TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第250話 【民放テレビ放送開始の日】に思う08:25 2025年8月28日 37再生 問題を報告する 再生する シェアする 民放テレビスタートの日:1953年8月28日11:20、日本テレビが民放テレビの本放送を開始。AI目次民放テレビ放送開始の歴史的瞬間街頭テレビと視聴者の熱狂初CM時報の伝説的失敗当時のテレビ価格と国民生活完璧主義からの脱却と学びAI文字起こし(β版) # チャプター 1 おはようございます。佐藤美奈子です。 このチャンネル、日々気付きだよりでは平安消息気付けしてある私が、 美しい12人に日々触れる中で感じた心の在り方や心遣いを日常に生かすヒントとしてお届けしています。 今日は8月28日ですけれども、この8月28日って何の日か皆様ご存知でしょうか。 意外とネットニュースとかいろんなところで発表されているとは思いますけれども、 1953年8月28日午前11時20分に日本テレビが民放として初めて本放送を開始した日なんですね。 この日にですね、日本テレビ日テレさんはある仕掛けをしていたんだそうですね。 ちょうど街頭テレビ、家に時代テレビという時代ではありませんから、 開局直前にこの街頭テレビを都内の要所要所に次々と設置をしたんだそうです。 例えば東京だったら新橋の駅前と渋谷八甲前などに約55箇所ほど大画面が現れて人だかりができたそうなんです。 目的はやっぱり一つですよね。これは多くの人にテレビを体験してもらうことだったんだそうです。 これというのが後にスポンサーを獲得するための決め手にもなったわけです。 これだけこのテレビを楽しみにしている人がいる、そうしたらその広告というのも載せやすい、貼りやすいというわけですよね。 そしてちょうどお昼の正午、11時20分から始まってお昼の正午。 お昼の正午というとやはり時報が流れる予定だったんだそうですけれども、 このスポンサーが服部時計店、後の成功者ですね。 ナレーションは成功者の時計が正午をお知らせしますとなる予定だったそうなんですけれども、 フィルムを裏返しにセットしてしまって映像はちょっと反転してしまって音声は無音という伝説の第一号のCM時報だったんだそうですね。 でもその日の夜の7時の時報のCMは無事にオンエアされたんだそうです。 やっぱり何でも初めてのことですからね。 この日本にとっては国営放送ではなくて民放の放送の始まりでしたから焦ったでしょうね。 今こうやって思うと本当に歴史的な幕開けの日ですけれども、やっぱりなかなかうまくはいかないものだなと思います。 そして翌日の8月29日はどんな放送があったか。 それは公楽園球場からの巨人阪神戦のテレビ中継があったんだそうですね。 やはりこのスポーツを観戦する人、町の人だかりがたくさんで、それからのテレビCM、広告の広告主には素晴らしいアピールになったと言われています。 ところでこのテレビその当時お値段いくらだったと思いますか。 ちょっと調べてみました。1953年というと私が生まれる15年前、私は1968年生まれなので、生まれてからはテレビがあったはずですね。 あった記憶です。つまみをくるくるくると回す式のブラウン管の大きなテレビでしたけれども。 その1953年当時、国産期の一例で17万5000円ほどだそうです。 当時の公務員、例えばお仕事をしていて、しかも高卒の公務員の所任給というのは5400円だったそうですね。 つまり月給の30ヶ月分以上ということです。家庭にはなかなか広まるまでは時間がかかったんだろうなと思います。 ですから喫茶店だとか旅館だとか会社のロビーだとか、そして街中の街頭テレビに人々が集まったわけですね。 そしてこの民放が1953年ですけれども、NHKはいつだったか。 NHKは同じ1953年の2月1日に先行して放送していますので、半年後に民放の日本テレビが本放送を始めたということで、 1953年というのはこのテレビ放送の年と言えますね。 この11時20分から放送を始めて、そして12時にこの時報を送るはずがちょっと失敗しちゃってという事実。 これが何とも人間味があるというか、今の時代のAIではこういうことはないのでしょうけれども、 やっぱりその時代、完璧じゃないんだけれども、まず公開する、まずやってみるという感じがすごく人間味のある、その当時の。 本当に皆さん一生懸命だったんだろうなって思うんですよね。 全然完璧ではないけれども、まず公開してしまう。 まず届けて、視聴者の日本国民の反応をいただいて磨いていく。 磨いていて、今のテレビだったりとか、YouTubeだったりとか、そういう放送になってきたのかと思うと、何ともじんわりと来る話題ですね。 私たちってどうしても何事も作る前に悩みますよね。 悩んでいて悩んでいて、まだかまだかと言いながらやってるとやっぱり時は過ぎてしまう。 けれども、出したものにしかやっぱり反応は返ってこないですよね。 いわゆる市場と言われるものだったり、私たちの例えばクライアント様だったり、まず出してみないと。 そうなってくると、まずは公開をして、反応を見て、そこでいろんなことを測って、そして改善するというこの図式というのが本当に今も活かされているなと思いますね。 完璧を待つ時間はどうしてもなるべく短くして、早く早く出して、それでいろいろ叩かれることもあるでしょうけれども、いろんなご意見をいただきながら改善していく。 このぐるぐる回っていくものはやっぱり回すしかないなって、このテレビの本放送の日というのを考えながら思いましたね。 やっぱりその人たちは完璧を本当は目指していたはずかもしれませんけれども、まず出してみて、国民の意見をいただいて、今になりたっているということをすごくちょっと感動しました。 何でも完璧じゃないからちょっと今日は出せないとか、今日は告知できないとか、ちょっとこれはもったいないかなって思いました。 最初は小さく出しても大きく学ぶ、それが私たちのそれこそ11時20分なのかもしれないなと思いましたね。 迷ったらまず出す、反応は周りがくれる、市場がくれる、そしてもう未完成でもいいからまずちょっと出してみる、それでどんどん周りで磨かせていただいて、周りの意見をいただいて磨きをかけていく。 それが私たちにとっての時報前の11時20分なのかなと思いました。 それではまた明日。 もっと見る #テレビ #今日はなんの日 #完璧よりまず行動 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ08:251.チャプター 1コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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