TOPライフスタイル子育て日々笑進 〜教室のなか〜知頭と地頭15:51 7月21日 418再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「ちあたま」と「じあたま」の決定的な違い「じあたま」は先天性か後天性か?地頭を鍛える学級通信の意外な力地頭力の源泉「QNKS」とは何か?思考力・判断力を高める実践法AI文字起こし(β版) # チャプター 1 はい、みなさんこんにちは。日々精進Voicyパーソナリティのリュウです。 本日もみなさんが笑顔になって進んでいけるようなそんな放送にしていきたいと思います。 はじめまーす。 # チャプター 2 ちなみにこれはですね、車内でマイクを使って撮っております。 音声の聞こえ方はどうでしょうか? クリアに聞こえているのかな? 前回のやつはですね、ちなみにアンカーのイヤホンのマイク機能を使って撮らせてもらってみました。 多分こっちの方がクリアに聞こえているんじゃないかなと思います。 もしよかったらコメントください。お願いします。 では本編へどうぞ。 # チャプター 3 はい、今日の本編はですね、「ちあたま」っていうのと、「じあたま」っていうところのね、お話をしてみたいなと思います。 まあ、「じあたまがいい」っていう言葉結構使うんじゃないかなと思います。 「あの子じあたまいいよなぁ」みたいな。 子供でも、「あの子ちあたまええなぁ」みたいな。 なんかそんな言葉ってよく使うんじゃないかなと思うんですけれども。 さて皆さんに質問なんですけれども、「じあたまがいい」ってどんなイメージですか? まあ例えば、アイディアがよく思いつくとか。 すぐに未知の状況に対してですよ。 すぐにその解決策を出してくるとか。 例えば、いろんなものの論理の構造をすぐに組み立てられることができる。 まあ多分この放送を聞いてたら、「じあたまがいい」、「あー、くずはらさんのことな」みたいなこんな感じで思ってる先生もいるかなと思います。 あの間違いなく僕もそうだなと思っていて。 「じあたまがいい」っていうのは、ただただ知識量があるか云々とかじゃない。 その瞬間の閃きやアイディア、思考力や判断力って言われるやつが、いわゆる僕は「じあたま」として定義されるんじゃないかなと思っています。 一方で、「ちあたま」、知識ですね。 知力の知。この「ちあたま」っていうのは何かというとですね、僕は知識や技能。 知識ですね、ほぼほぼ。 一問一答的な知識、いわゆる浅い学びと言われるものが、「ちあたま」なんじゃないかなと思っています。 例えば、本を読んで得られる知識であるだとか、教科書を読んで得られる知識。 あとはもうシンプルに誰かに聞いたら分かる知識。 チャットGPTとかAIに聞いたら分かる知識。 これらを使っているのがですね、「ちあたま」と言われるものじゃないかなと思います。 例えばですね、受験とかでも結構あるくないですか。 なんかテストとかで自分たちで点数を取ろうと思えば取れるみたいな。 でもなんか別のことでそれらを適応しようかなと思ったら一気にうまくいかへん。 これ結構あるなと思うんですけど。 例えば東大生の中にも結構よく言うじゃないですか。 東大生って勉強したら出切りを入れますっていう人と、東大の中でもここの部は別格だとか。 なんかもう次元が違うみたいな。 そもそもやけど、あのお店の構造が違うみたいな。 まあ、教大とかでも結構あるかなと思うんですけど。 なんかそんな感じです。 シンプルに勉強だけとか自分の今までの知識や経験っていうものを活かした上でできるもの、解決できるものですね。 解決できるものがある。 これが「ちあたま」って言われるものなんじゃないかなと思います。 「じあたま」っていうのはですね、もうシンプルに未知な状況のものに対して思考力や判断力を活かしていくものごとを解決していく。 これらが「じあたま」って言われるものだなと思ってます。 じゃあこの「じあたま」ってやっぱりいいって言われる方がいいじゃないですか。 なんか、「じあたまいいな!」って言われると、なんか嬉しいなってなりません? 僕はね、なるんですよ。 なんか頭いいよなって言われる。 おー、気持ちいいってなっちゃいますよね。 そうなんですね。 でもこの「じあたま」って結局僕は鍛えられると思ってて。 「じあたま」って言われると、なんかね、もともと持ってる能力の差なんかなって結構思われがちなんですけど。 この「じあたま」を使うトレーニングをしてるかどうかやなって僕は思ってるんですよね。 で、自分で言うのもなんですけど、僕はたぶん「じあたま」を使うトレーニングをめちゃくちゃ積んできてると思ってます。 その理由をちょっと言いますね。 # チャプター 4 なんかこう、自分で自分のことを、地頭のトレーニングできてるって言うのって、すげー恥ずかしいですけど。 でもなんか、少なくとも結構ここ関わってるんじゃないかなーって思うことがありまして。 ま、つまり、自分で自分のことをしっかり考えているのかどうかっていうことですね。 ま、自分が自分のことを、ま、僕がね、 コンタニー・リューはコンタニー・リューのことをどれぐらい知ってるんですかって言われたら、 たぶんね、知らないこといっぱいあると思うんですよ。たぶん2パーぐらいしかわかってないと思うんですけど。 でもトレーニングしてる自信はあります。なんでその自信はあるんですか。 なんでそんなに自信あんのって言われたら、あるんですよ。 なんでかって言うと、僕、学級通信毎日書いてるから。 そうなんですよね。学級通信に出てくる言葉って、自分を振り返ったりとか、 自分が教室を見とって、自分から生み出す言葉でしか表現できないわけですよね。 それが過去の経験で、例えば子供たちが授業中にうるさい状況であるかとか、 そういった騒がしい状況であるっていうときに、教育技術書には、例えば注目させるような指示を出しましょう。 指の合図を使いましょう。目線です。姿勢です。立ち位置です。みたいな。 一番最初にちょっとだけ大きな声を出して、その後ゆっくり静かに喋ってみましょう。 みたいな、こんな教育技術は載ってはいるんですよ。載ってはいるけど、でもそれを実際に僕が使えるかどうかって別の話だと思ってて。 その場面を切り取ったときに、僕は自分を振り返るわけですね。 子供たちが授業中、とても騒がしかった。なかなか集中モードにならなくて、ずっとおしゃべりが収まらない状況だと。 そんなときに僕は、いろんな教育技術を使ってそれをやるかと言われたら、たぶんやらないんですね。 本を読むことってほぼほぼなくて。そういった教育技術の本とかね。 それをやったときに、自分の中のものじゃないなというか、自分で考えたものじゃないから、すげえ薄っぺらくなって子供たちに伝わらへんなって思ってるんですよね。 つまり、血頭でしかないというか。 そういうの、たぶんチャットGPTとかに聞いたらすぐ出てくると思いますよ。AIに聞いたらすぐ出てくると思いますよ。 こんな教育技術があります。こんなふうにやってください。 出てくると思うんだけど、なんかそうじゃない。 だから僕は学級通信に、その1日の子供たちの様子や表情、そのときの態度、そのときの言葉、そのときの仕草っていうものを全部思い起こした上で、学級通信にたった400文字です。 400文字ですけど、そこの1文字1文字にすごく熱量を込めて書くわけですね。 この時間が僕にとっては、地頭を使ってる時間なんです。 自分でいろんなものを組み上げて、これっておそらくこうなんじゃないかな。 例えば、ある子が僕に突発的に発言をしまくってくるっていうのは、彼自身は注目を集めたいからだけじゃない気がする。 そもそもだけど、その座席の位置が悪い可能性があるし、もしかしたら足元がなかなかどっしり地に足ついていない状態なのかもしれない。 物理的についていない状態なのかもしれない。 もしくは、鉛筆の長さが合っていないのかもしれない。 教科書を開くという、この行為というものを練習してきてないだけなのかもしれない。 自分の頭の中には自由研究をしたいという、そういった考えが、全部支配しているのかもしれない。 もっと自由にやりたいと思っているのかもしれない。 みたいなことをずっと頭の中で考えながら、学級通信に書くわけですね。 あなたがあなたである時、最も輝く。 自分が興味があることを僕は否定はしない。 それはすごく大事なものだ。 だけれども、あなたの素晴らしさというものを周りの子たちが認めてもらおうとするのであれば、 確実にみんなと一緒にできるものも必要だ。 じゃないと、あなたの価値やあなたの意味というものが、周りの人からちゃんとした正当な評価を得ることができなくなっちゃう。 それだったら、先生はすごくもったいないと思う。 そんな生き方というのも大事だよ、ということを学級通信に書いたりするんですね。 これは僕自身の経験や僕自身の考え出したものから、どんどんどんどん抽象度を上げていった結果、出てきた言葉であり、子供たちに伝えたい言葉である。 これが僕が自頭を一生懸命に使っているという、そのトレーニングです。 だから自分自身を振り返って、自分だけの言葉でも本当に脳みそ疲れながら、脳みそで汗かきまくりながら喋っているという、この状況も僕は自頭を使っている状況だと思っています。 # チャプター 5 この字頭を使っている状況って、もっと簡単に言いますね。もっと簡単に言うと、QNKSしているという状態です。 QNKSっていうのは、あらゆる問いに対して情報を抜き出してきて、組み立てて整理をするっていう、このプロセスなわけですよね。 このプロセスの中にはですね、確実にいろんな知識を一問一答式に答えるだけじゃなくて、それらを繋ぎ合わせたりとか、 さらに自分の意見を付け足したりっていうところが絶対必要になってくるわけです。 これ、字頭使ってますよね。で、それらを構造化して自分で喋るって。これ、めちゃくちゃ字頭使ってますよね。 この字頭を使うというトレーニングをしてきた結果、何が起こるのかっていうと、見方・考え方・けてぶれQNKSが手に入るようになるんですね。 これが手に入ると、いわゆる字頭がいいって言われるようになります。 くずはなさんが、世の中、見方・考え方・けてぶれQNKSやってよく言ってるのは、僕はここやと思ってて、 あの人ね、字頭がいいって絶対みんな思うじゃないですか。 そこの要因は、字頭を使うトレーニングをあの人はしてきたからだっていう、これが僕の言語化です。 そうなんですよ。あの人、字頭がいいって。字頭いいですよ、絶対。 でも、字頭がいいというのは、自分で物事を考えて、自分でQNKSを回しまくって、自分でけてぶれを回しまくってきた結果、 字頭がよくなるトレーニングをしてきたっていうだけ。 ただただ塾に通って問題集をやって、その問題を解いてとかじゃなくて、 なんでその答えになるの?みたいな、そのプロセスの部分を一生懸命に考えまくってきたからこそ、 その字頭の良さっていうのがあるんじゃないかなって、僕は思っています。 さらに、そこだけじゃあかんから、実際にやってみるという体験も踏まえて、いわゆる経験主義的にやってみる。 自分の頭の中を構成主義的に考える。そうすることによって、さらに自分というものが深まっていく。 自分の考え方、自分の字頭というものが、どんどんどんどん精度が上がっていく。 連度が上がっていく。順度が上がっていく。っていうことに繋がっているんじゃないかなと、僕は思っています。 # チャプター 6 じゃあ皆さんあれですよね。 地頭よくなりたいですよね。 そうなんですよ。 じゃあ解決策。 解決策なのかな。 地頭を良くするトレーニングどんどんパフパフ。 なんですか?って。Q&Aケースです。 頭の中でQ&Aケースしまくってください。 苦しくても喋りまくるとか、苦しくてもノートに書きまくるとかっていう、この苦しさの中で新たなものを生み出す。 そうするとですね、勝手に抽象度が上がってくるわけですね。 例えば子供同士が喧嘩が起きました。 喧嘩が起きた内容がお互いに煽り合った喧嘩です。 って言われた時に、大抵の人はどんな解決の仕方をするかっていうと、過去の経験に合わせて自分の血頭を使って、 過去にこんな解決の仕方を使ったな。 じゃあ今回もこの解決の仕方を使ってみよう。 ってやるから上手くいかなくなる。 そんな時に抽象度を上げて、自分の頭を使うんですよね。 じゃあその自分の頭を使うっていうことの、もっと抽象度を上げた結果、どんな手段があるのかっていうところですよね。 それは何かというと、何のためにこの話し合いをしているのかっていうのと、今の現状はどうなっているのかっていうことですよね。 ここの部分を把握した上で、解決策を考えていかないといけない。 この考え方ができないと、僕は自分の頭がよくならないと思っていて。 いや、過去の経験から子供たちは、こんな場合は、例えば煽り合いの喧嘩をしていた場合は、お互いにまず意見を聞きましょう。 お互いにまず意見を聞いた後に、お互いの嫌だったところを言い合いましょう。 いや、もうこれで過去は上手くいったかもしれへんけども、今回目的が違うかもしれへんや。 現状が違うかもしれへん。 ここの部分を把握しやがら、いや、そもそも上手いこと回るわけねえじゃんって思うんですよね。 結局、その場その瞬間で、自分の頭の中でどんだけQ&Aケースとして構築できるのかっていうところが、僕は大事だなと思うんです。 これが結局、頭がいいっていうものに繋がってくるんじゃないかなって思っています。 その場その瞬間で、結構フィードバックが大事だって僕は言い続けてるんですけど、 じゃあそのフィードバックって、毎回同じフィードバックしてるかって言われたら、僕毎回同じじゃないですかね。 道徳に関しても、毎回問い返し発問は一緒ですかって、ある程度のカタはあるし、抽象度は高められるけれども、でも毎回同じじゃないですか。 だから他の先生方になんて言われるかっていうと、なかなか上手く問い返しができませんとか、なかなか深まりませんって言われるのは、結局ここじゃないかなって思って。 それは別に知識量がないとか、自ら頭が悪いって言ってるわけじゃなくて、だって僕自身が組み上げてきた道徳の授業だもん。 それは問い返しも絶対違うと思うし、目的も絶対違うと思うし、子供たちの現状も絶対違うと思うし、 それらを全部組み合わせた上で、僕はあの授業をやっている。 あのような楽器を作りをやっている。 っていうことです。 # チャプター 7 はい、ということでいかがだったでしょうか。なんか、地頭じゃなくて地頭を良くしていきましょう。 もう結論から言うとですね、地頭を良くするためにQNKSなんですよね。QNKSをやりましょう。 なので、子供たちにも地頭が良くなっていきたいっていうのであれば、QNKSをやらせましょう。 で、QNKS、地頭っていうのはですね、思考力や判断力のことです。 未知な状況にどんだけ思考力や判断力を用いて、自分の今まで得た知識の抽象度を上げて考えることができるのか。 これです。言われたことをそのままやるとかじゃなくて、自分自ら考えてやっていくってこれ主体性にも関わってきます。 なので、思考力や判断力っていうものを上げるためにQNKSをやらせましょう。 自分で何か物事、情報を得てきて、それらを組み構造化して、それらを話すことができる、文章化することができる、伝えることができるっていうことが一番大事になってくるんじゃないかなと思います。 だから蹴手ぶれもすごく大事だと思うんですよね。蹴手ぶれも大事だし、QNKSも大事。だから両輪なんですね。 さらに自分の心も大事なので、心と向き合うっていうのも大事なので、あらゆる意味でQNKS、蹴手ぶれ、シーンマトリックスっていうこの三本間白っていうのは絶対外せない見方考え方、人生の生き方の一つなんじゃないかなって思っていますし、 そもそもそれでしかないっていう。ということで、僕の結論です。最後まで聞いていただいてありがとうございました。終わりまーす。 もっと見る日々笑進 〜教室のなか〜隆/紺谷隆00:131.チャプター 100:262.チャプター 203:573.チャプター 304:434.チャプター 402:105.チャプター 503:016.チャプター 601:247.チャプター 7コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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