TOPトーク専門家今井正司のココロが軽くなるラジオ#79 役にたった「学校」の勉強39:27 2024年4月2日 575再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「役に立つ」勉強の定義とは?学びの面白さを再発見する最近の学校の傾向と課題記憶力アップの具体的な方法寛容な社会と学びの未来AI文字起こし(β版) # オープニング こんにちはみなさんいかがお過ごしでしょうか 今日は4月2日の火曜日ですね はいもう昨日から新年度始めたという方多いと思います 学生の皆さんはね 新入生の方とかもうすでに色々ガイダンスが始まったりしているかもしれませんが まだね春休みっていう方も多いんじゃないかなというふうに思います 4月2日今日から4月8日は 国連がこう定めたね世界自閉症啓発デーでもあります 発達障害のね啓発週間ということになっておりますので 昨日私はね発達障害を語ろうところで発達障害についてね お話ししてますがこれを機にですね今週 世界自閉症啓発デーですから ちょっとねこういう自閉症とか発達障害のことについて 自分でね調べるまさに昨日ね 正しい知識っていうのが必要かもしれないというお話ししたんですが まずは興味を持つっていうことがねすごく大事だと思うのでちょっと心に 止めてね いろいろ調べたり考えたりしてみてくれたら嬉しいなというふうに思います はいそれでは早速始めていきましょう # タイトルコール この放送は、リスナーの皆様の心が軽くなるような情報を、毎日お昼12時からお届けする、心が軽くなるラジオです。 心理学者の私、今井翔治が、カウンセリングや教育支援、企業などへのアドバイザーの経験をもとに、今日も皆様の心を軽くするお手伝いをしていきます。 # 「役に立つ」から抜け出て学ぶと面白い はい、それでは早速本編の方入りたいと思います。 今日もボイシーさんのトークテーマに沿って心理学に関連づけながらお話ししたいと思います。 今日のボイシーさんの方のハッシュタグのテーマは、 役に立った学校の勉強というトークテーマが準備されています。 私の方も同じように役に立った学校の勉強ということでお話しさせていただきますが、 学校というところにちょっとだけ鍵かっこつけさせてもらいました。 はい、ということで皆さんはどうですかね? 学校で役に立った勉強ってこれって思い浮かぶものってありますかね? 大学の先生たちってきっと勉強が好きな人が多いんじゃないかなぁなんて勝手に私は思っているんですけどね。 でもなんかね自己紹介すると割に勉強嫌いだったっていう先生も多いかなぁなんていうふうに思いますが、 皆さんはどうですかね?役に立った、立たないとか言って考えるのもいいですし、 勉強をそもそも好きだった、嫌いだったっていうのも関係するかもしれないですよね。 嫌いだけど役に立つから頑張ったっていう人ももちろんいると思います。 そう考えると勉強って学校というのはね 小学校から、幼稚園も一応学校の区分に入るのでひょっとしたら幼稚園という人もいるかもしれないですが、 科目っていう意味ではね、小学校から国語、算数、社会、理科みたいなね。 図工、家庭科、 いろいろありますよね。体育とか。 なんか役に立ったもの役に立ったものってね最初考えてたんですけど、私勉強 結局全部好きなんですよね。 もちろんそういうね、5科目以外の技術とか家庭科も好きだし、体育もね好きだしね。 役に立ったかどうかっていうのを考えた時に、義務教育でやってることってやっぱり役に立つっていうか、 やっぱり義務教育で習得すべきものだなというふうに思っているので、 ボイシーさんのね、なんでこういうタイトルなんだろうっていうところを考えたんですよ。 そうすると、わざわざ役に立った勉強じゃなくて、学校のって書いてあるから、ひょっとしたらね、 このテーマでお話しするパーソナリティの方の中には役に立たないっていう人もいると思うんですよね。 学校の勉強が役に立つかどうかってことなんでしょうね、ポイントはね。 役に立たないっていうのは何かといったら、実生活にひょっとしたら反映できてないとかね。 例えば私の大好きな数学なんて、そんなものを日常生活でいらないよっていう人もいるかもしれない。 そう考えると私の場合は、大学での学びっていうことを考えて、 何か話した方がいいかなぁなんて思ったわけです。 結果からお伝えしてしまうと、興味を持って学べば、いつかすべて役に立つっていうのがもう私の結論かなっていうふうに思います。 その時はですね、役に立つとか立たないとかあまり考えてなかった気がしますね。 なぜかというと多分他の同級生と違って、ボイシーどっかでお話ししたかもしれないですけど、私は高校すぐ出た時に大学入ってないんですよね。 半年間は旅をして、4ヶ月ぐらいは日本で工場とかいろんなところで働いて、 また半年以上かけて旅をするっていう生活をしていて、いろんな国とか場所に行きましたけど、 そういう生活をしてから5年後に大学に入りました。 これ勉強したくて入っているわけなんですよね。 大学に入ったら、私はもう本当に、自分で言うのもなんですけど、勉強好きだったから予習を欠かさずやった、予習しすぎちゃってね。 役に立つ立たないというか、フランス語なんて絶対役に立たないじゃないですか、正直。英語ほどは。 だけどフランス語もテキストとか大学で買うものがあって配られたりとかして、 もう本当に奥さんにもドン引きされたんだけど、1週間で第2外国語のフランス語、科目2つあったんですけど、 両方とも全部終わらせて、自分でも参考書を買って初めてわかるフランス語みたいなね、終わらせて、 先生に教科書の内容は問題も解いたし、全部もうやりましたみたいなね、 ことをちゃんとお伝えしたり、語学だけじゃなくて他の哲学とかシステム論とか、 いろんな授業はことごとく、一番遅いのよりも3、4回の授業中には全部のことを、指定された本も読んで、 各章の自分なりの考えとかも、先生レポート出せって言ってないのにね、勝手に見てくださいとか言って出してた覚えがあります。 今じゃ絶対こんなダメなことなんでしょうけど、 もう本当に語学も含めてね、特に非常勤の先生とかによくしていただいて、 授業はもう出なくても大丈夫だから、授業の時とかまた別の時に非常勤講師の先生のラウンジみたいなのがあるんですよね。 そこで話そうみたいなね、いろんな先生におっしゃっていただいたり、中身は本当にのみに連れて行ってもらったりとかたくさんしてもらって、 成績は一番いい成績もつけてあげるから、いいよいいよと、もっと本質的なことを話そうと言ってね、 本当に授業では聞けないような面白いことをいっぱい教わりました。 その授業が役に立っているかというと、 フランス語が今生活に役に立っているかと言ったら、 どうだろう、仕事とかには全然役に立ってないですよね。 でも日常生活、フランス語をまた学びたいなぁとか思いますし、 知的な活動をする時にやってみたいなぁとかね、 やっぱりそれが一番役に立っている。自分の心をウキウキさせるっていうところで、 大学の勉強、全部役に立っているなぁというふうに思います。 だから面白い授業、昔、 これあんまり特定されないかな。葬式の研究をされている先生がいたんですよね。 ずっと葬式の話をする授業というのがあるんですよ。 なんで葬式の時にみんなで寿司を食べるかとかですね。 葬式ではないですけど、生まれた子供の体版を玄関に埋める風習は何であるのかとかね。 そういう民族学とか高校学の先生の授業、 これも絶対役に立たないじゃないですか、生活に。 だけどやっぱり、私は選択科目で何の役に立つんだろうというのを 割に、ちょっとしたら選んで取っていったのかもなって思います。 もちろん、さっき言ったみたいに、今、心理学の世界にいるんですけど、 心理学の世界にも、実はこれ、いろんなことが役に立っているんですね。 一つは、やっぱり話、どんなことにも興味を持って追求していくということって、心理学は大事なんですよね。 クライアントさんやコーチングを受けてくださる方って、いろんなね、私とは違うことを経験されてきて、 いろんな領域のお仕事をされていたりとかしますから、 だから自分なりに調べて、ああ、そうなんだというのがね、もちろん仕事という面もありますけど、 そういったところじゃないところで、ひょっとしたら大学での学び方とか、領域に関する興味の持ち方というのが、 私は非常に役に立っているなというふうに思います。 だから、興味を持って学べば全て役に立つというのは、ひょっとしたらメタ学習という意味で役に立っているのかなというふうに思います。 # 最近の学校の傾向 はい、もう一つチャプターを追加してみました。 やっぱり大学の教員をやっているから、この勉強についてはやっぱり思うところがいろいろあります。 役に立つか立たないかというVoicyのトークテーマにあるように、やっぱり世の中全体が役に立つとか立たないとか、 そういう利益みたいなところにやっぱり行きがちなんですよね。 残念ながら、全ての大学と言っても過言じゃないと思うんですけど、やっぱり役に立つこととか、実学とか、そういったものを押し出していると思うんですが、 私は本当に役に立つ立たないじゃなくて、もっともっといろんな分野が、学生が自由に学んで、 大学での学びが楽しかったなぁって思えるようなシステムにした方がいいんじゃないかなって思うんですよね。 それは何かというと、例えば私は公認心理士とか臨床心理士の養成校、または教職とか学校の先生とか、 保育園の先生の養成校とか、いっぱいいましたけど、資格を取るとなると、1年生の時からぎっしりと関連科目、必修科目というものがあって、 要はその資格を取るために役に立つ科目が配置されているわけですよね。 だから保育園の先生、学校の先生、心理士、いろんな資格を取るために1年生からやっていかなきゃいけない。 だからそういった意味では、ほとんど学校によって科目の名前は変わらないと思います。 そういう教職というんですけど、教員養成校とか心理養成校というのは、科目は変わらないんです。 教える先生の教え方が違うということがあります。 そうすると、やっぱり実学が重視されていますから、学校の現場とか、カウンセラーをやっていた人の話というのがそこで聞けたりとか、 基礎的な勉強も、ちゃんとカウンセリングだったらこういうふうに考えて、この理論が使えますとかやるんだけど、 やっぱり疲れちゃうんですよね、学生さんも。 途中で教職やめたとか、心理士になるのやめたという人もいると思うんです。 私はそういう途中でやめたいという方の相談に乗る係に、担当として結構なっていることが多いんですよね。 やっぱり何か違うって思うらしいんですよ、みなさん。大学の学び、これじゃないと思う。 真面目に勉強をやっている方こそ、そう思うことが多いみたいなんですね。 そうするとやっぱり、専門職、例えば心理なんか特にそうなんですよ。大学院に行ってなる人が多いんですけど、でも学部の時からぎっちりありますからね。 特に学部4年間で国家資格の試験要件を満たすためには、もうぎっちりやっていくので。 大学ってこれでいいのかなって思います。 だから私はその大学での学びって、もちろん心理学に関係する学びを、 第一線で、今だと学会の理事とかやられている先生ばっかりで構成されているようなところで学べたのは、本当にすごい幸せラッキーだったなって思うんですけど、 でも大学の同期の人と話したりとかするときに、やっぱり心理学の授業の話じゃなくて、 お互いとってたちょっと変わった授業の話とかね、あの先生と面白かったよねみたいな話をやっぱりするので、 そういう授業を設置できるといいな、だから役に立たない学校の勉強なんかもっと推進したいなって本当は思います。 だから私が思うのは、実はこのトークテーマの時じゃない時からずっとそれがあるので、 授業中に心理学には関係しているんだけどね、例えばカラスの生態についてずっと話している先生とかもいたので、 こういう授業があったんだけどってね、でもカラスの生態って要は行動分析的に言うと、みたいなね、強引に心理につなげて話すこともあるんですが、 何かね、学びっていうのはやっぱりね、生涯学びたいなって自分なんかは思うし、 本当にね、なんか宝くじとか当たって巨満の富を得たら、僕多分ね、学ぶだけで人生終わっちゃうかなっていうふうに思うぐらい、いろんなことを知りたいですね。 そうすると、学校じゃない学びだったらね、本当に役に立つ学びなんていっぱいありますよね。 こうやってボイシーを聞いていただいているリスナーの皆さん、僕の放送は学びって言うとすごく大げさだけど、 知的好奇心とかね、いろんなことを知りたいとか、そういったものももちろん学びだったり勉強になりますもんね。 だから、どんなことでも興味を持つっていうことが大事ですよね。 もっと言うと、これを聞いてくれている大学生の皆さんにお伝えしたいのは、例えば自分がね、 生きたい大学で学んでても、なんか違うなって思うことも実際あるし、 なんかね、自分の生きたい大学とかね、高校じゃなかったら、なんか全部の学び、勉強がつまんないなって思うかもしれないけど、 勉強はね、大学の名前、高校の名前とかね、そういったものでは決まりません。 何で決まるかって言ったら、やっぱり自分が興味を持ってやるかどうかに尽きちゃうんですよね。 だから、今は特にYouTubeもあるし、本屋さんに行くとすごい面白い本いっぱいありますから。 だから、どちらかというとね、これ私の持論ですけど、落ち着いて学べる環境がいいかなって思います。 例えばすごい華やかなところにある大学、都会にあるから行きましたっていうことになると、 都会の生活とかそのイメージだけで疲れちゃうこととかもあって、勉強がおろそかになっちゃうってこともありますから、 自分をちゃんと学びに来たんだという意識を持ちながら、どんな大学でも学べるし、 本だってあるし、さっきから本があるしって言っている時点で、大学の教員の意義は何だとかって突っ込まれちゃいそうですけど、 もちろん大学の先生、熱意を持ってやってくれている先生が多いと思います。 どんどんどんどん、授業外でも聞きに行くっていうのもいいと思います。 恥ずかしがる必要はありません。勉強大好きな人が大学の先生になってたりしますからね。もちろん高校の先生もそうです。 もう今、学校には行ってないよっていう方も、大学とかまた入るのは大変だって思うんだったら、 やっぱりこういう学びのサークルとか、そういったところで勉強を深めるのもいいんじゃないかなと思います。 私もちょうど4月から、子供の支援に関する1年間かけてみんなで学ぶ研修会を始めていますが、 1期生の皆さん、結構人数いるんですが、本当にちっちゃな、学校ではないですけど、サークルのようにみんなで学びを深められるような仕組みを作りましたので、 自分が学んで楽しかったなぁと思えるようなことを、いろんな人と共有していきたいなぁなんていうふうに思っています。 ぜひ、皆さん、もう学校って言うといろんな思いがあると思いますが、このトークテーマで学校の勉強というところにこだわってますけど、 ぜひぜひ学びというものを引き続き深めていただけたらな、そして共有していただけたらなというふうに思います。 はい、それでは2編に分かれましたけど、今日はこのぐらいで終わりにします。 この後、コメント返しのコーナーになります。 # コメントありがとうございます😊 はい、コメント返しのコーナーになります。 今日もコメントいただいております。 ご紹介していきますね。 はい、まずは、これは匿名希望ということでご紹介させていただきます。 第78回のね、昨日の神経発達症はどこまで障害なのかのところでお話しいただきました。 今日の話は共感しながら聞いていました。 私は記憶力が悪く、必要な時に必要なことが思い出せません。 こういう場合、メタ認知療法は有効ですか? ワーキングメモリを強化することってできますか? というご質問いただいております。 ありがとうございます。 そうですね、メタ認知療法は なかなか使えるかどうか、記憶力を上げるというわけじゃないから 直接的には記憶力を上げるためのものじゃないから 効果というか、ひょっとしたら弱いかもしれないですね。 ワーキングメモリは、ワーキングメモリそのものはですね 鍛えても、なかなか鍛えたい部分が伸びにくいというのは分かっている機能なんですね。 そうすると、このご質問をいただいた方は絶望じゃんと思うかもしれないですが これ全然そうじゃないです。安心してください。 ワーキングメモリって、例えば頭の中でちょっと記憶しながら 別の作業をして、またちょっと覚えながら、さっき覚えていたのを捨てるという こういう作業なんですよね。コンビニの店員さん見てるとすごいですよね。 ピーってやりながら、かごから出してきれいに整列しながらピーってやって たまにお酒とかあると、ボタン押してくださいって言いつつピーってやりながら 同時のことをやりながら、どんどん新しい商品を処理していきますよね。 これワーキングメモリがたくさんある人って、こういう作業が早いんですよ。 だけど、ワーキングメモリが、例えばあまりたくさんない人って言ったらいいんですかね。 使いにくい人って、そんな風にもうピッピピッピできないんですよ。 でもどうやってやってるかって言ったら、まずはピーってね、こうやってたくさんね バーコードを読み取るだけ、洗練してかごの外に出すとかね。 その後にきれいに並べ替えて袋の中に入れるとかね。 ピーってなると、お酒のところでボタン押してくださいとか、お酒のやつは一番最後にピーってやるとかね。 工夫されてるんですよね。 なので、ワーキングメモリを使う作業であっても 工夫すれば、ワーキングメモリ、必要じゃないと言うと大きさですけど、少ないワーキングメモリでできたりします。 記憶力もそうですよね。 例えばメモを取るとかですね。 いうことは大事です。 でも聞きながらメモを取っちゃうと、ワーキングメモリの低い人っていうのは 何を取るんだったっけ?って書きながら混乱しちゃうので、やっぱり話を聞いた後に大事なことを一言二言でまとめるとかね。 工夫すれば大丈夫です。 なかなか記憶力っていうのは、 興味のあるないとかね、そういったこともそうだし、相手の話してる話し方が複雑だと記憶できなかったり、 自分のせいだけじゃないですから、 うまく記憶力のいい人と同じように作業ができるように工夫すればどうにかなりますから、 その工夫の方法を考えるって意味では、メタ認知っていう機能、メタ認知両方じゃないですけどね、メタ認知っていうのはすごく大事だし、 またはメタ認知両方でターゲットにしている集中力っていうのもうまく使うと、 ワーキングメモリーみたいなものを補うことはできるのかなというふうに思いますので、 その工夫のポイントを考えて生かしていくっていうのがポイントかなというふうに思います。 それではもう一方ご紹介したいと思います。 カノンさんです。 いつもありがとうございます。早速お読みしますね。 明日は、明日はって今日のことですね。自閉症啓発でそうなんですね。 そして今日は神経発達症の話題。 息子がASDの診断を受けている親としては、日々生活に苦慮して涙したり凹んだりしている家族や当事者がいることが理解されていたらいいなぁと思いながら聞かせていただきました。 正しい知識と目の前の発達障害者はどんな人か、何に困っているか、 よく知っていただける寛容な世の中になってほしいと願っています。というコメントです。ありがとうございます。 本当そうですよね。 ちょっと昨日の放送ではね、私はその発達障害のね、なんかなんとなくね、発達障害だとかね、自分で思ったり人のことを発達障害だってね、言ったりとかするっていうのはすごく危険ですよ。 正しい知識を持つっていうことは、その人の困っていることとか苦しんでいることを正しく理解すること、そして支援、サポートが必要な人だったら、適切なサポート支援につながるわけですよね。 正しく理解してないとそんなことできないですから。だから特にそういう人の悩んでいることとかね、っていうのは正しい知識が必要かなって思います。 本当に加納さんおっしゃる通りで、私もね、本当にそうだなと思うのは、世の中が寛容になれば絶対変わるんですよね。 全て障害とかね、症状ってそうだと思うんですよ。発達障害で考えると難しいかもしれないですけど、例えばバリアフリーとかね、言いますよね。 なんで段差があるのとかね、なんでここの車道と歩道ってこんな風になっているのとかね、なんで教室ってこういう机の固定した配置になっているのとか、これ単純に例えば車椅子の学生さんとかいますけど、学びにくいですよね、大学ってね。 それなのかと言ったら車椅子じゃないという前提に立っているわけですから。だから足とか骨折して松葉杖とかついているだけでも、世の中って本当に動くのが、とても障害を持っている人には辛い仕組みになっているんだなって感じると思うんです。 心の問題だったり、発達障害の問題も同じだと思います。 とにかくとにかく効率性とかそういったものを求めたり、社会のシステムとして共感というのが大事だって、これ違うと思うんですよね。 極端な話、大昔、例えば縄文時代とかだって、おそらく足の速い人はいるし、足が遅い人だっていたと思うんですよね。仮に向いている人、向いていない人、分業とかしていたと思うんですよね。 だから何が得意で何が苦手かって、苦手なものを無理やり得意な人に合わせるなんて僕はしなくていいんじゃないかなって。 それが、例えば、脳機能の偏りっていう風に発達障害が定義されているのに、それは無理やり、小具トレみたいなことをやって伸ばしていくっていうのは何だろうという風に思います。 もちろんそういうトレーニングをして何か改善できるものとかあるんでしょうけど、それはご本人が望んでいたりとか、そのトレーニングが本当に何か生活が劇的に変わるようなものであればいいかなと思うんだけど、 それよりはやっぱり、カノンさんがおっしゃるように寛容な世の中っていうのが第一かなっていう風に私も思います。はい、コメントありがとうございます。 # エンディング はい、エンディングのコーナーになります。 今日はね、学校の勉強ってことについて話してたら、大学の時のね、 履修についていろいろ思い出しましたね。 今はですね、Voicyのリスナーさん、30代、40代、50代がね、 3割ずついらっしゃいますので、 例えばね、大学に行ってた人は、 あ、そういう風になっちゃってるんだって思うかもしれないし、 大学にね、行ってない人は、あ、そういう仕組みなの?って思うかもしれないんですが、 大学の授業で科目を取る時って、 割に学生さんがね、自分の意思で好きなものを取って、 取れてなかったらね、じゃあまた来年ね、みたいな感じで。 事務所の人とかもね、あ、なんで取らなかったの?って、 それは自分が悪いからダメだよ、なんていう風になってたと思うんですよ。 今日私はこの後ですね、すぐに支度をしてまた大学に行くんですが、 もう今どの大学もそうなのかな? 私の行ってた大学は今全部そうだったんだけど、 科目のね、履修を登録するのに大学の先生が全員付き添うんですよ。 これが必修科目で、これは絶対取ってください。 選択科目はこれだけど、こういう人はこうしてくださいって言って、 もうマニュアルもあるんですよ。 履修モデルってもあるんだけど、それでも大学の先生がね、 全員参加して、ここはこうですよってサポートするっていうことなんですよね。 これはですね、もちろんサポートするっていうのは全然いいと思うんですが、 今日の本編でも話したみたいにね、これを取った方がいいですとかね、 もうあるんだったら履修にすればいいのになって思うんですよね。 本当にね、そんなに悩む余地もないですからね。 それでもこうした方がいいってね、手取り足取りっていうのは、 なんかちょっとね、私も慣れちゃいましたけど、最初の方びっくりしました。 科目登録、教員がつきそうんだみたいなね、思いがあります。 どうなんでしょうね、こういうのってね。 でも、そっか、今ちょっとふと思ったのは、 私はね、この科目登録ってああいうの苦手なんですよね。 で、妻は同じ学部なんだけど隣の学科なんですよ。 履修科目とかそういったものは同じ学部なので、 割に取るもの一緒だったりとか、選択科目も一緒だったりとかして、 私はどっちかというとね、そういうタイトルでね、 授業名でタイトル模型しているようなものを取りたいから、 そこばっかり集中していて、選択科目とか、 卒業要件にね、必要なものっていうのは、 ほとんど今のね、奥さんを移していたんですね。 もう学部の時はほぼほぼ移していて、 大学院の時も正直言うと移していたんですよ。 で、そうすると、これ一個ね、まずかったなと思うのがあるんです。 それは何かというと、 私の世代は公認心理師という国家資格を受ける時に、 臨床心理師をもちろん取っている状態なので、 ほとんどの人はね、ただ試験を受ければいいという状態だったんですけど、 私の場合はそういう感じで、大学院もね、 全然関係ない科目ばっかり取っていたので、 臨床心理師とか持っていなくて、 もう一回研修会を受けて取るGルート、 ABCDEFGのGルートっていうルートで取らなきゃいけなくてね、 心理学を学んだことない人とかね、 そういう方々と一緒にね、一週間ぐらい、 研修を受けて試験することになりました。 もうそれもですね、 ちょっとこれはもう今となっちゃ笑い話ですけど、 僕まさか自分がね、他の人と同じように 試験だけ受ければいいと思っていたら、 大学の方から連絡が来たんですよ。 事務所から。 もう大学の先生として働いていましたから、 何だろうと思ったら、いや、今井先生。 実は今井先生は、 公認心理師のね、試験を受けるための要件を満たせてませんって言うんですよ。 そんなことないと思いますけどって言ってね。 これこれこうで、今井先生はこの臨床心理に関係する科目より 別の科目いっぱい取っていて、それは換算されないんですよねって言われて、 えーって、じゃあ研修会受けなきゃいけないですよねって言ったら、 そうなんですけど、研修会ってもう第一回目でしたからね。 どこもかしこも埋まっていて、本当に申し訳ないんですけど、 明日から東京の会場でそういう研修会が行われるので、 それに出ないと第一回目の試験は受けられないんですけどって言うんですよね。 1日前?ってね。その時名古屋で勤務してましたからね。 えーと思って、慌ててですね、手配をして出張して宿泊出張で行きました。 行って、そのいろんな心理学とはみたいなところからね、 また1週間勉強して試験を受けましたけど、 その時こそ悔やんだことはないですね。 ちゃんとそういうのを見てやればよかったって思いましたけどね。 そこだけですかね。だから本編でも話しましたけど、 やっぱり視覚が絡むとだいたい枠組みがあるんですよね。 その枠組みから外れない方がいいよって確かに言われてたんですよね。 言われてたのに臨床心理師が取れればいいやみたいな感じでやっていたら、 まさか国家視覚が本当にできるようになるとは思ってなかったので、 その時に苦労したってことをふと今思い出しました。 そう考えると、やっぱり視覚を取るために外しちゃいけない科目っていうのはね、 チェックすることって大事だなって思います。 そう考えるときっと私のようにね、 おっとこちょいでマークしちゃう方も学生さんの中にはいらっしゃるんだろうなって思いましたので、 今日はそういったガイダンスの日でもありますので、 ちょっと悩んでるなと思ったらまた積極的に声かけてみようかななんて改めて思いました。 今日も本当に天気は僕がいるところはあまり良くないんですが、 気分だけは明るくして活動していきたいなと思っております。 お仕事終わりに聞いていただいている方は本当に今日も一日お疲れ様でしたということになりますかね。 それでは今日も皆さんの心が軽くなることを願っております。 また明日お会いしましょう。 もっと見る #役にたった学校の勉強 今井正司のココロが軽くなるラジオプレミアム放送配信中!01:301.オープニング00:232.タイトルコール09:593.「役に立つ」から抜け出て学ぶと面白い09:484.最近の学校の傾向09:315.コメントありがとうございます😊08:186.エンディングコメント感想・質問・応援メッセージを書こう ひさえ2024年4月22日いつも素敵な放送ありがとうございます。お話を伺っていて、中学生の時先生が言われた(というか、隣りのクラスの学級便りで偶々目にした)「勉強は川の底に沈む砂金のようなもの」という言葉を思い出しました。勉強した内容が直接役に立たなくても、物事を見る視点、取り組み方、関わった先生や友達の記憶がいつの間にか川底=心の深いところに溜まっていって、生きる力になるイメージです。テーマとはズレるかも知れませんが、日々の生活の中でも無駄なことはないのだと思って元気が出ました。ありがとうございます!1返信 いまいしょうじ|こころラボ2024年4月28日こちらこそ、いつもありがとうございます。先生の格言、素晴らしいですね。大人になるとその言葉の意味が沁みてきます。勉強って、覚えることじゃなくて、苦しみながら考え続けることだと思うので、役立つか否かの視点以外の学びも必要に思うこの頃です。役に立たない学びの方が面白いと感じるこの頃です、笑1
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#387 家族を支える認知行動療法 5-4:SPACEに学ぶ、子どもの力を信じる親支援 ⌘ 巻き込みを減らしたら子どもが激しく反発した 41分・8月14日・ 223再生AI目次SPACE実践:子の反発に親がどう向き合うか子の反発:消去バースト以外の多角的解釈子の攻撃性への対処:安全確保とサポーター攻撃性と不安:別々に評価する重要性とはSPACEの有効性:解明途上のメカニズム
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勉強した内容が直接役に立たなくても、物事を見る視点、取り組み方、関わった先生や友達の記憶がいつの間にか川底=心の深いところに溜まっていって、生きる力になるイメージです。
テーマとはズレるかも知れませんが、日々の生活の中でも無駄なことはないのだと思って元気が出ました。ありがとうございます!
先生の格言、素晴らしいですね。大人になるとその言葉の意味が沁みてきます。勉強って、覚えることじゃなくて、苦しみながら考え続けることだと思うので、役立つか否かの視点以外の学びも必要に思うこの頃です。役に立たない学びの方が面白いと感じるこの頃です、笑