TOPハウツー・学習旅行・地域藤本智士の「リスカバー ニッポン」東日本大震災のときに感じた復興の2文字に対する違和感の話14:08 2024年12月17日 181再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次南三陸町の魅力と震災からの復興「復興」への違和感と創造的復興食のイベント開催秘話:香梅と佐藤雅人氏震災直後の東北沿岸部と南三陸町創造的復興の真意とは?AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 藤本聡氏のディスカバー日本、地方旅する編集者藤本聡氏が旅の良いところを出し惜しみなくシェアするラジオです。 えー、連日仙台のお話をさせてもらってますけれども、 あのー、肝心のね、今回何故仙台に来たかというイベントの話をね、少ししたいなと思っております。 イベント自体は終わったんですけれども、ちょっとね、その内容がどんなものだったか、みたいなことをお話しさせてください。 # 南三陸と東日本大地震 今回イベント自体は仙台で開催しているんですけれども、その内容はですね、宮城県の、同じ宮城県なんですけれども、南三陸町という、もうちょっと県北というかね、北の方に位置する町の食が味わえるイベントです。 食べ物のイベント、とにかく大好きなね、僕は大好きな食べ物のイベントでございます。 僕がですね、とにかくその食べ物が好きなことは、このね、Voicyを聞いてくださっている皆さんは、十分存じてくださっているかと思うんですけれども、そんな僕がですね、満を持してというかね、結構気合い入れて作ったイベントです。 もともと、それこそ僕このVoicyでもよく出てくると思うんですけれども、仙台といえば、香梅というね、ひらがなで香梅というお店にも、大概行っている、入り浸っていると言ってもいいぐらい、仙台に行けば必ずね、一夜は予約するというその香梅さん。 この香梅さんというのは、佐々木さんというご夫婦がやられているんですけれども、むねさんと呼ばれる男性の旦那さんの方が、お酒を出したりとかね、どっちかというとホールの方の休事をする担当で、お料理をするのがさやかさん。 このお二人の料理が本当に素晴らしくて、僕はもうむちゃくちゃリスペクトしているんですけど、この香梅さんの素晴らしいところは、本当にね、生産者とのお付き合いがとても深いところ。 なので、料理を提供してくれるときに、このお野菜はこうでこうで、この魚は誰々がこうやって取ってきてとかね、そういうお話も一緒にしてくれたりするんですよ。 それを聞きながら、生産者を思いながら、食を味わえるというのはね、より一層おいしくなる。 という香梅さんに対するそのリスペクトの根っこには、そういう香梅さん自身が持っている生産者へのリスペクトみたいなところがあってですね、その素材をできるだけ活かすような料理をいつもしてくれるんですよね。 そんな香梅さんがリスペクトしている生産者の一人として、南三陸町に銀座家の漁師をしている佐藤雅人君という子がいます。 実はこの佐藤雅人君はですね、僕は佐藤雅人君の奥さんと先に出会ったんですけれども、旦那さんが銀座家の漁師で、しかもですよ、かつ実は料理人だと。 漁師なんですけれども、南三陸を出てずっと料理の修行をして、料理が本当に好きで、震災を機に南三陸に帰ってきたという、それが佐藤雅人君です。 なので、漁師でありながら料理人でもある。しかもこれが半端じゃない、2つとも。両方とも100エネルギーあるうちで、どうしても50、50になっちゃうところが、100、100の200かけてるんじゃないかというぐらい、本当に料理も決して片手間じゃなく。 そして生産者としての銀座家漁師、養殖をしてるんですけれども、銀座家の方も当然、100力注ぎながらやってるので、本当にリスペクトしてます。 そんな佐藤君と一緒に仙台で食のイベントをやろうと思ってるんだけど、藤本さんちょっと関わってもらえませんかっていうので、神戸の佐々木夫妻に声かけてもらって、やりますよ、それはもうもちろんと、2つ返事で引き受けたのが今回のイベント。 とはいえ、僕ここまで、わりとしっかりと食のイベントをコーディネートするっていうのは、今までないことはないんですけど、東京でフードはフードからというお店があって、かつてそのお店のプロデュースもさせてもらったりしてたんですよ。 なので伴って、そこはね、フードはフードからって、僕の基本的なスタンス、いろんな土地に行って、風土、風と土の方ですね、その土地の風土っていうのは食、FOODの風土ですね、風土から感じるのが一番早いと。 なのでフードはフードからという、そのタイトルの通りですね、そこでは僕は秋田の寒天文化を真ん中にした寒天のイベントをやったりとかね、いろいろ文化を伝えつつ食を味わえる、その文化を食そのもので味わうみたいな、体感するみたいな、そういうイベントの経験もあるんですけど、今回さらに料理が本格的になってですね、 なんつっても僕の大好きな神戸さんと正人くん、この3人がですね、一緒になってやってくれるイベントなので、まずもう料理は間違いないと。 しかも南三陸という町に僕はね、相当なリスペクトがあるんですよ。 たまたま正人くんは南三陸町の漁師なんですけど、もともとね、南三陸に一番最初に多分僕が行ったのは、写真家の浅田正人くんと震災直後に東北沿岸部をボランティアしたり取材したりして回ってたときだと思います。 泥だらけの写真を洗って乾かして持ち主に返すという、そういう動きをですね、浅田くんとですね、一緒にずっと回ってた時期が2年間ぐらいこん詰めて回ってたんですよね、2011年から。 そんなときに南三陸、あの辺の公園岸部の方は通っていくので、南三陸にもちょっと寄ったりとかっていうのが初めて行ったときかなと思います。 気仙沼とか尾長とかね、仙台はもちろん、宮城県内いろんなところ、震災前からよく訪れてはいたんですけども、南三陸に関しては多分震災後に伺ったのが初めてでした。 やっぱり震災っていうのはとても大きな出来事でしたし、僕自身は阪神、阿治大震災を経験したのは大学生の頃だったので、それはそれでいい大人ではあるんですけれども、 より一層社会人になっていろんな経験値も増えて、また地方もどんどん旅するようになった大人になってからの東日本大震災っていうのはとてもとても大きな、僕にとっては何か出来事でした。 東北の皆さんにとってそれが大きいことはもちろんなんですけど、関西に住む僕にとってもとても大きな出来事でした。 そんな中ですね、震災以前にも訪れたことのあるような風景がですね、もう見事なさらちのようになってしまって、これ本当に津波の恐ろしさだなということで、本当に痛感しました。 だけどなんか僕はとにかくそういう街の中でね、本当にもうこれからどうすればいいんだろうっていうのはやっぱり本当によそ者ながら途方に暮れるというか、そんな思いになったのをめちゃくちゃ覚えています。 ただやっぱりそんな自分の中の心の整理の一つとして当時思ったのは、やっぱり何か新しいことを始めるとか、やっぱり未来のことを考えたいってずっと思いながら僕は編集をしていたので、編集者として仕事をしていたので、 ある意味で未来のことをやっていくということの一番壁になるのが今とか昔ながらの編集であることも間違いなくてですね、 そういったものも大切な部分もとてもあるし、新しいものが素晴らしいなんてことは全く思わないんですけど、そんな単純な話ではないと思っているんですけれども、 でも新しいことをやるぞってなった時に、やっぱり今あるものを壊すことがいかにエネルギーがかかって大変かというのはいろんなことで、いろんな分野で痛感もしていました。 なので僕はとても物理的に本当にこの津波に飲み込まれ、いろんなものがもうさらちになって壊されてしまい、ある意味でゼロになって、そこに残るのはある種のその土地の魂とか、 そういう精神的なものみたいになった時に、ここから新しいものを作り出すということでいえば、東北沿岸部、特に本当に津波に飲み込まれてしまったような街こそ未来への最短距離というか、未来に最も近い街なんじゃないか。 そういうふうに僕は思うことが、何か当時の自分にとってのポジティブな心の持ちようというか、落ち着き方だったんですよ。 なので僕は東北という街により一層、震災以前よりにも増してですね、何か期待とか願いとかそういうものを強く強く込めた土地になったというのが東北でした。 # 終わりのあいさつ しかしながらですよ、僕はやっぱりある意味のそういう心持ちで東北にね、いろいろ通い詰めたりしてたんですけれども、 結果はやっぱりですね、ある種の復興バブルというんでしょうか、 震災でいろんなお金がこの東北に流れてくる中で、それはとても大切なお金だと思うんですけれども、 なんかね、どこか結局、震災以前の価値観とか、その物差しの中でまたただ新たなものが立つみたいな、 なんかそういう部分が正直僕はいろいろ感じてしまって、もっと未来のことをもっとやれることがあって思うんだけれども、 なんかどっかに違和感がすごかったんですよね。 その違和感の象徴というのが復興の二文字でした。 復興という言葉に対して僕はなんかずっと違和感を感じていて、それが一体何なのかというとですね、 一つは復興という言葉を言っているのは、やっぱり現場の人ではなくて、現地の人ではなくて、東京をはじめとした周りの人たちだなということが一つ。 そしてその復興ということに違和感を感じていたもう一つは、震災以前の姿をいくらか僕も知っているので、 震災以前別ににぎわっていた街でもないし、ある種の課題先進地みたいなところもあったと思うんですよね。 課題がたくさんある街でもあったから、その課題ごとそのままあの当時のようにとかね、あの頃のようにっていうあれを取り戻そうみたいな感じの風潮を復興という二文字に僕は感じてしまって、 再びこう、なんだろうな、にぎわいを取り戻したいみたいな、それはすなわちやっぱりにぎわいのあったところにだけ言えることじゃないかなぐらい。 なんかそういうことを勝手に周りの人が言っているような空気みたいなものを僕は感じて、なんかずっと嫌だったんですよね。 そんな中、南三陸という街は創造的復興という言い方をしていました。 創造的ということがとても大事だと思うんですよね。クリエーションしていこうということですよね。 その結果南三陸という街はですね、大きく前に進んだんですよ。 これがやっぱり大きなポイントで、南三陸って具体的にじゃあどんな風に変化していったのか、創造的復興の創造的という部分はどういうところにあるのか。 そこをちょっと話したいんですけど、ちょっと長くなりそうだから、今日はちょっと一旦ね、そういうふうな思いで当時思っていた、そんな中で南三陸と出会ったというところのお話ちょっと今日は止めておきましょうかね。 明日またお話ししたいと思います。 ということで、ぜひ明日も聞いていただければ嬉しいなと思います。 藤本聡のディスカバー日本でした。 もっと見る #東日本大震災 #復興 #南三陸町 藤本智士の「リスカバー ニッポン」藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)00:351.初めのあいさつ10:002.南三陸と東日本大地震03:343.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
ここ数年でナンバーワンのランチをいただいた「マタギの台所ウヘエ」の話。教えたくないくらいだけど。 16分・9月11日・ 72再生AI目次秋田と繋ぐ10年、深い縁の物語マタギの精神性息づく「根っこ」の地古民家再生!「ウヘエ」誕生の舞台裏授かりの味!最高峰ランチが語る真価「ウヘエ」が照らす秋田の未来と希望
秋田ナンバーワン酒場「永楽」と、市民市場と寝台列車。 17分・9月10日・ 82再生AI目次超有名酒場「永楽」その魅力の深層市場の食堂から愛される「永楽」の歴史寝台列車が支えた豊かな旅と「永楽」満席でも「永楽」を楽しむ秘訣とは?秋田「永楽」を語る上での絶対的逸品
あきた舞妓って知ってますか?秋田の繁華街、川反を支えた秋田芸者さんと「松下」の話。 14分・9月9日・ 67再生AI目次秋田藩の歴史と「松下」の深い縁「秋田美人」の源流、川反芸者の魅力現代に蘇る秋田舞妓の挑戦とは経済合理性を超える「松下」の価値歴史的建造物を未来に残す意義とは
あきたのちゃぶ台会議がめちゃくちゃオモロイベントだった。秋田県庁やるなぁ。 17分・9月8日・ 93再生AI目次あきたのちゃぶ台会議の目的「手札」で語り合う地域の未来若き県庁職員の情熱と挑戦イベントから見えた秋田の現状秋田の未来を創る「ちゃぶ台」
秋田の〆の二巨頭をなぜかハシゴしたおじさんの話。 22分・9月7日・ 70再生AI目次秋田の愛され名店「紀文」閉店・移転の噂千秋麺とスパイスカレー、昼の戦いの結末YouTubeで知った秋田本店「末廣ラーメン」夜中3時前、理性を砕いたラーメン欲の行方秋田〆ラーメン二巨頭を制覇!その裏側
いい飲食店の見つけ方。これだけは言っとく。タクシーの運転手さんに聞いちゃいけない。 16分・9月4日・ 87再生AI目次快適な食体験を追求する多様なモード飲食店のプロが推す「食堂やまき」体験飲食店から教えてもらう連鎖の妙タクシー運転手の情報はなぜNGなのか自分の「世界観」に合う店を見つけるには
日本では観られるのは大阪だけ?目の前に教授が現れる!坂本龍一KAGAMI +を体験してきた。 16分・9月3日・ 117再生AI目次MR技術で甦る教授の姿教授が目の前に!MR技術の衝撃教授の息遣い!臨場感あふれるMR「人が消える」鑑賞空間の不思議唯一無二!体験すべき展示の全貌
いい居酒屋ってなんだろう?と考えた福島の夜。 18分・9月2日・ 104再生AI目次福島駅前の路地裏で見つけた「お小瀬」「いい居酒屋」の条件とは何か?客が能動的に関わることで生まれる価値SNS映えしない店が持つ本質的な魅力安易な答えなき「いい店だったな」の余韻
いい居酒屋ってなんだろう? のはずが…… 宅急便トラブル 12分・9月1日・ 88再生AI目次放送中にまさかの宅急便トラブルペーパーレス時代に紙が増える理由ECが変えた紙の用途と需要増オーディオブックと紙媒体の魅力比較いい居酒屋談義はどこへ消えたのか