、または自分自身の不登校の経験とか、そういうのも発信されてて、なるほどなって思うこともあるし、本当に素晴らしいことだと思います。 専門家には見えてないことを、当事者とか家族だから伝えられるってこともあるから、別に専門性がどうこうってことを今日は言いたいわけじゃなくて、その先の話なんですよね。 例えばね、これ危ないなと思ったのは、たまにいるんです。心理学の論文とか、医学の論文から心理尺度を持ってきてね、質問項目があって、これは信頼性と妥当性がある尺度だから、皆さんやってみましょうみたいなね、唐突に。 別にそこの分野の専門家じゃない人がそういうことをやるんですよ。こう言われたら皆さんどう感じますか。信頼性と妥当性のある尺度ですって言ったら、それだったらちゃんとした尺度だから答えてもいいのかなぁなんて思いませんかね。 あとは例えばね、同じようなことで最近ちょっとびっくりしたのは、この治療法は厚生労働省のマニュアルにも載ってるからっていうようなことを言ってる人、これ何人も見たり聞いたりしたんですよね。これもどうでしょうって思うんですよ。 そうしたらちょっと鬱っぽい人とかね、不安症っぽい人とか何々症っていう症状がちょっと感じ始めた人にとっては、そうなんだ、国が出してるから大丈夫なんじゃないかと思ってね、必死に読んだり聞いたりすると思うんですよね。 これもちろん信頼性と妥当性のある尺度とか国が出してるマニュアルだから、怪しいね。健康情報よりはずっと信頼できる情報だと思うんですが、今日はその一つだけね、冒頭で言ったように覚えて過ごしていただきたいことがあるんですが、それは エビデンスがあることと、その情報を目の前にいる人にこの方法で使っていいよってことは同じじゃないってことなんですよね。今日はこのことを私も専門家ですから、いつもは原稿でほぼほぼ無しでキーワードだけでやってるんですけど、今日はちょっとそのあたりはいつもより具体名を出してご紹介しますので、アーカイブにも残したいと思いますので良かったらご覧ください。 大事なことは、私、この信頼性、妥当性とかそういうのを紹介するときに、3つに分けていつも頭の中で考えてるんですよ。それは一つは、いつもその知識とか方法に科学的根拠があるかどうかっていうのを考えてます。 2つ目は、この知識をこの人に当てはめて良いかどうかっていう根拠があるかどうか。だからこういうエビデンスがあるから皆さんやりましょうとは私はやっぱりできないしないんですよね。 3つ目は、その信頼性、妥当性のある尺度だったりマニュアルをこの場所で、この方法で伝えることが適切かどうか。要はラジオで伝えたりするのが適切かどうかっていうのをいつも頭に置いてます。 だから1つ目の科学的根拠があるのかっていうのがあるからといって、その人に当てはめたりとか、そういったものを放送していいとかいうこととはまた別のことだっていうふうに私の中では3段階のこういうフィルターがあります。 早速ちょっと本題に入っていった方がいいと思うんだけど、例えば心理尺度を例に今回してみましょう。この尺度の問題なんで。 心理学では信頼性と妥当性っていう言葉があって、ものすごく簡単に言っちゃうと信頼性っていうのは測定の一貫性とか精度。ちゃんと65キロの人は65キロって表示ができるかみたいなものが信頼性なんですね。 精度に関係するもの。妥当性っていうのはその得点が行おうとしている解釈とかその利用を根拠と理論がどの程度支えているかっていう問題です。だから身長を測る機械で体重なんか測ろうとしないものですもんね。 体重は体重計みたいなものなんですよ。ここで重要なのは今回はそういうこの尺度やってみましょうみたいなポップな感じで結構な心理測定尺度、例えば鬱病の尺度とかあんまりラジオでやりましょうって僕は良くないと思うんだけどね。 そういうので得点が高くてショックを受けちゃうとかそういうことが起こっているので、ここも私の意見じゃなくてちゃんとしたガイドラインに沿って説明したいと思うんですよ。 それは何かというと、まずはアメリカ教育研究学会とかアメリカ心理学会、APAと言いますけど、あとは全米教育測定協議会とかね。 そういう組織が、Standards for Educational and Psychological Testingっていうテストスタンダード、そういう尺度をどういうふうに使っていくかっていうことについて、かなりはっきりしたことが書かれています。 で、妥当性っていうのはね、提案されているその使い方についてテストの得点の解釈と根拠が、あと理論がどの程度サポートしているかってことだって言ってるんです。 さらに重要なのは、妥当性を評価する対象はテストそのものじゃないよ。つまり何々尺度の点数が信頼性、妥当性があるよってことじゃなくて、その得点をどのように解釈し使うかっていうのが妥当性だって言ってるんですね。 だからそのYouTubeとかネットラジオとかでね、こういう心理尺度があるからみなさんやってみましょうとか言ってね、例えばサイコパス検査とかね、よく学生そういうのやってますけど、わーわーって言ってね、わっきゃわっきゃしてますけど、サイコパス得点高かって。それは違うよってことなんですよ。 これものすごく大事なところなんです。なので、この心理テストは妥当性がありますっていう表現を私たちもね、ついつかっちゃうんですけど、厳密には何の目的で使ったときのどのような得点解釈についてどの程度妥当性の証拠があるんですかと聞かなきゃいけないですね。 例えば大学生500人に質問紙を実施して、理論通りのね、因子構造というか、あるパターンが確認されましたと、で、関連する予測される別の尺度と相関というか関連性を取りました。 で、繰り返しその尺度やっても同じぐらいの得点分布になって、再検査信頼性っていうんですけど、そういうのも悪くなかった。こういうので信頼性とかね、確かめていくんですけど、だからといって、あなたにもやってみてくださいって一般の人に回答を求めるっていうのはね、これは違うんですよ。 あなたはこの人格特性が高いですねとかね、個人について説明するところまでは自動的にやっぱり回答しただけじゃ進めないですよね。何点だった?でやっぱり終わっちゃいますから。 あとは、あなたはこういう人なんですねなんてなると、何だろう、その尺度のネーミングだけで、自分の性格はこうなんだとかね、自分の強みはこうなんだとかっていうの、結構ね、誤解が生じて自己ラベルを張っちゃうから、成長を阻害しちゃうかもしれないですよね。自分はこういう人間なんだって思っちゃうとね。 だからすごくね、その心理尺度とかね、または信頼性、妥当性のない尺度で自分はこういう人間なんだって思い込むのもめちゃくちゃ危ないことなんですよ。 だから信頼性、妥当性がある尺度でも危ないわけですよね。そう、だから、例えばAPA、アメリカ心理学会のね、現行のS6コードっていうその倫理のコードについてまとめられているもの。これいろいろね、書いてされてって、2002年、10年、17年ってどんどんね。 で、最近だと24年にもそのコード案っていうのが出てるんですけど、心理アセスメントについて単に信頼性と妥当性がある検査を使いましょうっていうことだけを言ってるわけじゃないです。倫理のところでは。 目的に適したアセスメントを使うことなんですよ。 だからそのラジオ配信者とかYouTubeの人がね、サイコパステストをやって、あなたのサイコパス得点は何点ですとかね。 そういうのが素人さんが作ったのでも問題なんだけど、例えば信頼性が、妥当性があるサイコパステストをやってみましょう。 プレミアムリスナーだけ得点ですよって。これ何の意味があるんだろうってびっくりしちゃうんですよ。しかもそれ専門家を自称してる人がやってるとね。 でもそれは、そういうアメリカ心理学会の倫理コードでも明確にね、良くないことって言ってます。目的に適してないですもん。 だってそれってね。あと十分な情報に基づいてそれ判断してるかって判断してないですよね。 なんでそもそも配信者がサイコパスとかを、なんか自分のリスナーさんのその得点を知りたいのかって。 そのリスナーさんが知りたいって言ってるのならね、あれだし、そういうサイコパスの専門チャンネルだったらまだそういうこともあるのかなと思うんですけどね。 そう、だから心理アセスメントの信頼性、妥当性とそれの使い方っていうか倫理っていうのはね、 ちょっとごっちゃに考えちゃうと、すごい恐ろしいことになります。 このアメリカ心理学会の倫理規定には、メディアを通して心理学的な助言とかコメントをする時についての規定っていうのもあるんですよ。 科学的に正しいことを言えば、それで専門家としての責任は終わりではないですよっていうことが厳しく書かれています。 つまり情報をどう使って、どう伝えるかまでが専門性なんですね。 だからこれは日本も同じです。日本心理学会も心理学の研究、教育、実践、活動が個人の社会に影響を及ぼし得ることを専門職が自覚し、人間の幸福、福祉の向上を目指すことを倫理に掲げているんですね。 そうなんです。だから信頼性、妥当性のある尺度で、ちょっと名前が面白いサイコパスとかダークトライアドとかね、そういうものをただ面白おかしく測ってみましょう。 問題はその配信者が良い悪いはこの際置いておいて、リスナーさんがそれをやって傷つくっていうのを私は避けたいんですよね。 だからこれを聞いているリスナーさんでそういうのをやって、何かの得点が高かった、低すぎたということで、傷つく必要はないですよっていうことをまずはお伝えしたいです。 だからその冒頭でお話した私がすごく尊敬している先生って、エビデンスをものすごく重要視されて、論文や本を書かれている、放送もエビデンスってことをしっかり伝えてるんだけど、 その先生は聞いている人が傷つかないように、こういうエビデンスもありますけどねっていうことを放送してくれてるからリスペクトができるんですね。 で、かたや危ねえなーっていうその匿名の方とかは、私は立派な研究者ですとかいうのをすごくね、実名わかんないからあれなんだけど、そういうことを権利付けしてさらに怪しいタイトルのね、要はサイコパスみたいなものを測りましょうみたいなね。 そのエビデンスがある尺度だからっていうのはなんかね、私なんかはリスナーの気持ちから、やっぱそれ良くないよなーってやっぱ思っちゃうんです。 で、その私の気持ちじゃなくてね、やっぱりその専門家って言うんであれば、やっぱりその倫理っていうものをしっかり守っていきましょう。放送する側の人と共有するならそうですけど、皆さんのリスナーさんの側からしたら傷つかなくていいですよ。 だって別にそれを個人に当てはめれるかどうかまだわかんないですからね。 だからエビデンスがあるんだからいいじゃないですか、ではないですね。むしろ逆かもしれないです。 エビデンスを扱える人ほど、そのエビデンスをどこまで使っていいのかっていうことにやっぱ慎重になるはずなんですよね。 なので私はねそう思っています。 これだから、こういう配信してるけど私自身にも跳ね返ってくる言葉ではあるんですよね。私研究者だし新辞職だからね。 この放送でも結構論文紹介したりエビデンスがあるって言葉も使ってますしね。 論文に書いてあるから正しいとかね、そういうのではやっぱり終わらせたくないな。 この研究は誰を対象にしているのか、何を図って相関なのか因果関係なのかとかね、いろんなことを考えてお伝えしたいなと思っているんです。 だから私の放送もそうですけど、専門家になればなるほど個別の相談にはお答えできませんっていうのを明確にしてるんですよね。 それは何でかっていうと、相談の枠組みっていうのもあるかもしれないんだけど、 やっぱりうつっぽいですってどうしたらいいですかだけでは相談に乗れないからなんですよね。 じゃあ厚労省のうつ病マニュアルとはならないので、私も個別の相談にはお答えできないってことは、 来たとしてもねやっぱりちゃんとお伝えするんですが、やっぱりそこがね 専門家を名乗っている人でもそういう配信が最近多いから、めちゃめちゃ危機感を感じますね。 私自身も心理尺度、自分が作ってるんですよ。集中力の尺度を作ってるんですが、 本来はそういう尺度って幅広く使ってほしいから、許可とかなしで使っていいですよって言いたいんですけど、 やっぱり論文に許可を取ってくださいっていうことにしたんです。それって書いてあるので、私の注意尺度、 能動的注意尺度に関しては許可がいるんです。どんな研究で使いますかとか、 仕様の目的を簡単に書いてもらっているのはまさにこういうことなんです。 要するに簡単にお気軽に集中力を測る、測らないっていうふうに、例えばそういうネットラジオの人とかがね、 パッと使って、あなた集中力ないですねっていうふうに使われたら、これまずいなと思ったので、論文化する時には使用許可というか、 使用者リストみたいなのを作ってるんですけど、そういうふうにしてます。 今回、配信者側とか研究者側の問題をちょっと置いておいて、 聞いている人が、自分がこういう特性があるかもっていうところで心配になっている方、いると思うんですよ。 恋愛もそうだし、性格もそうだし、 最近だとコミュニケーションのタイプとかそういうのもあると思うんだけど、 こういうのを遊びとして楽しむこと自体を、私は否定するつもりはないです。そこまでかたぶつじゃないです。 私も学生さんに促されてね、何々タイプだねとか言われてね、頭はてなつきながらもそうなんだって言ってね、楽しむこともあるので、 そこまで否定するつもりはないです。 当たってるとか全然違うとかね、家族と友達と笑い合うみたいな、それはそれで楽しいですよね。 血液型占いとかね。 まあでもそこに、 心理学の研究で使われている信頼性、妥当性のある尺度です。 みたいな言葉が加わると、私はちょっとね、 ピキってなっちゃうんですよね。 配信者、専門家という2人の配信者の違いっていうのでも、これはまずいって思ったのもそうなんだけど、 もう一つね、私がちょっとこの放送を早めにやりたいなと思ったのは、 私の大学院の今、教え子にですね、 ダークトライアドっていう変数を研究している方がいるんですね。 このダークトライアドって何かというと、マキャベリー、 マキャベリズムというかね、正式にはマキャベリアニズムっていうんですか、 あとナルシシズムとかサイコパシーとかね、 この3つの社会的にどちらかというと好ましくないとされる、 パーソナリティ特性を扱う研究概念を3つあるから、ダークトライアドっていうんですね。 このダークトライアドの研究を卒業研究でもやってて、 ちょっと別の大学から私のところに来てね、引き続きダークトライアドの研究をやりたいっていう方がいてね。 どうですか?マキャベリアニズム、ナルシシズム、サイコパシー。 なんかこれの信頼性、妥当性がある尺度があったら、測ってみたいって思う人もいるかもしれないですよね。 だけど、例えば私がね、それを測りましょうって言って、研究でね、やる時には倫理を通して、 こういう意図で皆さんに協力してくださいっていうのを丁寧に説明して答えていただくんですが、 私はね、こういうのはラジオ放送で、そういう概念は説明しても、 こういう尺度ですよとはやらないんですよ。 例えば学生さんとか結構、YouTubeでサイコパス診断とかね、 見て、当てはまってたとかね。 あとサイコパスの尺度もね、その信頼性、妥当性のある知り合いの先生がね、作ってらっしゃるのもあって。 あ、なんかネットで落ちてたから、やったらうちの彼氏が何点でサイコパスかもって思いましたとかね。 それはね、あんま良くないよって話はするんですけど、やっぱり今ネットの時代だからね。 なんかこういうのがダウンロードして測れちゃうような状態にはなってます。 ちょっとね、このダークトライアドのついてはまた別の放送会でもちゃんとお話ししようと思うんですが、 例えばダークトライアドの尺度って短い尺度として有名なのは、 例えばジョナサンとウェブスターが開発したね、 ダーティダズンってこの12項目の尺度とか、あと27項目のね、 バージョンとか、あとショードダークトライアドとかね、いろんな尺度、ダークトライアドもね、いろんな尺度が実はあるんです。 でもやっぱ大学生をサンプルにして信頼性、妥当性検討してたりとかね、 いろんな他者評定との関連とか、とにかく信頼性と妥当性は高めている研究があります。 日本語バージョンっていうのも実はいくつかあって、そこでも信頼性、妥当性は確認されているから日本人でも答えられるけど、 これをだから私があのボイシーのリスナーさんにやってみましょうとはやっぱりならないですね。 こういう特性っていう、ありますよっていう説明とかね、どういう苦しみがあるのかとかっていうのはお伝えすることは今後もあると思うんですよね。 だからダークトライアドとかね、そういうの面白そうですよねとか、怪しい尺度ですよとか、やらないでくださいとか、そういう話をしたいわけじゃなくて、 ちゃんとした研究だからこそ、扱い方に注意したいですっていう話をしたいんです。 あの、なんだろうな、その心理の尺度を作るのってすごく大変で、いろんな統計分析をかけていくんですよね。 本当に信頼性、妥当性の調べ方もね、ものすごいたくさんあって、全部クリアすることはできないんですけど、 ある程度のね、信頼性、妥当性を確認する手続きっていうのもあるわけです。 でも、それが信頼性、妥当性があるからといって、研究上の有用性があるかどうかっていうのはまたわからないわけですよね。 例えばサイコパスのね、サイコパシー尺度の点数が高かったから、サイコパシー傾向が強い人ですっていう個人のフィードバックまで、 その研究がね、別に保証されているわけじゃないんです。質問紙にはね。ただ点数が出るだけなんです。 だからめちゃめちゃ怖いですよね。 点数高かったら私サイコパスだって思い込んじゃう可能性もありますから。 尺度そのものっていうのはね、言葉がその人に与える影響までは考えてないんですよね。 だからダークトライアドも同じで、サイコパシーとかナルシシズムとかね、マキャベリアニズムとかね、その言葉が結構物々しくて、 一般の方にとってはもうすごい強い単語ですよね。 なんか悪い人、怖い人、他人を利用する人、人格に問題がある人みたいなね。そんな風になんか変換されて、 なんか覚えられちゃう可能性があります。 だから私はその学生さんがサイコパス尺度をやってみたっていうのは、サイコパスという概念の広がりがね、 一般の学生にまで降りてきているっていうことの、何だろう、心理学者としてのこの嬉しさと、こういう風に間違ってね、 あの全く間違いじゃないけど、でもネットでね、こういう感じで概念広まっていくのは危ないなぁっていう風にやっぱ思っちゃうんですよね。 だから今日はちょっとね、あの、生放送したいなと思ったわけです。 だからそのダークトライアドのね、その測定についても、実は研究者の中でね、議論がたくさんあるんですよ。 あるんだけど、一応全部の尺度が信頼性、妥当性があるって言っても、何個もね、尺度があるのは、じゃあどういう意味でその尺度がいっぱい出てるのかとかね。 じゃあそれが信頼性、妥当性があるからそれを使って楽しもうっていうのはね、また全然倫理的にどうなんだろうという風に、繰り返しですけどね、お伝えします。 もっと言うと、ダークトライアド研究全体の測定の概念の問題っていうのは結構あって、 あの、ムリス先生がね、17年の包括レビューでそういうのも書いているので、 何だろう、エビデンスがあるから、あなたのサイコパス傾向を測れますよ、やりましょう、楽しみましょうって、まあいろんな問題をはらんでいると、もう繰り返しますからね。 だからあの、やっぱりね、 あの、いやこれ心理学をやっている人であればあるほどね、 エビデンスの伝え方とか、情報の伝え方ってはっきりね、白黒して言えないと思うんですよね。 だからそのね、あの冒頭でお話ししたね、私の尊敬してる先生っていうのは、ついついこう、何だろうな、傷つけないようにいろんなエビデンス紹介してくれてるから、 なんか話が広がってて、自分でもあれ話がちょっと広がっちゃったんですけどってね。 それがね、僕本当の誠実な学者の姿なんじゃないかなって思うんですけどね。 なかなかバッとは言えないものがあります。 だからその、もし皆さんが何かのきっかけでね、その心理学の信頼性が当然ある尺度を、なんかこう使って何か結果が出たとしてもね、 それが目的外仕様だったり、専門家の説明のフィードバックがない場合は、 あの、気にしないでくださいというか、むしろやらない方がね、いいです。 なんかそういうのは本当にね、なんか倫理的にまずいなっていうふうに私は思っています。 あとはそうですね、この心理学のことについて、実はね資料をたくさん用意して、 サイコパスとかダークトライアドのね、こととかもたくさん話そうかなと思ったんだけど、 ちょっと自分も話しながら同じことをずっとね、言ってる傾向にあるし、 なんかちょっと配信者の人をね、非難したいわけではないので、 リスナーさんのね、心を守りたいっていうのが今日の、やっぱりちょっとテーマにしたいので、 あの、そうですね、ちょっと話を変えましょうかね。 はい。じゃあ今度は、個別の相談には乗れないみたいな部分ですね。 例えば鬱っぽいんですとかね、不安がちょっとあるんですっていうのを、 私たち専門家っていうのは、ラジオとかYouTubeとかそういうのでね、 個別の悩みっていうのは受けないようにしてるってさっきお話しした通りです。 例えばなんかね、一番多いのはやっぱ鬱不安なので、鬱っぽいんですっていうコメントがね、 来たとします。架空の話ですよ。そしたらやっぱり心理学とか精神医学に詳しい配信者だったらね、 鬱病には認知行動療法というエビデンスのある治療がありますよっていうことは説明するかもしれないです。 ひょっとしたら厚生労働省も鬱病の認知行動療法の治療者マニュアルっていうのを公開してますよっていう人もいるかもしれないけど、 実際にね、あの認知行動療法マニュアル公開してますから。嘘じゃないです。 でも医療現場で臨床している立場としてはですね、 一度ここで立ち止まりたいですね。 これ、今13人入っていただいて、たぶん6人聞いていただいてるので、ほとんどの人は難しい話してるなとかね、 めんどくさい話してるなと思ってるんだけど、めちゃくちゃちょっとね、これは大事なのであえて今日はちょっと切り込みます。 鬱っぽいって何でしょうかってことなんですよね。 専門家が本当にその方の鬱の状態を何とかしてあげたいなって思う時には、鬱っぽいって言葉だけで、じゃあこれですとはならないんですよね。 気分が落ち込んでるのかとかね、何も楽しめないのかとか、眠れない、疲れてる、仕事に行けないほどなのか、 大切な人を亡くした直後じゃないかなとか、大きなストレスかかってないかな、 ひょっとしたら身体疾患が影響してないかな、薬物、アルコールの影響ないかなとか、過去の気分とかそういったものと連動してないかなとか、 いろんなことを想定して、その鬱っぽいっていうものの正体を見ていくわけですよね。 これは私個人の心調論じゃないです。 今井先生、心調だからなーとか、神経質だからなーってことじゃなくてね。 例えば、イギリスの国立医療技術評議機構とかもそうですけど、鬱病のガイドラインっていうのはかなり明確なんです。 鬱病が疑われる人を評価する時っていうのは、症状の数だけに依存しないで、 包括的なアセスメントを行うよってことを推奨しています。だから日本だけじゃないんです。 症状の重症度だけじゃない。これまでの経過とか、症状の持続期間とか、生活にどういう影響を及ぼしているかとか、過去に鬱症状があったかどうかとかね。 あと、並存するような精神疾患とか、身体疾患とか、そういったことも捉えていきます。 ひょっとしたら治療歴とか、人間関係とか、生活習慣とか、ストレス、アルコール、経済状況、孤立してないか、もういろいろ見ていくんですね。 そこに自殺年齢とか、自殺一等みたいなものがあるかどうかっていうのは直接尋ねますね。 そうすると、うつっぽい。じゃあうつ病にはこの厚生労働省のエビデンス、このマニュアルを使いましょう。なんていうことはね。 私はちょっとね、これは無理でしょう。というか、無責任すぎでしょう。ってなるし。 私はなんかそれをね、うつっぽいんですって、相談された方が気の毒だなぁと思って、多分わかんないですよ。それわかんないですけど、うつっぽいんですって言った時に 辛いことがあったんですか?とか、そういう話ではなくて、厚生労働省のうつ病マニュアルがあります。たくさん寝ましょう。 アルコールやめましょう。とかそういうのを話してるんですが、専門家の方がね。いやいやいや、たくさん寝れないからうつ病なんじゃないの?とかね。 ちょっとね、いろいろ思うことはあります。ここでもやっぱりね、心理尺度と同じです。 うつ病だとね、PHQ-9とかBDIとかいろんな尺度あるんですが、その点数だけでね、あなたはうつ病ですとはならないです。 でも尺度はね、非常に役立つし、私も臨床とか研究でね、使ってますが、測定はアセスメントを助けるものであってね、 アセスメントそのものではないです。だからうつ病の尺度の得点が何点だからこう、ということは別にわからないですよね。 あとは診断がついたとしてもね、治療法が自動的に一つに決まるわけでもないです。 エビデンスベースドプラクティスという概念がね、日高度療法なんか特にあるんですけど、 最良の研究エビデンスを臨床的専門性とかね、患者さんの特性とか文化とかね、あと好みっていう文脈の中で統合していくことが大事だよっていうことを言ってます。 これめちゃくちゃ大事です。だから第一選択肢ということと、それをやってください、やらせます、ではないわけですよね。 だから研究のエビデンスというのと臨床科の専門性、 あとは目の前のね、実際に苦しんでいる方の特性とか価値観とか希望とかね、 そういったものをやっぱり統合するから、なんかこう治療者とか専門家が思いついてこれやりましょう、これやってください、 RCTで聞いてるからあなたにも効きます、ではないですよ。 だってご本人何を望んでいるのかとかね、安全性はどうかとかね、やっぱ近畿もあるんですよ。 他の疾患ないかとかね、今までどんなことを試してきたかとか、いろんなことをお話ししていきます。 なので私はですね、繰り返しますけど、ネット上でメンタルヘルスについて情報提供すること自体は否定してないです。 それを専門家がやっても専門家じゃない人が自分の経験でお話しすることも否定してないし、むしろもっともっと増えてほしい。 もっとやってほしいというふうには思います。 ただその時にね、 うつ病にはこういう治療法があるとか、認知行動療法こういう方法がありますとか、薬物療法もこうですっていうね、 そういうことをもっとこう、 丁寧に説明することが非常に大事かなと思います。 だから一般的な心理教育、心理教育って言うんですけど、こういうのをね、一般的にはこういうアプローチがありますよということと、 目の前の一人に対する臨床的な判断っていうのは違いますからね。 だからその一般的な研究で積み重なってきたアプローチと、目の前でうつっぽいですって言われた人に厚生労働省マニュアルってやるのは全然違うよっていうことを知っておいてください。 だからリスナーさんの皆さんでいろんな悩みやっぱりあると思うんですよ。 その時に何か専門家という人から何か言われたとしても、それが全て専門家の言うことだから間違いないって思うのは、 危険なので、そういう意見もあるんだなぐらいでね、聞いておいてください。 特にね、SNSを通じた相談っていうのはね、なかなか難しいですから、本当の相談っていうのはやっぱ専門機関にね、直接行かれるのがいいんじゃないかなと思います。 やっぱりネットって、あなたは○○ですねとかね、はっきり言ってもらった方が、何だろうな、分かりやすいからね、いいとは思うんですけど、 あとは、答えを知っていることと、それをこの人に答えていいことっていうのも実は別のことだよな、とかいうことも私は思います。 はい、ちょっとね、なんかだんだんだんだんと、こうなんだろうな、うーん、なんか自分の中の何か感情がこう、なんかぐつぐつと出てきそうな感じも出ちゃってるかもしれないけど、なんか感じるので、ちょっと話をね、最後ちょっと変えて放送を終わりたいと思うんですが、 あの、ちょっと視点変えましょう。無責任な発信をしている人が悪いっていう話ですか?ってね、今の私の放送を聞かれている方だと思うかもしれないですが、そういう話にはしたくなくて、私自身もね、発信者だしね、 あの、コメントもらえたら嬉しいし、勉強になりましたって言ってもらえたら嬉しいしね、再生数が増えたらやっぱり嬉しいし、同じ環境の中にね、私もいるんですよね。 SNSがね、一つの舞台だっていうふうに考えてみると、例えばゴフマンっていうね、社会学者の人の研究が今パッと思いついたんです。これ面白くて、この人、人間の社会的な相互作用をね、演劇になぞって考える人なんですよね、ゴフマンってね。 だから、私たちの社会的な行動っていうのは、ある役割を演じているだけだってね。教師としての自分、親としての自分、心理師としての自分みたいなね、何々のしての自分っていうのがあってね、振る舞いが少しずつ違うよ、だからSNSとか音声配信もね、一つの舞台として考えたらね、SNSで話している自分みたいなものがきっとあると思うんですよ。 で、このSNSで、特に最近私がね、ちょっと理解できなくて、学生さんに相談したことが実はあってね、全然なんか僕はちょっとわからないんだけどって言って、本当に教えてほしいって言ってね、教えてもらったことは、 例えば、専門家でも何もない人が放送するっていうのは、これ面白いし、私もよく聞くからいいんだけど、それをね、例えば10人とか集まって、オンライン飲み会みたいなことをやってて、それを配信するっていうのもなんとなくわかるんだけど、 そこにリスナーさんがそんなにいない状態だったら、何だろう、その人たちだけでなんかズームで飲み会やればいいのになっていうのがずっと思ってて、これどういう心理なの?みたいなことを聞いてね、学生さんもいろんな意見をくれて、ああ、なんかね、そうなんだねって時に出てきた答えが今回ね、さっき言った舞台っていう考え方だったんですよね。 だから、誰か、私のように心理学の情報を発信するっていうことも、もちろんみんなに勉強になりましたって言ってもらえてね、それで自分の承認要求じゃないけど、きっと満たしてると思うんですよ。 でもそれだけじゃなくて、中には専門性を持たない人たちの中には、自分のことを誰かに話すこと自体が結構嬉しいっていうね、あの心理がある。これはね、たぶん承認欲求の強い人だけの話じゃなくて、人間の根本的な現象だと思うんですよね。 タミールとミケルっていう人が、もう今から10年ぐらい、もっと前から論文に確か書いてあったことは、自分自身のことを他人に伝えるとかね、自分の情報開示することに報酬価値がある。 つまりそのお金払ってでも自分のことを話したいっていうね、実験があって、自分の自己開示っていうのはその報酬に関係する脳の神経系との活動ともにリンクするっていう話があってですね、それがちょっとね今ふっと思いついたんですけど。 だからなんだろうな、やっぱりいいねとかコメントもらったり、フォロワーさんが増えたりとか、そういうのってすごく強い動機づけにはなるんだけど、なんだろうな、だけどそのSNS、私も含めてね、こういう放送の舞台ってやっぱり危険性もあって、意図しない何か強化されるものがあるんですよね。 例えばなんだろうな、慎重な説明をしてもリスナーさんによくわかんないって言われると、なんかちょっとね、わかってもらうために乱暴な説明して、正しい説明じゃなくなっちゃうってことが起こり得るような舞台装置でもあるなって最近思うんですね。 あと、実は○○な人って○○なんですよみたいなね、例えば配信者ってナルシストなんですよってね、ダークトライアド特性高そうみたいなこと言ったら、ああそうかもなーなんて、こういう放送って人気が出るんですよね。 だけどどうなんだろう、それで盛り上がることって本当にいいのかなとかね、科学的に証明されてますって言った方が盛り上がるんだけど、なんか難しいなと思います、そういうのはね。 だってあなたはサイコパス度が80%ですとか、なんかそういうことをパーって言った方が面白そうですよね。極端な例ですよ。だけど専門家になればなるほどそういうのって言えないっていうか、言う意味がないっていうかね。 あると思うんですよね。あとやっぱりそのラジオ配信とかそのライブ配信も2パターンあって、なんかその、なんだろうな、コンセプトがちゃんとあって進むタイプと、コンセプトがなくてわちゃわちゃしてて、だんだん面白いことを言うために過激な発言とかね。 なんかちょっと下ネタを喚起するような発言を女の人自らがしたりとかね。なんかね、そういうのも聞いてるとすごく個人的には不快だなって思うんですよね。 女の人が発言するから不快とかそういうことじゃないです。なんかそれって何目的の配信なんだろうとかね。私は学生から言わせるとかなり古い人間なんで、目的がないとやっちゃいけないのかみたいなね、と言われて、確かになって反省したところではあるんですけどね。 なんかそのやっぱり、なんだろうな、承認欲求だけじゃなくて、自己開示することによって自分の気持ちを上げていくっていうのは、やっぱね、社会心理学でよくそういうオンラインの脱抑性効果とか、最近言われてましたね、ジョン・スーラーでしたっけね。結構前ですけど、そういう研究もありましたよね。 特にそれが、なんだろうな、匿名性が高かったりとかね。あとラジオだと見えないとかね。そういうことがあると、もっともっとカオスな状態になってね。ひょっとしたらそういうのが好きっていう人もいらっしゃるかもしれないですよね。 なんかね、話しててだんだん僕自身が今だから、まさに自分がこの状態、目的はなんだっていうのをね、見失っているので、そろそろ終わりたいと思うんですが、今日言いたかったことはね、信頼性、エビデンスがあるからっていうので、それを信じて傷つかなくてもいいですよっていうことが言いたかったことです。 専門家になれば、なるほどね、そのエビデンスがあるからっていうのは、リスナーさんというか、その情報を受け取った人にとって安心できるというかね、傷つかないために言う専門家は、私はすごくいい専門家だなっていつも思っています。 だけどなんかこう、リスナーさんというか聞いてくれてる人じゃなくてね、自分が面白いことをやってるんだぞっていう意味でエビデンスがあります。エビデンスがありますっていうのは、これはちょっとね危ないぞって、私今すごい荒っぽい言い方してますけどね、ちょっと危ないというかね、距離を取った方がいい配信かもしれませんよということをお伝えして、言いっぱなしで終わりたいと思います。 はい。本当はね、まだまだちょっとね、いろいろとお伝えしたいことがたくさんあったんですが、やめましょう。なんとなく私ね、それこそ今日の目的はリスナーさんを守るために、こういう情報には気をつけましょうってことをやろうと思ってたので、 なんとなく話しながら私の心の中にね、配信者をジャッジしてるような発言が自分の中にちらほら、あのメタ的に気づいたので、これは良くないなと思ったので、この辺で配信を終わりたいと思います。 もちろんどんな配信されてもいいし、ただその人を傷つけない配信でありたいなっていうのは、これ私自身もね、いつも心に留めてることなんですけど、どんな配信であってもそれはね、気をつけた方がいいし、私もひょっとしたらね、今これ以上やったら傷つけちゃう可能性がありそうというか、あるのでやめたいなと思っている次第です。 はい、今日はね、だから日曜日ということで、皆さんお盆休みの真っ只中で、もう親戚付き合いでクタクタっていうね、発言も昨日なんのちらこらとね、切ってお疲れ様ですなんていう挨拶をしてましたけど、 そんなこともあるので、いつも言うように、自分だけの時間、ホッとする時間をね、10分でも15分でも作っていただいて、ちょっとホッとして、気持ちをリフレッシュしていただければと思っております。 はい、ということで、動画を見るとき、エビデンスをそんなに信じすぎなくても大丈夫ですよ、傷つかなくて大丈夫ですよということだけを知っていただければと思います。 はい、それでは今日のライブ配信はここまでにしたいと思います。アーカイブを聞いていただいている方も最後まで聞いていただきましてありがとうございました。 それでは次回の放送でまたお会いしましょう。ありがとうございました。 もっと見る #認知行動療法 #エビデンス #ダークトライアド #サイコパス #配信者 #研究倫理 #妥当性 #心理尺度 今井正司のココロが軽くなるラジオプレミアム放送配信中!55:341.「エビデンスがあります」を信じすぎないで:心理学の情報で傷つコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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