TOPライフスタイル子育て日々笑進 〜教室のなか〜先生は怖いけど、怖くはない10:56 18時間前 95再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次「怖いけど怖くない」と言われる理由分析先生の「怖さ」を構成する二つの要因「怖くない」を形成する人間的魅力教師として誇る「中庸」という両面性両極評価が示す教師としての誇りAI文字起こし(β版) # チャプター 1 はい、みなさんこんにちは。秘密法人Voicyパーソナリティのリュウです。 本日もみなさんが笑顔になって進んでいけるようなそんな放送にしていきたいと思います。 はじめまーす。 # チャプター 2 はい、ということでね、いったん水を飲みまーす。 はい、もう放送始まる前に飲んどけっていう話なんですけれどもね、 これ2本連続で実は撮っておりましてですね、今から話すことは何かというとですね、 先生は怖いけど怖くないっていう、このことについて話をしていきたいと思います。 ある子がですね、3年生の女の子ですよ。先生はさ、なんか怖いけど怖くないねみたいなことを言ったんですよね。 なんでかなーって思って、そのことを自分なりにちょっと分析をしてみたわけです。 なんで僕は怖いけど怖くないんだろうか。 じゃあまず怖さっていうのをどこに感じたのかっていうのを自分なりに分解してみたいと思います。 では次のチャプターは、怖さの分解です。 # チャプター 3 自分の怖さの分解をしていった時にですね、僕の怖いっていう要素は何だろうかっていうとですね、もう完全に多分雰囲気ですよね。 自分の空気感はもう怖いと思います。 だって体がそもそもですけど男性っていう形ででかいじゃないですか。 僕多分一般の男性よりもちょっとあの肩幅広い男性なので、もしかしたらその辺で威圧感を与えているのかもしれません。 小学校3年生の子供たちからしたらですね、やっぱり男性の大きい先生は怖いじゃないですか。 そしてですね、声も出るわけです。声も張れるわけですね。じゃあ声も張った時にですね、やっぱりその威圧感っていうものはですね、子供たちからしたらとても怖いものなんじゃないかなというふうに思っています。 それでですね、僕厳しくするとか厳しくするんです。 「ありがとしや。」とか、「なにしや。」とか全然言います。 「なにしや。」とか全然余裕で言います。 なので、暴れたりとかしたら、「なにしやねん。」とか全然言いますよ。 めっちゃ冷たく言ったりとかしますよ、もちろん。 僕は成人とかじゃないんで。 全然普通に指導しますし、普通に冷たい時あります。 ヘラヘラはしてますけど、ずっとそういうわけじゃありません。 あかんものはあかんって言うし、多分厳しくします。 これが怖さの要因の一つ。 そして怖さの要因の二つ目は、詰められるところをめっちゃ詰められるっていうことです。 何のためにやるの?とか。 なんで、さっきの計画こうだったじゃん。 じゃあなんでそれを変えようと思ったの? それは、それを何しに行って、どんな情報を得てきたの? そしてそれをどう組み立てたの? それを学び、どこに記録したの?なんていうふうにめちゃくちゃ詰めるとき詰めます。 ああ、多分言い逃れしようとしてるな、とか。 ああ、なんか自分の楽しい方向だけに向かってやっていってるな、みたいになったときは余裕で詰めます。 多分これが怖さの要因です。 子供たちからしたら、この先生やばい、逃げられへんみたいな。 この空気感はきっとあるんでしょうね。 間違いないです。 だって僕はなんとなくこの子供の今逃げようとしてるなという空気感を感じるんだから。 別に信じてるよって。信じてるけど、でも先生はこう思ってるけどどう? 全然余裕で詰めます。 それはある程度の証拠があって言ってます。 その証拠がなくて、自分の感情だけの話をしちゃうと、子供たちはですね、 この先生何も見てへんのにそんなこと言ってくれや、みたいになっちゃうんで。 じゃなくて、あなたの一本目はこうだったよね。 じゃあ、あなたは今その本を持ってきてノートに書こうとしてたじゃん。 一生懸命にノートに書こうとしていて、それをお友達と一緒に迎え合いながらやってたわけでしょ。 でもそれは何のためにやってたの? それは自分が楽しいからそこに向かってやってたの? じゃあ、どんな問いを出してたの? その問いがないのにそれをやっていたのであれば、 そこの学びっていうので、どんな情報を集めてきてるのか自分で曖昧になってるじゃん。 つまり、ただただ絵を描きたいからそこにやってるんじゃないの? そういうことになっていくよね、みたいなことを見てるから言えるんですよね。 つまり、常に感じ取ったり見てると、そのことを子供たちに伝えることができるじゃないですか。 証拠って何かって、こっちも情報集めですよ。 なんでそれを言うことができるのか、なんでそこまで詰めることができるのかっていうと、 情報集めをしてるから詰めることができるんですよね。 詰めるっていう言い方をしたら、 ごめんなさい。 詰めるっていう言い方をしたら、あんまり気持ちいいものじゃないかもしれないんですけど、 でも僕は詰めてます。 これがたぶん子供たちが、僕に対しての怖さのゆえんじゃないかなというふうに思います。 では次のチャプターですね。 僕が怖くないっていうことを、なんでそうなのかなっていうのをちょっと分解していきたいと思います。 # チャプター 4 僕が怖くないって言われるゆえはですね、 何かって言うとですね、多分妖怪やからです。 めっちゃ大きい声で笑うし、めっちゃリアクション取るし、 全然笑顔やし、子供たちのことめちゃくちゃ褒めるし、 子供たちと一緒に全然遊ぶし、 だから怖くないって思われるんやと思います。 怒るときもですね、理の整然と話をするんですね。 シンプルにめちゃくちゃ怒鳴るなんてことなんて、ほぼないです。 怒鳴るなんてことじゃなくて、今このトーンで、 それはどういうつもり?って。 目力で制することがあるからです。 でも口は笑顔みたいな。 だから怒ってる、怖いけど怖くないみたいな。 怒ってるか怒ってないかわからないみたいな。 だから先生が頭の中で、多分こんなこと言うだろうなみたいなことを、 未来予知してると思うねんなみたいなことを子供が言ってるわけですよ。 その通りであって、子供たちのその瞬間っていうのを見て感じて、 僕の頭の中である程度、この先ってこういう感じになっていくんやろうな、 みたいな組み立てができるわけですよ。 じゃあその組み立てを元にして、子供たちと対峙するわけですね。 じゃあ子供たちと対峙したときに、別にそんな、 自分の感情に任せて怒る必要ないじゃないですか。 だって自分の組み立ての中で、おそらくこうするんだろうな、 みたいなことが出来上がってるわけだから。 じゃあ僕は子供たちに冷静に自分の思いを伝えていくだけ。 冷静に思いを伝えていったらいいや。 そりゃこのトーンで話になるでしょ。 僕は自然と自分の喋り方とか、自分の空気感、自分のマーとか、 そこに圧倒的な圧が込められているっていうのは 自分でも分かっているわけです。 じゃあ別に顔ぐらい笑顔でいいじゃない。 だから子供たちが、先生は怖いけど怖くないっていう ゆえんはここなんじゃないかなって思います。 男性としての圧はあるし、その言葉の重みっていうのも きっとあると思うし、 怒ったときは全然怖いっていうのもあると思うんだけど、 一方で笑顔で、そしてリアクションが大きくて、 どっちかというと陽キャで、 自分で陽キャっていうのもなんか変ですけど、 一緒に遊んでくれてみたいな、そんな先生なわけですね。 それは怖いけど怖くないって言うやろうな。 その怖くないっていうところに入っているのは何かっていうと、 先生が好きっていう感情が若干入っているわけですよ。 先生は別に悪い人じゃないみたいな 感情が入っているわけです。 この感情があって、怖いけど怖くないなんていうことを 言っているんじゃないかなという予想が立てられるのかなというふうに僕は思っています。 # チャプター 5 僕はこの両面ってめっちゃ大事だと思ってて、今までの子供たちにもめっちゃ言われてたんですよ。 先生はなんか優しいけど怖いとか、常に何々やけど何々っていう両面を持った言われ方を教えてたわけですね、子供たちに。 先生は面白いけど厳しいとか、先生は怖いけど優しいとか、先生はめっちゃ褒めてくれるけど言うときめっちゃ厳しい。 そう、何々やけど何々っていう両面を持っていることって、僕は教師として結構誇りに思っていて、つまり自分はどっちかに偏っていない中庸的な存在であるっていうことが、子供たちの言葉からわかるわけですよね。 この中庸の姿勢っていうのは、結構僕の中では大事にしているんです。一方に偏らないっていうことです。 この厳しいだけで言っちゃうと子供は苦しいですよね。でも優しいだけで言っちゃうと子供は余計苦しいですよ。 自由になりすぎるから、自分をメタ認知できる技術なんてないから。シンプルに自分というものをどのようにして上に登って成長させるのかを知らないから。 教えてもらえないのは、やっぱり優しいから。おかしいものをおかしいと言ってもらえない空間。それで成長できる子もいると思うけれども、ほとんどはどんどん堕落していきますよね、そこで。 そこに見えているのは、堕落の世界でしかない。でも厳しさの世界でやっていくと、子供たちは何かというと、空に閉じこもっていくんですよね。 もちろん先生に言われるからやるなんていうこの状況はできてくると思うし、先生の前では本当に静然と静かに授業を淡々と受けるかもしれない。 けども、そこにはちょっとビビってる子供たちがいてるわけですよ。 あ、終わってる、みたいな。常に先生の機嫌を伺いながらやるしかなくなって。そうじゃないじゃないですか、教育って。 だから、僕は、この両極で評価を子供たちにされているというのは、結構自分の中で誇りに思っています。 # チャプター 6 はい、ということで今日はですね、先生は怖いけど怖くないというお話でした。 皆さんは子どもたちに何々やけど何々だねっていうふうにきっと言われてるかなというふうに思います。 多分いろんな先生方は怖いけど優しいよねと絶対言われてると思いますので、 そんな両極を持っている先生、両面を持っている先生って僕は素敵だなというふうに思っています。 どちらか一方だけっていう先生のことを否定するつもりはありませんが、どちらか一方だけに偏っているというのであれば、 どこか自分というものをですね、少し見つめて振り返って、そして子どもたちと一緒に自分には何が足りなかったんだろうかな、 自分は何ができているんだろうかななんていうことを僕自身も日々精進ですけれども、 日々自分のことを精査しながら、よりよく教育に携わっていきたいなというふうに思っております。 これが教師の在り方として正解というわけではありません。 でも僕は嬉しいよ、僕は誇りに思っているよということだけは、このボイシーのところに収録しておきたいなというふうに思っています。 残しておきます。 はい、では最後まで聞いていただいてありがとうございました。 またフォロー、いいね、コメントどうぞよろしくお願いいたします。 終わりまーす。 もっと見る日々笑進 〜教室のなか〜隆/紺谷隆00:121.チャプター 100:502.チャプター 203:403.チャプター 302:324.チャプター 402:255.チャプター 501:206.チャプター 6コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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