TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第482話 一枚の衣に宿る【相手への心くばり】14:18 4月16日 78再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次着付けに息づく相手を大切にする心影の職人「エモンジャ」の敬いの所作身体の個性を活かす着付けの妙技無言で呼吸を合わせる匠の連携日常に応用できる「心くばり」の極意AI文字起こし(β版) # 目の前の相手を大切に 日々気づきだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、日本文化に携わる私が、 気づき感じる心の在り方を日々の暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日のテーマは、この1週間、問答について深振りしている音声がついていますけれども、 1枚の衣に宿る相手への心配りについてお話をしたいと思います。 もしかしたら、この内容がエモンドーの中で、私が一番好きな部分かもしれません。 この心配り、心遣いに関することはとても大好きです。 話していても、すごく心が温まっていくような感じで、 それを聞いてくださる方に本当に伝えたい、聞いてもらいたいという思いでいっぱいになるので、 一番好きな部分かもしれません。 そんなお話をさせていただこうと思っています。 エモンドーというと、難しそうとか特別な世界のことと感じている方も多いのではないでしょうか。 実はその本質にあるのはとてもシンプルなところです。 それは目の前の相手を心から大切にすること。 本当にこれはただそれだけと言ってもいいぐらいなんです。 たまたまそこにそれを表現するために何枚もの衣があるというだけで、 衣をつけることに必死になるのではなくて、衣を使って目の前の相手をちゃんと大切にすること。 大切な思いで心遣いで接すること。 そういうことなんですね。 エモンドーでは着付けをする方のことをお方様と呼びます。 お召しになる方へ最大限の敬意がその言葉に込められています。 お方様。 そしてエモンジャ。つまり着付けをする側の人間はそのお方様をお支えする影の存在でしょうね。 私もエモンジャですけれども、エモンジャというのは実際のところは表に出ません。 皆さんどうでしょうか。 例えばこの令和になった時、宮中ではすごくみやびな儀式が行われました。 マスコ様、キコ様、皆様、秘伝家方は十二単位お召しになって、 男性方は側退、天皇陛下はじめ、秋下宮様も側退をお召しになっていましたね。 ですけれども、その天皇皇后両陛下、そして皆様方を着付けた人とか着付けている模様ってテレビに出ましたか。 出てないですよね。出ません、これは。晒すものではないわけですからね。 この影の存在というのがとても大事で、いろんなことを熟知していなければ、 その儀式に参列なさる皆様方、天皇皇后両陛下はじめ皆様方全てが、 やはり身近がちゃんと整っていないと儀式に参列できないわけで、 その影で支えている人たちがエモンジャなんです。 ですけれども主役はあくまでもお方様、十二単位を着る方、側退を着る方です。 エモンジャというのはお方様が最も美しく輝くように、そして立派に仕上がるようにひたすら動く黒子のような存在です。 では具体的にどんなことをしているかというと、 例えば移動の仕方があるとすればすごく特徴的ですけれども、 着付けをしている間、いわゆるおふくあげをしている間、 前エモンジャは特にお方様の前で着けているので、 お方様よりも高い位置に立つことをしません。 いわゆる目線を合わせないというか、 お方様の顔と自分の顔が同じ高さということは、前の人は立ってはいけないということなんですね。 膝をついたまま行います。 そして移動するときもしっこう、膝で行くと書いてしっこうといって、 膝をついたまますり鉢で歩くような流れをとります。 日常の感覚では少し想像しにくいかもしれませんけれども、 武道を何かされている方とか、球道とか、いろんな中で膝でスッと進むことというのもあると思います。 でもそれが当然のこととして行われているというのがこの世界で、 もう一つ、一つ一つ、いろんな所作にその後つながっていくために、 このしっこうというものが2歩でも3歩でもできれば5歩ぐらいまではスムーズにできていないと、 ちょっと流れが滞ってしまうので、私たちの中ではこのしっこうを上手に行うことを最初にやったりします。 マニアックな見方ですけれども、しっこうをすごくかっこよくスースーという感じで進んでいる方を見ると、 ああ、この人のエモンは多分さぞ上手いだろうなって始まりの前に思わせたり、 始まりも終わりも全て良しという感じに見えてくるぐらい、しっこうというのはすごく大事な部分です。 敬意の表れですね。低く低い姿勢でいるという、こう、敬いの気持ちです。 それからまたは視線ですね。移動の仕方プラス視線、目線です。 きつけしている間も必要以上にお方様とは目を合わさないようにします。 本当になんとなく首元襟元を見れば襟合わせは中心に持ってこれます。 まざまざとまじまじとお方様の顔を見なくとも気配で私たちは分かるように訓練をしていきます。 若干頭もあまり大きく上げずに、神戸を垂れるほどではないですけれども、やや目線を落として、 手元に集中して襟元に集中して作業を進めていきます。ですからわざわざ顔を見るということはしません。 見つめるという感覚というよりは気づく、気遣うという感じがちょっと近いかなと思います。 目をそこに襟に留めておくことで、目がそこにあると襟というのは本当に面白いことにずれないんですね。 ですけれども、この決めなきゃいけない襟から目を離してしまうと途端に襟というのはずれていくものです。 それだけ集中して気遣いをして見るという視線が大事です。 この場にすると本当にたったそれだけなんですよね。視線、移動する視線とか本当に一つ一つの言葉ですよね。 なんですけど、実際にその場にいるとその視線をどこの向きにしているかとか、その時にどんな呼吸をしているかという空気感がすごく丁寧というか柔らかいというか、 人に対しての真心、そういうものを感じる空間になっていくので本当に不思議です。 # 日常に通じる考え方 そして私が特に好きなのは、やはり左右対称に作るということで、それは本当に気づくと言うんでしょうかね。心配りが大事です。 実はですね、普通の着物でしたら、背縫いと言われる背中にある縫い目を体の真ん中に持ってきますね。 実際、十二単位も背縫いというものは必ず背中の真ん中に置いて、前を勤める方に襟をお渡しするんですけれども、実は仕上がりでもっと気をつけるのは、襟先なんですね。 なので、襟先を左右平行に揃える。普通の着物でしたら、襟先は下前の襟先だったら裾の中にグッと入って見えないものですけれども、十二単位は襟先を出す施策なんですね。 その襟先が、例えば、ちょっと想像してみてください。右利きの方で、テニスをよくされる方で、右にラケットを持っていつもいつも振っているということは、左よりも右の肩周りとか腕周りがすごく筋肉質で厚みがあって、 背中の縫い目を身体の真ん中にしたとしても、前に来る襟先の位置というのが、右の方が若干短くなる。それだけ身体が、右半身が大きくなっているということがあります。 ですから、お方様に着せるときに、後ろの衣紋者というのは、この方は肩の高さに違いがあるなとか、バックを持っている、肩の方が下がっている人もいれば逆に上がっている人もいたり、スポーツ以外でも生活習慣で左右が本当に対照な方というのは少ない。 その中でも、襟先がピタッといくためには、背縫いというものをあえてずらすということも必要になってくるのが、一般的な着物と違うところです。 そこというのが手を抜かない。誰にもなかなか見られない。仕上がり的には見られるのは襟先で、背中陣がどうのこうの、背縫いがどうのこうのというのは見られないですけど、そこは手を抜かない。そんなところが背縫いに関する話です。 そして結び目、紐の結びもそうです。 所属を固定する紐というものは、一枚一枚作っていきますけれども、二本だけ使って、一本ずつ解いては結び、結んでは解きということを繰り返していって、二本を最終的には全て体から取り去ってしまいます。 この本当に隠れた盾役者というか、この紐がなければ、背縫い紐というものがなければ、十二単位というのは構築するのは本当に大変なんですけれども、その紐を巧みに操るというのが、えもんじゃのまた素晴らしい技術の一つなわけです。 えもんじゃが二人いるので、お方様を挟んで前後から息を合わせて動かすという流れになっていきますけれども、言葉を交わすわけでもないのに、呼吸がぴったり揃っています。 それは、お方様の時間をできるだけ短くしてあげる。いわゆるおふくあげをしている間は、拘束時間ということになるんでしょうか、支度時間というふうになるんでしょうか。 その時間を短くしてあげないと、負担が多くなってしまうので、負担を減らすために呼吸も合わせて、もう分かり合っていることは言わずとも、心が通っているので、その分集中してスピーディーに仕上げていくということができるんですね。 技術だけではなくて、相手への思いやりが動作そのものになっている。そこに、えもん堂の美しさがあると感じています。 こうして話を聞いてみると、なんだか日常にも通じるところってありませんか。お客様が来るときに見えない場所を丁寧に整えておくこととか、あとは気配を感じ取って先回りをして差し上げるとか、 あとは急がせず、あまりバタバタせず、でも滞らないようにして、相手にとって心地よいリズムをなるべく瞬時に感じ取るということ。それはやっぱり技術というものは手に宿しておいて、手の中に入れておいて、自分の感覚は本当にお客様に心を傾けるということが大事だなと思います。 えもん堂が教えてくれるのは、実はそういう生きていく上での心の使い方なのかもしれないなと感じています。相手への心配りが宿る、その美しさが私は本当に好きです。明日もまたえもん堂の話を続けますね。それではごきげんよう。 もっと見る #心遣い #心配り #十二単 #衣紋道 #心づかい 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ08:401.目の前の相手を大切に05:382.日常に通じる考え方コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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