TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第477話 【迷ったとき】の一番シンプルな答え15:54 4月11日 80再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次迷いを断ち切る究極の問いかけ人としての倫理観がもたらす信頼欲望と恐れに打ち勝つ心の鏡「尻尾を抜きに」働くプロの流儀子供に胸を張れる選択とは何かAI文字起こし(β版) # チャプター 1 日々気づきだより佐藤美奈子です。今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは日本文化に携わる私が気づき感じる心の在り方を日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 さて 今日のテーマですけれども 数日前にも人として正しいかという、誠実かというお話をしましたが、その続きのお話です。 迷った時の物差しをどこに測ったらいいかというか、どういう物差しを持った方がいいかということにもつながるかなと思います。 日々仕事ですとか暮らしの中で判断を責められる場面というのはたくさんありますよね。 どうすればいいか、どちらが得か、あるいは効率的か。 そんなふうに思考が複雑に絡み合った時には、私はいつも自分自身にこう問いかけます。それは人として正しいか、人として誠実かということです。 大きな成功を収めた私たちの先輩方が、最終的に行き着いた答えも実はとても純粋なもので、とてもわかりやすいことなんです。 例えば、嘘をつかない、正直である、欲張らない、人に迷惑をかけない、そして誰に対しても親切であること。 こういうのって、小学校とか、それよりも幼稚園とか、そういう時にも教わったような内容が入ってますよね。 迷惑をかけちゃいけないよとか、嘘をついちゃいけないよとか、みんなに親切にしようねというふうに教わってきたのではないかなと思います。 このような、本当に子供の頃の、小さな小さな子供の頃に教わったような当たり前の倫理観、そういうことが実は最も大事にしなければいけない判断基準になります。 私たちが何に迷うのか、心のどこかに、なんとなく自分をよく見せたいという欲望が出てきたりとか、損をしたくないという恐れがあるから、どうしても迷ってしまうのかもしれませんよね。 でも、何かモヤモヤとしたものを取り除いて、すっきりと、曇りのない鏡のように素直な心で物事をありのままに見つめ直してみると、進むべき道というのは自然に目の前に現れてきて、足元に浮かび上がってきます。 例えばそれが、その瞬間には自分にとってすごく難しそうだな、困難な道だな、茨の道だなというふうに見えたとしても、良心に従って、良心というのは良い心と書く良心ですけれども、その良心に従って、誠実かどうか、これが正しいことか、そういうことを貫く勇気を持つ。 その一歩一歩、もう本当に自分自身の人生だけではなくて、周りの世界を変えていく力になります。 これは私が日々向き合っている文道の世界でも同じなんですね。 例えばお客様とのやり取りで何か手違いが起きた時、大切なのは自分を守るための言い訳ではないですよね。 何よりもまず正直であること、そして素直に対応する、もしもこちらに落ち度があれば素直にきちんと謝る、誠実に対応する、その姿勢というものが一番技術以上に信頼という絆を強くしてくれます。 どうしてもこういう時に、今までもいろんな方がいたんですよね。 突然、やっぱり人のせいにするということを普通にしれっとやってしまっているという人もいますし、 突然、お金の儲者のようになって、お金稼ぎ、お金が儲かるような方を選択しがちだったり、 これって無駄になりませんかね、儲かりますかねということがポロリと出る方も本当にいらっしゃいます。 けれども本当にそれが儲かるかもしれないけれども、人として少し誠実さに欠けることだったりとか、 ちょっと誰かが、例えばこの授業をやったことで傷つく人が出てくるとか、敵に回しちゃう人がいる場合もある。 そうかどうかということを気づかずに、どうしても自分の欲望を満たそうと人というのをしてしまいますけれども、 やっぱりそれは本当に一瞬で今までのやってきた信頼、信用、絆、そういうふうなことが本当に一瞬で崩れていく、壊れていく。 そしてそういうのって本当に厄介なもので修復できないんですよね。 よっぽどその後返しもして、誠実にやっていく姿勢を見せない限り難しいかなと思います。 やっぱりこの迷いだとか、その迷った末に自分の欲望を表に出すということは、ちょっと大人の判断としてはよくよく考えた方がいいということですね。 そして私たちはただ物というものを扱っているわけではない。 例えば普通の置物もそうです。お客様の持ってきたものも丁寧に扱うし、特に住人一人なんかは貴重なものです。 一枚一枚の布ですけれどもね、一枚の布の向こう側にはそれを懸命に織り上げた職人さんがいたり、これを本当に染めることだけを一生懸命やってきた方もいるし、 その絹糸を作っている、このお貝子さんをちゃんと育てて綺麗な絹糸を紡いでくれるという方もいる。 ということは貝子が食べる桑の葉という葉っぱを、健康な葉っぱを育てている人もいるんですよね。 そういう大切に大切に受け継いでこられた方々の思いというものが、一枚の布には本当に何人もの何十人もの何百人もの人の思いというのが詰まっています。 それを最後の最後に使わせていただいて、培った技でお客様に喜んでいただいて、 けれどもお客様からありがとうと言っていただくのは本当に最後の最後の私たちなんですよね。 本当に恐縮ですよ。大恐縮です。 ですからその背景にあるいろんな人たちの思いだとか、その方々の顔が浮かぶような気持ちで敬って、 そして曇りもなく、一点の曇りもなく、心にもやもやもなく大切に扱う。 そしてお客様が心から美しくなって喜んでくださるために、私たちが何ができるのかを本当に尻尾を抜きにして考えること。 技術よりも前にこうした人としての在り方が整っているからこそお伝えする言葉やご提案に命が本当に吹き込まれていって、 そしてそれが結果的には深い感動だったり深い深い信頼だったり、そういうものが生まれていると信じています。 本当にあの尻尾を抜きにって本当は難しいことですけれどもね、 やっぱり私たちも生きていくためにはある程度利益も欲望もなければ頑張ってやろうというモチベーションにもならないかもしれませんけれども、 やっぱりなんとなく迷った時にその終わった後のことを私考えるんですよね。 それをして、それこそもしかしたらお金が稼げたかもしれないけれども、なんとなく後ろめたい思いがするようなことだったら、 もうやっぱりお断りしてどなたかやっていただく方につなげた方がまだまだ気持ちは楽です。 やっぱりそういうふうに思わない方もいるかもしれません。 一つ面白いエピソードで言うと、この尻尾を抜きにしてという考え方に近いのかなと思うことがあります。 それを次のチャプターでお話をします。 # チャプター 2 私のところにはいろいろな生徒さんがいて、いろいろな仕事をしている方々もいらっしゃって、 それを習うというよりも同業者でいらっしゃったりすると、先生のところで誰かとてもこの仕事にぴったりな方いませんかとか、 誰かこの時に手伝ってくださる方いませんかというふうに聞かれることもあるんですよね。 私の場合は今普通に8時ぐらいから夜の夕方まで17時までビッチリフルタイムで仕事をしていますので、 そういう私的なお客様への依頼というのは受けることがちょっと難しいですね。 土日はしっかり休みたいですし、土日だからこそやっておきたい、平日にはちょっとできなかったしっかり向き合ってやる仕事を土日家でしてたりするので無理なわけですよね。 そうするとおつなぎするということもします。 圧戦という仕事ではないんですけれども、この方はちょうど距離的にもいいし、合うんじゃないかなと思う方にお声掛けすることもあるんですけれども、 ある方がですね、一人のきつけ医師さんなんですけれども、その話をした時に、「あ、わかりました。」ってすぐお答えをしてくださった方がいるんです。 でもその方はとてもお忙しい方なんですけれども、技術は本当に私が見てても素晴らしくて、どなたにご紹介しても本当に問題がないというか、問題がないどころか喜んでいただけるというような方なんですけれども、 その方に聞いてみたら、「ああ、大丈夫です。」ってすぐ即答だったんですよね。 で、「ああ、いいんですか。」って念のため聞いたら、「先生、私はその例えば何日の予約とか何日のお仕事っていうのは、一番最初に声をかけてくださった方の仕事をするようにしています。」っておっしゃったんです。 よく普通だったら、例えば、「それっておいくらぐらいのお仕事ですか?」とか、「おいくらいただけるんでしょうか?」とか、「お仕事料はいくらでしょうか?」ってことがあって、「ああ、わかりました。」ってちょっと検討してみますって、一回持ち帰る方の方が多いと思うんですよね。 なんですけど、その方はお金のことは一切聞かずに、その内容を私から聞いて、そしてその方の記憶の中でその日は空いていたわけですよね。 そしたら、「ああ、大丈夫です。やります。ありがとうございます。」っていう感じで。 それで私が、「ええ、いいんですか?」って感じで聞いたもんですから、「いや、本当に先生、もしも先に戦略があったら、本当に戦略の方をやるようにしてます。」と。 例えば佐藤先生からいただいたそういうお仕事の方が、例えばいい賃金であったとしても、最初に受けた仕事を私は取ると決めてるんですっておっしゃったんですよね。 ああ、なるほどと思って、ありがたく仕事をしていただいたことが一度ですけどね、あります。 本当に私利私欲というものを抜きにして、誠実に、本当に真っさらな状態で、あまり恨もなく、そういうふうにお仕事をしていらっしゃる方が実際いました。 その方を私利私欲というものを抜きにしてという考え方がぴったり合うのかなと思ったので、エピソードとしてお話をしました。 はい、いかがでしたでしょうか。 これは皆様も本当に何か半端に迷うことがあったりしたら、あとはちょっと心が揺れる瞬間があったとしたら、こういうふうに考えてみたらどうでしょうか。 この内容とかこのことは子供に胸を張って教えられることかなとか、堂々と話せることかなみたいなことをちょっと問うてみるというか、そういうこともいいかもしれないですね。 本当に子供って素直で、ああそうなんだとか、それどうなの、こうなのって色々聞いてくることもあって、ああ面倒くさいからもうそれはいいのとかって言ったり言い返しちゃったりしますけどね。 でもそれが胸を張って言えることならば、何を聞かれても多分ああでね、こうでねって素直に答えられると思うんですよね、大人からしてみれば。 だからそういうふうな判断基準を持つというのも一つあるかなと思います。 本当に小さな一歩ですけれども、今日出会う方々に裏表のない正直な言葉で接してみるですとかね、そういうふうな誠実な積み重ねを積んで積んで重ねていけば、本当に自信も出てくるし、すごく清々しい自分なりの心の余裕というか、そういうものが出てくるのかなと思います。 はい、明日もまたこのようなテーマでお届けをしたいと思います。 皆さんの心が今日もね、清らかで、いろんなこう清々しい気持ちで満たされますように願っております。 それではごきげんよう。 もっと見る #接客業 #習慣化のコツ #私利私欲 #十二単 #衣紋道 #大切にしている価値観 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ09:521.チャプター 106:032.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
第634話 【算賀】四十で長寿を祝った時代 9分・5時間前・ 24再生AI目次平安の敬老の日「算賀」とは驚き!40歳を祝う長寿の宴10年ごとに重ねる人生の節目自らの成長を確かめる秘訣現代にも活きる平安人の知恵
第633話 【キノコ狩り】松茸の値段は山と人の距離 7分・昨日・ 39再生AI目次平安貴族も嗜んだ松茸の魅力松茸が身近だった時代の理由松茸の値段が語る人と山との距離「遠くなったもの」が示す現代の課題失われゆく技術を身近にするには
第632話 秋の【襲色目】半歩先の季節を着る 7分・一昨日・ 45再生AI目次平安の美学「襲色目」色の重なり季節を「半歩先」に着る意味とは顧客の無意識を掴むプロの視点「察する力」が示す絶妙な距離感千年前から現代へ繋がる「半歩」
第631話 【恋教え鳥】鶺鴒から教わったこと 7分・9月12日・ 54再生AI目次「恋教え鳥」鶺鴒の意外なルーツ国生みの神も小鳥に教えを乞う知らぬを恥じず学び続ける心構え教える側が一番学ぶという発見分からないを分かるに教わる意味とは
第630話 【秋の七草】目立たないものを七つ数える 7分・9月11日・ 54再生AI目次秋の七草とは?春の七草との違い万葉の花人・山上憶良が選んだ七草目立たぬ野花に宿る日本の美意識日常で「美しさ」を見つける重要性役に立たぬものから始まる文化の贅沢
第629話 【割に合わない】とわかっていても【やる】 7分・9月10日・ 70再生AI目次古代から現代へ続く栗との長い付き合い平安貴族を魅了した甘味料「甘面」の秘密「割に合わない」から生まれる甘さの価値日常のひと手間がもたらす豊かな食卓気づかれなくても「やる」ことの真の意義
第628話 【重陽】そして「扇」を仕舞う日 8分・9月9日・ 50再生AI目次重陽の朝に綿で顔を拭う美の習慣五節句から消えた重陽の節句の背景夏扇を納める九月九日の伝統と意味物事に「終わり」を決める平安人の哲学美しい終わりが次への始まりを彩る
第627話 【重陽の前夜】手がかかることが「祈り」の中身 8分・9月8日・ 60再生AI目次重陽前夜、菊に真綿をかぶせる意味長寿不老を願うキセワタの習わし紫式部が詠んだキセワタの歌「手がかかること」が祈りである理由静かで確実な仕事を生む支度とは
第626話 【白露】消えるからこそ光っている 7分・9月7日・ 61再生AI目次白露に秘められた平安人の感情なぜ露は歌に詠まれ続けるのか「消えるからこそ光る」の真髄十二単体験が残す「写せ身」儚いものだからこそ一番美しい
第625話 【音楽は身近なもの】聴く側ではなく鳴らす側にいた平安人 6分・9月6日・ 59再生AI目次平安貴族の必須科目「管弦」音楽は聴くものにあらず?教養として演奏する意味「見る」と「やる」の決定的な違い現代が失った「鳴らす」体験