# 264 【レポート】第7回 哲学スナック・本質観取「健康とは何か」
07:09
69再生
本質観取とは、1つのテーマに対して、そこにいる人たちがそれぞれの具体的な体験を持ち寄り、「これがなければそれとは言えない」という核心的な特徴を対話の中から浮かび上がらせ、参加者全員が納得できる共通了解をつくっていく哲学対話の手法です。
昼スナでは、この本質観取を月に一度のペースで開催しています。
ㅤ
哲学と聞くと何やら難しい概念を喧々諤々する、というイメージがあるかもしれませんが、本質観取は「課題解決」の手法です。
例えば福祉施設で「よいケアとは何か」、学校で「よい教育とは何か」、お店で「よいおもてなしとは何か」をスタッフ全員で言語化することで「何に優先順位を置くか」を共有できます。
全員が発言し、ボトムアップ式に組織の理念を言語化していくことができ、様々な意思決定のプロセスを明確かつ短縮化することができます。
ㅤ
ーーーーーーーーーーーーーー ㅤ
<過去の様子をラジオVoicyで聞けます>
■#166【レポート】第1回哲学スナック・本質観取「価値があるとは何か」~全員が納得できる共通の土台を作る
https://r.voicy.jp/YQm4DgWLm2W
■#176【レポート】第2回 哲学スナック・本質観取「よい場とは何か」~違和感こそが他者への最大の貢献
https://r.voicy.jp/YQm4D6wam2W
■#193【レポート】第3回 哲学スナック・本質観取「大人とは何か」
https://r.voicy.jp/nEmNe1nkKXk
■#203【レポート】第4回 哲学スナック・本質観取「人を信じるとは何か」
https://voicy.jp/channel/821343/7725890
■#229【レポート】第5回 哲学スナック・本質観取「親子とは何か」
https://voicy.jp/channel/821343/7803396
■#250【レポート】第6回 哲学スナック・本質観取「はたらくとは何か」
https://voicy.jp/channel/821343/7868588
ーーーーーーーーーーーーー
ㅤ
ㅤ
今回は扱うテーマを当日のメンバーで決めました。
いま困っていること、モヤモヤしていることをあげてもらい、気持ちが一番乗ったものを選ぶのですが、この日、一番熱を持っていたのは「健康とはなにか」。
ㅤ
このテーマをあげた方は、自分が不調であることが、知らないうちに周りに影響を与えているのではないかという気づきから、健康とは何かが分かればやるべきこと、やめるべきこともわかるかもしれない、と期待していました。
ㅤ
それから30分ほどかけて、それぞれが「これは健康だった」「これは不健康だった」という具体的なエピソードを持ち寄りました。
ある方は「体調が悪いときにきちんと連絡して休めることが健康なのではないか」と話しはじめました。会社に迷惑をかけまいと無理をして出社してしまいがち。でも人には波がある。無理を続けることをよしとする空気の中で、休むという選択ができることが、健康に近いのではないか。
ㅤ
小学校1年生のときの記憶を語った方もいました。隣の席に好きな子がいて、会いたくて仕方なくて、学校に向かう道のりの一秒一秒が楽しかった。あれが自分にとって一番健康だった時期だったかもしれない、と。希望と、それに向かって動く自分の行動力がぴったりくっついている状態。欲望に素直でいられること。そこには健康という言葉から連想する体調の良し悪しとは違う感覚がありました。健康という言葉は「病気でないこと」よりずっと広い場所になっていきます。
ㅤ
料理が苦手だと気づいて、それを家族に委ねたことで自分の時間ができ、心身ともに楽になったという話もありました。何でも自分でやらなければと握りしめていたものを手放したら、周りも自然と動き出した。できないことを認めて手放すことが、心身の回復の入り口になっていた。
ㅤ
この「手放す」「諦める」という言葉をめぐって、対話は少し粘っていきました。諦めるというとネガティブに響くけれど、ここで言われていたのは、自分にできることとできないことを見極め、本来やりたいことに集中できるようになる状態としての諦めでした。年齢を重ねて気合いでカバーできなくなったからこそ見えてくるものがある、という声もあれば、発達に特性のある人たちが、できないことをはっきりと諦められることへの羨ましさを口にする声もありました。定型に無理に合わせようとして苦しむより、自分の輪郭をはっきりさせて、そこに集中できることのほうが、健康に近いのではないか、と。
ㅤ
痛みは避けるべきネガティブなものとされがちですが、本来は自分へのお知らせなのに、忙しさや世間体の中でそれを無視し続けてしまう。痛みを感じ取れること、そしてそれをちゃんと言葉にできることが、健康の条件のひとつではないか、という声もありました。
ㅤ
楽しめているかどうかも、大事な軸として浮かび上がりました。身体はどこも悪くなくても、何をしても楽しいと思えないなら、それは健康と言えるのだろうか。逆に、機能的には支障があっても、自分の意思で選び、楽しめている状態なら、それは健康と呼べるのではないか。
ここで出てきたのが、選べること、選択できることが健康なのではないか、という視点でした。楽しむことも、休むことも、行かないことも、自分で選び取れているかどうか。
ㅤ
そして最終的にこんな言葉になりました。
ㅤ
「健康とは、本来の自分を明らかにし、心と身体を大切に使っていること」
ㅤ
終えてみて、健康というテーマは最初ピンときていなかったが、実は今の自分にタイムリーだったという声、ぼんやりしたものが言葉になっていくプロセスを体感できてよかったという声もありました。
ㅤ
自分の人生を、自分の言葉で誰かに聞いてもらう。他の人の人生を聞かせてもらうことで、新しい何かが生まれる。
今日も、健康という手垢のついた言葉が、参加者一人ひとりの具体的な経験を通って、もう一度、生きた言葉として立ち上がっていったようでした。
次回もどんなテーマが立ち上がるか、とても楽しみです。
ㅤ
日時:2026年8月9日(日)10:30-12:30
場所:中洲昼スナ「役にたたなくてもいい場所」
福岡市博多区中洲2丁目7-5 第3タワービル2階 bar Day-Break
参加費:価格2000円(1ドリンク付き)
※昼スナに参加される方はチャージ代(1,000円)が無料
https://honshitsukanshu08.peatix.com
ㅤ
【こんな方におすすめ】
✅ 哲学対話・本質観取を体験したい
✅ 新しい視点を持ち帰りたい
✅ 他人の物差しではなく、自分の言葉で世界を捉え直したい
✅ 他者の視点をヒントに自己理解を深めたい
ㅤ
お申し込み・お問い合わせ:
PeatixまたはDMでご連絡ください。当日参加も歓迎します。
昼スナでは、この本質観取を月に一度のペースで開催しています。
ㅤ
哲学と聞くと何やら難しい概念を喧々諤々する、というイメージがあるかもしれませんが、本質観取は「課題解決」の手法です。
例えば福祉施設で「よいケアとは何か」、学校で「よい教育とは何か」、お店で「よいおもてなしとは何か」をスタッフ全員で言語化することで「何に優先順位を置くか」を共有できます。
全員が発言し、ボトムアップ式に組織の理念を言語化していくことができ、様々な意思決定のプロセスを明確かつ短縮化することができます。
ㅤ
ーーーーーーーーーーーーーー ㅤ
<過去の様子をラジオVoicyで聞けます>
■#166【レポート】第1回哲学スナック・本質観取「価値があるとは何か」~全員が納得できる共通の土台を作る
https://r.voicy.jp/YQm4DgWLm2W
■#176【レポート】第2回 哲学スナック・本質観取「よい場とは何か」~違和感こそが他者への最大の貢献
https://r.voicy.jp/YQm4D6wam2W
■#193【レポート】第3回 哲学スナック・本質観取「大人とは何か」
https://r.voicy.jp/nEmNe1nkKXk
■#203【レポート】第4回 哲学スナック・本質観取「人を信じるとは何か」
https://voicy.jp/channel/821343/7725890
■#229【レポート】第5回 哲学スナック・本質観取「親子とは何か」
https://voicy.jp/channel/821343/7803396
■#250【レポート】第6回 哲学スナック・本質観取「はたらくとは何か」
https://voicy.jp/channel/821343/7868588
ーーーーーーーーーーーーー
ㅤ
ㅤ
今回は扱うテーマを当日のメンバーで決めました。
いま困っていること、モヤモヤしていることをあげてもらい、気持ちが一番乗ったものを選ぶのですが、この日、一番熱を持っていたのは「健康とはなにか」。
ㅤ
このテーマをあげた方は、自分が不調であることが、知らないうちに周りに影響を与えているのではないかという気づきから、健康とは何かが分かればやるべきこと、やめるべきこともわかるかもしれない、と期待していました。
ㅤ
それから30分ほどかけて、それぞれが「これは健康だった」「これは不健康だった」という具体的なエピソードを持ち寄りました。
ある方は「体調が悪いときにきちんと連絡して休めることが健康なのではないか」と話しはじめました。会社に迷惑をかけまいと無理をして出社してしまいがち。でも人には波がある。無理を続けることをよしとする空気の中で、休むという選択ができることが、健康に近いのではないか。
ㅤ
小学校1年生のときの記憶を語った方もいました。隣の席に好きな子がいて、会いたくて仕方なくて、学校に向かう道のりの一秒一秒が楽しかった。あれが自分にとって一番健康だった時期だったかもしれない、と。希望と、それに向かって動く自分の行動力がぴったりくっついている状態。欲望に素直でいられること。そこには健康という言葉から連想する体調の良し悪しとは違う感覚がありました。健康という言葉は「病気でないこと」よりずっと広い場所になっていきます。
ㅤ
料理が苦手だと気づいて、それを家族に委ねたことで自分の時間ができ、心身ともに楽になったという話もありました。何でも自分でやらなければと握りしめていたものを手放したら、周りも自然と動き出した。できないことを認めて手放すことが、心身の回復の入り口になっていた。
ㅤ
この「手放す」「諦める」という言葉をめぐって、対話は少し粘っていきました。諦めるというとネガティブに響くけれど、ここで言われていたのは、自分にできることとできないことを見極め、本来やりたいことに集中できるようになる状態としての諦めでした。年齢を重ねて気合いでカバーできなくなったからこそ見えてくるものがある、という声もあれば、発達に特性のある人たちが、できないことをはっきりと諦められることへの羨ましさを口にする声もありました。定型に無理に合わせようとして苦しむより、自分の輪郭をはっきりさせて、そこに集中できることのほうが、健康に近いのではないか、と。
ㅤ
痛みは避けるべきネガティブなものとされがちですが、本来は自分へのお知らせなのに、忙しさや世間体の中でそれを無視し続けてしまう。痛みを感じ取れること、そしてそれをちゃんと言葉にできることが、健康の条件のひとつではないか、という声もありました。
ㅤ
楽しめているかどうかも、大事な軸として浮かび上がりました。身体はどこも悪くなくても、何をしても楽しいと思えないなら、それは健康と言えるのだろうか。逆に、機能的には支障があっても、自分の意思で選び、楽しめている状態なら、それは健康と呼べるのではないか。
ここで出てきたのが、選べること、選択できることが健康なのではないか、という視点でした。楽しむことも、休むことも、行かないことも、自分で選び取れているかどうか。
ㅤ
そして最終的にこんな言葉になりました。
ㅤ
「健康とは、本来の自分を明らかにし、心と身体を大切に使っていること」
ㅤ
終えてみて、健康というテーマは最初ピンときていなかったが、実は今の自分にタイムリーだったという声、ぼんやりしたものが言葉になっていくプロセスを体感できてよかったという声もありました。
ㅤ
自分の人生を、自分の言葉で誰かに聞いてもらう。他の人の人生を聞かせてもらうことで、新しい何かが生まれる。
今日も、健康という手垢のついた言葉が、参加者一人ひとりの具体的な経験を通って、もう一度、生きた言葉として立ち上がっていったようでした。
次回もどんなテーマが立ち上がるか、とても楽しみです。
ㅤ
日時:2026年8月9日(日)10:30-12:30
場所:中洲昼スナ「役にたたなくてもいい場所」
福岡市博多区中洲2丁目7-5 第3タワービル2階 bar Day-Break
参加費:価格2000円(1ドリンク付き)
※昼スナに参加される方はチャージ代(1,000円)が無料
https://honshitsukanshu08.peatix.com
ㅤ
【こんな方におすすめ】
✅ 哲学対話・本質観取を体験したい
✅ 新しい視点を持ち帰りたい
✅ 他人の物差しではなく、自分の言葉で世界を捉え直したい
✅ 他者の視点をヒントに自己理解を深めたい
ㅤ
お申し込み・お問い合わせ:
PeatixまたはDMでご連絡ください。当日参加も歓迎します。
昼スナママ・フィッシュ明子の役にたたなくてもいいラジオ
フィッシュ 明子
- 00:161.
タイトルコール
- 06:532.
「健康とは、本来の自分を明らかにし、心と身体を大切に使っていること」
コメント

感想・質問・応援メッセージを書こう