TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第509話 50代は人生の『折り返し』ではなく、ようやく『本番』が始まる年代だ11:35 5月13日 88再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「人生の折り返し」への違和感と真の解釈十二単の美に見る人生の「重ね」の法則50代で開花する「本番」の3つの特徴とは?「本番」を生きるための日常で実践できること「もう遅い」は誤解?50代からの人生の強みAI文字起こし(β版) # チャプター 1 2.1気づきだより、佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、エモン道や日本文化の学びを通して感じた、 心の在り方や人との向き合い方を、仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 はい、突然ですけれども、人生の折り返し地点という言葉を聞いたことがありますか? 50代になってくると、よくそう言われます。 折り返し地点、これは人生100年時代というふうな言葉が出てきたあたりから、 じゃあ50代はちょうど折り返しだよね、というところから出てきたと思うんですけれども、 私はこの言葉にちょっと違和感がずっとあったんですよね。 折り返し地点。 折り返しっていうことは、もう半分は終わった。 来た道を今度は戻っていく。 よくマラソンで見ていても、 どこどこ地点が折り返し地点ですと言うとコーンが立ててあって、 そこからウィーンと折り返っていって、 まだまだ折り返し地点についていない方と何かすれ違うというか、 そういうふうな映像も見たことがあるので、 どうしても折り返し地点という言葉に違和感があったんですよね。 来た道を今度は戻っていくというイメージに、 ちょっとどこか寂しさを感じていたわけです。 けれども本当にそれはそうなのかなと、 言葉なので誰が言い始めたか、 どの局のテレビがどう言ったのか分かりませんけれども、 本当はそうなんじゃないんじゃないかなとは、 一人一人の考え方次第だということなんでしょうけれども、 今日はそのことを考えてみたいと思います。 エモンドから見えてきたことということで最初にお話をしますけれども、 エモンド、私がやっているエモンドというのは、 十二単位の着付けを学びます。 十二単位だけではなくて、男性少族の束帯の押し、 すべての宮廷少族の着付けというよりも、 どちらかといえば礼儀作法というか、心構えというか、 在り方というか、そういう修行に近いものがあるのかなと思います。 美しい十二単位、あの少族というのは何枚も何枚も重ねているわけです。 これを一枚一枚丁寧に重ねることで、初めて深みのある色合いになるんですね。 季節もすごく表している色味です。 そして一枚一枚というのは本当に薄い生地なんですね。 特に正見、ソウルシルクというでしょうかね。 シルク100%のもので、上質のものであれば、 とっても軽いですし、とっても薄いです。 裏地もあるのに薄いという感じです。 なんですけれども、重ねれば重ねるほど豊かになっていく。 この色目がふわっと匂い立つような、湧き出てくるような、そんな印象があります。 一つ着せ終わるごとに深みが増していくという感覚で着付けをしていくんですけれども、 これを見るたびに本当に私は、人の人生も多分これと一緒なんじゃないかなというふうに思ってしまうわけです。 例えば20代の頃の自分はまだ一枚、そして30代40代と重ねてきて、 そして今50代、もう後半ですけれども、ようやくその重なりが美しい、 重ね色目として景色を作り始めてきたのはやっとこの50代ではないかなと思いました。 折り返しではなくて、むしろここからが本当の色が出てくるところかなと思います。 では、本番という言葉をタイトルでも使いましたけれども、本番とはどういうことか。 私はまず一つ、人の目が気にならなくなることが挙げられます。 世間体を気にするという言葉というよりも、あまり気にならなくなりましたね、50過ぎたら。 そして逆に周りのスタッフ、もっと私よりも若いスタッフにいろんなことを頼めるような人になりました。 それまでは頼めなかったんですよね。 20代30代の頃というのはどうしても周りと比べます。 あの人に対して私はどうなのかとか、あの人はすごいな、私はどうなんだろうって、 どちらかといえば悲観的な感じになりますけれども、 あの人より遅れてるとかですね、あの人はそこまで行ってると思うわけです。 そういう視線がいつも心のどこかにあったのが、やっぱり20代30代だったかなと思います。 けれども年齢を重ねていくと、不思議とその比較というものがあまりざわつかなくなっていったんですよね。 他の人がどこにいるかよりも、自分が何を大切にしているかということにすごく集中することができてきています。 40代以降は。そこに意識が向くようになってきたかなと思うんですね。 これはまあそれこそ、20代30代は戦闘を経ってワーってこうやるような強さがあったのかもしれませんけれども、 だからといって今の私が弱くなったとは思わないんですよね。 本当の意味で自分の軸が育ってきた証かなと思うようにしていますし、皆さんにとってもそうだと思います。 2つ目は失敗が怖くなくなること。怖くない失敗。むしろ失敗したらその後楽しいだろうなと思うようになってきている感じです。 若い頃の失敗というのは全てが致命的に感じるんですよね。 ああやっちゃったみたいな。もうないぞとかね。何だったんでしょうね、あの時は。 でも50代になってくると失敗の一つ一つに意味があるということもわかっているので、遠回りしたからといっても、 そこに遠回りしてきた意味もあるし、今ここに立っていることはあの遠回りがあったからだということもよくよくわかっているんですよね。 あの痛みがあったから相手の痛みもわかるようになったし、失敗というものが財産に変わってきていることも感じているし、 そういう実感が少しずつ持てるようになってきたかなと思います。 そして3つ目は静かに人と向き合えることですね。 私がやっている絵問答でも、一般的な着付けの技術でも、長く時間をかけて体に馴染ませてきた。 すごく習得してきたというか、そういうものがどうしてもあります。 何か技術的なことをなさっている方もありますよね。パソコンを扱う人であっても、 農作業であっても、全部そうだと思います。体に馴染んでこそ仕事にされてきたんだと思います。 最初の頃というのは手順を覚えることで精一杯で、目の前の方の表情まで見る余裕もありません。 ですけれども、年月を重ねていくと、手が自然に動いてくる分、相手の表情だとか、相手の呼吸だとか、相手のリズムに合わせられるようになります。 今日は少し緊張されているなぁとか、ここはそっとしといてあげようとか、 そういう心を配り、細やかな受け取り方というんでしょうか、そういうことができるようになってきています。 仕事も人との関わりもきっと同じだと思いますね。 50代になって初めて本当の意味で相手に向き合える、そういうことがあるのではないでしょうか。 # チャプター 2 では、本番を生きるとは具体的にどういうことでしょうか。 私は大きなことをする必要はないと思っていまして、 今日目の前にいる人に対して少し丁寧に向き合ってみるようにしよう。 特に今日本当に私は初めて、 本当に基礎的な着付けをご予約いただいた方と初めて会うんですけれども、 特にそうですね、初めてだから私のところの職場のこのシステムだとか、いろんなこともきちんとご説明しようとか、 なあなあにならないようにしようと今思っているわけです。 そして今日、自分の言葉を大切に選ぶようにしようとも思っています。 そして今日、自分が積み重ねてきたものを信じて行動に移してみよう。 この3つ、これで十分なのではないかなと思います。 目の前にいる方に丁寧に向き合う、言葉を大切に選ぶ、 そして積み重ねてきたものを自分で自分なりに信じてやってみる。 この3つです。 十二単位も一枚一枚を丁寧に重ねることでしか、あの美しさは到底生まれないんですよね。 派手な一手を加えているわけでもないんです。 神のような手を加えているわけでもないんです。 その一枚一枚は本当に、文廷の方々、女高生の方々が積み上げてきたものを、 本番に丁寧に丁寧に紡いでいるだけなんですよね。 もし今、もう遅いと思っている方がいたら、もうぜひ聞いて欲しいんです。 何事もやっぱり遅いことはない。 もう今が一番若いという言葉をよく聞きますけれども、本当にそうなんです。 特に今日まで重ねてきたものというのは、誰にも経験してこなかったことですし、 誰にも奪えない、すごい深みのあるものをお持ちです。 その深みこそが、これからの皆さんの一番の強さになります。 50代は折り返しではない。 50前の人もこれを聞いていたら大丈夫です。全然折り返しではありません。 ようやく本番が始まる年代なんですね。 はい、いかがでしたでしょうか。 今日も穏やかな一日をお過ごしください。また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。 それではごきげんよう。 もっと見る #50代 #始まり #豊かな人生 #折り返し #積み上げてきたこと 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ08:541.チャプター 102:412.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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