TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第441話 「人形」と「ひいな」雛祭りのはなし08:22 3月3日 51再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次日本の「けがれ」思想と「払い」の起源古事記にも記された「みそぎ」のルーツ体に移る災いを払う「人形」の始まり平安貴族の「ひいな」遊びから雛祭りへ雛人形と薬除け、片付けに隠された意味AI文字起こし(β版) # チャプター 1 日々気づきだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きくださりありがとうございます。 このチャンネルでは日本文化に携わる私が気づき感じる心の在り方を 日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 さて、3月3日は桃の節句、ひな祭りですね。 皆様、お人形を飾っていらっしゃるご自宅も多いのではないでしょうか。 この人形について今日はお話をしたいと思います。 ちょっと難しい話になるかもしれませんが、 はぁはぁ、なるほどそうなんだという感じで聞いていただければ嬉しいです。 まず、我が国、この日本というのは、 古くから人々に災いをもたらすものを払うという思想があります。 今もそうですよね、ちょっと払ってきたらとか、 何か良くないことが続いたりとかね、 ちょっと病気がちだったりすると、ちょっとお払いしてもらおうとか、 そういうことで払うという言葉をよく使うし、払いに行きますよね。 この災いの元というのは、けがれと呼ばれています。 この語源というのはどういうものかというと、け。 はれとけのけがあるとすると、けとかれというのは離れと書くのですが、 けが離れる、けがれ、けかれにあるとも言われていますし、 け、そのけが元気の気ですね、気、 気とあとは酸水に固まる、固いと書いてかれ、けかれにあるともされています。 すなわちどういうことかというと、日常から離れた異常状態だとか、 生命のエネルギーが疲弊した状態を言うというふうに考えられているのですが、 そうすれば、このような状態を一掃して、あたかも生まれ直した状態を取り戻そうというのが、 払いであることにもなります。 けがれというのは、後々広く、生活上の異常だとか不条というものを 抽象的に捉えた言葉として用いられるようになっていきますけれども、 けがれを払うには、みそぎというものを行います。 このみそぎという字は、身体の心ですね。 身体の心にそそぎ、このそそぎという字は洗濯のたくです、 に由来するものではないかという考え方がとても多いのですけれども、 これは古くは川や海に身を浸していた、そういうことでみそぎをしたわけです。 古事記にもこの様子が書かれていて、いざなぎの見事の話があります。 黄泉の国から帰ってきたいざなぎの見事は、かの国でけがれたので水辺で払いをしたというふうに記述があります。 この中国にも同じような水辺で行うような習慣はあります。 アジア一帯に見られるもののようなんですね。 この水で払う、水でみそぎを行う。 原来でも神社などにお参りするときに、口をちょっとゆすいだりとか手を洗いますよね。 これも古い習慣の名残だというふうに考えられています。 そして日本は飛鳥時代、ちょうど592年から710年ごろになってくると、 藁を人の形にしたもので体を撫でるようにして、 自分のけがれをこの藁の人の形をしたものに移して、 これを水に流して払いをするようになっていきます。 これは飛鳥時代に行われていたんですね。 少しその後には藁の代わりに紙で人の形に作ったものに息を吹きかけることも行われるようになっていきます。 これら自分のけがれを移すためのものであって、 これは人形と書いてひとかたと言います。 あるいはかたしろと言ったりなでものと呼んだりもするんですね。 源氏物語をはじめとする平安中期のさまざまな文学作品がありますけれども、 その中でも宮中とか茎の風俗を伝える作品にはひひなというものが出てきます。 このひひなというものはひいなとも言いまして、 それこそ小さくて愛らしいという意味があります。 その時代からやはりこの今のひな人形につながっていくもので遊んでいたというような描写があるわけですね。 たくさんの文学作品にこのひひなというのが出てきますので、 本当にこの遊びが盛んだったということがわかります。 日本には古代に大陸から上司の風習が伝内していました。 この風習には水辺に出ることがすごく深く関係していきます。 いわゆる日本古来の先ほど説明したみそぎによる払いの考え方と似たところがあります。 このようなところから考えてみると、もともと粗末なものであった水に流して薬を払う人形というものと、 遊びに用いる華麗な装いのひなの人形とが混同されるようになったと見られています。 人形と混同されたひなというのは、今も全国各地に見られる流しびなの風習の起源というふうにも言われています。 また、この3月の実の日にひな人形を飾る風習へも発展していったというわけですね。 室町時代の中頃になると、豪華に仕立てた男女一対の人形を3月3日に贈答する、贈り物とするということが始まってきて、 これをひな祭りとしたと思われる記述も見られていきます。 そしてこの人形をその夜に枕元に置いて眠ると、身にふりかかる汚れを人形が代わりに取ってくれるというふうに考えられるようになっていきます。 そこで翌朝にはその人形を寺に持って行って、祈祷をしてもらって、そして汚れを除いてもらうということで薬除けをするという風習も起こっていきます。 3月3日のひな人形は遊びの要素も残してもいますけれども、寺で払った後には翌年もまた用いられるようになっていきます。 このようにしてひな祭りの風俗というのが生まれたと考えられています。 皆さんどうでしょうか。このひな人形、3月4日にはもうちゃんと片付けなさいとか、お嫁に行けないとか、そういうことを言われたことはないでしょうか。 こうやって歴史を紐解いていくと、次の日には汚れを払うということから、次の日はきちんと埃を払って、きちんとしまいましょうという考え方に変わっていったのかなと思います。 それでは良い桃の節句をお迎えください。ごきげんよう。 もっと見る #ひな人形 #ひな祭り #桃の節句 #上巳の節句 #土偶ひな 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ08:221.チャプター 1https://mosh.jp/services/334662コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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