#219 本来は「合理的配慮」ではなく「合理的調整」
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本来は「合理的配慮」ではなく「合理的調整」。
違和感の正体が分かった気持ちがしています。
話し合いってエネルギーを使うことだから、理由をつけて避けたくなってしまうのも無理はない。「障害者だけ特別扱いをされてずるい」と言いたくなる「正当化したくなるほど苦しい気持ちを言ってもいい場所」としてけんとさんは「障害者ずるいバー」を開いてくれました。
ラジオVoicy🎧
#148【レポート】障害者ずるいバー
https://r.voicy.jp/0G9JDN1nKg1
(音声で聞けます)
この合理的調整は人権の初歩的な態度ではないかとも感じています。けんとさん、このことについても語り合いたいですね。
今月の発達スナックもめちゃくちゃ楽しみです。
ーーーーー
先日、毎日新聞さんに「合理的配慮」について取材していただきました。(複数人取り上げられたうちの一人としてお話ししています)
突然ですが、みなさんは「合理的配慮」という言葉にどのような印象をお持ちでしょうか?
おそらく多くの人が、「障害などの困難を抱える人から要望があった際に、何か特別なことをしてあげること」というイメージを持っているのではないでしょうか。
例えば、僕の「漢字が書けない」という特性に対して、タブレットの持ち込みを許可するなど、そういった「参加を承認してあげること」だと思っていませんか?
最近では法律で合理的配慮の提供が義務化されたこともあり、一部では「障害者だけの特権だ」「ずるい」なんて言われたりもしています。大学などでも「配慮を使えば単位が楽に取れてずるい」といった声があるようです。
しかし、本来の「合理的配慮」の意味は違います。「何かをしてあげること」というのは大きな間違いであり、合理的配慮とはその一歩手前、「対話と調整」の話なのです。
例えば、僕の特性に対して「では、どういう選択肢が取れるか?」と話し合いの場を設けること。これこそが合理的配慮です。その結果として承認できるか、あるいは拒否するかは、合理的配慮の“先”にある話です。
先ほど「法律で義務化された」と触れましたが、ここを少し丁寧に説明させてください。
法律(障害者差別解消法)で義務化されたのは、「何でも要望を聞き入れること」ではありません。「対話もなしに受け入れを拒否すること」が不当な差別にあたるとされ、「どうすれば対応できるか、建設的な対話を行うこと」が義務化されたのです。話し合った結果、どうしても設備や人員の問題で受け入れが難しい(過重な負担がある)場合、断ること自体は違法ではありません。
つまり、何か特別な措置をすることそのものの義務化ではなく、「話し合いの場(プロセス)を設けること」の義務化なのです。
どうでしょう?「ずるい特権」ではなく、誰もがフラットに参加するための「当然の権利」の話に聞こえてきませんか?
実は、英語の「Accommodation(調整)」を「配慮」と訳してしまったことが、「特別な扱い・お情け」という誤解に拍車をかけたのではないか——。記事では、そんな深いところまで切り込んで紹介していただいています。
繰り返しになりますが、「調整の場作り」こそが合理的配慮です。そして、そこに向き合う上で診断の有無は本来関係ありません。
多くの人が誤解しがちな「ずる」ではなく「権利」の話。この正しい認識がぜひ広まってほしいと思いますし、そこにしっかりとフォーカスしてくださった毎日新聞さんの誠実さを感じました。
合理的配慮についてや、発達障害についてゆるーく話せる「発達スナック」をやります!
堅い勉強会ではなく、当事者スタッフと気軽に飲んで話せる場です。よかったら、ふらっと遊びに来てください!
📅 5月17日日 14:00〜16:00
📍 中洲 昼スナ「役にたたなくてもいい場所」
💴 1,000円+1ドリンク(現金/PayPay)
👤 マスター:中井けんと、ヨーナス(フィンランド出身ADHD当事者)
https://achattatu.peatix.com/view
違和感の正体が分かった気持ちがしています。
話し合いってエネルギーを使うことだから、理由をつけて避けたくなってしまうのも無理はない。「障害者だけ特別扱いをされてずるい」と言いたくなる「正当化したくなるほど苦しい気持ちを言ってもいい場所」としてけんとさんは「障害者ずるいバー」を開いてくれました。
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(音声で聞けます)
この合理的調整は人権の初歩的な態度ではないかとも感じています。けんとさん、このことについても語り合いたいですね。
今月の発達スナックもめちゃくちゃ楽しみです。
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先日、毎日新聞さんに「合理的配慮」について取材していただきました。(複数人取り上げられたうちの一人としてお話ししています)
突然ですが、みなさんは「合理的配慮」という言葉にどのような印象をお持ちでしょうか?
おそらく多くの人が、「障害などの困難を抱える人から要望があった際に、何か特別なことをしてあげること」というイメージを持っているのではないでしょうか。
例えば、僕の「漢字が書けない」という特性に対して、タブレットの持ち込みを許可するなど、そういった「参加を承認してあげること」だと思っていませんか?
最近では法律で合理的配慮の提供が義務化されたこともあり、一部では「障害者だけの特権だ」「ずるい」なんて言われたりもしています。大学などでも「配慮を使えば単位が楽に取れてずるい」といった声があるようです。
しかし、本来の「合理的配慮」の意味は違います。「何かをしてあげること」というのは大きな間違いであり、合理的配慮とはその一歩手前、「対話と調整」の話なのです。
例えば、僕の特性に対して「では、どういう選択肢が取れるか?」と話し合いの場を設けること。これこそが合理的配慮です。その結果として承認できるか、あるいは拒否するかは、合理的配慮の“先”にある話です。
先ほど「法律で義務化された」と触れましたが、ここを少し丁寧に説明させてください。
法律(障害者差別解消法)で義務化されたのは、「何でも要望を聞き入れること」ではありません。「対話もなしに受け入れを拒否すること」が不当な差別にあたるとされ、「どうすれば対応できるか、建設的な対話を行うこと」が義務化されたのです。話し合った結果、どうしても設備や人員の問題で受け入れが難しい(過重な負担がある)場合、断ること自体は違法ではありません。
つまり、何か特別な措置をすることそのものの義務化ではなく、「話し合いの場(プロセス)を設けること」の義務化なのです。
どうでしょう?「ずるい特権」ではなく、誰もがフラットに参加するための「当然の権利」の話に聞こえてきませんか?
実は、英語の「Accommodation(調整)」を「配慮」と訳してしまったことが、「特別な扱い・お情け」という誤解に拍車をかけたのではないか——。記事では、そんな深いところまで切り込んで紹介していただいています。
繰り返しになりますが、「調整の場作り」こそが合理的配慮です。そして、そこに向き合う上で診断の有無は本来関係ありません。
多くの人が誤解しがちな「ずる」ではなく「権利」の話。この正しい認識がぜひ広まってほしいと思いますし、そこにしっかりとフォーカスしてくださった毎日新聞さんの誠実さを感じました。
合理的配慮についてや、発達障害についてゆるーく話せる「発達スナック」をやります!
堅い勉強会ではなく、当事者スタッフと気軽に飲んで話せる場です。よかったら、ふらっと遊びに来てください!
📅 5月17日日 14:00〜16:00
📍 中洲 昼スナ「役にたたなくてもいい場所」
💴 1,000円+1ドリンク(現金/PayPay)
👤 マスター:中井けんと、ヨーナス(フィンランド出身ADHD当事者)
https://achattatu.peatix.com/view
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 07:012.
Reasonable accommodation
- 00:283.
次回の発達スナックは5/17
コメント

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「話し合いの場(プロセス)を設けること」。これは障害のあるなしに関係なく、どんな場でも大事なのに、“面倒”なんですよね。
これまでは力で有無を言わさず…でまかり通していた人たちにとっては特にやり方がわからないんだろうなぁと。怖いみたいですね😨聴かれた経験がないからかなぁとも思います。
何においてもまずは“聴き合う”って大事だなぁと改めて思いました!
面倒ですよね。私もそう感じる場面はあります。
それでうまくいっているならいいですが
でも、それでみんながどこかしんどさを感じ続けているなら、やっぱり今までと違うことをしないといけないですよね。
「♯148障害者ずるいバー」の回も聴きました。
家族が「発達障害者」ラベルをつけることを望まず、自身の希望は不明、とても幸せな家族だけど茨の道を進んでいるように見える妹家族。就職し他県で独り暮らしを始めた甥っ子が軽やかに生きられたらいいなぁと思うのは伯母のエゴかなぁ…と考えさせられます。
けんとさんのしなやかで鋭い視点には、いつも学ばせていただいています。
何を幸せと感じるかは人それぞれだから、本人が心理的な成功を感じられる人生を送れるといいですね☺