TOPライフスタイル子育て日々笑進 〜教室のなか〜子どもはなぜ反発するのか25:21 10月1日 394再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次子供の反発:その奥に隠れた心理自由を奪われた?心理的リアクタンス自己決定理論:3つの欲求と反発「やりたくない」に隠れた未熟な感情反発する子供と「対極の自分でいる」AI文字起こし(β版) # チャプター 1 はい、みなさんこんにちは。日々精進Voicyパーソナリティーのリュウです。 本日もみなさんが笑顔になって進んでいけるような、そんな放送にしていきたいと思います。 はじめまーす。 # チャプター 2 今日の放送はですね、子供はなぜ反発をするのか、 なぜ嫌な空気を出すのか、 反発してきた子供にどのように対応をしていくのかという話です。 じゃあまず問いなんですけれども、皆さんは自分がイラッとする時ってないですか? いや僕はね、あるんですよ。 それは何かっていうとシンプルです。自分が否定されたと感じた時です。 自分に何か注目が集まって、そこに自分に対してマイナスなものが 当てられているという、ここですね。ここが子供の反発を生み出すんです。 つまり自分というものは正しいんだを正当化したいというこの真理が働いてきます。 僕も一緒です。誰かに何かを言われた時にそれを咀嚼して、次、前向きなエネルギーに変えていくのって結構ね、 時間いったりするんですよね。紙に書き出したりとか、自分と課題の分離。 ここに結構エネルギーを割いたりします。それが繊細な子であれば特にです。 子供たちもやっぱり繊細に感情を感じ取る子っていてると思うんですね。 繊細にその場の空気、先生の言葉、先生の圧を感じ取る子もいてます。 じゃあ、それらを感じ取る子にとって個別に話をしに行く。 これは良い点なのか、 良くない点なのか。いや、もちろんその場、その時の瞬間によるけれども、 皆さんはどうしますか。自分に反発をする子供がいてた時、 喋りに行きますか。それとも様子を見ますか。 そう、ここがね、くずはらさんの言う教育的合気道って言われる言葉で表現されるかなと思います。 この教育的な合気道をどれぐらいの解像度で使うことができるのか。 相手が一歩踏み出してきた。相手が一歩引いたからこちらはちょっと押してみる。 ここの組み合い、組み合い方ですよね。 組み合い方を調整していくことが子供たちの反発への対応になってくると思います。 やっぱりね、子供たち、 言葉がすごく少なくて、本当はこうやって表現したいんだけど表現できない。 もしかしたらなんでやらなあかんねん。 っていう言葉の裏側には自分は恥ずかしいんだとか、 できなかったらどうしよう。 これちょっと迷っててんだ。 昨日怒られて気分じゃないね。みたいな、こんな感情が混ざっている可能性ってないでしょうか。 ここの部分を踏まえた上で、僕たちはどのように対応していくのか、どのように対処していくのかが求められてくると思います。 僕も毎日試行錯誤なんですよ。これは客観的に表に出て言葉として表現されているわけじゃないから、余計難しいんですよね。 だから皆さん不安にならないでほしいんですけど、 僕、私は子供との対応がうまくいかないんだ。 楽器作りがなかなかうまくいかないんだ。 あの子との関係性がうまくいってないんだ。 いや、めっちゃ難しいっていうことを念頭に置いておいてほしいなと思います。 そして、うまくいってるかもなって思ってても、 それは子供が忖度してくれている場合ってあると思います。 本音でうまくいってるなんて、こんなほぼ、ほぼほぼ半分いかないと思います。 半分以上は、なんとなく周りが先生先生って言ってるから合わしとこうかなぐらいの子です。 あの先生はなんか周りの子も言ってるからいい先生なんだろうなぁみたいな。 あの先生やったらまあまあ周りの子も関わりに言ってるから僕も関わっとこう。 なんか周りの評価として高いから僕も評価高くしとこう。 子供は多分こんな感じだと思います。 大人もきっとそうじゃないですか。 あの先生とは仲良くしておいた方がいいよなぁとか、 あの先生って周りからの評判は高いよなぁ。だから私もちょっと高く見える。 僕もあの先生すごいと思う。 この空間は絶対あります。でも本当にそれが自分の本音としてあの先生はすごいと思う なのか。大人の僕たちでさえ怪しいのに子供たちが同じように感じてるかって言われたらそうじゃないと思います。 だから子供との関係性を構築していく、構築できたんだというここの捉え方ってすごく危険 だし、でも一方で それ故に曖昧が故に子供が投げかけてくる言葉を鵜呑みにするっていうのも危険です。 嫌いやねん、とか 嫌やもん、だるいもん って言われたその言葉、その裏の裏の裏ってどんな感情があるんだろうな。 までぜひ僕は一緒に考えたいなって思ってますし、それらをこっちで頭の中で QNKS回しまくって、あの子はなぜあの言葉を使うんだろう なんであんな攻撃的になるんだろう なんていうことを考えながらケテブレを回していくわけですね。これがケテブレQNKSの回転です。 この回転をしていくことによって子供たちの見取りを行っていく、フィードバックを行っていく その中でうまくいったこと、うまくいかなかったこと確実にあります。 じゃあ話、もう一度カテゴリーに分けておきます。 なぜ子供は反発をしてくるのかというところがちょっと次のチャプターで話したいなと思うところです。 ではどうぞ。 # チャプター 3 同じような例を挙げるんですけれども そもそもなんで子供って反発してくるんだろうっていうところからちょっと考えて いこうかなと思います。まあ学校にいるとあるあるかなというふうに思うんですけど なんでやらなあかんの。えー嫌やー 嫌嫌 先生が決めたんや 今やろうと思ってたのに これは教師側からすると嫌やもすると いや別にそんな起こることちゃうやん。なんでそんな嫌とか言う。なんでそんなネガティブななんて思います ただこの子供の反発について考えていくとこれって単純に 言うことを聞く子なのか言うことを聞かない子なのかというこの二分割されるわけではないっていう いやむしろどちらかというとその子の内側で何起こってんのっていうことですよね ここを見ることが大事なんじゃないかなぁと でちょっとね心理学の言葉もちょっとだけ使いながらも子供の反発について改めてね深掘りしていきたいなというふうに思っています まずはですね一つ目ですあの心理的リアクタンスって知ってますかね このリアクタンスっていうのはまあ簡単に言うとですね何かっていうと自分が 自分の意思の自由ですよね自分の自由を奪われたと感じたとき その自由を奪い返そうとしてくるっていうこの行為のことです この心の動きのことですよねえっとね例えば 宿題をやろうかなって思ったらこれ僕小学校のときめっちゃあったんですけど 小学校の僕じゃないなえっと 僕が担任してた校か僕が担任してた校がめっちゃあったんですけど どうしたんって言ったらいや宿題やろうと思ってたのにお母さんに早くやりなさいって言われんね これ完全に心理的リアクタンスってやつです 宿題やろうかなと思った時に早く宿題しなさいって言われたら急にやりたくなくなるってやつですね 大人でもあると思いますよこれは えっと家の家事を頼まれていたとしてその家事やってくださいって自分の母親に言われました とか起きようと思ってたので早く起きなさいって言われたら早くしてって言われると なんでやねんって思っちゃうって今やろうと思ってたのにパターンです じゃああれですよ もともとやろうとしてたことなのにこのやりなさいと言われた瞬間に何っていうか自分で決めた から人にやらされたに変わっていくわけです すると自分の自由を取り戻したくなるわけですよね だからやらないという選択をすることがあります これが心理的リアクタンスって言われるやつです だから子供が反発してきた時にいやなんでこいつめっちゃ反抗的やな じゃなくて そうやって捉えちゃうとちょっと見えなくなってくるものがあるんじゃないかなぁと思います もしかしたらその子は先生にこうやって反発をしたいわけじゃなくて 自分で決めたいって言ってるのかもしれない つまりその反発の中には何が混ざってるかっていうと自分の人生自分で動かしたいって 思ってるんですよね これが入っていることが結構ある これは子供を教育していく まあ教師であるが上でめっちゃ大事な力じゃないかな 思ってます あとではもう全部そうだねはいわかりました先生の言うとあるにします 先生は間違いがないです っていう子供が本当に自立した子供ですかっていうことです いやもちろん集団生活やから守らなければいけないルールので絶対ありますよ もう人殴ったあかんとか当たるじゃないですか そらそうだと思います廊下走ったら当たり前でしょ 危ないんだって 教室で暴れたらいや危ないも安心安全じゃないん でも自分で考えたいとか自分で決めたいっていう感覚そのものは僕も大切にしたいな って 思っています でこの話はですねもう1個の心理学の考え方に結構つながっていてこれはね僕結構出して いるかなと思うんですけれどもあの弟子さんとライアンさんの自己決定理論っていう 考え方 ここともつながっていきます # チャプター 4 じゃあ、自己決定理論の中にある3つの要素があるんですけれども、 心理的な欲求と言われるやつですよね。3つの欲求があります。 それは何かというとですね、自立性と有能性と関係性というやつなんですけども、 僕はですね、この3つが子供の反発を考えるときにめちゃくちゃわかりやすいと思ってて、 反発があったっていうときは、大抵僕この3つじゃないかなと思ってるんですよね。 まずは自立性です。これはなんか自分で決めたいっていう感覚。 例えば、今すぐやりなさいって言われる。この方法でやりなさいと言われること。 先生が言った通りにしなさいって言われること。 つまり選べるものがそもそもないんですよね。 なんか自分が決定している観がないっていう。 すると自分で決めたいっていう欲求が湧いてくるわけです。 これは心理的欲求ですよ。 それが、嫌や、だるい、めんどい、やりたくない、 という反発としてこうやって出てくることがある。 だから反発している子供の心の中を言葉にするとしたら、自分で決めたかった なのかもしれない。 じゃあ2つ目は何かっていうと言うのを勘ってやつですね。 これは自分はできるとか自分には力があるとかっていう感覚。 これも反発とめちゃくちゃ関係していると思ってて、 例えば算数の問題でどう考えてもわからへんとか。 でも周りの子はできている。周りはやっている。 先生からちゃんとやりなさいって言われるってことですよね。 でも本人からするとやってないんじゃなくてできないわけですよ。 これめっちゃ重要な視点やと思います。 できないのかもしれない。その時わかりません。できません。 って言ったらいいんやけど言えないんですよね。 できないを言うってむっちゃ難しくって、 できないと認めるっていうのは結構しんどいことがあるんですね。 だからやりたくないになっていく。 こんなん意味ないしとか。別にやらんでいいしになる。 この表面だけ切り取って、こんなん意味ないし別にやらんでいいしってなったら、 シンプルに反発してるじゃないですか。だるいみたいな。 でもその奥には、できない自分を見られたくないとかがあるかもしれない。 これはどういうことかというと、自分の有能感を守ろうとしているんですよね。 これ結構大事で、やらない子と思ってた子が、 実はできない自分を守っている子っていう、ちょっと優しい見方できません? ああ、あの子なんかできない自分を守ろうとして、 そういう形で反発してんねんやろうなーって。 そうしたら声の書き方変わってきますよね。 ああ、そうかそうかって。 じゃあ、心の中で考えること変わってきますよね。 じゃあ、あの子が少しでも一歩でも踏み出すための足場って何があるんだろう、 っていうこの優しさの足場ができるわけです。 じゃあ三つ目です。関係性と言われるやつですね。 自分は大切にされてるんだとか、 自分はここにいていいんだとかいうやつですよ。 相手とつながっているっていう、こういう感覚ですよね。 例えば、みんなの前で注意されたとか、 友達の前で恥をかいたとか。 なんでできてないの?って言われた。 その時、教師としてはもしかしたら ちょっと注意しただけかもしれない。 でも子供からすると、みんなの前で 自分を下げられたりになってくるんですね。 すると、自分を守るために反発してくるわけですよ。 やる気ねえへんわ。って言って、 グデーンってなって、何もやらなくなったり。 俺だけちゃうし、知らんし。 その場では、なんでそんな言い方したり、 なんでそんな態度取るん?って思うんですね。 でもその子の中には、自分の尊厳であれだとか、 自分の居場所を守ろうとしているのかもしれない。 反発って先生が嫌いだけじゃなくて、 心理学の言葉でちょっとずつ解像度を 上げていくとどういうことかっていうと、 自由を取り戻したりとか、自分で決めたりとか、 できる自分でいたいんだと。 自分を大切に扱ってほしいみたいなのが、 重なり合ってる可能性がある。 じゃあ、そう考えたら、なんで反発するん?ではなくて、 優しい見方するのであれば、 その子は何を守ろうとしてるのかな?っていう。 こういう問いに変わってくるんですね。 問い方だったら抜き出し組み立て整理ですよ。 問い方だったら情報を集めるでしょう。 何を守ろうとしてくるんだろう?って、 これポジティブな結構問いちゃいます? 前向きな問いというか。 で、もう一個です。 子どもの反発を考える上で、 大切だって思うのがある。 それが何かっていうと、 感情の調整っていうやつですよね。 新マトリックスですね。 はい、じゃあ次のチャプターでは、 その感情調整の話をしていきます。 # チャプター 5 ああ、感情調整のお話なんですけれども、僕らはですね、大人はですね、腹が立ったときとかあったとしたら、どうするかっていうと、その場を離れてみたりとか、深呼吸をしてみたりとか、腕を、手をギュッてしてみたりとか、まあ人それぞれいろんな方法があるかなって思うんですけれども、 今ちょっとイライラしてるなっていうこの自分の状態を言葉にしたりもできますよね。 もちろん大人でもできないことはあるんですけど、でも子供はまたそういう経験の途中でしかないっていう、まだ未熟なんですよね、その辺に関しては。 自分の中で何が起こってるのかっていうのを細かく言葉にする、この言語能力ってすごく難しいんです。 で、今3年生の子供たちはやっとですよ、やっと抽象度の高い言葉を理解できるようになってきてるっていうこの発達の段階です。 だから自分を見るなんて結構難しかったりするんですよ。 まあそれはもちろん発達によるけれど、そこの部分は踏まえた上で考えていかなければいけない。 そう考える必要があるんですよね。 細かく言葉にするってね、僕らも結構難しいと思うんですけど、やっぱ3年生抽象度がね、まだまだ高い言葉っていうのを考えるのって難しいんですよ。 スラメタ認知も難しいわけですよね。 本当は子供たちの中にはみんなの前で言われて恥ずかしかった、なのにうざいっていう表現の仕方になる。 言葉をそれしかまだまだ知らないから。 本当はできないのが怖い、なのにやりたくない、になる。 本当は自分で決めたかった、なのに先生なんか嫌い、になる。 つまりこの反発っていうのは、めっちゃぎゅーっと圧縮された表現である可能性が高い。 いろんな感情とか欲求はあるけれども、まだそれを言葉に分けられないんですよね。 だから嫌とかだるいとかうざいとかめんどくさいとか、そんな言葉で表現をしたくなっちゃうんですね。 僕はここに教育としてできることがあるんじゃないかなって思ってて、 反発の中身っていうのをできるだけちょっとずつ言葉にしていく。 生活ケテブレとかでも素直に書くって結構大事だなって思うんですよね。 もやもやするとか、嫌い、イライラするとか、だるいとか。 ここですよね。 例えば嫌やったんとか、だけじゃなくて自分で決めたかった、できひんと思ったんとか、 何が嫌やったんとか、急に言われたから腫れたんとか。 こうやって子供たちに提案をしていく。 どれに近いかなーって。 ちょっと一緒に気持ちん中探っていこうぜーって。 こんなときシン・マドリックスめっちゃ下しますよね。 今どこやと思う?って自分の中で。 で、どこに行ってみたい?って。 別にここでいいと思う?って。 自分でメタ的に捉えるって結構大事。 あー多分俺なんかやりたくなかったんじゃなくて不安やったんやーとか。 先生に言われることよりみんなの前で言われるのがすげー嫌やったんやーとか。 自分で決めたかったんやーとか、結構わかってくるわけですよね。 このシン・マドリックスで捉えるっていうのも結局は言葉を自分で捉えることだと思ってます。 言葉で自分捉えられるようになったら次のこと自分で選べるじゃないですか。 いや俺今腹立ってんねん。で、終わるんじゃなくて、 僕が今自分で決められなかったことに腹が立ってるって言って詳しくできていくわけですよ。 までわかっていく。 そこまでわかれば、じゃあどうする?に繋げることもできる。 だから僕は反発に対して、すぐにそんな言い方しちゃあがんやんとかだけじゃ終わらせたくはなくて。 ああ、そうなん。 でもその言い方は、先生嫌やわとは言います。 いやもちろんやけど、嫌ったらあかんこととか、やってはいけないことは全然言いますよ厳しく。 いや何してえねん。やめてくれって全然言いますけど。 子供たちが嫌やとか納得できへんとか、これも全然よくて。 人傷つけるとか物投げるはもうダメですよね。 ここは止めないといけない。 それは何でかっていうと、他の子の安心・安全があるから。 そこに関しては、それはしないって伝えていかなあかんなと思います。 つまり、その子の感情自体は否定はしないけれども、行動として境界線を作っていく必要があるかなと。 この感情と行動の境界線を分けるって結構大事。 例えば、嫌って思うことはいいんだけれども、でもその言い方は良くない。 嫌な気持ちは分かるけど、行動としてその行動だしてんのは良くないよね。 それは周りにとってこんな影響があるよねって。 子供の気持ちをこうやって受け止めてあげるって、実は子供たち6年生であろうか5年生であろうか、中学生であろうが結構大事やなって思う。 大人もそうですよね。いや、気持ちは分かるっていうやつです。 # チャプター 6 最後になるんですけれども、最後はですね、反発している子いるじゃないですか。 いたとしたら、あんまり説明しすぎないっていうのが結構大事だなって思ってて。 反発している子ってね、説明しすぎるとしんどくなってくるんですよね。 あとで先生が、いやこれは将来必要やねんって説明すると。 でも子供が、いや誰であればやってへんやんって言ってくるでしょ。 教師が、いや今は誰々さんの話じゃなくて、自分の話してるんやんかって言うじゃないですか。 こうなってくると結局議論になっていくんですよね。 最初は宿題の話やったんやけど、いつのまにかどっちが正しいか対決みたいな。 だから感情が子供たちの中で大きく動いているときは、もう早く家帰って飯食って寝て、じゃないと冷静になれない。 どうするって結構大事で。やるかやらないかって。どうすんの?どうしたいの? 選択肢を与えること。自分で戻れること。 子供が機嫌が悪くなるときにどうするかっていうと、こっちも同じように機嫌悪くなってたら意味がなくて。 僕たちが機嫌悪くなるのは、きっと子供たちからこのマイナスなエネルギーをパンってぶつけられたときに、めっちゃ腹立つなと思うし、イラッとすると思うんだけど、 それを同じ感情になってたらいけなくて、その感情の反対側にとかなければいけない。これが結構重要。 反対の感情でいてるとか、反対の自分でいてるって。 例えば、ブラックホールゾーンなのであれば、星ゾーンの自分でいてる。 ダラダラゾーンの子供たちなのであれば、月ゾーンのこっち側でいてる。 雷ゾーンの子供たちの状態なのであれば、こっちはお花畑ゾーン、ふわふわゾーンにいておいてあげる。 この反対の自分でいてるって、シンマトリックスの反対ですよね。反対側の自分、対極の自分でいておいてあげるっていうのが、結局は中和が働いてくる。 そしたら子供たちが地球に戻ってきやすくなるんですよね。自分を自覚しやすい。 先生は、俺イライラしてるけど、ふわふわで対応してくるなみたいな。 それが結構、中和的に働いてきたりとかします。 これが反発をしてくる子供たちとか、なぜ反発するのかということに対しての、僕なりの一つの回答じゃないかなと思っています。 # チャプター 7 はい、ということで最後まで聞いていただいてありがとうございました。 また、いいね、フォロー、コメントどうぞよろしくお願いいたします。 また、フォロワーもどんどん増やしていきたいので拡散してください。よろしくお願いします。 聞いた人、いいねください。お願いします。 終わりまーす。 もっと見る日々笑進 〜教室のなか〜隆/紺谷隆00:131.チャプター 106:382.チャプター 204:343.チャプター 305:214.チャプター 405:415.チャプター 502:356.チャプター 600:217.チャプター 7コメント感想・質問・応援メッセージを書こう
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