TOPトーク専門家リベラルアーツ探究実践Radio【対談】知窓学舎放課後職員室#7[中学受験のマインドセット]44:50 2月11日 114再生 問題を報告する 再生する シェアする 知窓学舎塾長 矢萩と副塾長 前田が授業後に知窓学舎と教育界について話すコーナー。今回は2026年度受験総括と、中学受験における保護者のマインドセットについて。受験生のみなさんお疲れ様でした!AI目次大志望実現 知窓学舎の独自性データに惑わされない受験のマインド枠組みを超えた人材の評価軸親以外の大人との伴走が拓く道知識を超えた基礎学力の測り方AI文字起こし(β版) # 知窓学舎放課後職員室 はい、というわけですね。皆さん、こんばんは。 こんばんは。 思想学者放課後職員数ということで、 私、思想学者塾長の矢萩邦彦と、 副塾長の前田です。 よろしくお願いします。 今日は何について話しましょうかね。 そうですね。思想学者も2月に入って、 基本的に塾って2月が新年度になるかなというところなんですけれども、 まず今年、もちろん高校受験、大学受験がこれから控えている人もいますが、 中学受験の方は一通り終わったかなと思いますので、 ちょっと振り返るというか、矢萩先生からどういうふうに見えてたのかなとか、 そんなことをザクマルに振り返るところから始めてみたいなと思っております。 なるほど。思想学者の中学受験、今年は非常に順調だったというか、 いい感じで終了しましたね。 そうですね。例年以上に思想学者らしい受験だったんじゃないかなという感じを、 私も持っておりますが。 基本的に全員大志望いったんだよね。 ほとんどという感じですね。 中学受験界では珍しい現象というか、なかなかない話ですけどね。 そうですね。そもそも思想学者、合格実績を公表しないとしても同じなので。 じゃあ、今ここで言ってるのはどこに受かったんですかと気になる方もいらっしゃるかもしれませんけど、 基本的には今年は大志望がほとんどですね。 あとは今年やっぱり特徴的だったのは、結構直前になってバタバタと受験しますっていう風に決めて。 そうですね。 これは例年よりちょっと多かった印象ですね。 一番遅かったのが11月ぐらいだったよね。 はい。11月に決まった子いましたね。 決まったというか、11月に受験するってなっていけますかねって相談に。 はいはいはい。 いらっしゃいましたね。 1月30日にどこにしようか迷ってますっていうご過程もありましたからね。 思想学者らしいってやらしいんだけども。 そういう意味では受験勉強本格的に始めたタイミングから大志望が揺らがないご過程もあり、 前日までどこに出そうというのが決まらない方もあり、 2日3日と進むにつれて受ける予定でなかった入試方式も受けてみようかみたいな方もいらっしゃったり。 そういう意味でドラマはいろいろありましたから。 結構皆さん中学受験の経験を前向きに捉えるっていう、ある意味思想学者的に一番大事にしてる部分は実感してもらえたのかなという風に今年は特に思っているところですね。 そうですね。探究的な学びをやってる学校から、いわゆる災難観光と言われる学校まで取り揃えていろいろ皆さんに志望してましたからね。 そうですね。 それで言うと、八角先生が昨年、超中学受験論を田中正さんと出版されて、 あの中でも思想学者の話も出てきてると思うんですけど、その中でセカンドオピニオン通熟という話をされてましたよね。 今年結構そのパターンもいたなと思って。 そうですね。いましたね。大手塾に通いながらうちに来てる子もいたね。 国語だけとか算数だけ。算数だけうちちょっと珍しかったですよね。 珍しい珍しい。 いないタイプでしたけど、今年いましたね。 だいたい一課受講の人は国語が多いからね。 そうですよね。看板が地層学習といえば八角先生みたいなところがあって、そこをぜひ受けてほしい。 我々としても結構入塾説明会とかで、まずは八角先生受けてくださいって今までずっと言ってきたと思うので、そういう部分もありつつ。 受講のスタイルも少し変わってきたなという印象はありますね。 僕の印象としては、今年は全然あんまり不安がなかったのよ。最初っから。 なるほど。 1年2年3年付き合ってる子たちばっかりだから、みんな今年の子たちは主体性がすごく強かったんですよ。 自分で行きたい学校があるとか、自分でやりたいことがあるとかっていうのが結構明確にある子が多かったから、 まだどんな結果になっても自分で受け入れるし、自分で成長していけるんだろうなって感じだったし、 ある程度覚悟が決まってるというかね。 なんで勉強してるんだかわからないとか、すごく辛くて嫌だみたいな感じの子も最後までいなかったから、 行きたいんでやりまーすみたいな。やっぱり受験することにしたんでやりまーすみたいな。 どちらかというと、保護者の皆さんの方が割と大丈夫かしらみたいな感じでバタバタしてる感じがあって、 でも本人たちはまあまあ別に大丈夫じゃないのみたいな。やるだけですみたいな感じ。 自分の座り方してたから何も心配はなかったなっていう感じ。 確かに生徒たちはいい意味でマイペースというか、自分のペースでやれるところでギアかけてやっていって、 それで結果出ればあれだし、ダメだったら受け入れますみたいな。 希望の座り方ってだけおっしゃってましたけど。 それは確かに例年以上にあった感じですね。 今年に限らず受験するときに必要なマインドセットみたいなこと。 地層学者も10年目なので、ちゃんと伝わってるな感はすごくありましたよね。 なんとなく周りが受験するからやらなきゃみたいなことだとか、 とりあえずネット上の評判だとかにうおうさおうするみたいなご家庭はなかったので、 やっぱり困っちゃうのは行きたい学校があるわけじゃないんだけども、地元の公立校に行きたくないから、 なんとかっていうご家庭が多いと、やっぱりこっちとしても、 じゃあなんとか合格できる学校を戦略的に入れていきましょうみたいなね。 ちょっとバタバタしちゃうのよ。 だけど今回はそういう子もほとんどいなかったので、今年に関しては。 よく八木先生も例えば塾内向けの保護者向けにガイランスをされたりするときに、 受験のモチベーションがどこを持ってくのかみたいなのを累計化してお話されたりすることがあると思うんですけど、 そのときにマイナスの要因、こうしたくないから受験するみたいなのって、 別にダメではないけど結構しんどいよっていうお話を例年されてると思うんですよね。 そこが年寄って、もちろんある程度しょうがない。 そういう生徒がいること自体がしょうがないと思いつつ、 今年はそういう子がほとんどおらず、そういうマイナス側の雰囲気に引っ張られなかったっていうのは大きいかもしれないですね。 そうですね。 やっぱり周りの大人もね、比較的受験をポジティブにしか捉えてないしね。 大人がプラス要素でしかないというか、やったらやった分だけ成長するしね、みたいなね。 そういう環境で慣れ親しんでるからね。 もちろん保護者の方の方が、例えば周りがいわゆるガチ受験をする地域柄の雰囲気だったり、 学校の雰囲気だったりっていうところとどう折り合いをつけるかみたいな不安をすごく感じていらっしゃる方が多かったなという印象はあり、 そういう方とどう伴奏していくかっていうところは、例年通りあるいは例年以上にサポートはさせていただいたという感じですが、 逆に言うと気を使ったのはそこぐらいっていう感じですね。 そうですね。 確かに10年目になって、そこで自僧学者としての受験ってこういう風に向かっていく方法もあるよみたいなところと、 そこのご家庭のニーズがいい形でマッチしてきているのかなという感じが。 やっぱり本当にデータだとか評判というかSNS上の話だとか地域のお母さんたちの話だとかね、 そういうのに踊らされたりだとか、あとはデータで見すぎるっていうことを、 この2つさえしないで、ちゃんと地に足をつけた受験勉強をしておけば絶対にポジティブに成長していくし、結果も割と良くなるわけなんですよね。 やっぱり不安になっちゃうんだよね。どうしてもね。 実際偏差値なんか出なくたって相性の良い問題を出す学校だったら、偏差値以上の結果はどう考えたって出るわけなんだけれども、 それを体感することって難しいんですよね。 やっぱり保護者の方からもメールだったりお電話だったり、今年も色々ありましたけども、 うちの子がもし偏差値でこれぐらいは比較的良い位置にはつけられているんだけども、本当にこのままで大丈夫なんでしょうかみたいな。 例年もありまして今年はありましたけども。 それがやっぱり大丈夫ですよっていうふうに背中を押してあげることと、あとはちゃんとその学校との相性みたいなことをちゃんと見極めたり、 そこの相性が良いところをちゃんと探しつつ、伴奏するみたいなところさえできればっていうのは、結構今年の受験生のご家庭では大変納得していただけたんじゃないかなと思います。 そうですね。やっぱりその子の実力をどこに見るかどういうふうに見るのかっていうのが僕は一番大事だと思っていて、 要はテストの点数で実力なんか何も見えないわけですよ。全然見えない。 特にテストが苦手な子の実力を見るのってすごく難しいんですよ。そのテスト的に見ちゃうと。 でもそうじゃなくて、最初からテストの点なんかプラスアルファでしかないというかどっちでもいいやっていう感じで、 対話に重視する。どんな問いを投げたらどんな反応をしてどう答えてくるのかっていうことを3ヶ月とか半年だとか見てたら大体実力が見えてくるわけじゃない。 やっぱり2種類いるのよ。2通りの子がいて、把握した実力を反映したというか、それ通りの成績を取ってくること。 すごい実力があるのに、なぜかテストだけ全然取れないなっていうことがいるわけですよ。 なぜか取れないなってなった時に、何とか模擬テストの点数を上げようというふうに努力するのか、 そうじゃなくて、この子の実力をちゃんと活かせる問題を、ちゃんと測れる問題を出してくれる学校を探そうというふうになるのかで大きく変わってくるわけだよね。 みんなそっちをした方がいいと思うんだよね。 大学受験とかになると、さすがに高校生もある程度選挙丸とかって多少は身についてきますし、 同じ大学でもこの学部と相性はいい悪いとか、そういうのってなんとなく肌感でわかってくるのかなと思いますけど、 中学受験って数値だけを見ないっておっしゃってましたけど、偏差値表とか合格何パーセントみたいなところだけ見ちゃうと、 その上にある方とか絶対に問題は難しいみたいな、すごいそういう近視眼的な感じになっちゃう部分はすごく大きいなと思っていて、 そうじゃないよっていうのは、実は学習的にはずっと言い続けてはいますし、そこが多分ちょっとずつやり取りをしたり、実際に過去も解いていったりする中で、 相性が合うってのはこういうことかとか、ここは確かに言われたからやってみた、数年解いてみたけど相性合わないなみたいな、 そういう美的感覚というか、みたいなところを大事にするみたいなのは、地層学習者の方はだいぶ納得していただけてるし、 多分それが伝わってるのかなと思いますけど、それ以外の、別に地層学習者以外の塾引かれてる方とかも、そういう美的感覚みたいなものをもうちょっと信じればいいのになと思ってすることはありますよね。 でもやっぱりどんどんこっちに寄ってきてるなっていうのはあって、業種にもよるんだけれども、保護者の皆さんもね、例えばAIがこれだけ浸食してきて、 AI社会実装段階を日本も超えたんだっていう、東大の松尾県から声明がありましたけども、末近世だとか、これから学歴とかいらなくね?みたいな、採用で学歴とか学位要件とか無くした方がいいんじゃないのかみたいな話だったりだとか、 東北大がもう全部一般入試廃止しよう、みたいな話だったとか、すごい勢いで社会が動き始めていると。実際今までみたいにやるべきことをやるっていうのと、意味はわからないけどやらされてることをできるようになるっていうことが一緒答えになっているような勉強をしていたら、やっぱりAI時代にAIじゃないことができる人にはなっていかないわけだよね。 わかったことは、とりあえず現状のAIはデータ食わせて、それで考えてるんだから、新しい枠組みを作り出すことだとかね、今のは既存の枠組みから飛び出すことはできないわけですよ。じゃあどういう人が既存の枠組みから飛び出せるのかっていったら、既存の枠組みにはまれなかった人の方が飛び出せる可能性があるっていうことに、もう企業的には気付いてきだしてる人たちもいるわけだよね。 そうなると、今までの従来型の一般入試であるとか、学校でうまくやってきたっていうこと、それがいけないんじゃなくて、それはそれで今までも認められてきたし、これからも評価されるだろうけれども、そうじゃない人たちが評価されてこなすぎたわけだよ。 はいはいはい。 評価はとりあえず置いといて、本質的に成長していきましょうよっていう言葉が届きやすくなってるなぁというのは感じるよね。 それは間違いなくそうですね。 学校の頑張ろうとしている学校は、例えばそれを今までの二科四科とか英語とかのそういうペーパーとは違う形で何とかそっちの回路も確保できないかとか、 多分この5年10年で試行錯誤し、今もちょっとずつ頑張ってアップデートしてるっていう感じだと思うんですけど、今までだとそういうので入ってきたやつは異様物みたいな目で見られてたところが、やっぱりそういう入試で入ってきた人もある意味で異菜を放ったり、ちょっと尖ってる部分をうまく活かせるじゃんみたいになってきやすい感じにはなってると思いますね。 そうだよね。僕も最初、初期20年くらいは完全に異様物だと思われてましたからね。 そうですよね。だから今となっては別に言ってること自体はバシゴク。そんなに変なこと言ってないなっていう感覚は私もありますけど、確か20年前に聞いたらそう覚えたかどうかはわかんないですよね。 なんせ今まで評価されなかったような国校が評価されるようになってきたっていうことはすごい喜ばしいことでさ。 それは選択肢が広がったってことなので、そこを伸ばしていくっていうか、そこを認めて伸ばしていくっていう機関というか、教育の場っていうのがどれくらいあるのかってまだまだ足りてない状態だから、そこをうまく作っていきたいし、 私立の学校だとか、そういう場になりたいと思っているのに受験をやっているから、すごい機能不全を起こしているところがあるんだよね、今はね。 結果的にそこに危機意識があって中学受験を始めたのに気づいたら、自己目的化した勉強をめっちゃしなきゃいけない。そこに乗れないと入れないみたいなのはすごくあります。 だってあれですよね、まだ首都圏の中学受験をする生徒の総数って、まだ増加傾向ですよね。 まだ増加傾向ですね。 もうしばらく増えそうみたいなね。なかなかそういった受け皿が、多様な方の受け皿が広がるのがゆっくり7巻で受験をする人たちだけが増えていったら、それは当然、結局はペーパーで気を落とさない限り入れないみたいな、不幸な人が増えていっちゃうみたいなところもあるわけで。 そこはもう向こう数年は、そこの矛盾をどう乗り込んでやっていくかみたいなところはあろうかと思うんですよね。 やっぱり親の側のマインドセットとか講師の側のマインドセットだとかっていう方がむしろ確認すべきところで、受験生のマインドセットはそこまで重要じゃないと思うんだよね。 特に中学受験の場合はそうですよね。 行きたいと思ったらそれだけでいいっていうか、楽しいと思うとか意味があると思ったらそれだけで充実するわけだから、そこはその環境を整えてあげればいいので。 ただそれを自信を持って整えてあげるためには、やっぱり親側、講師側、大人サイドがちゃんとマインドセットができてるか、自分たちの時代とは違うんだってことをちゃんと心からわかっているかどうか。そこは結構重要なポイントになりますよね。 だから多分、それこそ地層学者にお問い合わせくださる方なんかはまさに今、そこが頭ではわかってるんだけど、周りの他のいろんな情報と、でもこうした方がいいんだよみたいなところとどう折り合いをつければいいのかみたいなことにすごい不信されていたりとか。 今回もね、第一望受かったんだけどもう1個別の学校受けたら受かって、そっちの学校の方が偏差値高いんだけどどうしようって受かれたって言ってこられた方もいらっしゃいましたね。 それもそこでやっぱり迷っちゃうみたいなのも、ある意味すごくリアルというか。こっちとしては第一望でいいじゃんっていう気持ちで全然あるんですけど、でもやっぱり保護者としてはそこによぎるよなみたいなのは。 それもなんかすごいカトキっぽい現象だなと。 そうそう。だから偏差値が高い学校がいい学校だってじゃあ言い切れるんですかっていうふうに問うたら、それは分からないとしか言えないわけじゃない。 そうですね。 言ってみなきゃ分かんないし、そこの場にいる先生たちだとか同級生とのマッチングもそうだし、結局大事なのは偏差的なことだとか大学進学実績的なことって一要素ではもちろんあるんだけれども、でもそこだけで今まで行きたいと思ってたのを覆せるぐらいの話なのって言うとそんなことはないわけで。 一旦冷静になるのにいい機会だったんじゃないのかな。 そうですね。だからそこを改めて問い直すみたいなのが、受験前もそうだし受験後まで含めて、自分の成長と充実っていうところをどう見取って支えていくかみたいなところがある意味すごく国家体募機長が経験されたのかなというふうに思います。 今は過渡期なので地層学者も自然に小中高一貫教育みたいな感じになってるんだけども、どこに軸を置くのかっていうのが、学校でなくてもいいよねっていうのは僕もずっと思ってて、やっぱり学校って行ってみなければ分かんないから、ゴールデンウィークまでに首都圏で中学受験をした5万人の中でゴールデンウィークまでで学校辞めちゃう子っていうのが500人もいると。 これが多いと見るか少ないと見るか、僕はすごく多いというふうに見てるんだけれども、でもこれから先どんどんそういう子たちも増えてくると思うんだよね。 僕自身が塾に言われた学校を受けて、そこに進学して行きたくなくなったタイプなので、やっぱり何で見てるのっていうところが偏差値的なものであったり、ただ単に地理的な面であったりとかね、あるいは出口の数字であったりだとかっていう、そういうところだけで見てるとどうしても相性が合わないっていう問題っていうのは一定数出てきちゃうはずで。 僕はだから、今みたいな中学受験、スタンダードな大手塾的な中学受験だったらミスマッチの方が多いと思うのよ。 ですよね。 でもミスマッチの方が多いのに500人っていうのは、潜在的にはもう5000人ぐらい辞めてもいいぐらいの話だと思ってるのね。 実際に辞めた人が500人だけであって。 そうなの。 そうなの、一画ってことですよね。 絶対我慢してるのよ。我慢してるか、気づかないように防衛本能が働いて、違和感を覚えなくて、もう麻痺しちゃってるか。 それがね、すごく大問題だなと思うんでね。 やっぱりこれからの中学受験っていうのは、難関校だろうが大志望だった学校であろうが、行ってみてなんかちょっとちゃうなとかっていうことが続くんだったら、一旦別の選択肢にも検討してみようかっていうぐらいの柔軟性があった方がいいと思うんですよ。 僕もいつも生徒たち、保護者の皆さんにも言ってるけれども、子供たちは毎日毎日成長してると。毎日毎日アップデートしてると。だからこそ言うことが変わるんだと。 あんたがやるって言ったんじゃない。なんで辞めるって言うのとか。あんたがやらないって言ったんじゃない。なんでいきなり受験するとか言い出すのみたいなこととか。 この学校に行きたいんだって言ったらやっぱ辞めたみたいなのとかって、日常茶飯事なわけで。それに振り回される大人が、振り回され体制がなさすぎるというか、大人と子供を一緒に見ちゃってるんだよね。 大人であればそんなに振り回すやつは、ちょっと問題があるのよ。そんなに意見がコロコロ変わるやつは、信頼がおけないわけよ。一緒に何か仕事をするとしたらね。 だけど子供は成長期で情報がなかったものが情報が得ました。思考力がなかったものが思考力が伸びてきました。その結果判断が変わりましたっていうことの連続なわけだから毎日。 だから学校だって行ってみてやっぱちゃうなとかっていうのはもうガンガン起こるわけよ。しかもでもめんどくさいことにそれが思春期の重なるから。 思春期だからだとか反抗期だからだとかっていう風に片付けられてしまう。そこを分かってあげられる大人が周りにいるといいよねって思うよね。 どうしてもね、親がそこを分かってあげられれば一番いいんでしょうけど親が分かるってどうしても難しいからある意味そこに学校の先生だったり塾の仕方だったり外側の大人がうまく入って何とかできるっていうところが一番ソフトランディングというか柔軟に落ち着くところなのかなと思います。 だから親戚園舎に巻き込んでとか近所に住んでるおっさんがみたいなのがなかなか難しい世の中になってきてるからそうなると堂々と子供たちに関われる家族以外の大人って誰がいるのっていったときにどうしても習い事の先生とか塾の先生とか学校の先生とかになっちゃうんでね。 しょうがないですけどね。 しょうがないんだけれども。全然俺望ましいと思ってないんだけれども。でも仕方がない。仕方がないからそういう立場の人間としてやっぱり味方っていうのを改めていかなきゃいけないと思うんだよね。 今の話の流れで昨年とか2025年にあったある方のことを思い出していて。小6じゃないんですけど。夏前くらいに本人が一回受験をしたいと言い出して。 勉強系のユーチューバーの影響でぜひやりたいと一回言い出したと。そのときに一回静荘学校でも受験クラスでやってみるかみたいな話になって。2ヶ月くらい頑張ったんですよね。 なんだけどもやっぱりそこのお子さんの方からお子さんが来てやってみたけどやっぱり辛いみたいになって。本人も勉強系ユーチューバーで頑張っても見たものを続けられなくてどうしましょうみたいな話になって。 あのご相談に来られたケースがありましたけど、あのご家庭なんかはまさに本人がいろんな情報に触れながら。でも別に私は勉強系ユーチューバーが悪いとは思ってなくて。それで引きがその瞬間についたんだったら別にやればいいと思うし。 だからそれを背中押してあげてじゃあやってみればって言えたご家庭が素晴らしいって話を。やってみてやっぱ違いましたってなったときにじゃあもう一回戻ろうかっていうこの柔軟性。これが試してみなきゃわからないからね。あんた一度言ったんだからみたいなのが濃く。 それは難しいですよ。でもやってみなきゃわからないんだからそれをやってみようと思った。そしてやってみた。じゃあ今じゃねえなと思った。じゃあまたそこでよしじゃあ今じゃないんだったらまた次の機会を伺おうかって言っとけば次の機会がたぶん訪れますよ。 だけどそこでね一度言ったからうんぬんとかで無理やりやらせちゃったりだとかねいろいろしたらもう次の機会が来なくなるかもしれない。そういうことに気づかなくなるあるいは言えなくなっちゃうかもしれないしね。 そうだからそこはなんというか。さっき支出金にちょうど重ねるから避けてくださいみたいなお話はありましたけども。たぶんご家庭の中でそういうねちょっとコロコロ変わったりチャレンジしたいって言ってしたらわかるけどでもそれを親としてどう支えていいかわかんないみたいなところが。 そこがだから難しくなった時にうまく地層学者だったり別に多職者でもいいと思うんですけど何かしらそうやっていろんなチャンネルを使って伴奏してもらいながら何か主体的に選択していけるといいのかなと。 結局伴奏してくれる両親じゃ難しいことがいっぱいあるから結局じゃあなんで反抗期が訪れるの。なんで思春期が来るのってことを考えた時に自立のためのイニシエーションみたいなところがあるわけですよ。だからそのうまくいかないのはそこは当たり前なのでじゃあ他の親じゃない大人に何か託しましょうっていうのはすごく自然な流れだしその方がむしろいいと思う僕も。 だけどその人を選ぶ時にいかにちゃんと対話ができる大人なのかということとちゃんと社会が見えているのかどうかここ大事なんですよ。対話ができるだけでもダメだし最新の世界観を知ってるだけでもダメだし両方が知っている家族以外の大人っていう人がいそうなところとかねそれを探すのがいいですよね。 はいはいはい。 ヤイキさんはずっとそこの今おっしゃったところをリベラルアーツっていうところにある意味託してそこのリベラルアーツっていう中にそういう場所の気持ちが分かることっていう部分もそうだし最新の世界観を知っていてそこに繋がるっていうところも含めて発信されているのかなっていうのは。 私はもう自動学者関わり始めて何年だろう。今年で10年目? 10年とかですね。 10年目にしてようやくそういうことなんだなって分かってきますけど。 結局僕がリベラルアーツの中にわざわざ自分軸っていうのを入れているのも大人の方が自分軸がないケースがすごく多いわけですよ。 なんでそんな意見を言ってるのか。なんでそんなことを子どもたちにやらせてるのか。それはもうそういうルールだからとか決まってるからとかテキストにそう書いてあるんでとかっていうね。 そういうのを大手軸時代耳にタコができるぐらい聞いてきたわけですよ。 あなたには自分軸がないのかと。 でも僕が自分軸で活動してると怒られちゃうわけですよ。 ヤハギさんはどうしてそういうことばっかりするんですか。 そういうことするんですかって怒られた1個は生徒全員の質問に答えるをやってたんですよ。 授業内に答えきれないから質問のノート作って疑問に思うことがあったら全部書けと。全部俺が答えると。 チャットCPTみたいなことやってた。 そうしたらすごい怒られたわけ。なんでヤハギさんそういう余計なことするんですかみたいな。 他の先生が同じこと求められたらどう責任取ってくれるんですかみたいな。 これあかんな。やっぱり組織っていうもののあり方とか。 どうしてもでかくなってくるとそういうふうに保守的な考えになっちゃうかもしれないんだけども。 それだって古いじゃないその考え自体が。 そのやり方でやってたら保守にならないぞっていうかね。 保守できないぞそれじゃあみたいなところもあるわけで。 やっぱりどんな組織でも別に大手塾でも柔軟な人はいるからさ。 そういう人と出会えるようにいろんなところに顔出してみる。 この人いけそうだなと思ったらしばらく付き合ってみる。 違うなと思ったらまた探すっていうね。そこらへんも柔軟にやっていくっていう姿勢が大事よね。小学生のうちはね。 そこは本当にこの大人と一緒に関わることによってそれが成長と充実につながる。 あるいはつながるというか実感を持てるそうかどうかみたいなところで十分だと思うんですよね。 あとは探し方としてはその人がどれだけの時間、その現場に身を置いてるのかっていうのはすごく大事で。 現場に身を置いてないと肌感覚で社会の変化も子どもの変化も見えなくなっちゃうんですよ。 今僕の周りで一緒に現場主義としてやってきた人たちがどんどん現場から退け始めてるんです。 僕はそれはすごい大きな声で物を申してるんだけども。 今現場から退いてどうやって教育のディレクションをするつもりなのか僕には分かんない。 無責任だとしか思えないし、なんで自信があるのかさっぱり分かんないのね。 これだけ社会が変わってきてこれだけツールが変わってきて子どもたちの感覚だとか変わってきてるのに、 今までの20年や30年の経験でこれから先リーダーシップを取っていけるのかって僕は無理だと思う。 やっぱり現場に出てる人の声を聞いてほしいっていうのが人探し、教育を託すような大人を探すときにはまずその人が現場に出てるのかどうか。 出てないのにすごい強いこと言ってるんだとしたら本当なのかっていうふうに一歩立ち止まって考えてほしいなと思いますね。 だからそういう意味では今までだったら、宿にせよ学校にせよ、教育に携わってる人って単純に経験年数が長いとかベテランであるっていうだけで価値があるみたいな感じで思われてた不思議もありますけど、 それが単にベテランであるとか昔取った切れ塚であるみたいなので評価できる時代じゃなくなってきてるみたいなところにどれくらい感度を高く持てるかみたいなところが本当ここから向こう進めばめちゃくちゃ大事だろうなと。 いやーめっちゃ大事ですよ。本当に教師生活25年みたいなのいらないから、今何教えてるんですかっていう、今どこでどういう現場に立ってるんですかっていうことが大事で、 ほら本間雅人さんが最終学歴っていうのやめませんかっていうのずっと提唱してるじゃない。 最新学習歴って昔おっしゃってましたよね。 最新学習歴。最後にどこの大学出たかとかじゃなくて、あなたが一番最近学んだことは何ですかの方が重要でしょうよと。 その考え方っていうのは僕はすごく時代にも合ってるし、信頼のおける考え方だと思うんだよね。教育者としてね。 いいですよ。いいですし、よりその感覚で同じ技術の変化がある中でより落ち着いてきてる感じがあるというか。 本間さんご存じない方もいらっしゃるかもしれないけど、京都現代の前の副学長さんですね。 英語教育だとか、あとはコーチングだとかの第一人者なんですけれども。 結構コーチングとかのことを中心にいろんなところでセリが開かれたり、書籍もたくさん出されてたりっていう感じ。 そうですね。年末に実は一緒にボイシーもやってて、まだちょっとアーカイブ上げてないんですけれども。 近日中に上げますんで、ぜひ聞いてみてください。 それで言うと、ちょっとごめんなさい。時間が無く、予定はちょっとより遂げてますけど。 中学受験とかの作文側もめっかくダントツ的なもののある人間なので。 中学受験自体が、もちろんちょっと話が戻るんですけど、いわゆる多様な持ち味を持っている人たちをうまくいろんな方式で入手して取っていくっていうのは一つの路線としてあると思うんですけど。 そこで国産あるいは国産リーシャーみたいな科目の入試を続けていく当面になった時に、そこで何を問うべきかみたいなのを、もうちょっとやっぱり真剣に考えなきゃいけない作文側がすごい思いましたね。 やっぱり問いの作り方っていうのがまだまだ狭すぎるよね。 やっぱり模範回答だとか教科書の中にあることに向かっている問いがまだまだ大半だから。 そこらへんは基礎学力を何で見るのかっていうのを知識で見ているのはもうぼちぼち終わらせていいんじゃないのかなっていうフェーズではある。 でも知識を見ないんだったら、基礎学力どうやって測ったらいいんですかっていうまだ状態だと思うのよ。 僕は全然知識で測らなくても基礎学力なんか測れるっていうことをずっと言ってるんだけども。 要はリテラシー能力と論理的思考力っていうものは教科に関係なく測れるものであるから、好きな教科でそれは測れるはずなんだよね。問い方一発で。 探究っていう学び方もやっぱりそういう考え方にすごい近いんです。何で学ぶこともできるよっていうのが探究だから。電車で学ぶ、昆虫で学ぶ、推しで学ぶ、何でもいいんですよ。 でも今までは国語を学ぶ、算数を学ぶっていうこのをっていう世界観だったからどうしても縛られちゃったけれども、好きなもので好きなように学んでいきましょうよっていうのが探究であり、 じゃあその先にある、そこで身についた普遍的なリベラルアース的な学びがあるんだとしたら、それをどういうふうに測るのかっていうこっちの多様性っていうものもこれから問われてきますよね。 そうですね。それでちょっと基礎学者の先生方って、例えば算数の授業なんだけど全然算数っぽくない入り方をしたりとか、 ヤギ先生は国語の授業の中で一緒にニュースで考えるんだから、全然これ普通に社会じゃんとかこれ理科じゃんみたいな。コンテンツとしてはそうなんだけど、でもそれを国語の授業として先生と一緒に考えるみたいなことを全然領域横断的にされてると思いますし、 ヤギさんだけじゃなくてそういうことができる講師は多い?ほとんどの先生がそれを実際にあんまりわざとらしくじゃなくやってますよね。 やっぱり越境してる人ばかりに僕も声かけてるし、基礎学者に来てもらってるので、越境的な活動をしてる人っていうのは教科の越境なんで、自然にやってる。やろうと努力してやってるんじゃなくて、自然にそんなの全部統合していくもんですよね。 それが体でわかってるとか、心の底からわかってる人たちだから、そうじゃなかったらできないんですよ、これは。とても難しいと思う。 だからどうしてもそこを例えば、中学入試の時に、本当は例えば国語社会という分け方じゃなくて、そこをもっと横断的に、みたいなことがきっとやりたい先生も各学校の中にいらっしゃるだろうし、きっとできる力量がある先生もいるんだと思う。 でもどうしてもそれが社会ってなってたら、社会の予習シリーズとか、サキクスのテキストとかに載ってないといけないよね、なんて結局すごい狭く、いわゆるちゃんと丁寧に一問一答的に対策してきたらできちゃうよね、みたいなところに陥っちゃうとすごくもったいないですよね。 やっぱりそういう先生たちをどんどんどんどん前に出していくっていうことも大事だと思うし、要は東北大学が総合型選抜に全部振り切るぞって言ったのって、基礎学力を見ないぞって言ってるんじゃないと思うんだ、僕は。 そうじゃなくて、我々は面接と省論で基礎学力を測れるようになりますからって宣言だと思うのよね。それはすごく真っ当な方向性だと思う。だから可能だっていうことが見えてると思うし、そのために準備がこれくらいかかるんだろうなっていうことも計算できてると思うしね。 大学の方がやっぱりまだその辺が見えているというか、例えばここ数年でも今までだったら例えば英語、国語、世界一とかだけだったような大学や学部が総合問題という形でそれを、じゃあ例えば政治学部だったら政治に関する文章を日本語で読みましょう、英語で読みましょう。 それぞれからどういうことが言えますかみたいなのを最後に、例えば自分の意見を書いてくださいみたいな。別にそういうものだったら別に国語は国語、英語は英語、政治経済は政治経済じゃなくて、全部それってツールとして、リファレンシーとして身につけたものを使ってどうやって現代の課題に向かっていきますか。 私はその変化が大学入試の方で起こっていることっていうのは非常に真っ当だなと思いながら見てるんですけど、受験生とか一般的な塾に行ってる子からすると、あの総合問題はまじで対策しづらくて困るんですけどどうすればいいですかってよく聞きますね。 それはまた時間が長くなっちゃうんで。 対策するんじゃないんだよっていうところでもあるからね、そこはね。 今年も生徒たちの中には結構長文の作文だとか書かされる学校を受ける子が多かったから、割と何人も直前に何が出るか予想問題作ってくださいって頼まれたんだけど、僕全部断ったのよ。 予想問題作っちゃうと、当たるかもしれない。俺も結構当てたことあるから。でも予想問題を頑張ってやってると、予想問題が外れたときにてんぱっちゃって戸惑っちゃって、実力出し切れなくなるから予想なんかしないほうがいいっていうか、何が来ても同じように書けるような練習をこそしておくべきなんだよ。 だから下手に予想問題とかってやっちゃって安心させるのは、逆に実力を発揮させない環境を作っちゃうことになるから。 本当にテスト対策をそのまんましない。もちろんテストの準備をすることは大事なのよ。テストの準備も大事だし、実力を上げることが大事なんだけども、そのテストの対策を小さかしくテクニカルにやるっていうのがダメっていう話よね。 それをもっと大きく構えたほうがいいんだろうなというふうには思うし、中学受験全体も最終的にそういうところに向かっていって、最後そこがついていった実力でどれだけ戦えるのかとか、相性ってどれくらいそこをカバーできるのかみたいなところにもうちょっと近づいてきていいんだけどなみたいな気持ちはある。 ぼちぼち時間かなっていう感じなんですね。何にせよ社会の動きも大学の動きも悪くないと思うので、本質的な充実した学びとか充実した時間、あとはどのように成長していくのかっていうそういうウェルビングの方に振り切った学び方をしていけばもうハッピーになるんじゃないかなというところで、そういう受験もできますよっていうのを我々はずっと言っていきたいところですね。 なのでまた今後何らかの形で地層学者を入院させてみようかなとか、あるいは地層学者の学びとちょっと関わってみようかなっていう方にもなんとなくそういうところが大きく一緒のベクトルを向いてやっていければありがたいなというふうに思っているところです。 はい。そんな決意表明ということで、また新学期今月始まりましたけれども頑張ってやっていきたいと思いますので、皆さんよろしくお願いしますという感じですね。 はい。というわけで本編はここまでにしたいと思います。お会いしては地層学者塾長矢落と副塾長前田でした。はい。ではまた。 もっと見る #中学受験 #知窓学舎 #前田圭介 #矢萩邦彦 リベラルアーツ探究実践Radio矢萩邦彦|ArsCombinator44:501.【対談】知窓学舎放課後職員室#7[中学受験のマインドセット]https://kmk.jp.net/vo/コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』ロゴスからパトス、エートスへ編 43分・6月23日・ 131再生AI目次放送の根源?臨場感と計画性の対話ロゴス、パトス、エートスの本質とはAI時代に欠ける「魂」の正体CD回帰から見えた人類の「回復」教師の役割と教科書の「面白さ」
【対談】佐藤雄太×矢萩邦彦『AI時代のリベラルアーツを考えるラジオ』#07 58分・6月13日・ 105再生AI目次AIが変える時間の相対性とキャリア教育現場の違和感が拓く新たなキャリアAIが変えるマルチキャリアの可能性AIが変える自宅学習の未来と課題AIとリベラルアーツ:思考の本質
知窓学舎放課後職員室#9[年度初めの模試について] 50分・6月9日・ 80再生AI目次ゴールデンウィーク明けのメンタル調整術新年度模試:点数だけではない評価基準最適な模試頻度と学習計画のコツ「できたはず」問題が成長のカギ過去問で探る学校の個性と出題傾向
【対談】近内悠太×矢萩邦彦『教養と哲学を考えるラジオ』スマートさは敵か味方か!?編 52分・5月26日・ 119再生AI目次出版業界の慣習と契約書の謎現代社会が求めるスマートさの裏側「クレバー」と「スマート」の相違人がスマートさを希求する理由AI時代に不可欠な「余計なこと」