TOPトーク専門家リベラルアーツ探究実践Radio【対談】知窓学舎放課後職員室#5[年末ふりかえりスペシャル]32:42 2025年12月31日 88再生 問題を報告する 再生する シェアする 知窓学舎塾長 矢萩と副塾長 前田が授業後に知窓学舎と教育界について話す新コーナー。いろいろあって5ヶ月ぶりの放送ですAI目次偶然を活かすキャリアと教育の共通点一線で活躍する講師陣の価値とは学校を離れて見えた教育現場の現実書籍を通じたリベラルアーツの伝わり方文化創出と多様な繋がりへの挑戦AI文字起こし(β版) # 【対談】知窓学舎放課後職員室#5[年末ふりかえりスペシャル] はい、みなさんこんにちは。 こんにちは。 というわけでですね、地層学者塾長の八木です。 そして? 副塾長の前田です。 はい、というわけで。 ご無沙汰しております。 そうですね。 地層学者放課後職員室、始まってから、しばらくしたらなんか、なくなりましたよね。 これちょっとどういうことだったのかっていうのをちょっと発表を兼ねてお話していただければ。 はい、改めてお久しぶりです、前田です。 えっとですね、多分前回のこの放課後職員室の放送が7月だったと思うんですが、 8月からですね、しばらく育休をいただいておりまして、育休自体は産後パパ育休で、 あれですね、1ヶ月ほどで、その後仕事には復帰していたんですけれども、 なかなかこっちの放課後職員室の方に復帰するタイミングを意思でズルズルときたまま、 気づけばもう2025年も年末という、そういう時代でございます。 実は今、地層学者の登記講習真っ只中で、隣の教室では、一応今年最後の授業なのかな。 はい、今年最後の授業が今まさに。 まさに行われている最中でございますけれども、隣の教室で我々が一応1年の総集編振り返りをやりましょうということで、 突然生放送を始めているんですけれどもね。 ちょっと総集編らしい話をしたいんですが、何からいきましょうかね。 何からいきましょう。まず、今年の2025年、やはり先生もそうですし、私もそうですし、 地層学者全体としては多分いろいろあったかなと思うので、ちょっと1個ずつ。 トピック多かったですね。 多かったですね。今年は本当にいろんな変化もあったし、チャレンジもあったしっていうところで、 ちょっと振り返りと、どんな面白いことだったかみたいな話を共有できたらいいかなと思ってはいるんですが。 そうですね。一番印象に残っているのは何? 一番印象に残っているのは、今回は地層学者広告職員室なので、地層学者としてやっぱり振り返れば道があるというキャリア本を。 今までヤハギ先生の本とか、私の本とかっていうのはもちろんあったんですけど、 地層学者のコーススタッフみんなで一つのアンソレージを作ったっていうのはすごく今までにないチャレンジで面白かったなと思ってます。 そうですね。地層学者もそうだし、この地層学者の運営部隊は株式会社スタジオアフターモードっていうんですけれども、 設立の理念が、要は普通の会社って会社の看板を背負ってみんな活動するんだけれども、我々の理念というのはそうじゃないんですよね。 会社の看板を背負うんじゃなくて、それぞれの看板であると。 で、同じ組織であるとかに所属しながらそれぞれの看板で戦っていて、 この人たちって同じ組織に所属してるのって後でみんながびっくりするみたいな、そういうスタイルをずっととってたんですけれども、 地層学者はまだまだそういう活動が少なかった中、ようやく一人一人にスポットを当てたことができたかなっていうのはちょっと大きかったかもしれないですね。 そうですね。やっぱり今まで、今もそうかもしれないですけど、どうしても地層学者って立ち上げで今年丸10年経って11年目に入ってって感じですよね。 そうですね。 でもその中でやはり矢萩先生が塾長として立ち上げた塾で、地層学者といえば矢萩っていうところがあった中で、 じゃあ他の講師どんな人がいるの?みたいなと思って、なかなか今までアウトリーチできてなかった部分もあるなという中で、 改めてそれぞれの人にキャリアに関する文章を書いてもらって、それを一冊の形にまとめたっていうのは、 改めてどういう講師がここの一緒の船に乗ってくれてるのか、何を面白いと思ってるのかみたいなことが共有できるいいきっかけになったなというふうに思ってます。 そうですね。やっぱり僕もキャリアの仕事だとかもキャリアコンサルティング技能士の仕事をしてるんだけれども、 キャリアというものと教育というものは本当に同じなんですよ。ほぼイコール。 なんだけれども教育の中でキャリアの話をするとどうしてもちょっと固くなるというか、将来の職業が云々とかっていう話になっちゃうんだけれども、 実際キャリアというのはそんなことでもないし、今回振り返れば道がある、来年から皆さんのお手元にも届くように整備していきますけれども、 中でも結構みんなが語ってるのが、やっぱり振り返った時に道があるものなんだよねっていうタイトル通りの、 クランボルツっていう研究者が、キャリアの8割は偶然でできているっていう理論を言ってるんだけども、 まさに僕なんかも結局振り返ったら、あれとあれとあれがたまたま重なってこういう選択したから今ここにいるわけで、 ここを目指して戦略的にバックキャスティングしてたかというとしてないんですよね。 でも教育の世界でキャリアって基本的にバックキャスティングばっかりさせるし、 そうじゃないぞとフォアキャスティング的な、僕植物的っていう例えをよくするんだけども、植物って成長した後どういう風に根が伸びていって、 どういう風に枝葉が伸びていくのかって分かんないんですよね。環境に合わせていろんな形になっていく。 多分人間のキャリアってそういう風になっているから、もっと自由に今を生かして偶然を楽しんで偶然を生かしていくような、 そういったマインドを作る教育ができればいいなあと思いますよね。 まさに地層学者って講師の公募をしてないっていうことでもおなじみというかも。 そこもじゃあ講師の公募してないのになんでたまたま地層学者で授業を受け持っていただくことになったのかみたいなのも本当に偶然だったりも、 偶然を必然にするっていうのはその時の瞬発的な直感だとか選択なわけじゃない。 僕は偶然をちゃんと取り込んでいくということをやるためには、組織もそういう風に作っていかなきゃいけないと思うのよ。 公募をするってすごくバックキャスティング的なんだよね。 今ここで足りないから集め、そのために集めますよということですね。 たまたま知り合って、たまたまどこかで一緒になって、あるいはたまたま誰かに紹介されて、 じゃあ一緒にやりましょうよっていう風に言ってやり始めます。 その時に、じゃあこのメンバーがいるからこれができるよねっていう風に方針を決めていく。 すごい自然だと思うんだよね、その方法って。 今までは割とヤフギさんはいろんな肩書きを持っていて、 それを全部束ねる形でアルスコンビネーターという形でいろいろされてるっていうのは多分もうだいぶ皆さんの知るところになってきたとは思うんですけど、 実は同じ地層学者という船に乗ってる人もいろんな偶然を経験して、 その中で地層学者にある意味賭けてくれて、面白いと思ってくれてっていうところが、 今年ちょっとそういう同じ方向、この皆さんと一緒に向けてるんだなっていうのを実感できたっていう意味ですごく価値のある1年でしたね。 それね、同じ方向たまたま向いてるな、それで選んでくれるっていうのは、 講師もスタッフもそうだけど、うちの生徒もそうだよね。 宣伝、広告宣伝品、ゼロ円形状の塾なので。 今のご自身この塾あんのかって感じですか? ないと思うよ。何の参考にもならないって言われるもん、話しても。 真似できませんって。 でもそれでやっていけてるっていうのは本当にありがたいし、 やっぱり信念があったりだとか、みんながそういうふうに面白がって怒ってくれてるからできることだなと思うし、 だからこそ生徒たちに伝えられることってあると思うしね。 もっと増えていけばいいな、こういう形いいと思うんだけど、難しいだろうなとも思うし。 そうは言っても関わる大人、講師もそうだし保護者の方も、 そこが面白いと思って信じて船に乗ったはいいけど、やっぱり船に乗って不安みたいなところも当然あると思うしね。 大手じゃないとか、このやり方で本当に大丈夫なのかみたいなのもあると思うので、 そこを一緒にやっていくみたいなところはどうしても保護者も信じに近いものが必要ですし、 我々もそこを一緒にちゃんと同じ方向を向いて支えますよっていうところも必要ですし、 それは本当にどっちも誰にでもできるっていう。 何を信じるかだと思うんだよね。 地層学者の場合は社会で、地層学者以外の場所でちゃんと一線で活躍している社会人ばかりが集まってるわけですよ。 そういう意味では高山さんの飯具が食える大人になるじゃないけれども、 しっかり社会人としていろんなところで活躍している人から学ぶっていうことは一本あるわけですよ。 一方で大きな塾だとかっていうのは、カリキュラムだとかはあるかもしれない。 テキストは揃ってるかもしれない。 だけど先生たちがどうかっていうと、やっぱり学生のアルバイトさんが多かったりだとか、 あるいは先生しかやったことがないっていう人だとか、 あとは僕はずっと大手塾にもいましたんで、 結局自分でやってる仕事で食えないからやってる人が多いんですよ。 だから僕から見ると、キャリアコンサルティングの立場から見るとね、 一人立ちできてない人がなんとか食いつなぐためにやっている塾講師という仕事。 じゃあそういう人たちから学ぶことによって社会に出て活躍する力が養われるかっていうと無理じゃないかって難しいだろうと思うのね。 だから目の前にあるカリキュラムを回すのはできると思うけれども、 じゃあ本当にこの変化の時代、予測不可能な時代に豊かに生きていくための力っていうのはどういう風に学んでいったらいいのかなって。 もう答えがないわけですよ。 正解はないけれども、今やってる人と一緒にいるっていうのがたぶん一番正解に近い。 今楽しく生きてる。今この予測不可能の中でちゃんと活躍できてる。 その人が何を見て、何を喋って、何を考えてっていうことに触れる時間が長ければ長いほど、たぶん身になるというかね。 意義深いだからね。 そういう場所っていうのはね、思想学者はもちろん先頭を切ってやっていくけれども、 そうじゃない僕が関わっている場所もそういう風に引っ張っていきたいなと思いますね。 私自身、この2025年に学校の専任の職を外れて、 学校には半分外側から関わるような形になって、 思想学者の母体であるスタジオアフトモードの社員としてという形にはなったんですけど、 やっぱりそれの肩書き変わってずっと始まる時に、 いかに自分が学校、授業で終わらせる教科書、カリキュラムみたいなものに安住してたかみたいなのは、 結構思わされた部分はあって。 もちろん学校の枠内でいろいろ私自身も今まで、 社会科の教員として自由に試行錯誤しながらやってきた蓄積があるとはいえ、 今そこを離れてみた時に、 学校って何にも考えなくてもなんとかなっちゃう場所だったんだな、みたいなことをすごい思った1年でした。 だからやっぱり最初すごく不安もありましたし。 不安の代償に自由があるみたいなところもあるし、 やりたいことができるっていうことと、やることが決まってるってことはどうしても追い概念みたいになっているから。 まさにそうでね、結局学校だとか塾もそうなんだけれども、 1年回せちゃうと永遠に回せるんですよ。 これね、教育の現場って、教育以外の仕事をされている方からはえぇって思うかもしれないけれども、 例えば上手くいかなかったり失敗したりとかしてしまう。 そうしたらそれ改善しなきゃダメじゃないですか。 だけど教育の現場って、どんなに生徒からクレームが来ても上手くいかなくても、 なんとか1年乗り切ってしまったら、生徒の方が変わっていくんですよ。 だから同じことをやり続けて、毎回ギリギリで乗り越えていって10年、20年やってる人たちっていうのは結構いるんですよね。 もちろんね、今は変化のスピードが速くなって、それじゃいけないと怖らかに叫ばれてはいるものの、 でも、いざ中身を見れば、まだ10年前のプリントを使ってますみたいな。 そうなんだよね。10年前のプリントを使っている先生、めっちゃ多いよね。 多いです。 多いよね。たまにいるとかそういうレベルじゃないよね。 まだなんか、ちょっと中身アップデートされたりとか、小幅な改善を加えられてるんだから、 良い方で、本当に10年前まんまみたいな先生とか、申し訳ないですけど、 私もリアルに見たことあるので。しかも1人2人じゃない。 ないですよね。 本当に歴代の生徒に、あいつヤバいよなって言われ続けてる先生。 自分の企業だったら、全然ダメなわけですよ。成り立たない。 それはね、学校の教育が終わってるとか言われたら、申し開きできないなみたいな気持ちになっちゃう。 さすがに、こんだけ社会の動きが速いと、それじゃ立ち行かなくなるから、 少しずつ改善せざるを得ないというかね。 そこに、感度が高い先生は、相対的には増えてきたなという。 増えてる。すごく増えてると思う。 もちろん組織の中でなかなかすぐに変えられなかったり難しかったりしても、 そういう先生と共に同じ組織でやっていけるっていうこと自体が結構救いになったりする部分があるので、 まさに誰と同じ方向を向いてやるかみたいな。 そういう同士が同じ場の中でいれば、主戦場は学校だろうと、 学校外の教育機関だろうと、いいのかなと思ったりします。 でもやっぱり不安というか、結構私自身、戦に離れたときに、 自分の武器が最初何かみたいなことをやっぱりすごい思って、 自分の武器っていうものだけで戦おうとして結構しんどかったのが最初やっぱりちょっとあったんですけど、 それこそ、その組織の中で全体でどう振る舞うかもそうですし、 誰と一緒に面白いことをするかとかっていうふうにちょっと考え始めてからはいく分際立って。 だから仲間のリソースをどう生かすかっていうところがあるからね。 まさにこれからの時代はそういう生き方っていうものがもっと増えていかないといけないなと思いつつ、 まだまだ学校教育もね、変わり始めなので。 今変わろうとして、努力したりいろんなところから情報を得たりいろんなところと繋がろうとしている先生ほど、 逆に過渡期だからしんどいっていうのはね。 しんどいよね。全部かぶさってくるからね。 そうですね。 責任もかぶさってくるし、期待もかぶさってくるし、 なんか失敗したら責任を取らなければいけないような感じで、 みんな自分はやらないで様子を見ているみたいな人たちも多いし、 そうなんですよね。 めんどくさいから全然手を出さない人もいるし。 補修的な人も多い業界だからね。 そうですね。 あとやっぱり先ほどね、思想学習の場合は、いわゆる攻防をしないみたいなのがありますけど、 学校って逆に言うと、誰が持っても同じコマを回せなきゃいけないっていうのがあるから、 どうしても攻防をしなきゃいけないし、丸々死人っていうのもお金糸組織としてはやれないし、 学校部文書も部活動も変えると、やっぱり口では言うものの、 いざ本当にそこにメスを入れようとなると、ものすごいエネルギーを使うので、 本当にそこの部分に切り込んでできているところは、 名だたる学校でも本当に少数派じゃないかなと思います。 まあそうね。 でも少数派でもそういう学校が少しずつ増えていけば、 真似する人たちも出てくるだろうしね。 まあちょっといい風には進んでるけれども、社会のスピードの方が早すぎるから、 だいぶやっぱりこの過渡期、子どもたち、生徒たちが割を食うというか、 それでも学校で間に合わない分、我々みたいに民間も含めてやっていくということをやっていかないとね。 ということで今年は戦ってきたわけですけれども、 振り返れば道があるの話ですよ、ここまで。 あとトピックとしては何ですかね。 今年一年総学者的なトピック。 総学者的なトピックは、 あとは講師陣のものの出版がそれなりにあったのと、 でも思想学者の中には、私が正社員になった以外は、 実はあんまり大きな変革とか改革みたいなのはそこまでなくて、 ちゃんと中身を充実させるみたいな方に向いてた一年だった気がしますね。 僕ね、改革派みたいな、改革者みたいなふうに思われることがあるんだけれども、 基本的には同じことを永遠に言ってる人なんですよ。 僕の古い知り合いとかも30年前から同じこと言ってんなって、 だから言ってただろうみたいな。 言ってたんだけども、例えば探究探究って30年前から言ってたのに、 その時は何言ってんだこいつみたいな感じだったけども、 今から7,8年くらい前から探究っていう言葉が出始めたみたいなところから なんか経論が変わり始めたりとか、今だったらリベラルアーツもそうだけれども、 やっぱり改革してんなって思われる人って、ずっと同じこと言い続けてる人だったりもするから、 信念を持ってやっていくっていうのは一つ重要なんだろうなと思いますよね。 だから別にトピックじゃないけれども、新しいことをやるのはライフワークだし、 本を出すっていうのもライフワークに近いじゃないですか、我々にとっては。 だからそれを淡々とやってんなっていう。 だから外から見るとちょっと動き的に派手に見えるかもしれないけれども、 ずっと同じことを言いながらいろんなことをやってますっていうところよね。 そうですね。今までの理念のままずっと世相学者の10年、11年やってくる中で、 例えば今月ですね、正解のない教室の文庫マンの方も大幅に増後改定していますけれども、 そういう形でメディアだったり、露出の形が増えてきたりということはあるとは思うんですけれども、 でも訴えていること自体は大きくは変わってないかなという。 そうだね。日本をよく表している今回文庫家になったなと思うんですよね。 もともとの単行本は朝日新聞出版から出して、文庫版が日本経済新聞社から出るっていう。 左から右っていうね。どういうことっていう。 結局リベラルアーツっていうのは、リベラルっていうと左のイメージあるけど、 もう左とか右とかそういう話じゃないんだよね。 どっちにも重要なことだし、僕はずっと中央を行くことが大事だっていう思想でやってますけれども、 結局一番変革の世の中というか、予測不可能な世の中の中で一番やっとかなきゃいけないこと、知っとかなきゃいけないことって何? といったらバランスを取ること。バランスを取るためにはいろんなことを知っていないとバランスが取れないんですよ。 それがリベラルアーツの一つの核になるわけですね。 でもいろんなことって言っても幅が広ければいいってもんじゃないか。 そこを体系化できないかなと思って書いた本なんですけども、ようやくおかげさまでいろんなところで読まれるように。 一気に変わりましたね。見え方というか、受け入れられ方というか。 そうですか。それも八木先生の肌感的にも大変ですかね。 全然違いますね。反響が違う。 それは日系のビジネス人文庫というレベルの持つ力なのか、読まれる層が単純に今までと違ったというところなのか。 前は小学生、中学生、高校生をターゲットに据えつつ書いたんですよ。 今回はビジネスマン、社会人をターゲットに書き直して。 つまり今回のが難しくなっている。少しだけ。 前回難しかったという結果が多かったんですよ。 前回難しかったと言った方から、今回は読みやすかったですと言われるので、これは面白いなと思っていて。 やっぱり本の読み方の話だと思うんですよ。 前回のってすごい面白い編集をしていて、行ったり来たりしながら十を無尽に読むようなクロニクル的なものを目指してたんだけど。 上段と下段があって、さらにキーワードに全部リンクが貼ってあって、何回も何回も行ったり来たりしながら読んでいくみたいなね。 で、吹き出しがあって、コメントがあってみたいな感じだったんだけど、今回は文庫なので順番に読むしかないっていうスタイルに変わった。 そうしたらみんな読み方迷わなくなったんですよね。 私も文庫版の方解読しましたけど、やっぱりリニアにまっすぐ読めるようになったっていうのは、文庫っていう形態にはすごく馴染むというか、 あれ読みやすくなったっていうのは大きくあると思います。 あれを見ると文庫化される前のやつは、ある意味辞典みたいな感じだなっていう。 あっちのがチャレンジだったし、ああいう世界観だったんだけど、ああいうアートだった僕の中では。 で、今回は本を作ったなっていう感覚がすごく強い。 やっぱりそういうのもひっくるめて見え方とか、難しいか簡単かではなくて、 どういうインターフェースにすると届きやすいのかみたいなことが今回結構勉強になったな、改めて。 自分が読みにくい本好きだから、そんなに読みにくくないでしょうって思ってるんだけども、 割ととっつきにくい人もいるんだなっていうのは勉強になりましたね。 逆に言うとやっぱり、読書っていう経験自体が頭から最後までガーッと通読するものみたいなイメージの人にとっては、 やっぱり今回の文庫のような形じゃないし、しんどいみたいなのはすごくあるような気はするんですよ。 そうね。まえちゃんも今回2冊目を今年出しましたけれども、振り返ってどうですか? あの本は、私2冊目は「答えのない時代を生きるために哲学を教えてくれること」という4,6番ですね。 脳のサイズ社から出したんですが、あれは自分の20代の時に思ってたこととか、 こういうことを伝えたら哲学入門としては本当に文言に入れるんじゃないかみたいなところを 思ってたのを全部棚下ろししたみたいな本だったんですね。 なので、今までのいったん自分のキャリアのここまでの総決算みたいな感じのものにはなれたかなというふうに思ってまいりますね。 そこまで総決算できたのはすごい素晴らしいよね。 実際ね、まえちゃんぐらいの年の時に僕は正解のない教室のプロットを作ったのよ。 あ、そうなんですか。 だからその時は出版社が出してくれなかったから、そのまま10年持ち運んでたんだけど。 私があれですね。 塾講師が含めるともうちょっと前ですけど、それこそ自僧学者に関わり始めてからとか、 学校で教団に立ち始めてから今年で10年。 それこそ新しい授業を常に作ったり、ちょっと先ほど話にもありましたけど万年以下しそうなところをなんとか、 今年ここだけでもちょっとエッセンスを入れて新しくみたいな試行錯誤をしてた中で、 一応この10年、現場感覚としてこの言い方なら伝わるかなとか、 この問いかけとか、この角度は生徒もちょっと追って思うんじゃないかみたいなところをできるだけ。 やっぱそれ大事だよね。 僕も現場に出てなければ、学生向け、生徒向け、小中学生向けの本って絶対できないと思う。 毎年感覚変わってるし。 多分ね、意外に大人の人は世界の難教室読んで難しいって言ったの。前の単語を。 小学生とか中学生はそんなに言わなかったね。 やり方もあるけどね。目の前で教えるのと本を読むのと、ただ読む、知らない人の本を読むのとは違うけれど。 でもね、全然感覚がやっぱり違う。大人の方が難しかったかな。 僕のはね、今回は独学のための本なんですよ。 一応設定としてはこれさえ読んどけば、後はこれをベースに何をやってもリベラルアーツになって血肉化していきますよってことを目指した。 前ちゃんの哲学の一番最初の一歩、入り口っていうのの言い方が違うんだけども、割と近いね。 哲学ってそうじゃん。入っていったら自分で後はどんな経験をしても自分の哲学になっていくというかね、血肉化していくというか。 そういう意味で、ここを通ったら後はお好きにどうぞっていう意識で作ったつもりですし、 今回本を出した後に、元教え子の生徒から連絡をもらって、その時にすごく印象的だったことがあって、 その生徒は高校1年の時に倫理の授業を持っていた生徒だったんですけど、その生徒は理系に進んで、しばらくは倫理とか哲学とはあんまり縁のないことをずっと学んでたんだけども、 そういう時、やっぱり哲学倫理をやりたいなと思ったので、高校1年生の時にもらった倫理の教科書を引っ張り出してきてみた。 引っ張り出してきて読んだんだけど、あまりにも分からない。確かにそれはそうなんですよ。倫理の教科書ってすごくよくできてるんですけど、 でも思想家150人から200人ぐらいが、ただクロニクルに、明大順に、ソクラタス、プラトン、アリストテレスで、イデア、ロンドン、バカという風にザーッと並んでるだけなので、 あれを読んで門に入れる人って本当に救うだと思うんですよね。 そうなんだよね。あれ授業中に見てると面白いんだけども、後から見た時に体系化されないんだよ。 僕ね、歴史の資料書でも同じこと考えてる。あれはすごく面白いし、これは良い本だと思って学んでる時は見てるんだけども、後から見返すとこれどうすりゃいいんだみたいな。 そうなんですよね。 でなった時に、私の出版の話をその生徒がもと教えを貸して読んだら、これなら門に入れそうですっていう。 問いがあるって大事なんだよ。じゃあこれを見てどう問えばいいの?何をとりあえず考えればいいの?っていう。 問いに対して答えることによって次が見えてくる。次の問いが見えてくるっていうところがあるから、やっぱり入門っていうのはすごくね、問いが門構えなのはなるほどって思うところがあるよね。 そうですよね。やっぱり入門と軽々しく名乗ってはいけないんだなっていうこともすごくよく分かった出版経験でした、今回は。 そんなこんなで我々今年はポイエーシスに向かうっていう裏ミッションがあって、物を作りましょうみたいなね。 教育やってると実践が偉いってなっちゃう。僕も実践が第一主義、現場主義。とにかく授業をすることが大事。 でなんだけども、実践してる人たち自体は満足度すごい高いのよ。やりがいがあるんですよ。 でなんだけども、流れてっちゃうんだよね。 そうですよね。 やっぱり日本の教育全体を少しアップデートしたいなとか、大きなことを考え始めると、物も作らないといけないなっていうのがあって、本を書いたりしてるわけなんだけども。 来年はそこですよね。それこそ先ほど文庫課の反響の話も山木先生の本のやつもありましたけども。 そうやって結構いろんな方から実際作ったものに対して反響をもらったところで、じゃあそうやって入れる。 門の入り方は伝授しましたけども、次をどう一緒に、より多くの人を巻き込んで一緒に楽しんでいくか、面白いものを放送していくか。 作ったものをみんなでもっと楽しもう、もっと広めようっていう動きを個人がしないとダメなのよ。 結局出版社だとかは、作って出して、はい次!っていう流れ作業になりがちなんだよね。 久しぶりに昨日、おとといか、野辺の図書館に行ったんですよ。 図書館に行ってすごく思ったのが、本を売ろうとしてないとこういう本棚になるんだよなーっていうのをしみじみにもう一回思ったのね。 本屋さんが別に悪いって言ってんじゃなくて、本屋さんは本屋さんでそういう仕事だからね。 本を売ろうとしている本棚と、まったく売れる売れない関係なく作られている本棚の存在感の違い、存在学の違いみたいなのが、これはやっぱ大事な感覚だなーっていうのを思ったね。 本当にいいですよね。私結構自分の勤務校が割と図書館が先進的なことに比較的有名なんですけど、自分の勤務校の図書館の新着棚を見るのがすごい好きで、新着棚って本当にラベル貼られた直後とかのものが本当にザーッと雑多に出てくるじゃないですか。 それと隣にこれあんの?みたいなのとか、これめっちゃ古い本だけど今入るんだ!みたいなのとか。 師匠が選んだのか、生徒からリクエストが来たのか、なんだか分からないけれども。 別に我々の作ったものが単純に商業的に売れれば万々歳とはもちろん思ってないですけど、総学者としてできたことの次の10年。 流さずにちゃんと作ったものも伝えていきながら、アップデートしながらというところですよね。 じゃあ最後に来年の抱負、何でしょう? 来年の抱負、難しいな。いざ言われると難しいですよ。 何に向かいましょうか? 何に向かいましょうか? でも、僕は今年のテーマが成長と充実だったんですよ。 もちろんこれは一年ポッキーの話ではなくて、これからも成長と充実でいくんだけれども。 この充実の中に、僕重要なのは文化だと思うのよ。 なので、塾なのに文化に関わるということをもっと積極的にやっていこうというのが来年の抱負ですね。 私は今話を伺いながら、文化かと思っていたんですけど、 私自身も、特に学校教育とか塾に閉じないみたいなことを来年意識したいなと。 閉じないことが大事。 それは一見、全然教育とかと直接関わりがないような業種だったりをしている人でも、 実はその人が面白いと思っていることを一緒に話していく中で意外な出会いがあったりとか。 今年は、自分の中でキャリアという言葉に改めて出会い直す一年だったんですけど、 そこをもっと深めるときに、自分はただ教育の専門家だから、教育の人に会いに行こうだけじゃなくて、 そうじゃない場に出たり、そういう人ともっと向かわったりというのが増えれば来年はバカ際かなと思っております。 分かりました。というわけで、キャリア、カルチャーみたいなことをこれからも発信していければなと思いますので、 引き続きよろしくお願いします。 さあ、というわけで、地層学者放課後職員数年末スペシャル。 この後は地層学者では、校舎でお疲れ様会がありますので、 一年お疲れ様会がありますので、そちらの会場に我々は移動したいと思います。 皆さんも良いお年をお迎えください。 というわけで、塾長の八木でした。 副塾長前田でした。ご視聴いただきありがとうございました。 もっと見る #知窓学舎 #前田圭介 #矢萩邦彦 リベラルアーツ探究実践Radio矢萩邦彦|ArsCombinator32:421.【対談】知窓学舎放課後職員室#5[年末ふりかえりスペシャル]https://kmk.jp.net/vo/コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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