TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第538話 【教える仕事】で大切にしていること。12:13 6月11日 68再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次教える仕事の真髄とは?できない背景にある受講生の心生徒のペースを尊重する教え方「なぜ」を理解させる指導の重要性自立を促す教育者の役割とは?AI文字起こし(β版) # チャプター 1 日にち気づき頼り佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、エモン道や日本文化の学びを通して感じた 心の在り方や人との向き合い方を 仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日のお話はですね、 教える仕事で大切にしていることというテーマでお話をしていきます。 私は日頃、受講生さんに向けて講習というものを担当しています。 着付けもそうですし、エモン道に関わることをお伝えする中で、 最近改めて感じていることがあります。 それは、教える立場、教える仕事でとても大切だなと思うのは、 ただ技術を伝えることだけではないということです。 もちろん技術は大事ですけれども、 手順も形も立ち位置も力加減も大事なわけですね。 けれども受講生さんと向き合っていると、 技術だけでは解けないことがあるということをすごく感じます。 できないように見えていることの奥に不安があるということがあります。 わからないように見えていることの奥に、 過去に言われた言葉が残っていることもあります。 手が止まっているように見えて、実は心が止まっているということがあります。 これちょっと難しい言い回しだったかもしれませんけれども、 わからない、わからない、先生それ難しいですとかね、 私にはすごく難しすぎるって言って、 せき止めてしまう方ってたまにいらっしゃるんですよね。 なんでそこまで、せっかく習いに来たのに、なんでそこまでって思うと、 いろいろ話をしていくと、 いろんなことを追求してしまう、しすぎてしまったために、 言葉悪いですけど、若気にされたというか、 面倒くさがられたっていうんでしょうかね。 そういうふうに言われちゃったり、態度を取られてしまった方がいて、 すごく深く学ぶのが好きな人なのに、 そこに自分が行ってしまうことで、人を遠ざけてしまうんじゃないかというふうに、 思ってしまっている方もいるんですよね。 手が止まっちゃっていて、動けなくなっている、 という感じで。 それはただ技術が止まっているとかじゃなくて、 心の中がですね、もうなんとなく疲れているというか、 習いには来ている、何かを求めたくて習いに来ているんだけれども、 心そのものはちょっと疲れすぎてしまって、 止まっているから手が止まる。 技術がないから手が止まるんじゃなくて、 技術があるんだけれども、いろんな要因で手が止まっているという人もいます。 だから私はできない理由をすぐに責めないようにしています。 この私の中でですね。 何をやっているの?という感じはないわけですよね。 どこでこの方は止まっているんだろう。 ただ分からないだけではないんですよね。 怖がっている時もあるんですよ。 よくあるのは、 面白いパターンでいうと、 その習いに来た方のモデルさんとして、 うちの講習に来た方のそのモデルさんが、 ずっと怖い顔をしているんですよ。 モデルさんですからね、怖い顔をしない方がずっといいじゃないですかね。 別に20代30代じゃないんですよ。もうちょっと言ってたと思うんですけど。 やっぱりね、ニコニコしてるって大事ですよね。 やっぱり怖い顔をしているということは、私にも初めて会うし、 私は意外と試験かな、国家試験かコンテストか、 そういう時っていうのは普通の通常のフリーレッスンとかはわいわい楽しくやってますけども、 そういう試験の時なんかはやっぱり、 合格させたいですからね、厳しくもなるんですよね。 その厳しくなるような私を見て、 怖い先生だなって多分思ったのかもしれませんけど、 ずっとそのモデルさんも怖い顔しているんですよね。 そういう不安みたいなものが表に出やすい方っていうのも、 技術を習いに来てる人もいて、 でもそこら辺を打ち解けることから始めていかないと入っていかないんですよね。 あとは、全部否定から入るっていう人も今までいましたね。 あとは、なんでそうなのかと。 これは質問なんですけどね。 なんでそうなのかっていうことに対して、 例えば私が答えたとしますでしょ。 答えたとしたとしても、まだそれについて疑問が残るわけですよ。 やっぱりそれっていうのは、そのことに対して解決したと思えない何かがあるんですよね。 自分が思っているような答えを言わなかったこの人みたいな。 そういうこともあって、すごくその方の心を溶かすのに時間がかかったという方も実はいらっしゃいます。 早くできるようにしてあげたいし、ちゃんと結果を出してあげたいと私は思いますし、 私がきちんと教えなければいけないというふうにももちろん思いますけれども、 その思いが私が強くなりすぎちゃうと、この生徒さんのペースというものがぐちゃぐちゃになっちゃうんですね。見えなくなっちゃうわけです。 だからまずその方の現在地、今どういう状況なのかっていうのを焦らずに、 こちらもギスギスしないで見るようにしています。 特にお久しぶりに会った方は、お久しぶりだった間に何があったのか、 そういうのが投資できる能力はありませんけれども、透けて見えてくるんですよね。 どこで迷ってて、何で自信がなくなっちゃってて、 どこにこの人は行こうとしているのかというか、 何を積み重ねてきたのか、この私と会わない間に、 そういうところから見て、必要な言葉ですとか、必要な技術をその時に的確に渡したいなと思っています。 教えるということは、相手を自分の理想の形に急いで近づけることではないですよね。 以前の音声でも話しましたけど、その方が自分の足で進めるように支えてあげることが教えるということです。 手を添えることもあるし、言葉を渡すこともあるし、背中を押してあげることもたくさんありますけれども、 代わりに私が歩いてあげられないので、最後に歩くのはその方自身ですもんね。 だから教える仕事というのはもう忍耐です。これは。もう忍耐です。 私が教えることが上手いんじゃなくて、私が待てるようになったから、今も教えられているのかなと思います。 必要なところで声をかけて、必要なところで手を添える。だから必要なところまでは待つということですね。 ちょっと進んだら、そこは見逃さないようにします。ちょっと進んだら。 でもちょっと後退するような感じがあったら、あえて何も言わないこともあります。 ちょっとでも進んだら、ここできるようになったじゃないですか、ということは見逃さないように、 ちゃんと待ってあげるということを私の中では心がけていますかね。 手順を教えるだけというのは、なんでその手順なのかということを理解していないと動かないし、 なんで形をこういうふうに整えるのかというのも、理屈が分かっていないと整っていかないので、 何かその方の手順というのを間違いでなければ、全然私と違っていても、最終的にいい形になっていれば全然いいわけですよね。 それを1から10まで私と同じようにすることは全然ないのかなと思います。 # チャプター 2 技術的なことって、教える側がすぐに答えを急ぎすぎないってとっても大事で、 ここが違いますよとか、こうした方がいいですよって言うだけなら本当に簡単なんですけども、 それだけでその方の中には残らないんですよね。ここが違いますって言っただけでは。 何でそうなってしまうのか、ここをこうすれば改善できるんじゃないかとか、 どこの目線で見れば、このちょっと抜け出たところがわかるのかとか、 次にどういう手になるから、この一つ前のところはこういう風にすればいいんだっていう、 最終的にこういう形を目指している、そこに行くための考え方って言うんでしょうかね、 そういうところまで一緒に見てあげるということで、その方自身が自分で考える力が育っていきます。 だからここが違うよ、もう一回やり直して、じゃあできないと思いますよ。 やっぱりどうすればいいのかっていうことを自分の力で言っても、 やっぱり間違った力の入れ方をしてしまうと時間がかかってしまうので、 受講生さんが私のこの講習の場を出てお仕事に行った時も、 ご自身の場所で練習した時も、自分で整えていけるようになることの方が一番大事ですからね。 だから手順を覚えるんじゃなくて、何でその手順なのか、形を整えるというだけじゃなくて、 この整えたんだけれども本当にこの人に合っている整え方なのかということを判断できるようになるということがとても大事なことです。 はい、いかがでしたでしょうか。 やっぱり皆さんも誰かに何か教える場面がこれからもあると思うんですよね。 仕事で後輩に教える場面もあったり、家庭で子どもに伝えるということもあると思います。 仲間にやり方を伝えるという、教えるということも頼まれてやる方もいると思うんですよね。 そんな時に相手ができないことだけを見るのではなくて、 どこでこの人は止まっちゃったのかということを見てあげると、接し方が少し変わってきます。 教えることというのは相手を急がせることでもないし、 相手が自分の足で進めるように少し先を照らしてあげるということだと思いますね。 はい、いかがでしたでしょうか。 今日もお聞きいただいてありがとうございます。 また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。 それではごきげんよう。 もっと見る #責めない #教えることは学ぶこと #教える技術 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ09:181.チャプター 102:552.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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