TOPハウツー・学習旅行・地域藤本智士の「リスカバー ニッポン」日本初のフォトブックメーカー「アスカネット」(@広島)の工場に行ってきた話22:42 7月24日 108再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次アスカネット:フォトブック最大手への軌跡全国シェアを誇る遺影写真ビジネスの衝撃葬儀の裏側を支える革新的なシステム日本初MyBook:2000年に拓かれた未来出版と写真業界を繋ぐ一貫生産の現場AI文字起こし(β版) # 初めのあいさつ 藤本聡氏のディスカバー日本 地方を旅する編集者藤本聡氏が旅の良いところを出し惜しみなくシェアするラジオです。 今日はですね、広島にあるとある会社の話をしたいなと思います。 ちょっと暑くなるかも。 # アスカネット もう一月ぐらい経ちますかね。6月だったと思うんだけど、 フォトネクストか、っていう写真業界の展示会で、 浅田雅史君と二人で二日間にわたってトークをしてきたよ、という話をしてるよね。 なんかもう記憶にないけど、多分知ってると思う。でっかいトピックだから。 で、その時に、一応僕たちはフジフィルムさんのブース、 言ってもフォトネクストという大きな展示会の中で、 富士山が最もでかいブースを持っておられるんですけど、 そこで僕はお話ししてたんですけど、 そのブースの大きさで言うと、もう本当に二番手とか。 とても有名な会社がアスカネットという会社があるんですよ。 これが広島にあるんですね。 アスカネットっていうのはどういう会社かというと、 それこそフォトネクストで出展していて、 ブース展開、いろいろPRされているのは、やっぱりフォトブック。 いわゆるアルバムですね。デジタル写真で作るアルバムブックというか。 このフォトブックの業界の最大手と言っていい会社がアスカネットなんですよ。 このアスカネットさんというか、 どこから話せばという感じなんですけど、 僕がアルバム文化って大事だよねということで、 自ら企画して立ち上げたアルバムエキスポというイベントが、 約15、6年前にありました。 もっと前か。2009年だから。 17年前にそれをやったんですけど、 その時から富士フィルムさんもちろんのこと、 アスカネットさんもすごくお世話になって、 協力いただいてそのイベントを盛り上げてもらったんですけれども、 当時はなんとなく富士フィルムさんとかも一緒に業界の飲み会みたいなところで、 割とご機嫌にお酒飲んでる大ちゃんという知人がいまして、 お世話になったんですけど、 その大ちゃんがフォトネクストにいてね、 久しぶりだなと思って、 っていうか朝田君とのトークをわざわざ聞きに来てくれて、 終わった後に挨拶してくれて、 ああ、ご無沙汰だね、みたいな言ってたら、 いつの間にかアスカネットの社長だったんですよ。 で、あらま、みたいなね、 もう立派になってって感じじゃないですか。 もちろんね、そういう年齢だし、 すごい昔から仕事をできる人だったから、 まあ当然、ちゃあ当然のことなんですけど、 なんか嬉しいなと思って、 そしたらですね、 もう一方、 アルバムエキスポというイベントをやってた時は、 当時はカメラの北村というね、 今もありますけども、 写真屋さんのチェーンというか、 北村の偉いさんだったんですよ。 だった方がいらっしゃいまして、 で、 その方もね、 当時は北村にいたんだけど、 その後、ラボネットワークという、 いわゆるフジフィルム系のプロラボですかね、あれは、 さくらいさんというんですけど、 そこのラボネットワークの社長になったりとか、 割と編成はなんとなく見てたんですけど、 なぜかそのさくらいさんがアスカネットのブースで、 アスカネットの服着ていらっしゃって、 あれ?と思って、 そしたら今はなんかちょっと引き抜かれる形で、 ラボネットワークの社長までやってて、 ラボネットワークも結構業界では大きな会社ですよ。 いわばアスカネットって、 そういう意味ではライバルみたいな会社ですけど、 そこを引き抜かれてですね、 今はそのフォトブックのトップみたいな感じでやられてると、 いうことで、 なんかその懐かしい方々に、 そのフォトネクストをきっかけにめっちゃ再会できて、 かつ、 それぞれがアスカネットの偉いさんになってらっしゃって、 なんか面白い巡り合わせだなと思って、 アスカネットといえば広島の会社なんですよ。 僕、スウォーシマに、 昨日までちょっといろいろ話しましたけど、 神戸から行く間に広島があるもんですから、 ちょっと帰りに寄ろうかなみたいな感じで、 広島に寄ってね。 実は僕、アスカネットさんの会社自体には行ったことなかったんで、 広島の本社にはね。 東京の方の事務所とかは、 あの当時ね、何回か行かしてもらったことあるんですけど、 広島の本社は本当初めてだったので、 フォトブックを作ってるある種の工場というかね、 工場見学させてもらえることになり、 これはちょっと貴重な経験だ、嬉しいわと思って、 それで広島に立ち寄って、 アスカネットでフォトブックが作られていくその過程をね、 見学して帰ってきたという感じなんです。 そういうちょっと前置きというかね、 個人的な経緯がちょっと長くなりましたけども、 今日は僕、まずこのアスカネットという会社のことをね、 みんなにちょっとちゃんとシェアしたいなと思って、 このアスカネットはね、 一体まあ、何でこんなに大きくなった会社かと。 大きい会社なんですよ、アスカネットさんって、本当に。 もうね、そうなんですよ、上場もされてて、 っていうまあ大きな企業なんですけど、 あのね、葬儀用の遺影写真、あるじゃないですか。 人がね、お亡くなりになっちゃった時に、 遺影写真を用意しなきゃいけない。 この遺影写真の加工、プリントというか、 このね、葬儀用のこの遺影写真の製作で、 すごく大きくなったんですよ。 もうこれ全国シェアの結構すごい何割もやってると思うよ。 多分業界トップだと思います。 年間で40万件とか、なんかまあすごい。 それだって単純計算で、 1日1000件以上とかですよ。 それをね、アスカネットがやってるのがすごいですよね。 このね、だからまあ、 その仕組みがよくわかんないと思うんですけど、 要は結局、いわゆる葬儀会社と、 アスカネットさんが基本契約をしてるわけですよ。 一番エンドユーザーのお客さんというのは、 それこそ身内がお亡くなりになっちゃったみたいな方が、 葬儀屋さん、葬儀会社さんを通じて、 家写真をね、お願いするわけですけど、 こうやってやっぱ結局皆さん、 家写真としてみんな持ってないわけですよ。 いわゆるなんか旅行先のスナップだったりとか、 集合写真の中の一枚だったりとかね。 究極免許証の写真しかないみたいな人もいるわけです。 そういうものをね、 その個人の顔をね、切り出して背景整えて、 何だったら場合によっては服装、礼服に着せ替えたりとかして、 かつ大きく引き伸ばしても耐えられるような一枚に仕上げる、 ということをアスカネットがやってくれるわけです。 葬儀会社さんがやってくれるという風に映ってるかもしれないけど、 実際そのアスカネットさんにそれを送られて、 アスカネットさんは全国の葬儀会館とか、 そういうホールみたいなところを、 7000カ所以上とネットワークで結ばれてるんですって。 すごくない? # 遺影写真から始まった そのネットワークを返して、年間何十万件という創業写真を制作しているわけですよ。 結局、創業者の人は預かった写真をスキャナーにセットするだけでいいんです。 あとはデータ通信で勝手にアスカネットに送られて、送られてきたらアスカネットさんの専任のスタッフの人が加工して、 今度、仕上がった家がいちいちやり取りなく、今度は創業者のプリンターから出力されるんです。 パソコンが苦手みたいな人でも全然扱えるように設計されているし、 機械が故障した時のために365日、全国どこでもすぐに代替機を届けられるようなサポート体制まで整えているから、安心ですよね。 今は広島と千葉と滋賀、国内の3拠点で専任のスタッフの方がいらして、より個人の雰囲気を残しながら、より美しく仕上げるために日々手を動かしているということです。 こうやって拠点が3つあるのも、どこかで災害や停電があった時にも絶対に絵作りを、その手を止めないためだとおっしゃっていたりするぐらい、かなりの実績ですよね。 こういうオペレーションセンターみたいなのが2013年にはできていたりするし、2018年の11月のデータで500万件突破と書いているわ、ウィキペディアに。 すごいね。そこからより一層、今10年ぐらい経っているわけですから。 家写真のサービスが今も結構、その事業の多くを支えていたりする。そこにマイブックというフォトブックのサービスがさらに加わり、これもかなり早いんですよ、フォトブック。 日本初のフォトブックと言われているからね、マイブックが。フジフィルムとかより早いんだもん。 すごいですね。これ、そもそも創業者の方が、もう今だから社長も変わられて退任されているんですけど、福田さんという方で、この方は元々だから写真館を創業しているんです。 アスカ写真工芸者という。これがアスカネットの前身なんですよね。そこからアスカ写真館として法人化してみたいなところなんだけれども、 1990年にデジタル事業部を設置し、91年には全国のラボを通じて写真館の失敗救済CG、撮影に失敗した写真をデジタル処理で救済するというサービスを始めているんです。 やばくないですか、これ。事業あったんだから。ビジネス的な先見の名誉がすごいある方だと思うんですよ。 これ本当に、だって1991年とかでしょ。Windows95とかだからさ。それすらも出てない時代に、もうそういう画像を、通信を経由して、そういう加工業務みたいなことをやって、その延長に家写真があると。 やっぱりその生き死にだし、いい話はないけど、日々人は毎日誰かが亡くなっているわけで、そういう中でこれをビジネスにしていくということはかなりですよね。相当イノベーターというか、今っぽいですよね。 ベンチャー機質がそもそもある会社なんだなと思いますね。 このMyBookに至っても、2000年とかに、2000年の12月にMyBookのサービス開始だから、すごいわ。 これ多分世界的に見てもめっちゃ早いんじゃないですか。 当然印刷業界っていうのは、大量にすってなんぼじゃないですか。 でもこのアルバムっていうのは、一冊のための印刷製本なので、やっぱりそれは、一枚一枚を処理していくという家写真のビジネスがあったからこそ自然にそっちに行ったわけですよね。 しかもそれをデジタルかつ通信を使ってやるみたいなね。 だからプリントしたアルバムに貼っていくっていう、誰もがまだそうやってアナログな処理をしてアルバムを作っていった頃でしょ、2000年っていうのは。 僕がアルバムエキスポをやったのは2009年だからね。そこからもう10年ぐらい経ってるわけです。 2006年ぐらいに僕はフィルムカメラで残していくっていう特集を雑誌で組んだんですけど、 その時にやっぱり印象的だったのは、もうiPhoneとかも出てましたからね、多分2006年だったら。 そういう変化がその後ドドドッと起こってくるわけだけど、2000年っていうのはやっぱり早い。本当に。 なので、このアスカネットっていうのはフォトブックの業界でもうナンバーワン。 クオリティもとても高いし、ノウハウもすごくあるし、今回やっぱり僕は現場を見せてもらったんで、 もうとんでもなかったです。すごかった。本当に。 印刷機を見せてもらうんですけど、僕はやっぱり通常どっちかというと出版とか、 そういういわゆるオフセット印刷と言われる通常の印刷と言うとあれですけども、 そういったものを常に見てきているので、でっかいレーザープリンターみたいなものがようあるわけです、アスカネットには。 しかもですね、意外と印刷屋さんに行って、 例えば表紙に薄押し加工をするとかね、そもそも製本するとか、 ハードカバーをつける常製本、あとはソフトなナミ製って言うんですけど、 常製本であれナミ製であれ、そういう製本っていうのは別に製本屋さんがあったりとか、 印刷屋が全てを全部やっているというよりも、やっぱりそういう協力会社というのがいろいろあって、 そういうところと連携しながら印刷の本が出来上がるんですよ。 どこどこ印刷っていうふうに大体奥づけには書いているけども、製本屋はやっぱりその下にまた下請けさんというかね、 あったりとかするのが常なんですね。 アスカネットさんの場合は、もうすって製本して、何だったらフォトブックとか、 これまたね、結婚式場とかそういうところとかと契約しているから、 結構立派なハードカバーの何だったらもう箱に入っているとか、あるじゃないですか。 しかもその箱も写真とかを活かしたデザインだったりとかして、一点物の箱だったり。 なので、これ全部アスカネットさんの中で、全部一貫して作ってらっしゃる。 そこには当然、もうひたすら人の手。 もう内職内職というか職人さんだらけって感じですよ。 もうね、強いわアスカネット。 これを、なんかこの年月をかけて、この体制化していったっていうことは、ちょっと相当だなと思って、 僕はもう本当驚きの連続でしたね。 なので、僕はやっぱりここが、いわゆる出版という、出版とか本の文化ですよね、のところと、 アルバムと言われた瞬間に写真業界になるわけですね。 この写真業界と出版業界というのは、同じ、いわば本を作っているにもかかわらず、 全くここにある種の溝があるというか、壁があるというか、つながってない。 ここをグラデーションする役割があるなっていうふうに、僕はね、結構思い、 結構実はそれずっと思ってたんですけどね、 そのフォトネクストの現場を見て痛感して、 で、アスカネットに行こうと思ったっていうのはあるんですけど。 # 終わりのあいさつ 僕は長年出版の仕事をしてきて、本作りというのはアルバム作りだと思いながら、 やっぱりアーカイブしていくことだし、記録だしね、 って思いながら作っているっていうのが結構自分の軸にあるんですよ。 それはやっぱりアルバム文化っていうのが僕の中にかなり深く根付いているからなんですね。 で、一方でそのアルバムっていうものが、 そっちの業界の皆さんが、 フォトブックとブックとはついているものの、 なんかね、言っても写真集止まりなわけですよね。 僕はめちゃくちゃ平たくシンプルに言うと、 そこに活字が載ったって言うわけですよ。 だから写真が3分の1で、テキストがもう3分の2みたいなフォトブックがあったって言うわけでしょ。 なんだったらそれを一冊から丁寧に作ってくれるわけじゃないですか。 これは写真業界と出版業界っていうものをもう少し交わらせなければ、 交わらさせなければむずいと思ったわけです。 勉強になりましたね。 アスカネットさんぜひね、皆さん知らず使っているかもしれないし、 これを機にそもそもね、一回iPhoneの写真とか整理してフォトブック作ってみてくださいよ。 やっぱりプリントの力っていうのはとても偉大なので、 とにかく今日はそんなアスカネットのことをすごい話したくておしゃべりしました。 アスカネットさんの近くにね、バクバクっていうお好み焼き屋さんがあって、 すごい美味しかったですね、そこも。 まあだからそういうね、食の話とかも本当はあるんだけど、 まあまあちょっと、とりあえず今週もね、これで終わりなので、 とりあえずアスカネットの話がちゃんとできてよかったかなと思います。 また来週は何の話をするだろう、わかんないけど、ぜひ聞いていただければ嬉しいです。 藤本聡のリスカバー日本でした。 もっと見る #写真 #アルバム #広島県 #広島市 #フォトブック #遺影 #アスカネット 藤本智士の「リスカバー ニッポン」藤本智士(日本を旅する編集者/Re:S)00:211.初めのあいさつ10:002.アスカネット10:003.遺影写真から始まった02:224.終わりのあいさつコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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