TOPトーク専門家リベラルアーツ探究実践Radio【対談】知窓学舎放課後職員室♯2[探究とは?]37:10 2025年5月13日 159再生 問題を報告する 再生する シェアする 知窓学舎塾長 矢萩と副塾長 前田が授業後に知窓学舎と教育界について話す新コーナー。毎月第2火曜日21:10より生放送予定。AI目次探究とは何か?改めて問い直す学校現場における探究の難しさ探究学習の変遷と現状探究と主体性、そして自分軸総合型選抜と探究の未来AI文字起こし(β版) # 【対談】知窓学舎放課後職員室#2 はいみなさんこんばんは 地層学者放課後職員室ということで今日は地層学者塾長の私萩国子と はい地層学者副塾長の前田です。この2人で放課後の職員室っぽいトークをしようという企画第2回ということなんですけれども 今日何について話しますかね そうですね ちょっと私が最近気になっていたことがありまして ちょうど先週ぐらいでしたかね 八木先生から私が地層学者ともう一つ別の職場として学校を持っているんですけど その学校での探究の定義ってどうなってますかっていうことを質問されて その時に改めて自分の学校の探究って今どういうふうに書かれてるのかなとか調べたりしてみたんですけど なんか意外と昔と書き方が変わってるなみたいなことに気づいたりとかしてなんかちょっと発見があったので改めてそれぞれの学校の掲げる探究の形とか それをある意味塾としてどうやって押していけばいいのかみたいなそんなところをちょっとお話できるかなと思っております まさにやっぱり探究っていうのがすごい雑に今扱われちゃってて 浸透したのはいいんだけれども そもそも探究って何なんだっけっていうことを語られないまま探究探究って言っちゃってるものこと教材イベント プロジェクトなどがすごく多いのでそこを整理する 多分聞いてくださってる皆さんの中にもこれ何が探究で何がプロジェクトベースラーニングなのとか PBLとの違いとかっていまいちピンときてない人もいっぱいいるんじゃないかなと思うので まあそこも含めてねちょっと話していければいいかなと思います そうですねで実際地層学者でもやっぱ探究的なことに取り組んでいる学校でおすすめのとかありますかとか聞かれたりするんですけど 探究って言われた時にどういう方向がお子さんに合うと思ってるのかとか それによって全然お勧めできる学校って変わってきたりもしますし やっぱりそれあたりってある程度整理したりとか常に自分自身もそこの変化に追いついてたらアップデートしていたり必要があるなって思っています もうまさにその通りですね じゃあそんな中でどこからいくその学校によるっていうところ そうですねちょっと私が何で気になったかっていうちょっと私自身が先週からのところで起こっていることをちょっと先にお話していただいてもいいですか 私今地層学者で副塾長させていただきつつ カエツアリア系という学校で特別研究教員をさせていただいています カエツアリア系って聞く人からしたらもうあの探究の一撃の学校なんでしょうって多分思われるかなというふうに思うと思うんですが 新クラスっていう高校の取り組みが結構もう10年目とかになるんですかね結構有名になっていたりもするんですけど 一つちょっとびっくりしたのがその じゃあ今探究っていうのうちのそのカエツってどうやって推してるんだっけみたいなことを ホームページとかまずパンフレットでちょっと確認してみようと思ったときに 探究という言葉が今載ってないんですよね はいはいなるほど載ってないんだ今 載ってないんですまずそこにびっくりして ちょっと八木先生にも報告させていただきましたけど探究っていう言葉自体をアピールポイントとして今多分外に打ち出すっていうことを少なくとも表向きはやってないんだなっていう それを私自身知らなくて むしろ心理的安全性とかプロジェクトとか それを探究的なやり方で実践っていうのはちょろっと出てくるんですけど そういった変化というか奇跡があって そういうところでひるがえってそれぞれの学校が確認した探究って今どうなってるんだろうなみたいなことをちょっと思った次第ですね なるほどねはいはい 探究実は何が探究で何が探究じゃないのかっていうことをちゃんとジャッジメントする人がいないと困るよねっていうことで 探究のアーリーアダプターと呼ばれている人たちが日本にも何人かいらっしゃるんですけども 先生ながら私もその中に入ってるんですよ ちょっとその中で探究歴一応30年なので私は ちょうどね1995年頃から探究的な学びを始めた人たちが日本にまず第一弾結構いるんですそのあたりに そのあたりの人たちと話しながら ちゃんと日本のジャパニーズ探究っていうものを ちゃんと定義付けていく必要があるよねみたいな話を最近はよく集まってしていて その中で各学校ごとの探究ってどうなっているんだろうななんていう そんな話にもなってたところで前田先生にも聞いたわけなんですけど じゃあどこから考えればいいのかというと日本でね探究という言葉がまず入り始めたというか その二次熟語がちゃんと使われ始めたのってリューイの著作の翻訳からだと考えられるんですね でリューイっていう人はじゃあ何を探究というふうに言っていたのかっていうと あのすごいざっくり言うとちゃんと考えることのことを探究って言ってたんです じゃあちゃんと考えるっていうのはどういうことなのかというと 主体的に取り組む中で思考が動いている状態が探究なんですね でそれのことを探究学習というふうに言った つまり主体的に何かやってたら絶対真剣に向き合うし真剣に考えるじゃないですか でそのこと自体が探究学習なんだよと で実際探究学習じゃなくて探究自体はアリストテレスだと言ってるわけですよ 探究は驚きから始まるみたいなことだとかね 古いですよね 探究学習っていう言葉になってくるとそのリューイからスタートしていると 日本においては戦後の話なんですけど戦後に社会科の学習の中で問題解決学習っていうのが社会科から登場し始めたからね そう習いました私それ社会科の教員になるための そうそうだから要はその社会問題っていう言葉があるわけで 普通我々が問い出る問題出題っていうのは各教科の中の問題なんだけども それをじゃあより広い視点で見たときにじゃあ この世界で起こっている問題のことを何と呼ぶかというと社会問題と呼ぶわけなんですよ だから社会科と問題解決社会科の中から問題解決学習というものが始まったんですね でその社会科の中での問題解決学習を推進したあの当時の教育者たちが実践してたことを探究学習っていうふうに呼び始めたっていうのが日本の探究学習のあの流れの最初なんですよ はいはいはい やっぱり社会科がそこが中心にあってて結構だからあれなんですよねその戦後すぐってその科目を再編していく中で社会科って結構全ての学びの核になるものだよねみたいなそういう考え方があったっていうのは何か 教務職と受験でも何か記憶がありますか 中学受験だと一番内側にガシロにされているのが社会科なわけですよ 算数あって国文あって理科があってあとなんだっけみたいなああ社会社会みたいな そのひどい扱いを受けている三教科受験の学校なんか関西ってありますけどね社会がないっていうね ただランキレーションみたいな 社会では学力が測れないっていうまあそういう理由なんだけれどもでも実際ねじゃあ大人になったらあなた何なんですか国語人になるんですか理科人になるんですか社会人ですよねっていう話もあるわけですよ これ実は俺が大手塾で授業やってるときに社会を復権するっていう活動を勝手にやってたことがあってその時に必ずこの話はしてたんですけど なんかあれですよね柳先生が前勤められてた塾だとなんか社会科の担当の先生っていうだけでなんかお前は掃除しとけみたいなそういう 一番最初の塾がそうだよねその大手塾の一個前の塾はそのね算数数学を教える先生は掃除しないっていう それ聞いたとき衝撃だったんだよそうそうそうそうなんか偉そうみたいなもちろんする人もいるしもっと激しく僕が行ったところよりも激しく算数が偉そうな塾は他にもあったんですよ だからそこよりは全然なんかいろんな人が混じってる塾ではあったけれどもであのじゃあ大手塾に私が行きました私実は大手塾時代一番メインで持ったの社会科なんですよ これあんまりいろんなとこで言ってないんだけど今国語のプロフェッショナルと国語の人っていう風にどこ行っても思われてるんだけど実は社会科の人でだから国語社会でリベラルアーツみたいなとこなんだけどでも本当はね僕はね科学が好きだったから理科をやりたかったんですよ あーそうなんですねで理科の教師になりたくってあのその大手塾に行ったのねはいで模擬授業をやったの理科で模擬授業をやったんですよはい 理科で模擬授業をやってそうしたらその時のジャッジメントしている面接官が全員社会科の先生だったの そんなことありましたっけ そうで本当にその面接自体がおかしいんだけどもでその先生にあやあぎさんちょっと残ってくださいと言われてでもし社会でいいんだったら今ここで採用しますって言われたのよ だから要は社会の裁量金を持ってる人だけがそこにいたわけ あーそういうことかだから理科だと自分たちが決められないからっていうことを そうそうそう社会だったらもう今すぐここで採用しますって言われてまぁいいか社会でと思って でこれ実はね面白いのが俺一番最初に勤めた塾まあそこもそこそこ大きいとこだけどもそこはねなんとびっくり 俺数学で模擬授業やって入ってるのよ 今全然イメージないですね数学を持っていただいてる 俺数学があんまりその好きじゃなかったのよ だから好きじゃなかった理由は面白くなかったからでだからここが面白くなくてこうすれば面白くなるぞ みたいなのを結構あの当時考えてたのよ あーそれ大事な視点ですよね だから数学嫌いな奴に数学を教える自信があったのね その塾最初の塾は高校受験がメインの塾だったから数学だったんだけども 英語はやりたくなかったけど数学だったんだけどね そうそうっていう風に数学やろうと思ったらあの全教科やらされるってのが最初の塾で で大手塾は理科がやりたかったのになんか社会にされるっていうね じゃあ今その先生がプロフェッショナルで持ってくださってるっていうのをなんかもともとやりたかったところから全然違う方へ行き 気づいたら今のところにこう流れ着いた感じも どの教科も同じっていうような僕自身の探求っていう話をするならば 教科で分けてること自体が世界をちゃんと見れてないよねと思ってるわけですよ あーそれはとっても大事ですし私もできるだけそういう教科で縛られないっていう考え方を大事にしたいなと思っているので 結局何か取っ掛かりがどれかの教科だっていうのはいいんだけれども最終的には統合したいよね だから地層学者統合型学習塾って言ってるんだけれども 一なる世界というのがあって世界というのはもともと一つだよね でも便宜上分かりにくいから教科に分けてみようよっていうふうにアリストテレスが言い始めたわけですよ 分類してカテゴリーを分けて取っ掛かりやすいところからやっていきましょうよ でもたどり着く先は全部一なる世界だからねっていうそういう価値観があった やっぱり僕もそれを地層学者では目指したいというふうに思っているのでわざわざ冠に誰も理解してくれなかった統合型学習塾っていう謎の言葉をつけたんだよ そうですよね他の塾で統合型って名乗ってるとこ聞いたことなかったですよ ないと思うよ世界で一つなんじゃないのかな だからそういう意味で要は探求活動の果てにあるのが統合ですよだし その今誰かが分類した教科じゃなくったって探求は始められるんですよ 世界のどこからでも探求をし始めるしでその探求活動の中で 一なる世界を理解していって自分と社会とのつながりだとかっていうのがわかっていって で問題解決ができるようになるっていう流れが僕が見ている探求なのね これってリュウイが言っていることともそんなにずれていないという考えなんだけれども なかなかねこれ学校内での探求っていうものがどうして難しいのか まあ前田先生なんかはすごい現場で ひしひしと感じていると思うけども そもそも学校組織の探求の合わなさの原因の一つは 探求って目的がないんですよ そうですね探求すること自体が目的で難しい言葉で言うと自己目的的って言うんだけども 例えば昆虫が好きな奴はなんで昆虫を探求するのか 昆虫が好きだからですって話なんだよね そこに理由なんかねーって話でしょ そうそう好きだから探求してるんです探求したいからしてるんです以上っていう感じなのよ それがなんか美しいなんかシンプルな探求でもそれをやっているうちに突き詰めていったら絶対にいろんな資料を読み込まなきゃいけないとか データを漁らなきゃいけないとかね試行しなければいけないとか 発表しなきゃいけないまとめなきゃいけないとかいろんなものがトータルで身についていくっていうのが 探求型の学びなわけですよね そうですね それをじゃあ学校組織の中でやることの難しさ 学校って評価しなきゃいけないんですよ で評価するためには目的目標がないと評価しづらいんですよ だから探求ってもどきになっちゃうし今だからねまーちゃんが言ってたその 探求と言葉ないんだけどプロジェクトって言葉あるわけでしょ ありますねそれはプロジェクトっていうのは何かを目的としたプロジェクトって話なわけですよ だから何らかの評価をつけることができるから今ほとんどの学校で行われている探求の学び これ塾も含めてだけども探求の学びっていうのはそれは探求というより PBLプロジェクトだよねっていう話なんだよね そこにどうしても時間割という時間上の制約があり例えばそれを1年間の間に何か 発表であったりなんかまとめて報告であったりっていう記述があるものに合わせなければいけない っていう風になるともう自己目的的なその終わりのない探求みたいなところとはどうしても カビ合わせは悪いですし っていうのはすごくあの中にいて感じる部分でありますね そうだよね じゃあそんな中でその学校現場にいながら探求という言葉が消えている状況の中でさ なんかどういうビジョンを持ってます だなぁなんか 結構今多分これはまあ私は今は開発だけですけど他の学校での経験も 含めて思っているのは 文科省が今までの総合的な学習の時間をあれを総合的な探求の時間という名前に変えて 評価はつけないけれども単位にしますよという風になったのが数年前のその新学習指導要領で 高校にあったわけですけど結構やっぱりあれがしんどいというのは正直あって だから結構もう あれがもう文科省認定の言葉になっちゃった時点で探求という言葉に結構 拒否感まではいかないまでもちょっとアレルギー反応というかちょっと探求って聞くだけで 週1時間とか週2時間で何をやれって言うんですかみたいな感じのところが出てきてるのは結構多いんじゃないかなぁと思うんですよね だからそういう意味では例えばうちの学校なんかも探求的にはやるけども 目指すべきは探求ではないとは限らないんですよっていう風にそこの言葉を使わなくなったのはあるいは戦略としては賢いのかなとも思っていて なるほどね 文科省って話が出てきたけども文科省が学習指導要領だとかで探求とかって 明確に言い始めたの2016年なんですよ 2016年に文科省が探求的な学習ってどういう学習かっていうと問題解決的な活動が発展的に繰り返されていく一連の学習活動って言い方をしてるのね それ本当に探求もちろん探求ではないとは言わないそれも探求だしそうなることもある だけど今じゃあこの時間内でねその探求何すればいいねんって今話あったけど 僕の感覚だと本当にそれが探求の場なら好きなことやりゃいいし何もやらなくたっていいんですよ別に そうですね そういう時間を取れるのかで実際何もやらないっていう時間を作った時に本当に何もやらない ずーっと何もやらない奴がどれぐらいいるのかって僕はそんなに多くはないと思ってるんです そうですね 絶対何か始めるんですよそれは遊びかもしれないし勉強とは全然カテゴリーの違うジャンルのものかもしれないけどでも何かはみんな始めるんですよ じゃあその始めたそれを探求して突き詰めていけばいいんじゃないっていう のはあるんだよね そうですね 落書きを突き詰めたっていいわけだしさ ちょっと前に隣の関くんっていう漫画がありましたけども 隣の関のやつがずーっとサボって遊んでるっていう漫画なんだけども 遊び方が激しいっていう 授業中にそんなことやるってそこまでいくっていうのをギャグにしているっていう漫画だけども それって僕はすごいクリエイティブだと思うしすごい学びになると思うんだよね でもすごくやっぱりそこをまず教員の側が受け入れることに多分今の学校というシステムって勇気がいるというか なんかやっぱり目の前の生徒が何かしていてほしいという その勇気ってさ自分の中の問題なの?それともそれを認めてしまっている自分を管理職の人たちが認めてもらってくれないかもっていうことなの? あーどっちなんだろうな 一般的には校舎のほうな気がするんですけど そういう何もしない時間も含めて緩やかに学んでいけばいいんじゃないですかみたいなタイプの学校だと 完全に自分の問題というか前者なのかなっていう感じがしますね 学校っていうのは構造的にある程度そういうところがしょうがないじゃないあるわけで 変わるにしてもだいぶ時間はかかるんだと思うんだけども 学校は学校ではそういう学校の中でできることをやるしかないんだけども 学校ではない思想学者としてまえちゃんはどういう単純的な学びっていうイメージとかビジョンを持ってます? 学校でないっていうところで言うと 別に一番大きいのは もちろん学びの種とか考えたりあるいは考えを広げたりする種をいろんなところにまくっていう部分は 私は学校でも塾でも変わってないんですけど 学校だとどうしてもやっぱり先ほど話にあるんですけど 試験だったり評価だったりあるいは期日までにこのカリキュラムみたいなところがあると思うんですけど 塾の場合はそこの自分の中での脱線をしていいとか なんとなく今こっちが面白そうみたいなものに 自分の中でブレーキはあんまりかけないようにちょっと意識をしていて だからそっちの方に流れていったらまあそっちでもいいよ でもなんか面白かったよねみたいな方に 学校の方だとちょっとやっぱり自分の中で乗りはするけどどっかで戻さなきゃみたいな感じを 学校の方が持ってて塾の方がまあそのまま流れていっちゃってもいいやっていう感じで 使い分けている部分はちょっとありますね それはまさに数学者でやりたいと思っている方向と同じだよね 要はみんながそっちに これねアクティブラーニングっていう言葉があったじゃない あいましたね 今はほとんど使われなくなったんだけども アクティブっていうのは活動的っていう風に捉えられがちなんだけども アクティブな状態っていうのは要するに 集中している状態とか主体的になっている状態のことをアクティブって言うわけですよ ICT系強い人はアクティブって言葉 そういう風な使い方をする人が多いと思うんだけども 要は生徒がアクティブになっているのかっていうのは こっち向いてるかって話なんです こっちっていうかそれは僕の方向いてるじゃなくて そのテーマに向き合ってるか 僕が提示している何かに向いているかみたいなね だから別に活動的にみんなが発表するとか 手を挙げるのがアクティブラーニングかっていう それはねそこ自体が大間違いなんですよ みんなが主体的になっている状態がアクティブラーニングなので そういう意味ではアクティブラーニングじゃなかったら 探求とは言わないんですよ 白い指でその生徒が何かしら そこの今のものに向かおうとしているっていう状況であれば 別に手を挙げてなかろうが書いてなかろうが アクティブだっていう風に考えられるわけですよね そうそうそうそう だからみんながこっちの方に盛り上がってる こっちに興味がいってるなと思ったら そっちにアクティブの対象があるわけじゃん せっかくそっちにアクティブが向いてるんだから それを活用してそれを学びにつなげていきましょうっていう 調整が我々がやるべきことなんだよ だから流れちゃっていいんだけれども 流れるときに流れてったそれを いかに今一緒に場を共有する中で この人たちの成長であるとか充実につなげていくのかっていうことを 試行錯誤できるかどうか 興味ですね そこはすごく大事ですよね そこがやっぱり学校で踏み切れないな さっきの評価の話もそうですし これは私自身の反省でもあるんですけど 学校で同じ名前の授業を複数のクラスで持っていると あるクラスでしかしゃべっていない 深めていないことがあるっていう状況に やっぱり不安があるんですよね それは全く同じ授業でピートなんかは別に オンデマンド授業なのでできるわけないし しなくてもいいと思ってるんですけど でもどっかでなんか ここの部分はちゃんと共通で担保したみたいなのが ないとなかなか他の先生と足並み揃えるみたいなところも 邪魔になってきたりしますし 自分の中でも折り合いの悪さみたいなことを感じたりするのは 正直今の私でもありますね 学校の方だと 多分そこって本当に調整できるように 文科省は言い方とかも変えてきてると思うのよ 探究みたいなものが とりあえず総合的な探究の時間みたいなのが 新学習指導要領で導入されましたよと その時に2018年かな その時に探究学習の言い方っていうのを ちょっと変えたんだよね ちょっとそれは テイストが変わったなっていうのはうっすら聞きました どこが変わったのかっていうのをピックアップすると 一つは 自ら問いを立てて問題発見、課題発見をするんだ っていう文言が加わったのと もう一個が 解決するための主体的な学びであること っていう文言が加わったのね 要は主体性っていうのが何よりも大事なんだよっていうことと 自分で問題を考えよう あともう一個加わったのが 事故のあり方を考えろっていうのが入ったのよ この事故のあり方を考えろっていうのは 僕がいろんなところで言ってる 自分軸を作れっていうかね 立てろっていうのと全く同じで 自分軸をつけるために探究をやるんだったら それっていろんな方法があり得るはずだし 自分軸ができてるかどうかっていうことを 例えば学校的な評価の対象にするんだったら もっと自由に時間を使えるはずなんですよ そうですね 逃げ場じゃないけれども 学校内でもある程度本質的な探究ができるように この文言を入れましたよみたいな 狙いがあったんじゃないかなと思うんだけど 事故の考え方を考えるんだっていう そういう明確な目的が言語化されてるから そこをもっと学校の先生たちも 活用していけばいいんじゃないかなと思うんだけどね 確かにそうですね 特に高校の授業は学校だと多いですけど 小中高といくにつれてどんどん科目も細分化され 高度なことを学習していくっていううちに 気づいたら自分との繋がりとか それを学ぶことによって自分の見方がどうアップグレードされたり 自分がどう成長していくのかみたいなところが ちょっとないがしろにされていく感じはあるなと 常に思っていて そこをやっぱり自分との回路をどう繋いでいくかっていう視点は むしろ学校種が上がれば上がるほど大事なんじゃないかなっていうのは よく思っていますね 小学生の方が意外とそういうとこ柔軟というか 高校生の方が学びのための学びっていうのに 悪い意味で慣れちゃってる 本当にそうなんですよ だからこれ来月出す僕の本にも めっちゃそのこと書いてるけれども 高校生とかになってから変えるというか 影響を与えるってめっちゃ難しいんですよ 中高生になると結構身についちゃってる 学びの型みたいなものが 身についちゃってるからそこから考え方 視点を増やしていきましょう 変えていきましょう柔軟にしましょうって相当難しくて それって学校教育の中とか 教育という文脈の中で果たしてできるだろうかっていうのは 僕はすごい難しいと思っていてね むしろそれは音楽だとか漫画だとか そういうものの方が影響を与えられるかなと思ってるのよ 思春期の人たちに教育で影響を与えることの難しさ でも小学生はやっぱりピュアだから まじで教育の文脈の中でいくらでも対話ができるし いくらでも視点を変えられるんですよ そういう実感がある だから一番最初に仕事を選んだ時に 中学受験を扱っている塾にしようというところがあったんだけれども 不登校になった時に同級生だとか 同じ学年の私立だとか言ってるやつらとか見てて こいつら変えられると全く思えなかったからね そうですよね それこそ昨今の教育の変化の中で アンラーニングとかそういう言葉も 多分千葉県ではちょっと流行ってると思うんですけど どうしても高校のとか いわゆる普通の高校の時間割とか その先の入試がとか いろんな構造的に縛られてる中で 形状探求です 事故とどう繋ぎますかというところだけを言っても なかなかそこを学び落としてというのを実現する どうしても厳しいですよね だけど今までだったらものすごい厳しい 割と無理芸だったんだけども 今は半分ぐらい総合型選抜だという出口があるわけですよ 総合型選抜に挑む上で大事なのは何かって 間違いなく自分軸なんだよ 自分と向き合って 自分がなんでそれが好きでその活動をして そこから何に意味を感じたのかってことが語れなければ 本来的には総合型選抜で求められてる人材は そこを語れる学生だからさ ある意味総学者の目指す形ってもちろん うちの塾は合格自体を目的とはしないと言ってますけど でもやっぱりそうやって自分で確立したり そのためにこれが面白いでしょとか これを自分で気になってやってるんですよねっていう先に そこと比較的神話的な総合型っていうのがあるっていうのが きっとイメージとしては近いと思うんですよね 大学に接続するところで だから総合型選抜を真面目にやってる大学の理念とは うちは近いはずなんですよ というのは覚えます だからそこを総学者としても もっと多分打ち出していけるなっていうのは ここ最近記事書いたりとか それこそ弥生さんとお話しさせていただいたりとかする中で 最近思ってはいるところなんですけど やっぱりそこで大事なのが 総合型選抜を対策しようとしたらダメだっていう話で もちろんある程度準備っていうのは必要だしね どういうルールで選抜されるのかっていうのを知って それを探求するっていうこと自体は大事なんだけども チートを考えたりだとか テクニカルになりすぎたりするっていうのは本末転倒だからね そこだけはちょっとうちはやらないようにというか さすがに宇宙の塾に通ってくれているような生徒さんの中で 総合型に受かるためにボランティアとかやった方がいいですか みたいな人はさすがにいない 少なく私の知ってる限りはいないと信じてますが でもどうしてもこういうことをやっとけばお得ですかみたいな 気持ちで言いたくなるのはわからんではないので そこをやっぱりどうやって 宇宙の塾としてのリベラルアーツっていう塾だったり 成長と充実っていうところにつなげていけるかっていうところは やっぱりこういう変化がある時代だからこそ 我々も大事にしたいなっていうのはよく思いますね まさにそうですよ だからそうなるとね 課題を解決することも大事だし でもそれはね 自分が本当にそれは問題だなっていうふうに思ったんだったら それを解決しましょうよって話なんだけど 特に問題は感じないですって言うんだったら 無理やり問題をひねり出す話じゃないわけじゃない そうですね 課題がなければ課題解決にならないから まず課題を提示しましょうみたいなスタートは間違ってるんですよ それは探求的とは言えない だから課題ありき 課題があるのが当たり前だっていう考え方でやってる限り それはちょっと探求にならんから だから別に課題は見つからない だから当然課題解決じゃないんだけども 自分はこういうふうに この興味に対してこのような探求をしてきた結果 自分なりにこのような意味があったと思いますが 言えれば僕は十分だと思っていて そうですね だから逆に大学サイトだとか そこ評価しようよっていうか 評価するんだったらそこじゃないのっていうことは もうちょっと声を大きく訴えていきたいところですね そうですね 本当にそれは同感です 私が1年前か2年前に何かで見て やっぱ面白いなと思ったのが 東大が5年、10年まだ経ってないかなぐらい前から 推薦入試を一部入れ始めたっていうのがあって 教育学部だけが東大の中で 提出物の中に探求レポートみたいな 高校の時に何かそういうやった 自分なりに問いを立てたり あるいは別に解決はしなくてもいいから それに取り組んだものを出してくださいっていうのを 課してたんですね 今は多分そうだと思うんですけど 私がその中で面白かったのが もちろん特殊事例だと思うんですけど 教育学部に推薦で合格した子の中に トイレの探求っていうのをやってた人がいて どういうトイレの種類があって トイレにどういう不便さがあってみたいなのを 延々とやって それをトイレの探求として出して 教育の推薦に受かったっていう事例を 何かとたまたま明記したんですけど やっぱりそこってちゃんと その後にとっては トイレっていう題材であっても すごくそこが自分の興味のポイントというか そこが自分が面白いって思ったり そこは改善できる余地があるかもって 思うポイントだったり 思ったんだろうなと思いまして そういうのともすると 経験じゃないようなものも 総合型とか推薦で救い取れる 東大教育学部は流石だなって ちょっと見直したというのはありましたね 今の話は分かりやすく 問題解決的な視点はあるよね ただトイレ大好きっていう人が トイレの写真を集めまくりました みたいな話ではないわけじゃん でもどうなんでしょうね そこの最初は別に 解決しようって感じで始め そこはちょっと私そこまで見てないので あれですけど トイレが問題だって言って始めたのかな 要は収集しているうちに 気づき始めたっていう話だよね その方がプロセスとして すごく自然というか それは多分一番目指しているやつなんですよ 文科省が ですよね その形が でもそれを東大が評価するのは 当たり前だし もっとそれを大々的に言ってほしいよね だからある意味 こういうやり方だってあるんですよ 別にPDLみたいな 初めから問題ありきのやつとか それっぽい地方創生とか そういうのじゃないんですよ ってもっと言ってほしいんですけど あんまりなんか 世間的にそう思われてない感じもあるな って正直思ったりしています やっぱり身近なものじゃないと 自分がよく知ってるものじゃないと 問題見えないし 問題解決できないっていう シンプルなそういう構造とかもあるから やっぱりこれなんかもう さんざのコロナ前ぐらいに 僕とか石川先生だとかが 一緒に言ってたことだけども いきなり探究の授業だとかで SDGsの話するのはどうなのっていう まず困ってること 身近な問題あるよね 隣のやつとうまくいかないとか 宿題やらねえで怒られるとか まずそういう問題をちゃんと解決していこうぜ そういう方が だって解決したら自分も得するわけじゃん そうですね わかりやすく 自分が問題だと思ってる 本当に自分にとって問題っていうものが 絶対に誰しもあるはずだから それを解決するっていうことを 授業にしていく中で だんだん社会性を帯びてきたりしていくもんだから それを授業にしたらいいって ずっと言ってたんだけども どうだろうねあんまり聞かないように あんまり聞かないですね でもやっぱりちゃんと 自分にとって何かが困っているとか 自分にとって何かが面白いとか そういうところから 自分で欲しいっていうのは聞かないですけど ちゃんとそういうところからやろうと してる人もいるんじゃいるのかなというのは ちょっとずつ思ってはいます ちゃんとそういう人がもっと評価されたり あるいは発言してくれたりとかすると いいのになっていうところですね さあそんなこんなで探究について この話しだすと本当に終わらないやつですね そうですね 一旦今日はここまでにして まだちょっと整理していきますか そうですね というわけで生放送は 今日はここまでにしたいと思います 皆さんも自分にとっての探究は何なのか 誰かが定義した探究を知ることも大事だけども 自分にとってどういう探究だったら 何か腑に落ちるというか納得感が高いのか そんなことを考えると 大人であっても我が子のことであっても 何か指針になるんじゃないかな なんていうふうに思います じゃあ今日はちょっとここまでにしましょう お相手はやはりフニコと 前田圭介でした みなさんおやすみなさい ありがとうございました ありがとうございました もっと見る #探究心 #知窓学舎 #前田圭介 #矢萩邦彦 リベラルアーツ探究実践Radio矢萩邦彦|ArsCombinator37:101.【対談】知窓学舎放課後職員室#2コメント感想・質問・応援メッセージを書こう monica2025年5月19日こんばんはー🎉はるビィです!#2きたー!#3も楽しみにしています😊1返信
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