TOPハウツー・学習歴史十二単着付け師の【にちにち気づきだより】第594話【上半期、よく頑張ったね】と自分を労う日にしよう05:56 8月6日 51再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次上半期を駆け抜けた自分への労い「できなかったこと」ばかりに囚われる思考見過ごされがちな日々の隠れた努力とは「ねぎらい」が心にもたらす意外な効果明日を変える「3つの振り返り」の視点AI文字起こし(β版) # チャプター 1 日々気づき頼り佐藤美奈子です。 今日もお聞きいただきありがとうございます。 このチャンネルでは、エモンドーや日本文化の学びを通して感じた 心の在り方や人との向き合い方を 仕事や暮らしに優しく重ねてお届けしています。 今日のテーマは、「頑張った自分をねぎらう」です。 みなさん、頑張りましたね。 この夏までの間、私どもは学校ですから 一学期、二学期という風な学期制ですけれども 一学期、本当に駆け抜けましたね。 毎月毎月いろんなイベントをしていましたので 身体と頭を一致させながら 身体が置いてけぼりになりそうな時もありましたけれども 頑張ってきました。 ですから、スタッフも私も 本当にこの週末からお休みを頂戴しますけれども 本当に頑張ってくれたなと感謝感謝です。 そんな自分をねぎらうというのが今日のテーマです。 次のチャプターからどうぞ。 # チャプター 2 はい、今日は頑張った自分をねぎらうというテーマです。 私たちはできなかったことにはよく気づきます。 予定より遅れちゃったとか、十分に準備ができなかったとか、もっと上手にできたはずだ。 一日の終わりに反省ばかり浮かぶこともありますし、反省ばかりしている方も多くいらっしゃるかなと思います。 ですけれども、今日をここまで過ごしてきたということは、目に見えないところで多くのことを引き受けてきたということでもあります。 起きて、支度をして、人と関わって、判断をして、決断をして、思うようにいかないことにも対応してきました。 頑張りは、成果が出たときだけ存在するものでは決してありません。 途中で踏みとどまったこと、嫌なことがあっても誰かに乱暴な言葉をぶつけなかったこと、疲れていても最低限の用事を終えたこと、それはもう立派な頑張りです。 自分をねぎらうときに何か大きなご褒美を用意する必要は特になくて、まずは言葉にして認めてあげるのが良いでしょうね。 今日はよう働いた、とかね、難しい中でもできることをようしたな、とか、ここまで続けてきたぞ、とか、今日は休んで良い、とか、こういう言葉というのは甘やかしではなくて、自分の状態を正しく見るための言葉です。 エモン道の稽古でもきちんと向き合う、まあ反省というか見直すということはやはりしてきています。 けれども、できなかった点だけを見ていると、体が縮こまってしまって次の動きまで固くなって視野まで狭くなってしまいます。 昨日より自然にできた部分はあったかな、とか、落ち着いて確認できた瞬間があった、とか、先生方から教わったことを一つしっかり守れたこと、ですとか、そういうところにも目を向けていくと、お稽古を続ける力が戻ってきます。 自分をねぎらうことは全身を止めることではなくて、むしろ長く歩くための手当てをしているということになりますね。 誰かが疲れているときには、今日はもう休んでくださいねって言えるのに、自分には厳しい言葉しかかけられないことがありますね、まだまだという感じで。 自分もまたいたわるべき一人の人間です。ここはすごく考えた方がいいと思います。 人のためにいろいろ動いている人ほど、自分を犠牲にして人のために動いている方が本当に多いです。 今日の終わりに、この3つだけ振り返ってみてください。 今日やったこと、今日絶えたこと、今日手放して良いこと。 できればノートに書いてみるですとか、言葉に出してみるというのもいいですね。 頭の中だけで考えるより、自分の頑張りが目に見えるようになってきます。 そして疲れている日は早く休みましょう。 暖かいものを口にして、予定を一つ減らして、体への値切らえも忘れないでください。 頑張った自分にかける言葉は、明日の自分がきちんと受け取ってくれます。 今日の自分を責めて終えるのか、それとも静かに認めて送り出すのか、その違いは小さく見えますけれども、詰め重なると大きいですよ。 これはやっぱり自分のために認めて休む。 今日はよくやったねって言って休む。 そうすると明日本当に鼻をびっくりするぐらい、心も軽くなっているはずです。 今日もよくここまで来ましたねと、それで十分です。 どうぞ少し肩の力を抜いてお過ごしください。 今日もお聞きいただきありがとうございました。 また次回もお付き合いいただけたら嬉しいです。 それではまたご機嫌よう。 もっと見る #セルフケア #自己肯定 #頑張った自分を労う #労いの言葉 十二単着付け師の【にちにち気づきだより】さとうみなこ01:141.チャプター 104:422.チャプター 2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
第633話 【キノコ狩り】松茸の値段は山と人の距離 7分・9時間前・ 29再生AI目次平安貴族も嗜んだ松茸の魅力松茸が身近だった時代の理由松茸の値段が語る人と山との距離「遠くなったもの」が示す現代の課題失われゆく技術を身近にするには
第632話 秋の【襲色目】半歩先の季節を着る 7分・昨日・ 45再生AI目次平安の美学「襲色目」色の重なり季節を「半歩先」に着る意味とは顧客の無意識を掴むプロの視点「察する力」が示す絶妙な距離感千年前から現代へ繋がる「半歩」
第631話 【恋教え鳥】鶺鴒から教わったこと 7分・一昨日・ 54再生AI目次「恋教え鳥」鶺鴒の意外なルーツ国生みの神も小鳥に教えを乞う知らぬを恥じず学び続ける心構え教える側が一番学ぶという発見分からないを分かるに教わる意味とは
第630話 【秋の七草】目立たないものを七つ数える 7分・9月11日・ 54再生AI目次秋の七草とは?春の七草との違い万葉の花人・山上憶良が選んだ七草目立たぬ野花に宿る日本の美意識日常で「美しさ」を見つける重要性役に立たぬものから始まる文化の贅沢
第629話 【割に合わない】とわかっていても【やる】 7分・9月10日・ 70再生AI目次古代から現代へ続く栗との長い付き合い平安貴族を魅了した甘味料「甘面」の秘密「割に合わない」から生まれる甘さの価値日常のひと手間がもたらす豊かな食卓気づかれなくても「やる」ことの真の意義
第628話 【重陽】そして「扇」を仕舞う日 8分・9月9日・ 50再生AI目次重陽の朝に綿で顔を拭う美の習慣五節句から消えた重陽の節句の背景夏扇を納める九月九日の伝統と意味物事に「終わり」を決める平安人の哲学美しい終わりが次への始まりを彩る
第627話 【重陽の前夜】手がかかることが「祈り」の中身 8分・9月8日・ 58再生AI目次重陽前夜、菊に真綿をかぶせる意味長寿不老を願うキセワタの習わし紫式部が詠んだキセワタの歌「手がかかること」が祈りである理由静かで確実な仕事を生む支度とは
第626話 【白露】消えるからこそ光っている 7分・9月7日・ 61再生AI目次白露に秘められた平安人の感情なぜ露は歌に詠まれ続けるのか「消えるからこそ光る」の真髄十二単体験が残す「写せ身」儚いものだからこそ一番美しい
第625話 【音楽は身近なもの】聴く側ではなく鳴らす側にいた平安人 6分・9月6日・ 59再生AI目次平安貴族の必須科目「管弦」音楽は聴くものにあらず?教養として演奏する意味「見る」と「やる」の決定的な違い現代が失った「鳴らす」体験
第624話 【秋の室礼】まず、下げてから出す 7分・9月5日・ 61再生AI目次平安時代の「室礼」とは配置で季節を纏う平安の美学季節の移ろいと心の整え方「まず下げる」片付けの真髄現代の暮らしに応用するヒント