TOPハウツー・学習旅行・地域藤本智士の「リスカバー ニッポン」やなせたかしとは何者なのか? 高知を愛したやなせさんの意外なエピソードを話す回24:03 2025年4月16日 239再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次アンパンマン誕生秘話に迫る編集者としてのやなせたかし知られざるデザイナーとしての顔晩年の創作活動と哲学朝ドラで紐解く、やなせの世界AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 藤本聡氏のディスカバー日本 地方旅する編集者藤本聡氏が旅の良いところを出し惜しみなくシェアするラジオです。 ちょっと以前話そうと思って、そういえば話せてなかったなぁと思っておりました。 柳瀬隆さんのお話をね、ちょっと今日はしたいなと思っております。 ぜひ聞いてください。 # やなせたかしとは何者なのか? 皆さん、ちなみにアンパンは見てますか? 連ドラ? 連ドラ? 朝ドラ? 朝の連続テレビドラマ小説? というか朝ドラって言うからあれだけど、朝だけじゃないもんね。 連続テレビ小説が正しいのかな? あのー、うん、そうね。 NHKのテレビドラマシリーズ連続テレビ小説 相性が朝ドラですね。 まあそれいいんですけど、えっと ランマンじゃないわ、アンパン。 皆さん見てますでしょうか? 僕は見ています。 もうね、柳瀬さん僕もともとすごい好きで、で、それは何故? っていうと、まあいろいろあるんですけど、あの 柳瀬さんってやっぱ編集者なんですよね。 編集者って側面があるんですよ。 これね、みんなやっぱあんまり知らないんですよね。 柳瀬さんが編集者であること。 で、あの、 当然ね、皆さんのイメージは、柳瀬隆といえばもうアンパンマンですよね。 で、このアンパンマン、ちなみに 初めて絵本としてアンパンマンが出たのは、柳瀬さんがいくつの時だったか 皆さんご存知ですかね。 あのー これね、54歳なんですよ。 なかなかでしょう? まあ、僕今51なんですけど、 夢あるなぁと思いますよね、本当に。 で、ちなみに、とはいえこのね、アンパンマンが出た時、もうね、 評判は良くなかったんです。正直、本当に。 まあ、やっぱ顔を 食べさせるっていう、なんかこの、怖さ。 でもこんなものを子供に読ませちゃダメだとまで言われたり、結構ね、その 告表されたりしたぐらい。 で、絵本を出したそのフレーベル館かな、出版社から、もうもう二度とアンパンマンは書かないでと 釘を刺されたぐらい だったんですけど これがね、数年経った時に、その いろんな人から いやなんか、うちの 娘がずっと見ててとか 幼稚園で、もうなんかみんなボロボロになるまで見ててとかね。 なんかそういう声がどんどん聞こえるようになってきて そこにですね、当然その 出版社は食いついて これやっぱ子供たち人気 なんじゃないかと 大人たちは、これはもうダメだろう、こういう本はと いうふうに思っていたのが 蓋を開ければ 本当に3歳から5歳の 子供たちが このアンパンマンを 評価していったというかね もうあの柳瀬さんは純粋で冷酷無比な批評家たちが 評価してくれたと もうそのあの人知り合いだからとか、どんな関係があるとかね、そういう文脈ゼロで ただただ好きか嫌いかで こうね本当にピュアに ある意味 クールに その選択をする子供たちが初めて最初にアンパンマンを 認めてくれたのは子供たちだと いうことでこれはすごいですよね、実際にそうだもんね本当に でねちなみにこのアンパンマンですけどその54歳の時に本が出ました でね でも実際 まあなんかこう なんとなくじわじわっとそういう 広がりみたいなものが少数年の中でねできてきてはいたものの まあとはいえこうみんなが知る存在ではなかった、それが 本当に世間一般 誰もが知るアンパンマンになっていったのは まさに日本テレビ系列でテレビアニメ それ一家アンパンマンがスタートしたからでした このねやっぱアニメ化というのがとても大きくて ここから本当にね色々とこう周知されていくんですけど この アンパンマンがテレビアニメ化されて放映開始されたのは 山瀬さんがいくつの時だったと思いますか さっきその絵本になったの54歳って言いましたけど なんとねテレビアニメの放映開始は そこから 15年後69歳の時です 1988年ですねギリギリ昭和最後の年ですね ここでそれ一家アンパンマンが放映開始されて そっからこれがねどんどんと人気になっていくんですよ もうだから超晩年ですよ 大器晩成というべきなのか ただまあその山瀬さんというのはねもういろんな顔を持っているので さっき言ったみたいに編集者としての顔も持っているし当然その絵本作家というね ところもあるしでもねやっぱりね あのそもそも目指してたのは漫画家さんなんですよね で まあ子供の頃から漫画が好きでっていうのはねあの まあドラマのアンパンもねあれはもう100%本当の話じゃなくてかなり脚色されて たり 脚本にする際にいろんなところをね 物語化してはいるんですけども まあそれでもね漫画が好きだったというのはまあきっと 本当の部分だと思うんですけれども でやっぱ漫画家になりたくてまあ上京したみたいなところがあってですね っていうのはねあの同じ その高知出身で横山隆一さんというね 有名な漫画家がいらっしゃって えっとねふくちゃんっていうね 男の子が主人公になった漫画があってそれを書いたしですねもうこれがもう 本当にそれこそ当時 日本人誰もが知るような漫画だったそのふくちゃん それを書いていた横山隆一さんが同居であるみたいなところも含めて すごく漫画家になりたいと思って上京したっていうのがあったと ただねえっと 柳瀬さんはその後仕事としてはねデザイナーの仕事とか っていうのはねあの有名なのは 三越博家展の宣伝部にいた時代があるんですよ そもそもやっぱあの なんだ学業では東京の 東京高等工芸学校っていうね 工芸図案家ってとこに進学して デザインをね学んだんです でねこの時の先生がねすごく素敵な先生で まあデザインとかねそういうものをね学ぶのだったらね もうずっと机にかずりついて勉強ばっかりしてんなと せっかく東京出てきたんだから1日1回は銀座に出ろみたいなことを言う先生だったんですよ でこれをね柳瀬さんはまあ真面目なのか不真面目なのか その通りに毎日のように銀座に行ったと とはいえねなんかすごくお金があって 銀座でねなんか飲み食いするというわけではないんですけど それでもその銀座の街の そのなんかおしゃれなね はいからな世界みたいなものを全身に浴びて学生時代 過ごしたとそれはやっぱりすごく 影響しているというふうに 晩年書かれていたりします でこのね三越百貨店の宣伝部に入った時には あのすごく 有名な仕事が一個あってそれがね 三越の放送士なんですよ これは今でも使われているやつです あの白地に赤の花開くというデザインの名前がついているんですけど これはね井上玄一郎というねこれまた有名な作家さん 画家さんに そのねデザインを頼んでいて そこにですね と a 文字で 三越とね 柳瀬さんが水からレタリングしてるんですよね筆記体で この文字も 含めてこの放送し今もずっと残っているので これ柳瀬さんのアンパンマン以前のワークスとしては実はとても有名な お仕事なんです # 編集者、やなせたかし ねえこれ結構知らない人も多いので ぜひね三越の放送し改めて見てもらえたらと思います 猪熊源一郎のデザイン自体も素晴らしいなという感じなんですけど そこに添えられたこの柳瀬さんのレタリング これもねやっぱ僕はそのすごく秀逸だなぁと思います まあ柳瀬さんご自身はね稚拙な自分のそのレタリングが恥ずかしいなんてことをね あの本に書かれたりしてるんですけども いやいやそんなことないでしょうというふうに僕は思います そんなデザイナーとしての側面もある柳瀬さんなんですけど やっぱねあの柳瀬さんといえば このアンパンマンのね アンパンマンのマーチ そのオープニングの曲ですかね 何のために 生まれて何のために生きるのか わかります?何のために生まれて何のために生きるのか とかいうなんかあるじゃないですか なんかね 哲学的なわけですよすごく そんな歌詞をですね 子供たちのね アニメにぶつけてくるみたいなところがねやっぱりこの柳瀬さんのすごいとこだな というふうに思います そこにはね大人も子供もないんだっていうね 僕はこの考え方こそがアンパンマンが子供たちに実は愛されている理由なんじゃないかなという ふうに思ったりもしています そんな風にですねあと有名なのほら手のひらに 違う手のひらを太陽にというね 歌が有名ですけれども 手のひらを太陽に透かしてみれば ってね 真っ赤に流れる僕の血潮 っていうあの歌 あれはね 漫画家として どうにもうまくいかないというかそれなりに なんかそれなりに仕事はして やってるんだけど もう何世同時代に なんだったら少し若手として手塚治虫みたいな人がいたわけですね 大天才ですよ もう手塚治虫はいるわ 先輩には横山隆一さんもいるわもうその当時の周りのね 漫画家集団みたいなものを結成してたりするんですけど その周りのメンバーってね まあみんな天才のような人だったんですね まあそんな中で自分だけはなんかちまちまと細かな仕事をして もうなんかこの才能の無さを露呈するかのように なんだかちょこまかと忙しくだけしているみたいな もうねなんかそういうこう劣等感みたいなものがすごく強い人で もう特になんかこう絶望的になんか仕事は するんですよそういう気持ちをごまかすためにも 忙しくしているっていうことだけが 心の安心感安定につながるみたいなことだったんですよね なのでもうなんか夜中究極作業なくても起きてるみたいな 忙しいフリをするみたいな側面もあったのかもしれない そんな時に 夜にね自分の手の平に懐中電灯を照らしてみたらまあ真っ赤にこう流れている まあ真っ赤になるわけですよねやはりね やったことありますかね僕はやったことありますすごい まあそこにこう流れる血潮をまさに感じたわけですよねまあそれを ちょっと歌詞にしてみたらまさかこんなね 国民的に歌われる曲になると思わなかったと まあアンパンマンしかり この手の平を太陽にもそうだし 実はねその手前に優しいライオンというねプチヒット作みたいな本があるんですよ まあそういうのも含めて やっぱりねこう意図せぬものが受け入れられる なんかねそういう定めがあるんですねなんか でもそういうもんじゃないですか例えば x とかでバズるものとかってバズらせようと思ってなかなかみんなバズらないじゃない ですか ってことなしにつぶやいたものがもうなんかめちゃくちゃバズるみたいな 僕もなんか以前ねその くたに焼きのねハイジのお皿がめっちゃ可愛いって ただ写真とともにつぶやいただけが めちゃくちゃバズるみたいな あんなものねー バズらせようと思ってやってるわけはないですよ本当に偶然も偶然というかねよくわかん ない まあそんな風に話さんはやっぱそのアンパンマンに至るまでもですね いろんなことをやられていて でまぁさっきも言ったようにその編集者としての側面もあるわけです っていうのはもともとね修繕後ねコーチ新聞にあの就職してそこで ちょうどね創刊される月刊コーチっていうやつの編集室に配属されたのが まあ本当に社会人の第一歩と言っている 矢野さんはやっぱ戦争経て帰ってきているので戦争ですごく辛い体験をしてそれがね やっぱりこう人間というのはね うんと 本当にこうひもじい思いとか上みたいなことがもう一番辛いと いうことでそれが顔は分け与えてまで そのひもじい人を助けようとするアンパンマンにつながっていくわけですけど まあそういうね辛い戦争体験も経てコーチに戻ってきて で まあね弟さんもね戦争でなくされたりしているので余計に辛い思いがあると思うんです けど まあそういう月刊コーチに行ったことがまあ編集ということの概念とかねそういうことを 覚えていった一つの経験になったんだろうなぁと なんかねそこがねスタート段階にあるっていうのはね 以降のクリエイティブにめちゃくちゃ影響していると思います 僕自身やっぱ編集というものを知らず学んでいったことで なんかいろいろ使われてるなぁって思ったことたくさんあって なんかコロナ禍みたいなところでもなんか全然不安がなかったというか 何か01を作るというよりはすでに素晴らしいものっていうのこのようにたくさん存在して それをどう網集めどう編集するかということによって新しい価値を生み出せたり 新しい価値を見え方みたいなのを提示できたりする これは編集っていうのは どんな状況であれ生きていける なんかそんな自信につながったんですよね だから僕はなんかこの中とかもすごくある意味で元気だったんですよ まあそういうところがね柳瀬さんにもあったんじゃないかなというふうなことをすごく 思います そんな柳瀬さんが編集者として有名な仕事っていうのが しとめる編というね 雑誌を創刊させたことなんですよ これがねあのねまさにアンパンマンを絵本にしたその年 なんです 54歳の時 1973年昭和48年ですね 僕が生まれたのが1974年昭和49年ですから もうその頃に創刊させた雑誌があるわけです それが仕留める編これの編集長を務めたんですけどちなみにこの仕留める編を出したのは 山梨シルクセンターっていうね 会社なんですよ あの もともと山梨県庁職員だったんじゃないかなのその辻さんて辻慎太郎という人が 設立した要は山梨県の特産品だったその絹 絹製品シルクだからね絹製品を販売する 会社 そういう団体を 見栄化したような多分会社がその山梨シルクセンターで ここの代表だったその辻慎太郎さんが 先生なんか言ってたの雑誌いつ出すんですかみたいな っていう のでまぁ出したのがこの仕留める編 このちなみにね山梨シルクセンター 辻慎太郎という名前でね気づく人も多いかもしれないですけれども これ後に皆さん誰もが知るあの会社 に名称変更されるんですけどそれが 三里王です 山梨を音読みしたら三里王みたいなことですね そうあの三里王なんですよねそういうねある種子三里王っていうのはキャラクター ビジネスでその後大ヒットするわけじゃないですかキティちゃんで だからこれもね凄まじいご縁というかその時代みたいなことを なんか強く感じるすごいご縁だなと思います # 終わりのあいさつ これちょっとね柳瀬さんの話し出すとだからこうキリないのでちょっと これぐらいにしておきますけど あの ねまぁ朝ドラも楽しいですからそういう中でもきっと描かれていくんでしょうし ただね その 一応メインはね今田美穂さんの方というか 奥さんですね柳瀬さんの奥さんの信さん がまぁ一応主人公という形の物語だから あのどこまでこう深くね柳瀬さんの あれが出てくるかわかんないですけどもただねその 随所随所に柳瀬さんが残した言葉とかメッセージみたいなものが あの いろんな人の役柄から セリフとして出てますね 僕も柳瀬さん すごい好きだから柳瀬さんご自身がやっぱ編集者って側面もあるから文章書けるんですよ この人 なので特にね 結局その柳瀬さんは もう本当に栽培年、栽盤年 94歳でお亡くなりになるんですけど 2013年のことですねもうだからだいぶ経つんですね12年ぐらい経つのか まあその栽盤年のもう本当にこう それこそね80歳超えてからとかも あの文章書かれたりしているので 結構ねいろんな本が出ていて ねぇ そういうね本を僕はもう多分 5、6冊は読んでいるなぁ だからまぁそれこそ柳瀬さんの言葉 詩集とかも結構ね 詩集だけでも5、6冊持ってるし なんかそういう意味では結構何十冊とね 柳瀬さんの創作に触れてきているので だからまぁちょっと 今回の朝ドラを機に柳瀬さんのすごさみたいなことも知ってもらえたらなと思いますし 僕はまあ編集者として柳瀬さんっていう人のその編集者の側面みたいなこともね 知ってもらえるのはねとても嬉しいなというふうに思っております そんなことですね今日はまぁちょっとね朝ドラも始まったし この間ね柳瀬さんを辿る旅みたいなんでコーチも行ってきたという話もしたしね まぁその時に柳瀬さんのことをもうちょっと話したいって言った けど話せてなかったなというのがあったので今日はちょっと 柳瀬孝さんの話をねじっくりさせてもらいました ぜひね朝ドラ今からでも追っかけてみていただければなというふうに思っております 別に何の関係者でもないんですけど でもまぁ柳瀬さんファンとして見てもらいたいなというふうに思っております ということで 今週もね僕はまたいろいろちょっと 移動したりとかもありますしまたね どんな土地の話をするのか旅の話をするのかわかんないですけれども 引き続き聞いていただければ嬉しいなと思います 藤本聡のディスカバー日本でした もっと見る #あんぱん #アンパンマン #やなせたかし #詩とメルヘン 藤本智士の「リスカバー ニッポン」藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)00:271.初めのあいさつ10:002.やなせたかしとは何者なのか?10:003.編集者、やなせたかし03:374.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう yukarich2025年4月18日藤本さんとキティちゃんは同級生ですねー1返信 藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)2025年4月18日そうなの?! 55rachel2025年4月16日藤本さんは やなせたかしを知り尽くしてると思いますがコテンラジオ やなせたかし 編https://r.voicy.jp/LMKx1zlMmyoおすすめです。というか私はこれで彼の人生を知りました。長いけど2返信 藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)2025年4月16日もっちろん聴いてます!2
ここ数年でナンバーワンのランチをいただいた「マタギの台所ウヘエ」の話。教えたくないくらいだけど。 16分・9月11日・ 72再生AI目次秋田と繋ぐ10年、深い縁の物語マタギの精神性息づく「根っこ」の地古民家再生!「ウヘエ」誕生の舞台裏授かりの味!最高峰ランチが語る真価「ウヘエ」が照らす秋田の未来と希望
秋田ナンバーワン酒場「永楽」と、市民市場と寝台列車。 17分・9月10日・ 82再生AI目次超有名酒場「永楽」その魅力の深層市場の食堂から愛される「永楽」の歴史寝台列車が支えた豊かな旅と「永楽」満席でも「永楽」を楽しむ秘訣とは?秋田「永楽」を語る上での絶対的逸品
あきた舞妓って知ってますか?秋田の繁華街、川反を支えた秋田芸者さんと「松下」の話。 14分・9月9日・ 67再生AI目次秋田藩の歴史と「松下」の深い縁「秋田美人」の源流、川反芸者の魅力現代に蘇る秋田舞妓の挑戦とは経済合理性を超える「松下」の価値歴史的建造物を未来に残す意義とは
あきたのちゃぶ台会議がめちゃくちゃオモロイベントだった。秋田県庁やるなぁ。 17分・9月8日・ 93再生AI目次あきたのちゃぶ台会議の目的「手札」で語り合う地域の未来若き県庁職員の情熱と挑戦イベントから見えた秋田の現状秋田の未来を創る「ちゃぶ台」
秋田の〆の二巨頭をなぜかハシゴしたおじさんの話。 22分・9月7日・ 70再生AI目次秋田の愛され名店「紀文」閉店・移転の噂千秋麺とスパイスカレー、昼の戦いの結末YouTubeで知った秋田本店「末廣ラーメン」夜中3時前、理性を砕いたラーメン欲の行方秋田〆ラーメン二巨頭を制覇!その裏側
いい飲食店の見つけ方。これだけは言っとく。タクシーの運転手さんに聞いちゃいけない。 16分・9月4日・ 87再生AI目次快適な食体験を追求する多様なモード飲食店のプロが推す「食堂やまき」体験飲食店から教えてもらう連鎖の妙タクシー運転手の情報はなぜNGなのか自分の「世界観」に合う店を見つけるには
日本では観られるのは大阪だけ?目の前に教授が現れる!坂本龍一KAGAMI +を体験してきた。 16分・9月3日・ 117再生AI目次MR技術で甦る教授の姿教授が目の前に!MR技術の衝撃教授の息遣い!臨場感あふれるMR「人が消える」鑑賞空間の不思議唯一無二!体験すべき展示の全貌
いい居酒屋ってなんだろう?と考えた福島の夜。 18分・9月2日・ 104再生AI目次福島駅前の路地裏で見つけた「お小瀬」「いい居酒屋」の条件とは何か?客が能動的に関わることで生まれる価値SNS映えしない店が持つ本質的な魅力安易な答えなき「いい店だったな」の余韻
いい居酒屋ってなんだろう? のはずが…… 宅急便トラブル 12分・9月1日・ 88再生AI目次放送中にまさかの宅急便トラブルペーパーレス時代に紙が増える理由ECが変えた紙の用途と需要増オーディオブックと紙媒体の魅力比較いい居酒屋談義はどこへ消えたのか
コテンラジオ やなせたかし 編
https://r.voicy.jp/LMKx1zlMmyo
おすすめです。というか私はこれで彼の人生を知りました。
長いけど
聴いてます!