TOPトーク専門家リベラルアーツ探究実践Radio【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』シンクロ編40:34 2025年9月23日 142再生 問題を報告する 再生する シェアする 第4火曜日21:10に定番化しつつある生放送。(ゆるくはないです。笑)今回は「共時性」について。存在学は共時性で紐解きたい。偶然から必然へ。お楽しみ頂ければ幸いです。AI目次近内悠太×矢萩邦彦、教養と哲学を語る他者との同期、その心地よさの謎に迫る身体と心のシンクロ、ウェルビーイングへの道リズムと言葉、共感を生むコミュニケーションコヒーレントな関係性、未来への可能性AI文字起こし(β版) # 【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』シンクロ編 はい、こんばんは。 というわけでですね、今日も教養と哲学を考えるラジオを始めたいと思います。 お相手はこの方です。 どうも、近内です。 はい、というわけでね、チーさんです。 はい。 とりあえず今日もお疲れ様でした。 はい、お疲れ様です。 はい、お疲れ様です。 はい、というわけで仕事終わりにチーさんと一緒に なんか哲学とか教養っぽい話をそんなにゆるくなくしようというね ゆるくしろよというお叱りをご要望いただいてますけど ゆるラジオはだって世間にいっぱいあるもんね、もうね。 ね。 だからもう、ただね、別にだからといって厳しくしたいわけじゃないんですよ。 ゆるく頑張ってやろうとしてちょうどいいぐらいなのかなっていう バランス感が最近そうだなと思うので なるべくゆるめにするけど絶対こびないみたいなね そういった方向性でやっていけたらなと思うんですけども 今日は何の話しましょうか。 なんかよくこの前、確か先月もそうだったんだけど 内田達郎さんと対談をしたときに 別にその話をするつもりなかったんだけども お話をしていく中で 身体が同期する、つまりシンクロする リズムが揃うみたいなことっていうことがおそらく重要であると 少なくとも武道においてはある意味それを目指すみたいなことをおっしゃってたんですよね で、なんか僕の中では それがなんで心地よいんだろうと 他者と身体がシンクロするとか同期する 例えばまさに今言おうと思ったみたいなところが揃うってすごく嬉しかったりするじゃないですか 示し合わせてないのに考えが揃うとか 感覚が揃うみたいなときっていうのは なぜそれが重要なのかって思ったんですけど それが手段ではなくて それ自体が僕らの生命にとって他の個体と同期するというのが 特に人間の場合 それ自体が主として生き延びやすい 漁師さんとかみんな同じタイミングで網を引き上げなきゃいけないとか それの一つに歌を歌うとか 歌を歌いながらタイミングを揃えて網を引くとか 歌とか踊りっていうのはシンクロするための技法 当然それが苦痛に満ちたものであったらみんな広まらないわけじゃないですか 進化の中で他者の身体と同期するっていうのが心地いいっていう奴らが生き延びてきたと思うんですよねきっと そしたらホモサピエンスが主として全体として他者と呼吸を合わせるということ それ自体に脳内で喜びを感じるようなメカニズムが結果的に マクロで見るとその方が主として協力関係 マンモスをみんなで協力してタイミングで一斉ので槍を投げれるみたいな っていう戦略的な生存戦略的な良さもあったんだけど 多分そこからどこか僕らが内側から喜びを感じるような個体が増えていったんじゃないかなと だから僕、ウェルビーングって考えた時に他者と同期するっていう 支配されてないし支配してないのに同期が起こるっていうのは ウェルビーングってことを考えた時にすごく重要な気がするんですよね 孤独というものとか孤立みたいなものってある意味全く他者と同期しないっていうことでもあるから それは生活を共にするっていうのもあるし身体的に生活を同調させるというか 生態的なリズムを揃えるとか寝る時間起きる時間みたいなものは 多分一緒にいると揃っていく人と全く合わせられない人みたいな 合わせようとすると苦痛に感じる人みたいな 確かにそう考えると武道って何かっていうと他者と共に同じ身体を共有するぐらいのことを修行する それが他者と共にあることの人類学的な英知と修行であるってのは確かに繋がりそうだなっていうところで なんで他者と揃うと気持ちいいんだろうみたいなことを話せたらなと思って なるほどね なんかベルクソンというところの生のリズムみたいなものは まさにリズムを合わせると生きてる感というか 生命感が高まっていく生命力が高まっていくような感覚っていうものがあるわけで 束ねられるって感じだよね 同期して同じに何回やっていくとずっと盛り上がっていく 集団授業では結構それを目指すっていうのがあるよね 同時にみんなでおーってなるとか それやってなるみたいな感じっていうのを作り出していくことによって 子のパワーも上がるし集団のパワーも上がるし 良い影響が伝染していく伝播していくっていう 伝播するためにはやっぱり同調する必要があって それって多分ねチャンネルが合うっていう話だとか チャンネルが合うのが一番わかりやすい 同じインターフェースを共有する瞬間が出てくるわけよ あるいはお互いラジオのチューニングみたいにしてたときに たまたま周波数帯がパチって揃って 電波がお互いちゃんとクリアに聞ける周波数帯がたまたま揃うみたいな それを作っていくっていうのが カラオケでみんなで同じ歌を歌うのかもそうだし わかりやすく合わせる方法の一つとして歌もあるし 例えばフラッシュモブだとか 盆踊りなんかもそうだけど 結局同じリズム リズムが一定なもので四通きのリズムなんていうのも 合わせやすいっていうか 基本的にだんだんだんだん合っていって 合っていくとだんだんだんだんトランスしてくるっていうのは まさに身体、精神っていうものが そこから変容していくっていういい例だよね しかも盆踊りの場合ぐるぐる回るっていうね まさに呪術的というか 場がどんどん醸成されていく感じですよね そうなんだよね ハンモジアに行った時にね 3時間くらい盆踊りみたいなものを踊らされたことがあって 向こうの人たちからしてみたら ウェルカム儀式なのよ ずっとぐるぐるぐるぐる回りながら ただすごい足の動きが難しいの 結局俺3時間踊ってて一回も合わせられなかったんだけど それくらいすごい難しいの 難しいのに合った瞬間に みんなトランス入ってるみたいなところがあって 合わせると共感が生まれる 心を共感するのが先じゃなくて 身体をフィジカルなのを合わせると 心も合ってくるっていうのは ミラーニューロンだとかで説明つくような話なんだと思うんだけど 俺なんかずっとバンド活動やってたから ドラムの操作、リズムを作るって 本当は鼓動なわけじゃない そもそも心臓の動きがあって それにみんなで合わせようよ 体の大きさの動物は同じビートを持ってるよって話だけど そのビートを遅くしたり早くしたりするっていうのが 人間が作り出した打楽器のすごさだよね でもそれがビートが遠くまで聞こえるというか 強く聞こえることで際立つことによって みんなが乗りやすくなる、合わせやすくなると それはすごい、メッセージを伝えるために音楽をやるっていう 発想をした時に やっぱりリズムなんだよな 一番大事なのは打楽器なんだよなってなる メロより前にもう完全に打楽器なんだよっていうね ビートさえ乗れれば後は何とか 音楽というかリフが勝手に始まるとか そこに付属することができる やっぱりリズムの基本にあるビートだけずっとあれば あとさっきの授業中にタイミング みんなそれってドッて笑うとか ドッてウォーって言うとかっていう時の あれ何で重要かっていうと 多分安心感がないですか コーティエンスにいても先生だとしても 一人じゃないっていうか 大きな何かに包摂されるというか 大きな何かに包み込まれるような安心感 同期した瞬間にそれが 同期するってすごいいろいろなものがそこに含まれてる 人間にとって大切なものが だからそこで例えばテレビだとかだと おーとか笑い声だとかっていうのを 作り出しちゃったわよSEとして 逆にそれはそうだって分かっちゃうと すごい薄ら寒さを感じるというか 逆に怖いな 宇宙空間に放り出されたみたいな感じなんだよね 自分だけ置いてけぼり あれ何だこれみたいな 乗れないっていう あたかも音としてはみんな乗ってるのに あきらさんに作られたものだから乗れないっていう 同期って言うとね みんなすごい哲学用語っぽくなるけど 乗ってる状態って言えばいいんですよねだからね そうだね 乗れてるとか乗ってる状態乗り 音楽用語で言うとグルーヴですよね そうだね スイングなんかもそうなんだよね スインググルーヴ グルーヴを作るために やっぱり分かりやすいのが ドラム的なリズムなんでね そうなった時に リズムの次に何が大事なのっていう風に聞かれると 俺言葉なんだよ 音楽やってた人間は メロディーの方が先行しそうなもんなんだけど どちらかというとね リズムと言葉っていうものが リズムの次に言葉だよなって思っちゃったから たぶん授業でできるようになった メロディーすっ飛ばして そうすっ飛ばして 自分の声は授業でもできるじゃん そう メロディーとハーモニーすっ飛ばして リズムと言葉だったら 授業でできるじゃんみたいなところがあって そうなのですよね だから僕よく最近 言葉と言わずに 声って言い方するんですよね 声ってある意味 だから今のちょっと矛盾しちゃうけど メロディーも入ってるわけじゃないですか声って 声は響きかな 僕もボーカリゼーションっていうものが すごい大事だなと思っていて 倍音っていうもので聞かせるっていうのとか 周波数帯の広さですよね それに何の意味があるのって言われるかもしれないけど 結構オンラインの授業のために すげーマイクとか買うのよ 声が乗せれるというか 響きが乗せれるかどうか そこ側にも こっちで再生したものが ほんの少しでも 豊かな音のまんま 届けたいみたいなのがあって その生命力を失わないように デジタルになりきらないように デジタルなんだけれども なぜビートとかリズムが大事かというと リズムって だいぶ音質が下がっても リズムだけは届くわけじゃないですか まさにモールス信号 一番情報量が少ないのに 揃ってるってことができるのは なぜモールス信号が 一番手旗信号とか 通信の電池がいろいろあるけども 電気的な信号で最初の信号は 最初は多分モールスだと思う 絶対そう トントンっていう まさにビートだけで メッセージが送れるっていう ビートと言語っていうものが 一番未来にまで届くし 遠くにまで届くんだよ 遠くまで届くし 途中の通信経路にノイズが入っても 消されないっていう メロディーとかで 声の正確性みたいなものは 途中の通信経路の制度によって 変わっちゃうけども ノイズが入っちゃうんだけど リズムって多分 基本的には 遅れで届いても 同じリズムが再生される可能性が高い そうよね そういうのって 同期して 同時にするっていう楽しさと その次にいくと お互いがちゃんと同期していると 連携プレイができるんだよね こう来たら あいつこう来るよな みたいなのが分かってやると 台湾のキャッチボールとかもそうじゃん これ言ったらこう来るよね みたいなのとか 分かっていると それでも同期しているようなもんだし 同じことを同時に言うよりも それってすごく複雑だし レベルの高い 同期法ですよね スポーツなんかもそうだし いいチームっていうのは すごい連携している スポーツに限らずだし よく背中に目があるみたいな 多分味方のフォアートが そろそろ斜め方向に後ろから 走ってくるだろうなが予期できるみたいな それが楽しいとか 充実感につながる 他人もすごいけど 自分もすごい 自分の中での同期もあるじゃない 例えば格ゲーとかやっていると コマンドが複雑だったりするのよ このコマンドをやれば あの技が出るみたいなのが分かるときに そのタイミングで そのコマンドを出したときの 気持ちよさみたいなのってあるよね 自分の中でもなかなか 頭で考えていることと 体、フィジカルのところって 同期できていないところがあって 同期できていたら多分 eスポーツもそうだし リアルにスポーツもそうだけど 上手くいくようになるんだろうけど 自分の中ですら 同期が危ういっていうのが多分あって なのに人と同期するみたいなことっていうのは やっぱり気持ちの良さ 気持ちよさだとか に直結するよね 何なんでしょうね 何のためかというと それ自体が割と目的であって だから2つの報酬があると思って 同期することに マクロなレベルで見ると 他者と同期すると 作戦とか戦略がうまくいく 狩りが成功するとか あるいは獣から逃げるときに 同調して逃げたほうが 逃げのびやすいっていう マクロな目で見ると そういう報酬があると もう1回内なる報酬があるから 多分同期するっていうのだけを目指していけば 割とそんなに間違いないというか 多分今聞いてと思ったのは システムとしての喜びっていうものが おそらく我々のDNAの中にあって システム理論の話をすると システムっていうのは 目的を共有している全体のことを システムっていうふうに言うんだけれども 何かをやろうといったときに 全員がシステムの一部として 完全に機能したときに 最短で目的が達成される あるいは目的に近づいているわけですね そこが報酬系に フィードバックされて 喜びを叶えるっていうのは 多分宇宙の報酬に近いんじゃないのかなと思う 物理でいうとコヒーレントっていう 波が揃って 同期するを違う言い方で言うと 波の位相が揃う レーザーとかそうですよね 波の波長があるんですよね 位相が揃ってるから強い光になるっていう あれがバラバラな光だと 全然強い光で遠くまで届かないけど まさにレーザーって確かあれが 全部位相が揃ってるから 遠くまで届くし 強い光の束になるっていう 僕がすごいお世話になった先生の一人で 清水博士先生っていう 東大の名誉教授の方がいらっしゃるんですけども 清水先生はまさに コヒーレントな関係っていうものの中に 雑用ではなくて 予想というシステムがあるんだっていうことを ずっと訴えてらっしゃるんだけれども 関係の中にコヒーレントが生じてきて コヒーレントが全体を動かしていく 子がコヒーレントなことを意識していると 全体すら動かしてくる 僕は昔から革命的なものだとかっていうことを 諦めないっていう思想を持っているので アナキズム的に考えても コヒーレントってことを考える すごい夢があるというか しかも下からの動機性ですよね 上からトップダウンで旗を掲げて これが理想なんだって 上から言葉で与えるんじゃなくて まさにフォークダンスとか棒踊りをやってたら だんだん人が多くなってきて ぐるぐるが強くなってきて 気がついたら社会システム全体が おはっくしちゃって もう別の共同体になってないみたいな そうなんです 設計してないのに 設計したかのような 誰かが革命を起こすきっかけになるリーダーがいたんじゃないの? リーダーはなくて 真ん中に空いた中空構造があって ぐるぐるしてたら 社会ができちゃったみたいな だからコヒーレントってことを説明するときに 下腹すげえなっていうのはあって コヒーレントを体現した代表例だろうな 揃っちゃったって感じで 波が 揃える気だったよね 8人とか10人とか それぐらいの人数が揃ったら 世界が動くんだぜっていうぐらいの コヒーレントさっていう コヒーレントの力パワーみたいなものっていうのは すごい なんていうのかな 希望的というかね 希望的な上に現実的だったんだよね まずはそれぐらいの集団が同じところ向いて 一緒にしばらく活動するっていうことが 世界全体を買い得るんだよっていうような ことっていうのはあるよね 同期っていうよりも 僕やっぱりコヒーレントって言葉になるなーって 波が揃っちゃうみたいな いいですね コヒーレントは俺もすごい好きな言葉 辿り着くでしょって感じじゃない 結構基礎学者を立ち上げた頃 10年ぐらい前って すごいコヒーレントコヒーレントって言ってたんだけど それこそイベントとかでコヒーレントを テーマにしたイベントとかもやったことあるんだけど なんですかそれって 変わんないよねコヒーレントは絶対伝わんない シンクロ的だと思う そうなのよ だからやっぱり言葉を変えないといけないなー っていうのはあったんだけれども 理系の人だけが伝わるんですよ コヒーレントって 波が揃うって 強い波になるやつねみたいな 発祥とか解説とか ここ物理とかで慣れてる人は コヒーレントねって多分 物理もそうだし 生命なんてそもそもリズムなんだよね バイオリズムっていう言葉がある バイオリズムって日本だとちょっと怪しい感じになっちゃうから あれなんだけど 波動も怪しいもんね そうそう波動も怪しいんだよ 難しいんだよ だからウェルビーイングとかやってね 幸福を科学するとか言えないんだよ 危なくて だけどそこを超えてね そういう風に考えるっていうか 分離関係なく サイエンスとしてそういう風に捉えていくっていう フェーズに来てますからね そういうこと最近の 講演会とかで僕もいつも言ってるんだけど SWGsの次の方向性って 大体決まってるわけで SWGsになるであろうっていう風に 世界は動いていると じゃあ サステナブルに デベロップメントするって本当にいいの? っていうそのシンプルな 我々も疑問点が あるわけですよね サステナブルにしたいの デベロップしたいの バキーンってスロットルでつけちゃうよ 結局なんか俺もよく 社会ビジネスってどうなのとか言って ダメ出しされるけど ダメじゃねえんだよと スケールした先にお前らそれ何があるんだ っていうのが僕の主張で もちろんスケールした方がいいものもあるよ だけど教育ってスケールすべきものなのか 個別最適化に向かうものなんじゃないの それぐらいの 場を守るっていうことがあるよね そういうことさっき言った 8人とか10人とか12人とか それぐらいの人間が起こしている 個別最適化っていうものが 本当に良かったら それは革命を起こすきっかけになるのかもしれないし そっちだよねっていうのが ずっとあったから だからそうかスケールするって言葉を 使いたくない人が間違ってると 僕らは思ってるから だからコヒーレントって僕ら言ってるのかもしれない コヒーレントある意味スケールしていくわけじゃないですか 連鎖して コヒーレントなら連鎖 違うんじゃないスケールっていうのは デジタルに規削してる 拡大してる だからピッチして 指で無理矢理広げてるみたいな 拡大コマンドで拡大してる感じなんだよ スケールって 拡大してもベクターデータだから いけますよねみたいな そういうことじゃない ベクターデータを作りたいじゃない 解像度の高い 情報量のあるものっていうのが 拡大しなくても 解像度がめちゃくちゃ高いから 勝手に 連鎖していく じゃないの 結果的にっていうのが 求めている形の 大きくなるんだとしたら その方向しかない 大きくならなくてもいいし みたいなところだと思うんだよね ベクターデータを作って これでスケールできるシステムできました じゃあスケールさせましょうみたいな 拡大方針っていうのが 生命としてピンとこねえな っていうところがあるわけじゃん なんか のっぺらぼうなんですよね スケールとかいうと 無国籍的だし 生命の香りがしない 生命の匂いがしないんですよね でもコヒーレントっていうと めちゃくちゃ生命の匂いがしながらも いろんなものが巻き込まれていくという スケールしちゃうと 追いかぶされるような感じになるし あれは ベースにされてしまうというか インフラ化してしまうというか スケールって言葉でおぞましいというか マガマガしいかというと ゾンビとかクローンとかコピーみたいなニュアンスが 感じるんですね コピーに近い 一人一人の個性を保ったまんま 紐づけてほしいわけですよ 紐づいてほしい 根を下ろしてほしい 植物的な感じがあるんだよね コヒーレントっていうのって 身体は別だから 何か揃ったら向こうで 同じシグナルを 元に動けるみたいな ただ全く違う生命体として だけど同期はしてるみたいな その同期状態っていうものが まさに俺は フロー理論なんていうのは バト同期したからフローになる ゾーンに入るのもそうだし そうなってくると これを怪しくない キーワードで持ってくんだったら 同期して画面からもう一回 墨上げて アホダンスから始めて コヒーレント ミラーニューロンですよ マジカルなものはできる限り排除して 科学的に言うと 同期をした体験を あれマジカルだったねって感じるわけ とんでもなくマジカル マジックってのは とんでもない人知を超えたようなことが マジックなはずなのに ただただ同期しただけで あの瞬間マジカルだったよねって 我々は思える感性を持ってる だからダニエル・カーネマンが そういう同期体験っていうのが 一番幸福として 記憶に長く残るんだ っていうことを言ってるんだけど ファスト&フロー やばちゃんと読まなきゃ カーネマンが言ってんだよ どの本で言ってたか忘れちゃったけど だからそこなんだよね それって言うのは例えば 坂口アンゴが 踊りみんなでやってる あれって魂の共有だよね 結局みんな言ってること同じなんだよ でその合わせるための 方法 技術として 音楽っていうものがあって 多分ピタゴラスだってそうだったはず 共和とかね ピタゴラスとか ウェルビーンのためには 数学的な秩序を追い求めなければならない 全くそのことを言ってるのが ピタゴラス教団だったはず 意外とそういうウェットなものを 求めてたりするんですよね プラトンの国家とかだとどうか分かんないけど 我々が感じるウェットってのは さっきのほら スケールにはウェットさはないのに コヒーレントにはウェットさは感じるわけじゃない 何をもってウェットって言うの? っていうところ じゃあそれをデジタルと 共存はできるの?できないの?みたいなところ ってのは多分これから向き合っていかなきゃいけない 俺は別にデジタルであろうとウェットにできると思ってるから 同期すると小さな奇跡が起こったって感じるんですよね マジカルなんだよ そこにマジカルだと思えること自体を もうちょっと掘り下げた方がいいんだよ だからそれをあえて怪しい方向にいくと ユングのシンクロニシティになるんだよね いやいやそうそう もうちょっと言葉尽くさなきゃだめだよ ユング先輩みたいな感じ気がするんだよね 俺だからだけど 言葉尽くせなかったところが ユングパイセンの素晴らしいところっていうか リアルなところではあるんだよ エリアーデは先輩じゃなくて エリアーデ先生はやっぱり妹として ちゃんと人と落ち着こうとして エリアーデの方が上の 上位階層にいる 俺結構ユングパイセンと エリアーデパイセンは 両方パイセンとして やらかしてるなって 同じ感じだけどね 俺どっちも同じくらい 真面目だと思って見てる エリアーデの方が もうちょっと禁欲的な気がする 言葉を尽くすというか 禁欲を良しとするか良しとしないか どっちがリアルと思うかっていうのは 感性の問題じゃん 彼らの主義というか 身体性がああいう語り口 あるいはロジックの飛躍の仕方 エリアーデは 本当に根から ちゃんとサイエンスっぽい 感性を持ってた人だから どんなに怪しいことも ロジカルにしなきゃ なるはずだ 理論があるはずだ 解明ができてないだけ ユングはないかも ワンチャンないかも しかないかもしれない この深淵は 飛び越すしかないかも そうなんだよ 怪しければ怪しい ただ怪しいだけの人と 怪しいがゆえに奇跡である 奇跡に大胆である っていう人っているじゃないですか エリアーデ、ユング、白川静岡さん 大胆じゃん だけど奇跡じゃん 真実だしね なんだろうね 主役の部分を ちゃんと埋めていく人たちだよね 暫定的に今は埋まんないけど 埋まるはずだみたいな 感覚があるのかな ちゃんと埋めようとして調査もしてたし そこら辺はすごいと思うよ ユングの場合はものが 心理学だったから 埋まるのかどうかよく分かんない それで埋まったと思っていても 埋まってない感覚がある 特に時代的なものもあるかもね ジャンルの問題は あるね それで言うと 今ので言うと 中澤新一は何なんだろうね 中澤新一は 日本人だからさ 日本流なところを 自然に前提としてる っていうのがあるよね どう評価していいかが 分かんないな中澤新一 俺中澤新一はすげーなーと なにその微妙な言い方 俺も 微妙不透きの ちょんちょんがついてるすごいなと思い 俺カイエソバージョンとかほんとすごい あのシリーズは なんだけど 中澤新一の議論を 俺が解説しづらいんだよね 俺は体感としては分かるんだけど どういうロジックで 人に説明すりゃいいのみたいな あとちょっとほら色もついちゃった ところがあるからさ 90年代後半のね だけどやっぱり 民族学 文化人類学の文脈で 柳田がいて 織口がいて 少なくともその二人を下手を得て じゃあ中澤どうなのっていう話 話をしていかないと 多分ダメで もちろんその間にいっぱいいるわけだけどね 少なくとも 織口を経てっていうところ 俺すごい大事だと思っているから そこ 時間が必要だから あの領域文化人類学って 何よりも時間が必要なのよ 哲学的直感ってあるじゃない 哲学のことを ちょっと考えたりとかしていると 文化人類学的直感って 否定されるんですよ やっぱり時間かけて 現場行かないとわからないよね っていう当たり前のフィールドワークも そうだしさ どうしても 覚悟がいるというか 人生をかける必要があるというか 俺は民族学 すごい好きだったから だけど本当に時間がかかる これや っていうところで あんまり語られていないところは あるんですよ 松岡誠吾は織口忍がめちゃ好きだったのよ だからとりあえず織口読めって 俺も最初の頃に松岡さんに言われて で 織口を読んだんだけれども 確かにすげえなって 柳田のすごさってわかりやすいのよ すごいすごい ほんまやみたいな すごいことやったな 織口って多分入り込まないとわからない わかりにくいすごさなんだよ だからこそ織口通らないで 柳田から 中田氏みたいにすっとぶ人 多かったと思うんだよあの時代ね そこの間をちゃんと やるべきなんだろうなとは 分かりつつ めちゃくちゃ時間かかる覚悟はあるし 他にやらなきゃいけないこととかやりたいこと やるし中途半端に できることでもないし さあどうするみたいな 領域なんだよね なんかちょっとその話 最近 指定関係の兵符が途絶えていません? 多分それって研究のアカデミアの 一つのトレンドだと思うんですけど この師匠について その方法論はこの師匠から学んだみたいなことが 許されない空気みたいな 学会の教え方にのっとってないとダメみたいな そういう意味で中田真一って学会的じゃないじゃないですか 謎のところにいるというか 多分河合ハヤムさんもそういうところに 白川静香もそうだし そういう人たちのフォロワーというか これがこの人が私の師匠です みたいな系譜っていうのが 若干今途絶えてる気がする 俺はそれを最後にやり残したのは 松岡誠子だと思う アカデミックから 距離を置いて でもまあ 例えば僕だったら 僕はあなたの弟子です いいよそれで 認めてもらってるわけだから その姿勢っていうものもちゃんと考えていたし でも彼は弟子になるっていうのはさ 勝手になればいいんだよ ってすごい主張してたわけで 別に師匠に認めてもらえないから 弟子ってことでもない みたいなことは言ってて 確かに俺もじゃあ心の師匠はプラトンです って言ってしまおう 認めてはもらってないけどもね っていうのはあるわけで 確かに 誰を師と仰ぐのかって 自由なんだよ 自在に選べばいい話で でもそれをなんか アカデミックの世界って 何年どこの学校で 誰に指示してたんですかみたいな 経歴みたいなところが それってさ シンクロと違うじゃん いや瞬間この師匠と シンクロしたんですよ それが同時代に生きてたんじゃないのにもかかわらず シンクロしたんですよ っていうのが 俺で言ったらプラトン完全にそれだったわけで それで不登校だった自分は 救われたわけだから プラトンとユングに救われたのよ だからそういうのをもっと堂々と 言っていいよっていう空気にするだけで 指定関係って変わるよね その感覚って あたかもプラトンの内側から プラトンがどう見てるかが見えちゃったって感覚? 一緒だなと思ったんだよね 同じところめっちゃあるんだよね こんだけすげえ何千年も残ってる 名前が残ってる人と 多分同じこと 思うよね こうなったらこう思うよねとか やるよねとか 僕それめっちゃウィトゲン時代に思う そうだよね そう思いましたよねって 僕もウィトゲン時代には思うな 本当そう思うんだ 生き方含めてね そういう意味でやっぱプラトンは 最強に一番最初に 一番できた人だし 同期がなぜ人類にとって必要かというと 同期すると マネブっていうことができるわけ そうそうそうそう まさにミラーニューロンだよね よくわかんないけど この人がすごいなって思う人に 体が同調すると 釣りでもいいし狩りでもいいけど 自然に似るのよ マネブっていうのは マネようと努力する話ではなくて マネちゃうのよ うまいことマネられるようになっていくわけじゃん だから同期すること 自体がマネブこと なんだよね そうか 最近さ 小村ひろしさんっていう 課人の本読んでて 僕らは生き延びるっていうことと 生きるっていうフェーズがあるよねと それをメタファーで言うと 新聞記者のように物を考えたり述べる時と 詩人のように考える時があるよね つまり雨がひとひと降ると しか言っちゃいけないような文脈と 雨がどんどんどんと降ったんだ って言いたくなる時って僕らの心の中には 両方あるよねと それが新聞記者のように 誤解の余地がなく誰にも伝わるような表現をするが 生き延びるっていうモードであると かたやまさにベルビングみたいなものって 生きるっていうこと 詩人のように世界を捉えるみたいな そういうものがあった時に なんか 同期っていうのはあったかも ある意味生き延びる側の必要性 つまりそうすると 指導するとか教育するっていうのは勝手に 回り出すからっていうマクロなレベルもあるけど なぜか知らんけど 同期すると単純に心地が良いっていう プラスもあるわけですよね なんか多分これを 両側言いたいんですよね 同期することのエロチシズムというか それはねすごい大事だね これさ ビジネス文脈とか同期するとほら 学ぶっていうか 効率が上がるよねとか チームのチームビルディングの精度が 上がるよねってこれ言うだけだと 同期をそれだけを言うなっていう もっと同期にはもっと 生々しいイベントが ワクワクする まさに俺は 何したかったのかって 同期した時から音楽やってた 同期したから授業してる それでしかない なぜ教育やってるんですかって 同期が心地いいんですよっていう 回路がつながるはずのない 年齢も違う前提知識も違う 子供たちとか教室がバチン っていう風に通電する瞬間が あるっていう そったく同時みたいな言葉が 確かってる気がするけど そういうことだよね 割とだから みんな教育何でやってるんですか それっぽく語るじゃん でもそれ生き延びる側の 新聞記者的な語りであって 意外と人間が引き寄せられるのって あれめっちゃドキドキするんですよ つながった瞬間めっちゃ心地いいんですよ みたいなものの方が 意外と今の時代人を巻き込む気がする まさにコフィーレントになる 気がするんだよね もうその通りだよ コフィーレントを目指すのは 多分これから先の サスティナブルなウェルビングって 何なんだって言ったら コフィーレントをどう感じていくのか っていうことだよね コフィーレントが起こりやすい場をどう設計できるか コフィーレントのアフォーダンスをどう作れるか いやもうそこだよ それでしかないね だってコフィーレントになったら 俺たちってパフォーマンスが 俗人が持ってると思ってるパフォーマンスを 数倍のエネルギーっていうかパフォーマンスができるんだもん 人類はそうやって生き延びてきたんだよ だからコフィーレントで AIに負けるようなことがあったら 水をあげられるようなことがあったら それこそもう そうじゃない限り AIがどれくらい進歩したところで いやコフィーレントじゃん っていうところで我々が負けるのか って言うと 本質的に構造的に負けようがない 我々は フィジカルな存在だからね 仮に負けるわけがないって 僕の今感覚としては なんで負けることがあり得ないか だって俺たちが楽しいか楽しくないか だけだから AIがやってくれますよって だから生産活動をやってもらうけど 俺が心地よいっていうのは AIに代替されないっていう そうなんだよだから結局ほら うちの生徒たちにさ じゃあAIに何を相談します みたいなのをしたときに AIの答えなんか知りたくないですとか 正解が知りたいわけじゃないですから 彼らが言うっていうのは まさにそれを 分かってるわけじゃん 体で だからそういうことを言うわけであって そうすればもう違う存在としてね あるわけだから脅かされる必要は 全然ないわけでね 別でしょっていう別系統というか さあそんなわけで 熱くなりましたけど 今日これ 久しぶりにすっげえ ゆるくなかったぜ 多分 いやでもねチーさんは チーさんの方が 大切しようとしてた今日に関しては 俺の方がね 俺の方が小林秀夫だった 飛んで飛んで飛んで 回って回ってた なのでちょっとね メッセージください あれ何だったの みたいなのがあったな 来てた来てた しかも真似ぶっていきなり言わずに 学ぶことができる真似ぶことが これもちゃんとね 俺はね聞きながら分かってましたよ 今日はチーさんが解説してくれてるな っていうのは分かってましたよ コフィーデンとしか言えない 俺がちゃんと何が揃う それをイメージできるじゃん 物理学の概念だから 位相が揃うっていうのが正しい表現なんだけど 反省してる 反省しましたよ なんで反省したかというと それはだってね皆さんと同期するためには ちゃんと解説する必要があるから そこだけど 強く同期してるのを目の当たりにしてもらう っていうのも多分コヒーレントの 重要な条件なんですよ あそこ盛り上がってんなっていう なので 今日結構大事な話しましたね いや結構エポコメイティングな なんかね 共通言語として 僕らはコヒーレントであるとか同期するっていう そうねちょっといよいよ 一つ集約 いろんな話してきたけども コヒーレントっていうのを今日は感じた日だったので グルーブとかスイングとかね そっちを優先させていただきましたけど だとしたら これを皆さんに共有するために これからいろいろやっていこうかな っていうところになって 具体化? こういうのって非常にコヒーレントな 授業の教育実践だよね 面白いね ここの授業ってコヒーレントっていうのを サンプル集めるとかね これコヒード5だよね いいと思う その辺を皆さんと共有して 同じツールとしてね 一緒に使えるようなことを 考えていきますので そんなもので 今日はちょっと熱くなりましたけれども ここからまた新たなスタートということで また続けていきたいと思います というわけでお送りしたのは ヤハギと 近内でした 皆さんお疲れ様でした もっと見る #教養 #シンクロニシティ #リベラルアーツ #近内悠太 #矢萩邦彦 リベラルアーツ探究実践Radio矢萩邦彦|ArsCombinator40:341.【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』シンクロ編コメント感想・質問・応援メッセージを書こう yuki saya2025年9月24日こんにちは!今回も楽しく聴かせていただきました!運転中だったこともあり『…コヒーレントって…何?』と調べられないまま聴いていたら近内さんの解説が入ってようやく追いついたと思った直後、どんどん大きくなるおふたりのコヒーレントがこちらに届き、私もコヒーレントしている‼︎という感覚に!(使い方合ってます?)…サーフィンをさせてもらったのでしょうか!?たくさん笑いました!スケールじゃないコヒーレントだ、という話などなど熱くって。とにかく楽しくなっています。最後のお話含め、引き続き楽しみにしています!1返信
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運転中だったこともあり『…コヒーレントって…何?』と調べられないまま聴いていたら近内さんの解説が入ってようやく追いついたと思った直後、どんどん大きくなるおふたりのコヒーレントがこちらに届き、私もコヒーレントしている‼︎という感覚に!(使い方合ってます?)…サーフィンをさせてもらったのでしょうか!?たくさん笑いました!
スケールじゃないコヒーレントだ、という話などなど熱くって。とにかく楽しくなっています。
最後のお話含め、引き続き楽しみにしています!