TOPライフスタイル料理・グルメ畑でひとりごと 野菜と農業を考えるラジオ「伝統野菜」に踊らされる私たち06:22 2025年11月27日 600再生 問題を報告する 再生する シェアする AI目次伝来野菜の系譜:コロンブス交換がもたらしたものキャベツが示す?身近な野菜の現代的普及品種改良は進化の歴史?「人工的」の境界線「自然」とは?過食部肥大が生んだ野菜の真実「伝統野菜」ブームの深層:社会が求めるものはAI文字起こし(β版) # 「伝統野菜」に踊らされる私たち おはようございます。ひさまつ農園のひさまつです。 伝統野菜を守ろうなんていうことを言う人も増えてきましてですね。 何々野菜といって地元の野菜をブランディングしたりする農家であったり自治体だったりもあるわけなんですけれども、 どこまでが伝統かという問題があります。 例えば伝統建築って言ったらもう法隆寺とかの時代になるわけですけれども、 総督大使の時代から日本にある野菜というのはですね、もうほとんどないと言っていいですね。 原産地が日本の野菜というのは実はほとんど存在しません。 ウドとかですね、山椒とか、次年所とか、わさびとかそんなものぐらいで、 例えば株とか大根みたいな本当に昔から日本にあったであろうと思われているものも、 もうそれこそ法隆寺の時代、仏教伝来とともに中国から渡ってきたものですね。 まして私たちが普段、今の現代の生活の中で野菜といって思い浮かべるトマトとか、 トウモロコシとかカボチャとかナスとか、そういうものはもっとずっと後の時代に伝わったものです。 そもそも例えばアメリカ大陸が原産のジャガイモ、トマト、ピーマンとかサツマイモとかカボチャとか、そういうものはコロンブス交換以降にヨーロッパに伝わって、 そこから西から伝わってきたもの、大陸を伝わって伝わってきたものですので、 早くても17世紀、18世紀ですね。 例えばキャベツみたいなポピュラーなものであっても、最初は干渉用として葉ボタンみたいな形で江戸時代に入ったもので、それが徐々に食用になって本当に広まったのも戦後なんですね。 原産地が日本より厚いところのものをかなり品種改良して日本に定着させたものを夏野菜と呼んだり、 もっと冷凉な地域のものを日本に持ち込んで日本でも作れるにしたものを冬野菜と言っているに過ぎなくって、 その意味では例えば千年遡ったらもう、 千年前から伝統的に日本にある野菜というのは私が知っているものの中でほとんどないというふうに言い切っていいと思います。 もうごく最近、戦前ぐらいになっても今よりずっとずっと食べている野菜の種類は少なかったというふうに考えてください。 ご当地グルメみたいなものが実は最近作られたものであることが調べればわかるのと同様に、各地で伝統野菜と言っているものもせいぜい戦後とか明治期ぐらいのものに導入されたものであることが多いというふうに言っていいと思います。 なぜこれだけみんなが伝統伝統言うかというのはもうわかっていて仕掛けているというふうなケースもありますし、 最近の工業化された野菜ですね。 F1のように紅白酒で非常に特殊な経質を持たせて 例えばすごく甘いトマトを作ったりとかね。 苦くないピーマンを作ったりみたいな人工的なイメージのする品種、品目に対してある種の反動でですね 伝統的なものが正しいんだというふうに思ってしまうないし、思いたい人が増えてきていることも一方であるとは思います。 が残念ながらその人たちの期待とは裏腹に、そういう昔からあるような伝統野菜というものは日本にほとんど存在しないわけなんですね。 先ほど申し上げましたように、例えばナスであればインド原産のものを無理やり日本に持ってきて、日本で栽培できるように改良していった経緯、歴史的な変遷から考えると、最近の伝統野菜を好きな人が人工的だと思うものがですね、とりわけ極端に人工的だとは私は思いません。 これまで日本でいろんな野菜を食べたいからということで、種を選抜して改良してきたということの延長線上にあるものでしかなくてですね、現代の品種改良が不連続に特殊なものだとは思わないし、 逆に言えば歴史的にですね、かつて見たこともない野菜が入ってきた時に、人々はそれを異質なものだと言って同じように拒否した、受け入れなかったんだというふうに想像できますね。 野菜というのはそもそもですね、自然になっているものをもっと効率よく人間が食べるため、安全に食べるため、美味しく食べるために、 過食部を肥大させたり柔らかくしたり、毒を抜いたりしてですね、 むしろも自然界の中で生きていけないほど改変してしまっているものです。もう、栽培されているものというのはすべてそうだというふうに言って構わないと思います。 何が自然か、何が伝統か、みたいな議論というのは本当に程度差でしかなく、 自然種、もともと自生していた原生のものと比べると、 こっちが伝統野菜で、こっちが伝統じゃない野菜の違いなんていうのは、全体100の中での1か2の違いぐらいと考えていいと思うんですね。 人工的に改変されてしまったものを取り戻したいというストーリー、そういうナラティブをですね、 民衆が求めるということ自体はごく自然なことで、食べ物に限らずよく見られる現象ですけれども、 少なくともこと農産物に関する限り、それを、 ものの側に求めるのはやや無理があって、なぜそれを求めたくなってしまうのか、という社会の方に研究対象を置いた方がいいと言いますか、 なんでここまで伝統野菜という文脈がもてはやされるのかということを考える方が、 考えるに値するというか、学問的には意味があるんじゃないかなというふうに私は思います。 伝統野菜ブームみたいなものを全然否定する気はなくて、そういうことはこれまでも起きてきたし、 何か変化があった時にそれに対する揺り戻しが起きていて、でもそうやって新しいものが人々の中に定着していくという、 そういう運動の一環でしかないんだろうなというふうに捉えて、すべてのものを美味しくいただきましょうというお話でございました。 ではまた。 もっと見る #農業 #伝統野菜 #品種改良 #野菜づくり 畑でひとりごと 野菜と農業を考えるラジオ久松達央06:221.「伝統野菜」に踊らされる私たちコメント感想・質問・応援メッセージを書こう
映画『南極料理人』4Kリマスター版上映 6分・昨日・ 156再生AI目次4Kリマスター版『南極料理人』上映坂井雅人主演!17年前の傑作の魅力過酷な南極で食事が人間に与えるもの元隊員が語る南極生活のリアルとはSFに通じる極限サバイバル作品の魅力
春菊の季節がやってきた! 5分・一昨日・ 214再生AI目次春菊嫌いを変えた農園の栽培術サラダで絶品!栽培と鮮度が叶える旨味春菊の真髄!茎がもたらす深い旨味旬の春菊!畑で体験する至高の食べ方春菊をサラダに!驚きの組み合わせとは
映画『サクラマスのラストワルツ』で人間と環境の関わりをアップデートした 8分・10月22日・ 223再生AI目次サクラマスから見つめる人間と環境近代社会がもたらした生態系の変化専門家が語る自然と社会の複雑な関係高度成長期開発の知られざる影響最新知見でアップデートする共生への道
他人のためなら頑張れる 自分のためには頑張れない 9分・10月21日・ 305再生AI目次経営を悩ませる人件費の重圧「個人経営」と「雇用経営」の対比なぜ自分のことだと本気を出せないのか?チーム経営がもたらす成長と変革成長への近道!「コンフォートゾーン」の脱却
上に対してモノが言える人、はどんな人か 6分・10月20日・ 312再生AI目次若き日の「上への意見」が評価された経験「モノが言える人」の少なさとその真価上に意見する者が持つべき「覚悟」とは?組織の風土を変える「自立」の重要性未来を拓く「建設的批判の評価」
お客さんから応援されるということ 7分・10月19日・ 315再生AI目次コンサイルイ損失と応援購入の輪お客様との絆がもたらす生産者の覚悟なぜ農園は困難を公表するのか?震災経験から学ぶ後継者育成の視点お客様の言葉が未来を拓く瞬間
地域との接点が弱い人生 6分・10月18日・ 310再生AI目次地域と行政の接点希薄な背景インディー志向で培った独自経営外部に向けた情報発信の副産物事業承継が示す地域連携の弱み地元への積極的関与が今、必要
働く人の教育投資は誰が負担すべきなのか 7分・10月17日・ 327再生AI目次「仕事は勉強の場ではない」労働の対価雇用関係の曖昧さと自己成長の負担スキルアップに不可欠な自己投資の重要性ジョブ型雇用が日本の常識を変えるか教育投資の負担を巡る共通課題とは
70代の農家との会話から考える都市近郊農業の40年② 8分・10月16日・ 341再生AI目次高度成長期、農地が辿った意外な道だらだらと続く都市と農村の境界「家族経営」が抱える意外な構造公的投資は農業の持続性を救うか未だ正面から扱われない構造問題