TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第467話 今日の稽古場ばなし③【"今さら“が邪魔をする】21:03 4月1日 100再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次"今さら"が阻む学びの壁指導者の葛藤と再出発の勇気基礎と向き合う心理的ハードル年齢や立場の壁を超える自己成長「おひなさま」と「土偶」展の見どころAI文字起こし(β版) # 今日もある門弟さんのばなし 日々日付だより佐藤美奈子です。 このチャンネルでは、平安小族がエモン道に日々触れる中で感じる、 心の在り方や人との向き合い方を、日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日はこの、ちょっとシリーズ化になってしまった第3話として、 先生なんだからできて当然と思われるのが怖くて、学び直しと言えないという方のお話をします。 前回は、人には基礎が大事って、意外と周りの人に自分から言っているのに、 自分のことになるとちょっと尻込みしている、向き合えないという、 なんかもやもやした気持ちを持っていましたという、 モンテさんの言葉を例にとってお話をしていきましたけれども、 今日はそこからもうちょっと深い部分のところかなと思います。 実際今学びに来てくださっているモンテさん方と接していると時々こう感じるのは、 もうただ分からないから習いに来たとか、興味本位で習いに来たというだけではないなということをすごく感じます。 もちろん技術を深めたい、あとは知識を整理したいとか、そういう気持ちはもちろん大有りで、 けれどもその奥にはもっとちょっと言葉にしにくいものがあるんですよね。 ですけれども、なんでそういうことが浮き彫りになっていくかというと、 このエモンドそのものが本当に自分に向き合う時間なんですよね。 諸差を学ぶとか技術を学ぶとか手順を学ぶとか、そういうことっていう表面上、 本当は表面上じゃないかもしれませんけど、エモンドにとっては表面上のことで、 さらにその手が出てしまう、例えば余分な手が出てしまうのはどういう気持ちが今渦巻いているからかというところを、 すごく自分で自分を探索するというか、知るというか、そういうふうなことをしていくことで研ぎ澄まされていくという技なので、 奥のものというのが浮き彫りになっていくんですよね。 それは学びたいのに今更という言葉が邪魔をしてしまうという気持ちがあるから、 実際は習いにいらっしゃっているということが後々浮き彫りになってくるということです。 最初はそういうことはおっしゃらないですけどね。 例えば、長く木付に関わってこられた方とか、もうすでに教える立場にいらっしゃる方、周りから先生と呼ばれている方、 そういう方ってもう一度基礎から学びたいんですという一言って想像以上に重いんですよね。 なぜならその言葉を口にすると、自分で自分の足りなさを認めることになるように感じるからです。 実際そうではないんですけどね。 それを言ってしまうと負けを認めているというか、そんな感じに思われる方がいらっしゃいます。 先生なのにとか、今まで教えてたのにとか、そんなことも分かってなくてやってたの?みたいな感じで、 多分実際にはそこまで言われたことないとは思うんだけれども、 人は自分が一番恐れている言葉を心の中で先に聞いてしまうというか、 多分みんなそう思っているよな、みたいな感じで、 本当は言われていないことも自分の中でリピートしていくというか、心の頭の中でリピートしていくみたいなことってありますよね。 だから学びたい気持ちはあるんだけども言えなかったりとか、 言いたい気持ちはあるんだけど動けなくて、なかなかこちらに来ていただくまで時間がかかったという方もいらっしゃいます。 20年ぐらいずっといつかはいつかはと思っていて、晴れて60歳過ぎていらっしゃった時に、 これました!という方もいらっしゃいますね。 今でも続いて来ていただいてますけれども。 最初はとても落ち着いていらっしゃる、やはり先生という方が気のついた方ですからね。 言葉も穏やかだし振る舞いもきちんとされていて、 素晴らしいなってこういう方が来ていただくということは私も大変ありがたいし、 嬉しいというよりもありがたいですね。 やっぱりここからこの先生から学ぶ方が、より一層技術が深みを帯びていくということを考えると、 その先生の奥にある人々の顔まで浮かんでくるような気持ちになるからです。 もう周りから見たら、その方を見るともう何の迷いもなく、 今まで突き進んでいらっしゃった方なんだろうなって見える方だと思いますよ。 でも少しずつやりとりを重ねていくと、やっぱり本音はこぼれてきますね。 ずっと来たかったんですとか、でも今更って思ってしまって、もういいかなとか思ってしまったとか、 今のこの立場でまた習いに行くというのに、時間がない時間がないって言ってたけども、 本当はその言葉を言えるまでちょっと自分にとって時間がかかりましたというふうに素直におっしゃってくださる方もいらっしゃいました。 この今更という言葉にはたくさんのもの詰まってますね。 年齢のこと、キャリアのこと、周りからどう見られているかとか、今まで積み上げてきたものもあるし、 そして自分が自分をどう見ているかですね。 だからこれは単なるプライドだけではなくてもっと切実な何かがある。 自分の立場が揺らぐ怖さというものが奥底に隠れているのではないかなと思います。 やっぱり人前で落ち着いていなければならなかったり、質問があったら答えられる人で、 導く側でもあるというそういう人というのは、自分をこぶしていきながらずっとずっとご自身を自分で整えてこられた方々だと思います。 けれどもやっぱり今更って思って躊躇していることの悪いことではなくて、 責任感があるからこそこれまでやってこられたんだろうなって思うんですよね。私もやっぱり実際そうでしたから。 でもその責任感があるから今度は分からないということが難しくなってしまうんですよね。 教わる側に戻るという、本当はそれだけのことなんですけれども、それだけのこととは思えていないわけです。 自分の肩書きが上に行けば行くほど、自分が小さくなってしまうように感じてしまうけれども、 ちょっとそれは誤解があるかなと思います。 学び直すということは自分を下げることではないんですね。むしろ逆です。 やっぱり知ったふりをするとか、見てみないようにするとか、そうなるとどんどん苦しくなっていくので、 お稽古に来られてしばらくすると皆さん、表情からどんどん変わっていくことと、話す言葉も変わっていったり、周りの方とどんどん喉を打ち解けていらっしゃるようになります。 # チャプター 2 うち溶けてこられるとね、どんどんどんどん心の奥にあったものを素直にポロッとこう言うようになっていらっしゃるんですけど、 今までなんとなくやってきてたんだなぁと思いましたってね。 ちょっと笑いながらみんなと話していたりとか、 ああでも今、今分かってよかったですって話してくださる。 でもまあ私はね、その方が今って思った方が40歳であろうが60歳であろうが70歳であろうが、 やっぱり今本当にその時がその人にとってのタイミングだったので、人それぞれなんですよね。 その時まではやっぱりここに来つくまでにいろんなご奉仕をなさってたり、 いろんな方に自分の技術や自分の労力をかけてこられたから、今になってしまったっていうのもあると思います。 でもそれは今までのことは決して無駄ではないので、出会えてよかったですねっていうふうにお話をします。 そういう気持ちになってこられた方っていうのは、 自分をね、やっぱりなんかこう今までのもので守っているということを脱ぎ捨てて、 自分をもっともっと育てるよう、育てる方へ育てる方へとどんどん進み始めたんだなぁと思って、 私も温かく見守るという、私の方はそういう立場かなと思っています。 もうこの立場だからとか今更とかね、そういうことが自分でね、自分を閉じ込めてしまうことになるので、 とってももったいないことかなと思います。 どんなことでも、どんな習い事とかでも、どんな興味のあるものでも、 自分のね、このなんかコソコソ隠してしまうよりも、 整える方へ選べるという人になりたいですし、 恥ずかしさよりも誠実さを選べる人に私はなりたいなと思うので、 そういうこともお稽古ではお話をしています。 以前ですね、着付けの方ですけれども、 今更という名前の講習会を開いてたことがあるんですね。 今これ、もう一回ちょっとやってみようかなとは思うんですけれども、 なぜかというと、文廷さんでもあって、着付けの受講生さんでもある、 本当に私よりも先輩で長くヘアメイクの世界でお仕事なさっている方ですけれども、 先生今更なんですけれども、帯締めの何々結びってどうやるんでしたっけとか、 先生今更だとは思うんですけど、帯揚げの本結びをどうすれば綺麗になりますかという感じで、 今更という言葉が飛び交った時があるんですよね。 本当にうちの講習の中の流行語大将になるくらいの、 その年はいろんな方が先生今更ですけど、今更ですけどって言って、 そう考えた時に、今更という講習を作ろうと思ったんですよね。 今更って言われたのは、意外と基本的なことです。 襟合わせを一回で決めることって今更ですけど、教えていただけますかとか、全部今更。 ですから、いろんなことはやってきたけれども、 本当の私のところは学校ですから、学校で全くゼロの知識のない、 高校卒業したり大学卒業したりしていらっしゃる生徒のために、 全くゼロの時点から着物というものを指導させていただいて、 2年間の勉強の中で、本当に花嫁の着付けまで、花嫁のお化粧も、 かつらの扱いもできるようにして卒業させていくんですけれども、 そのノウハウというものがあるということを、 一般の方々を受け負っている私というのは、皆さんがそう思ってくださっているので、 先生、今更ということは、やっぱり基礎の基本の気を教えてくださいという方が多いです。 今は着付け技能検定というものが生まれていますけれども、 やっぱりこれというのは、昔々おばあちゃんからお母さんへ、お母さんから娘へ、 娘から孫へという感じで、どんどん代々着物を着ていた私たちの国というのは、 着方というものは小さい時から教わっているし、どうすれば体を整うのかということも、 自分の親から聞いてきたことですよね。 やっぱりそういうことってあって、こういう着物を生業になさっている方々というのは、 お母様が着付けをなさっていれば、娘さんも本当に中学・高校ぐらいから自然に学んで、 それをお仕事としていらっしゃるうちの問題者さんもいらっしゃいます。 そうすると、資格だなんだというよりも、本当に伝わってきたことでお仕事が成り立っていらっしゃるんですよね。 私はすごくそれはベースとしては素晴らしいことだと思うんですが、 そうなっていくと、自分の親からしか聞いたことがないとか、一人の師匠からしか聞いたことがないというと、 周りがいろんな検定を受け始めたり、いろんなことをやり始めると、 私の技術って古いんじゃないかなとか、私の技術はこれでいいのかなって、思い悩んでしまわれて、 本当のところどうなんですか、それこそ今更なんですけどって、 ちょっと自分を下に下げつつも、聞きたいことが実はあるということをさらけ出してくださる方がうちの講習会では多いです。 それは質問何でもOK、質問には答えますというスタンスでやっている分、今更も答えてくれるだろう、佐藤先生はというふうに思っていただけるので、聞いてきてくれます。 なので、向こうが今更ですけどっていう労力を減らしてあげようと思ったんですよね。 やっぱり今更って聞くのちょっと勇気が得るだろうと、今日のお話、冒頭の話のように。 ですから最初から今更講習会って作って、今日のテーマは帯揚げを基本通りにうまくいくことと応用編とか、 今更お太鼓結びとか、今更帯締め本結びとかね、 そういうちょっと部分部分で今更をみんなで攻略していこうと、 そういうふうな講習の時は、あまり自分が今更って思っているけれども口にできなかった方々が、 お、待ってましたという感じでいらしてくださったんですよね。 そういうちょっとお客様の心理的なハードルを下げたような講習会ということをしていきたいなと思っています。 はい、いかがでしたでしょうか。 今日は先生なんだからできて当然と思われるのが怖くて、学び直したいと言えない心についてお話をしていました。 ちょっと今週はこんな受講生さんとのエピソードを交えたお話が続いていきます。 次回はですね、明日本当にできる人を見てしまうと尊敬しているんだけれども、 ちょっとキュンとする、ちょっと苦しくなる、ちょっと嫉妬が出てしまうという気持ちがあったと、 そういうお話を伺った、それを紐解いてお話をしていきたいと思います。 今日もお聞きくださってありがとうございます。 それではごきげんよう。 # 明日から【おひなさまと土偶】展 最後にもう一つ皆様にお知らせをさせてください。 明日4月2日、3日、4日、3日間連続ですけれども、 本校国際文化利用病専門学校の国分寺校にて、 企画展お雛様と土偶という展示を開催いたします。 これは雛人形の原点とも考えられている土偶、縄文時代の土偶です。 土偶と平安時代から続く伝統的な裕足雛というものを展示して、 春らしい日本の伝統美を味わっていただく特別な展示会をいたします。 この国分寺校というのは、本当に国分寺駅の徒歩、 本当に1、2分、校舎がすぐ駅から見えますけれども、 そちらの7階のラウンジで行います。 この国分寺という町は、本当に歴史のある町で、 武蔵国分寺というのが由来となっています。 そして縄文ですとか古墳時代の遺跡から貴重なものが出土する町でもあります。 そういう意味で古くから栄えてきたという町が国分寺市なんですけれども、 この土地で約70年、利用日を専門学校として本校は学校を建てました。 その文化のある国分寺で活動を今年は度々行っていこうと思っております。 主催は国際文化ギャラリーといういろんな文化的なこと、 あとは美と歴史を絡めたイベントを行っているギャラリー形式の部署ですけれども、 そこと今回は門戸東京道場がタッグを組んで、 古代の祈りの造形、土偶と平安の儀式文化というものを2つ掛け合わせることで、 面白いイベントを考えました。 まさに私たちの心の中に眠っているような、日本の心の輪郭というものが浮き彫りになってくるのかなと思って、 私自身もワクワクしています。 3日間同じスケジュールです。 13時に開場させていただきます。午後からのイベントです。 そしてご自由にご鑑賞ください。 私の声で解説をした音声ガイドというものもご用意しておりますので、 ぜひスマホをお持ちいただいて、イヤホンがあればなおよろしいかなと思います。 13時半からは主催者の挨拶を挟みまして、 土偶再現作家の田野清子さんが千葉のアトリエからたくさん再現された土偶をお持ちいただいて展示していますので、 それをご覧いただきながらギャラリートークをいたします。 その後に14時30分から門戸東京道場による12人へのおふくあげ、これは着装ですけれども、 その着装の披露を皆様にご覧いただきたいと思います。 解説は私、佐藤美奈子が務めさせていただきます。 そして終了後、自由にまたご鑑賞いただける時間もありますし、 喫茶スペースをご用意しておりますので、お抹茶と季節のお菓子をどうぞお召し上がりください。 全て私たちもこの展示のそころにおりますので、お声をかけていただければなと思います。 入場料は一般の方は2000円頂戴いたします。税込みです。 学生の方は500円頂戴いたします。 学生証のご提示をお願いするかと存じます。 もちろんお茶、お菓子付きでございます。 最終入館は15時半、ちょっと早めですけれども、 15時半とさせていただきまして、 13時から16時まで3日間連続同じ内容で開催をいたします。 途中からご入場いただいてもプログラムはご覧いただけますので、 ぴったりの時間でなくてももちろん大丈夫です。 こちらのチャプターにリンクを貼らせていただきます。 どうぞそちらの方からお申し込みいただき、当日お申し込みでもいいですし、 申し込めなくて当日参加でも全く問題ありませんので、 もしご覧いただければ地図のGoogleマップも載せておりますので、 ぜひお越しいただければなと思います。 ぜひ佐藤に会いに来てください。 それでは失礼いたします。 もっと見る #プライド #肩書き #今さら聞けない #今さら聞けないシリーズ #十二単 #衣紋道 #十二単授業 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ07:541.今日もある門弟さんのばなし08:162.チャプター 204:533.明日から【おひなさまと土偶】展https://mosh.jp/services/334662コメント感想・質問・応援メッセージを書こう yo u4月1日今更講習会、参加したいと思います☺1返信 さとうみなこ4月2日やはり⁉︎実施を本当に考えようかしら…😅1 yo u4月2日教えられる側から、自分でお着付けがやれるようになって、お客様に施術するようになった時、施術をした後のふとした時、教える側に立場が変わった時、なんでだろう。とか、本物の形ってどんなんだろうと思うことがあります。東京道場に通い出してから腑に落ちたことは五万とあります。教える側の責任のある立場になったからこそ、自分の技術を過信しないで真摯に向き合いなと思っています。そんな時、駆け込み寺ではないですが、学びの場、新しいより良い学びを得られる場所があったら…素直に嬉しいです。1
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第626話 【白露】消えるからこそ光っている 7分・9月7日・ 61再生AI目次白露に秘められた平安人の感情なぜ露は歌に詠まれ続けるのか「消えるからこそ光る」の真髄十二単体験が残す「写せ身」儚いものだからこそ一番美しい
第625話 【音楽は身近なもの】聴く側ではなく鳴らす側にいた平安人 6分・9月6日・ 59再生AI目次平安貴族の必須科目「管弦」音楽は聴くものにあらず?教養として演奏する意味「見る」と「やる」の決定的な違い現代が失った「鳴らす」体験
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東京道場に通い出してから腑に落ちたことは五万とあります。
教える側の責任のある立場になったからこそ、自分の技術を過信しないで真摯に向き合いなと思っています。そんな時、駆け込み寺ではないですが、学びの場、新しいより良い学びを得られる場所があったら…素直に嬉しいです。