TOPハウツー・学習旅行・地域藤本智士の「リスカバー ニッポン」Re:Sな旅、18年ぶりの恐山へ!変わったこと変わらないこと。13:16 2025年8月22日 147再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次18年ぶりの恐山、変化と不変東北旅の原点、恐山の魅力極楽と地獄が共存する風景消えゆくイタコと変わらぬ温泉恐山から繋がる新たな旅の始まりAI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 藤本聡氏のディスカバー日本 地方を旅する編集者藤本聡氏が、旅の良いところを出し惜しみなくシェアするラジオです。 昨日お伝えしてましたように、今日は雄れ山、青森県下北半島にある雄れ山に行ってきたので、そこの話をしたいなと思います。 # 恐山 オソレ山にはですね、18年ぶりだったんですよ、気づけば。 これ、僕その18年前、オソレ山に行ったのが、実は僕の初めての東北旅体験だったんですよね。 やっぱ関西に住んでて、東北ってね、本当にこう遠いっていうか、 かなりこの未知な外国のようなね、それぐらいの感覚すらあって、特に若かったし、 あと僕は、今でこそこうやってね、日々旅をしながら生きてますけども、 本当に旅というものが嫌いだったので、もうそんな、うん、どこか遠くに行きたいみたいな感覚がまずなかったんですよ、本当に。 で、まあそれが雑誌リスというのを作る中で、まあいろんな地方に行くことでね、旅の良さをどんどんどんどん僕は知っていくんですけども、 まあそういう意味でも、その大きなきっかけ、まあそんな時に、この東北に行ってみたいという、その自分の動機になったのが、このオソレ山に向かう旅だったんですよね。 っていうのも、だからその、そもそも東北ってなんかこう、神秘的なイメージがあって、 で、もう、ならばなんだったらその象徴みたいなね、その使者の魂が集まっていくこの霊場であるオソレ山に行くっていうことが、すごくこう、 東北のね、濃縮された東北というか、濃密なそういう体験ができるんじゃないかなと、いうことで、どうせ行くならオソレ山に行きたいと。 言って、青森に向かった、青森にというかオソレ山に向かったのが、東北の旅の目的地、最初の僕の目的地みたいな感じだったんですよ。 で、下北半島、六つ市というところにあるんですけれども、このオソレ山はですね、今からおよそ1200年前、 縁仁というね、自覚大師縁仁というお坊さんによって開かれた霊場ですと。 で、この縁仁が彫刻した縁明地蔵菩薩というのをご本尊にしてある、まあそういう霊場で、 なんかね、青森の人たち、下北の人たちは、まあ死ねばお山に行く、すなわちオソレ山に行くっていうふうに言い伝えられてきたんですよね。 でも、なんとか地獄みたいなものがですね、たくさんあるんですけども、まさにね、地獄のような風景というかね、 岩場がごつごつしていて、なんかそういった、あの世を感じさせる雰囲気。 で、それもですね、火山岩なんですよね、もともと。 で、もう火山性のガスがどんどん噴出してるから、それが余計にね、なんか地獄のような風景に見えるんですよ。 ところどころね、本当にその、イオウセンが出てたりするんで、かなりイオウ臭というかね、まあ温泉の香りがやっぱりするんですよ。 で、まあそういうその火山性のガスが出てたり、そのイオウセンがね、出たりとかするので、あの結構高齢としてるんですよね、こう植物が全然生えてなくて。 で、ここにね、ウソリコっていう湖があるんですよ。 で、これがね、あの一方で、まあここには本当にその酸性が高いからだと思うんですけど、魚がいないから、 ただただブルーな綺麗な水、綺麗な湖が広がっていて、エメラルドに。そしてあの真っ白い砂浜があるんですよね。 だからね、今回あの、すっごい晴れてたんで、ちょっと写真だけ、底の部分の写真だけ見たら、なんかちょっとしたリゾート地に来ちゃってるみたいな。 つまりは、なんかまあここがですね、極楽浜っていう風にも呼ばれているんですけども、まあその極楽と地獄とがある、まあそんなあの世の風景みたいなものが広がっているのがオソレ山であると。 でね、オソレ山といえば、あのイタコの人たちが有名で、イタコってわかりますかね、その先祖の霊を自分自身に下ろしてですね、まるでその亡くなった人がいるかのように、まあその人に憑依するというかね。 で、イタコがその亡くなった人が乗り移ったイタコに、いろいろこう質問をしてね、答えてもらうみたいな、そのことで亡くなったはずの人と会話ができるみたいなね。 まあその媒介者としてのイタコの人がすごく有名で、それこそだから18年前に行った時は結構たくさんイタコの人がいらっしゃったんですよね。 で、ちょっと記憶が曖昧なんですけど、どこにイタコの人がいたかなっていうのちょっと、なんかイタコの小屋みたいなのがいくつも並んでいて、でその風景を覚えているんだけども、今回はね全くイタコの方がいませんでした。 で、ちょっと後々ホームページとかで後で見てみると、なんかね、秋の霊山大祭みたいな大きな大祭が、祭りというかね、それがある時とかにはいらっしゃったりとか、逆に言うとそういう時にしか今はイタコの人はいらっしゃらないようですね。 まあちょっとね、実はその伊藤と僕の共通の知人でね、もしイタコの方がいらっしゃったら、この人にちょっと久しぶりにお話を聞きたいなっていうか、なんか意見聞きたいなって思ってる人がいて、まあちょっと最近亡くなってしまってね。 で、まあイタコいらっしゃったら、もし叶うならその人をちょっとおろしていただいて、うん、本当にもう一回一緒に飲みたかったよねって言ってたので、うん、ちょっとなんかお話したいなっていう風にちょっと思ってたんですよ。 まあその人はね、すごく僕とその伊藤が作ってたリスト雑誌がすごい大好きでいてくれて、で、読者であったことからいろんなご縁をつないでくださった人で、うん、なのでまあその人に会いたいなという気持ちもあったんで、おそれざんにね、久しぶりに行ったっていうのはあったんですけど、まあね、でも、うん、イタコの方はもうちょっと今は今回はいらっしゃらないという感じでした。 で、このね、おそれざんにはね、実はね、温泉がそのあるんですよ、境内の中にね、男湯と女湯と、あと男女入れ替えのね、あのところと、そしてあの、まあ婚欲になってるのかな、うん、基本、いや、婚欲、今女湯だったかな、両方、うん、まあまあ4つの、あの、温泉小屋みたいな感じかな。 があって、で、まあ男湯のところに入ってきたんですけど、いや、めちゃくちゃいいお湯なんですよ、本当に。で、あの、まあまあシンプルで、あの、浴槽がね、2つあって、で、えー、まあそれぞれ、あの、なんですか、お水のね、水道というか、線が、 2つあって、まあ基本的にはもうその、本当に湧いているその、洋泉と、で、まあちょっと暑いときに水を足したりとか、あとまあ洗面器とかでちょっとね、お水でちょっとかぶれるようになってるだけの、まあなんかこう、洗い場みたいなものも、もはやない温泉です。昔ながらの温泉だ。 こういうところにもね、すごく東北のね、原風景みたいなものを感じるんですよね。僕は、津毛義晴さんっていう人の漫画が好きだったんですよ、若い頃。で、津毛さんのそのね、漫画に出てくるこの温泉というかね、まあその、東北の、あの、温泉地の姿みたいなところをちょっと彷彿とさせるような温泉が残ってる。 # 終わりのあいさつ まあ、いかんせん、約20年前ということもあって、ちょっとね、自分の記憶とのいろんな差があるんですけど、昔はね、それこそね、レーザンアイスっていうね、 アイスがあって、それがもうまさに、3日前ぐらいに話したトワダアイスみたいな、こう、霊化で、ちょっとこう、シャーベット的なね、アイスクリーム的な感じというか、 よもぎ味みたいな、ちょっとレーザンっぽい感じで、なんかそういうのもあって、それがないのかなぁと思ってみたんですけど、 お土産屋さんのところにね、昔はあったと思ったんで、まあそういうのも当然なかったりとかね、 うん、結構いろいろこう様変わりしている感じはあったり、昔はね、もっとね、水こく用の風車をね、あの、たくさんやっぱ刺さってたんですけど、 やっぱそういう風車の数とかもだいぶ減ってたりしたんで、ちょっと印象は変わりましたね。で、かつ、前回来た時は、曇りだったんですよ、18年前に来た時は。 それがね、より一層こう、神秘的な風景を醸し出していたんですけど、今回、いかんせんめちゃくちゃ晴れてたので、なんかこう、気持ちよかったんですよね。 まあそれいいことなんだけど、そんな中でも、そういうやっぱあの予感みたいなものはやっぱすごく感じるんだけれども、うん、かなり印象はすごく変わったなぁという感じでした。 で、ただ、やっぱりね、おそれ山は、あの、すごい、ここにあの世を感じるっていうのがとても自然だと改めて思ったし、 あの、東北っていうものを、なんかある種感じる、その場所として、まあ約20年前におそれ山を選んだのも改めて正解だったなと思うし、 あの、今回もね、改めて行ってみて、あの、うん、ちょっとこう、消えかけている東北みたいなものが、まだここにあるっていうような感じも一方ですごく得られたので、 あの、そういう意味では是非ね、皆さんにも行ってもらいたいなというふうに思いました。 えー、まあそんなちょっと久しぶりのおそれ山のお話を今日はさせてもらったんですけれども、えー、このね、おそれ山をきっかけに出会った場所っていうのがあって、そこに今回、あの大きな旅の目的地を設定していました。 それが、えー、下北半島の脇の沢という町。えー、その脇の沢の話をね、えー、来週はちょっとまたしていきたいなと思っているので、是非聞いていただければと思います。 えー、藤本聡之のエスカバー日本でした。 もっと見る #温泉 #青森県 #イタコ #恐山 #むつ市 藤本智士の「リスカバー ニッポン」藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)00:221.初めのあいさつ10:002.恐山https://x.com/re_satoshi_f/status/1957334068942770672?s=46&t=1vBA5ofg8xlDcDu12tzDRg02:543.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう ミナ。2025年8月24日藤本さん、こんにちは。毎日、楽しみに拝聴させていただいています。いつも運転中の車の中で聴かせていただいているので、なかなかコメント出来なく…でも、今回は、恐山と言うことで車を止めてコメント書いています。私の目標は、日本全国の温泉に入り、体感し、その素晴らしさを発信することで、廃業に追い込まれている温泉宿などに興味を持ってもらうこと。多くの方に訪問してもらい素晴らしい温泉を繋いでいきたいと思っています。恐山の温泉ずっと行きたいと思っていて、やっぱり来年、六ヶ所村と共に訪れようと思いました。2返信 藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)2025年8月24日わー、そうなんすねー絶対に訪れてほしいです!!!1
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絶対に訪れてほしいです!!!