TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第513話 『もう遅い』が口癖だった私が『今の自分が一番届く』と気づいた理由14:22 5月17日 73再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「わたしなんて、もう遅い」と感じる心若き日と比較する「軸」の誤りとは焦らない「経験」がもたらす言葉の重み紡がれた「ストーリー」が育む独自の言葉「もう遅い」を手放し、今始める勇気AI文字起こし(β版) # 「わたしなんて、もう遅い」? 日々気づきだより佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、エモン道や日本文化の学びを通して感じた、 心の在り方や人との向き合い方を、仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 はい、今日は日曜日ですね。 昨日の土曜日、今日日曜日と、東京はとっても朝からいいお天気で、暑い、暑いです。 私は東北生まれ、青森生まれですけれども、夏といっても30度、その当時はちょっと超えて、 私がまだ田舎にいた頃なんかは、クーラーなんて設置しているお家もそんななかった記憶があるんですよね。 私はどちらかといえば津軽海峡側に近い方に住んでいました、青森市内。 ですので夕方になると山瀬といって、海からの風がスーッと街中を通り抜けていく。 夕方になると暑さも柔らぐ。日中が暑くても、そういう気候の土地でした。 ですから扇風機で十分間に合ったんですけれども、やっぱり変わってきてますよね。 東京もこれだけ梅雨前から暑いと、梅雨ももしかして短くて、夏になるのが早くて、 夏が長いんじゃないかなと思うとちょっとゾッとしますが、今からあまり無理をしないで過ごしていきたいなと思います。 今日ですけれども、もう遅い、もう遅い、私にはもう遅いですよとか、 もうそんなそんな私なんてみたいな、そういう風な言葉を聞いたことがあったり、 あとは自分に言い聞かせたことが皆さんありますでしょうか。 いやー私にはもう遅い。今私がすごく楽しくやっているのは、AIを使っていろんなものを作る。 AIを右腕にして作る。言いなりになるのではなくて、 こちらの方から指示をして、どんどんどんどん私の秘書として動いてもらうという取り組みを今していて、学びもしていますけれども、 もう遅いというよりも、私にとっては足腰も立たなくなってきましたし、 いろんな手続きも全部このウェブ上で行われている。 どこか窓口に行かなければ何か申請ができないとか、 そういう時代ではなくて、コロナを境にいろんなワクチンを接種するにしても、 いろんなものが本当にタッチ一つでできるようになってきましたよね。 そういうふうなサイトを作るとか、そういう申し込みページを作るとか、 そういうことって、そういう大きな機能だからということも、 そりゃそうですけれども、セキュリティのことも考えて、 ですけれども、自分で申し込みページを作れたりとか、 そういうことがもう今はできる時代で、それを難しいいわゆるコードというものを扱わなくても、 本当にこういう言葉一つで音声を入れてお願いをするということができるのが、今のAIのすごいところです。 この新しいことを始めようとするたびに、いやいやもう遅いとか、 そして誰か活動を見てて、いろんなことをやっている活躍を見て、 いや私はもう遅いからとか、そういうふうにあの人はあの人だからできるのよとか、 そういうふうに自分を何事もなかったように止めてしまう。 私も実際そういう時期もありました。もういいだろうと、そういうふうに思うこともありました。 エモンドを始めて25年ぐらいになりますけれども、 もっともしも早く知っていれば、もうちょっと違う展開があったんじゃないかとか、 この発信、SNSの発信とかそういうもの、あとはパソコンに関することとか、 いろんなものを巧みに使えるインターネットというものに早く取り組んでいれば、 もうちょっと違ったんじゃないかとか、 発信をもっともっと若い頃からやっていればフォロワーももっともっと増えたんじゃないかとか、 そういうふうな後悔というか、ああちょっとだというふうに思う、 頭をよぎることというのが実際ありました。 やり始めの時ってだいたいそうですね、もう私後発組だからとかね、 あとから始めた人間だからとかって言いながら、頭をよぎることがあるんですけれども、 やっぱりこう、今思うのは、もう遅いって思っていた私が、 実は今、今日、この瞬間、それが一番届く状態にあったんだなということに気づいたんですよね。 今、この瞬間、こういうふうに皆さんにAIやってますよなんて話してみちゃったりして、 そういうふうなことって一番届く状態に今なっている。 Voicyを使ってこんな活動を60も目の前の人間がこういう話をしているということ、 それが一番届く状態にあった。 早いとか遅いという問題ではない。 今日はそのお話をしたいと思います。 # 今の自分がいちばん届く理由 はい、もう遅いよという、私にはもう遅いという言葉は何なんでしょうかね、このなんとなく一歩踏み出せないという言葉。 私はあの若い頃の自分と今の自分を比べていることだと思っています。皆さんどうでしょうか。 若い時は走ることもできたし、ジョギングもできたし、けれどももう遅い。体力の衰えも実際あって、昔と若い頃の自分と今の自分を比べているからもう遅いという言葉が出る。 それはごもともですよね。あの頃ならもっと吸収できた。あの頃だったらもっと柔軟だった。あの頃ならまだ間に合った。 でもこれは比べる軸がそもそも違うんではないでしょうか。 20代と50代は同じ人間ですけれども、持っているものが全く違いますよね。 20代には時間と吸収力がある。もちろんまだまだこれからという時間と、もうスポンジのようにいろんなことを吸収していく力がありました。 50代には何があるか。経験もあるし、文脈もある。これはストーリーともいえますかね。今まで生きてきたストーリーがあります。 どちらが上でも下でもなくて、持っているものがそもそも違うわけです。 絵物とかでも、着物の着付けのことでも、一枚一枚布を重ねた十二単衣。 そういう重厚感と、今現代のお着物の一枚というのでは、同じ基準で比べられませんよね。 特に十二単衣を脱ぎ去った下着が今の着物なので、比べようにもないんです。 一枚には一枚の軽やかさもあります。今現代は、すごく軽やかに着物というものを着られる時代です。 けれども、重ねていった少族の時代というのは、重ねたことで生まれる深みも美しさもあるし、時代もあったわけです。 ですから、もう遅いとか、昔は何でこんなに着ていたのでしょうかと、よく最近質問が多いんです。 初めている人や着る方に、この時代は何で重ねたのでしょうか。 これは、今こんなに軽やかな時代を私たちが生きているのに、その平安時代というのは何で重ねる理由があったのか、重ねなければいけなかったのか。 それは、今と、令和と平安を比べているわけですよね。 その比べようにもないというか、もう全然それまでの時代というもののストーリー、日本のストーリーがやっぱり長くあるということの中に、 いろんな戦いもあった、いろんな帝たち、日本を治めていた人たち、そういう人たちの考えがあって、ストーリーの中で今の現代というものはありますから、そもそもやっぱりその時代と今の時代では考え方も違うわけです。 もう遅いというのは、軸を間違えた比較から生まれる言葉ではないかなと思います。 それでは、なぜ今の自分が一番届くのでしょうか。 3つ挙げます。 まず1つ目は、失敗のストーリーを持っていることです。 50代になるまでうまくいかなかったことがたくさんありますよね。私もたくさんあります。 もうね、何かに蓋閉めて入ってしまいたいことがたくさんあります。 人にもご迷惑をかけてきたことがたくさんあります。 本当に人に言えないことばかりです。家族のこと、自分のこと以外にもたくさんあります。 その経験が逆にあるから、同じように悩んでいる方の気持ちを知ったり、深いところで受け取れるわけですね。 分かりますという言葉の重みが全く違うんです。 そうですよね、分かりますというのが若い方が、 分かります、分かりますというよりも、分かりますという言葉の重みが全く違うし、それを受け取る表情まで滲み出てくるものですね。 2つ目は、焦っていないということです。 もちろん追い先がそんなに長いというわけではないから、全く焦っていないかといえば焦っているかもしれませんけれども、 焦っていないですね。どうにかなるというか、このまま生きていけば幸せだと思える自分が今いるので。 若い頃は伝えたいことが多すぎて、どうしても言葉とかいろんなことが行動が前のめりになってしまいます。 でも今は伝えることよりも相手に届くということを自然に優先できている。 皆さんはどうでしょうか。 自分のことというよりも、これを学ぶことで、これを学んだ私が接していく誰かが喜んでくれるんじゃないかとか、そういうことを思いませんか。 そしてその落ち着きが言葉を深くしていっているわけです。 3つ目は、自分の言葉を持っていることです。 長い時間をかけて自分が本当に大切にしていることが、少しずつ少しずつ見えてきていませんか。 それを自分の言葉で話せる。自分の言葉でお客様に伝えられる。 これは何年もかけて出しか育たないものです。 そうやって自分のストーリーを紡いできた人じゃないと育っていかないものですね。 そして、今日から始めると良いことを皆さんにお伝えします。 今日が一番若いですからね。 もう遅いと思っていたことがあなたにも一つあったのではないでしょうか。 始めたかったこと、伝えたかったこと、会いに行きたかった人、いらっしゃいませんか。 今日その一歩を踏み出してほしいなと思います。 日曜日です。お仕事の方もいらっしゃるでしょうけれども、 お仕事の方は、こういう言葉をこのお客様にかけたいと思っていたから、ちょっとお話をしてみようとか、それでもいいですね。 遅くはないです、決して。 今の皆さんでしか届けられないものがあります。 皆さんが届けられるものは、私には届けられないもので。 そういうふうに、私なんてとか、これはみんながやっていることだからではなくて、 皆さんが生きてきたものが、言葉として現れていけます。 それが今日ですから、20代の皆さんが届けても、きっとここまで深くは届かなかったことを、今の皆さんでしたら届く言葉があります。 今だから受け取れる感情も持っていらっしゃいます。 今だから寄り添える誰かがいらっしゃいませんか。 私がこの配信を続けながら、一番実感していることです。 もう遅いというものは手放しましょう。 今の皆さんが一番届く状態に、今まさにその状態ですから、皆さんも手放してみてください。 今日も穏やかな一日をお過ごしください。 また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。 それではごきげんよう。 もっと見る #時間 #経験 #ストーリー #文脈 #もっと大切にしたいこと #吸収力 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ06:021.「わたしなんて、もう遅い」?08:202.今の自分がいちばん届く理由コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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